隣の席の、違う世界のきみへ【第8回ライト文芸大賞奨励賞】

飾らない大トリ

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第5話:画面越しの理解者

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 スマートフォンの画面に、新しいダイレクトメッセージの通知。送り主は「深読みのシグレ」。その名前を見るだけで、私、月山栞の胸は、じわっと温かい期待で満たされていく。震える指先でそっと通知を開くと、そこには私が昨夜送った、ちょっと重たい友人関係の悩みに対する、シグレさんらしい、すごく考えてくれた優しい返事が書かれていた。

『──焦らないで。時間が解決してくれることもあるし、正直な気持ちを伝える勇気も、時には必要かもしれないね。でも、無理はしないで』

 その短いけど的確な言葉を、指でゆっくりとなぞる。そうだよね、無理しなくていいんだ。現実の人間関係って、時々すごく疲れちゃう。自分の気持ちをうまく言えなかったり、相手の顔色をうかがいすぎたり。周りに合わせようとして、当たり障りのない笑顔を貼り付けてる自分に、時々うんざりする。

 シグレさんはいつもこう。私の言葉にならないモヤモヤを的確にすくいあげて、どうしろって指示するんじゃなくて、心の持ちようとか視点の変え方を教えてくれる。まるで私の心の中を、静かに見透かしているみたいに。その距離感が、すごく心地よかった。

 シグレさんのアカウントを初めて見つけた時の衝撃は、今でも忘れられない。『星詠みのエトランゼ』──私が小学生の頃に出会って、何度も読み返してきた、私のバイブルみたいな物語。あの複雑な世界観。登場人物たちの繊細な心の動き。それについて、あんなに深く、鋭く、ものすごい熱量で語る人なんて、今まで見たことなかったから。クラスにも『星エト』が好きな子はいるけど、話すのはキャラの見た目とか、分かりやすい恋バナばっかり。もちろんそれも楽しいけど、私が本当に話したいのは、物語の核にあるもっと深い部分だった。

 シグレさんの考察は、まさに「これ!」って感じだった。特に「忘れられた月の民」の一連の考察はヤバかった。マジで鳥肌が立った。バラバラに散らばってた作中の情報が、シグレさんの手にかかると、一本の線で繋がっていくみたいで。歴史の謎を解き明かす探偵みたいに真実に迫っていくから、読んでる間ずっとドキドキが止まらなかった。その思考の深さに、ただただ感動して、興奮した。

 そして、その鋭い分析の中にふと見える、物語の登場人物──特にリナやカイルみたいな、孤独や悲しみを抱えながらも前に進もうとするキャラクター──に深く寄り添うような優しい視線。ただの設定解説じゃなくて、そこに生きていたはずの一人ひとりの小さな魂の痛みまで想像してる。きっとこの人も、たくさんの痛みを知っている人なんだろうな、と思った。だからシグレさんの言葉には、冷たい分析だけじゃない、不思議な説得力と温かみがあった。

 最初は、そのあまりの共感性の高さと繊細な言葉選びから、てっきり同じ女性の方なんだろうなって思い込んでた。だから、シグレさんから「物語の感じ方に、性別はあまり関係ないのかもしれませんね」っていうDMをもらった時は、一瞬、頭が真っ白になった。自分の早とちりと無意識の偏見が、もう、めちゃくちゃ恥ずかしくて顔から火が出そうだった。うわー、なんて失礼なこと言っちゃったんだろう…って。

 でも、それ以上に強く感じたことがある。性別なんて関係ない。シグレさんの言葉そのもの、思考の深さ、文章からにじみ出る人柄に、私は強く惹かれてるんだって事実だった。彼の言葉が、私の世界を豊かにしてくれる。心を軽くしてくれる。それだけで十分じゃないか。「性別なんて関係ない」「これからも友達として話したい」──そう返信したのは、心の底からの本心だった。彼が男性かもしれないと知って少し驚いたけど、不思議と、彼への信頼や尊敬が揺らぐことはなかった。むしろ、自分の勝手な思い込みに気づかせてくれたことに、感謝したいくらいだった。

 シグレさんの考察に触発されて、私も自分なりに『星エト』のノートを作るようになった。前はただ感動したり、好きなシーンをぼんやり思い返したりするだけだったけど、シグレさんみたいに、伏線とか、セリフの裏にある意味とか、物語全体の構造について、自分の考えを書き留めるようになった。もちろん、私のノートは考察なんてカッコいいものじゃなくて、ただの感想の切れ端みたいなものだけど。それでもペンを走らせていると、物語の世界がより立体的に感じられる気がした。それは、シグレさんに少しでも近づくための、私だけのささやかな楽しみになっていた。

 DMで個人的な話をするようになったのは、あの、性別について彼が触れてきた、DMでの返信がきっかけだった。私がポストに書いた「女性ならではの感性」って言葉に、彼は公の場じゃなくて、わざわざDMで「性別はあまり関係ないのかもしれませんね」と、静かに、でもはっきり伝えてくれたのだ。その配慮に、すごく誠実な人なんだなって感じたのかもしれない。そして私がそのDMに「それでも、お話したいです」って返信して、そこから、二人だけの秘密の会話が始まった。

『月の雫さんの感性は本当にキャラクターの内面に寄り添っていますね』

 ファンアートについてそう言ってもらえた時も、顔が熱くなった。自分の内面を「それでいいんだよ」って言われた気がして、すごく嬉しかった。私の絵は全然うまくない。でも、キャラクターへの想いだけは込めてるつもりだったから。それをシグレさんが汲み取ってくれたことが、何よりも嬉しくて、にやけそうになるのを必死でこらえた。

 それ以来、私は現実の友達にもなかなか言えないような、心の奥にある悩みを、少しずつシグレさんに話すようになっていた。秘密の交換日記みたいで、なんだか特別だった。

 小学校からの親友との間に、いつの間にかできちゃった見えない溝。部活もクラスも離れて、話も合わなくなってきて…。最近、避けられてる気さえする。他の子と楽しそうに話してるのを見ると、胸がチクッて痛む。どうしてこうなっちゃったんだろう。あんなに仲が良かったのに。そんな、誰にも言えない、子供っぽいけど切実な悩みを打ち明けた時。シグレさんは私の言葉を丁寧に受け止めて、「焦らないで。…でも、無理はしないで」と静かに寄り添ってくれた。その言葉にどれだけ心が軽くなったか。

 将来への漠然とした不安。親は安定した道に進んでほしいみたいだし、先生も私の成績ならもっと上を目指せるって言う。でも、私自身は、本当に何をしたいのか、さっぱり分からない。周りがどんどん進路を決めていく中で、私だけが取り残されていくみたいで焦る。そんな漠然とした苦しい気持ちを吐き出した時。シグレさんは「焦る必要はありませんよ。あなただけの道がきっとあるはずですから」と力強く、けれど優しく励ましてくれた。まるで『星エト』のリナが迷いながら自分の道を探す姿を肯定してくれるみたいに。あの言葉は、本当に、暗闇の中にともった小さな光みたいだった。

 シグレさんと話していると、不思議と心が落ち着く。現実で感じる息苦しさや、うまく言葉にできない感情が、彼の前では素直に出てくる。学校や家じゃ「しっかりしなきゃ」「期待に応えなきゃ」って無意識に自分を型にはめてるけど、シグレさんの前では、少しだけ弱い自分、迷ってる自分を出すことが許される気がした。彼は決して私を否定しない。ただ静かに話を聞いて、私の言葉の奥にある本当の気持ちを分かろうとしてくれる。私がずっと求めていた繋がりなのかもしれない。

 もちろん、顔も知らないネットだけの関係。本名も、住んでる場所も知らない。アイコンの幻想的な森の写真は、彼自身の雰囲気なのかな。それともただのイメージ? 時々そんなことを考える。どんな声で、どんな顔で話すんだろう。想像もつかない。

 それでも私にとって、「深読みのシグレ」さんは、画面の向こうにいる、かけがえのない友達で、信頼できる理解者だった。彼との繋がりは、灰色に見えがちな私の毎日に、確かな色をくれた。

(いつか、会えたらいいな…)

 そんな淡い期待を胸に、私はスマートフォンの画面を閉じた。夏の強い日差しが窓から差し込み、部屋の埃をきらきらと照らしている。窓から入る生暖かい風が、遠くの街の音を運んでくる。シグレさんとのやり取りで少し軽くなった心で、机に広げたままだった『星エト』のノートに、再びペンを走らせた。カイルのあのセリフ──リナに向けた不器用な優しさの中に隠された、彼の本当の葛藤について、もう少し考えてみたい。ノートの新しいページに、万年筆のインクが静かに染みていく。シグレさんなら、これをどう解釈するんだろう。そんなことを考える時間もまた、今の私にとっては、大切な宝物だった。
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