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帰還編
第一話:転移門の研究開発
しおりを挟むラコエルの呪いの祝福が希美香によって解かれた為、トレクルカーム国全域で食糧生産が可能になった。
これまで国体を支えて来た『実りの大地』の高速育成効果も、以前ほどでは無いが残っている。
しかし、魔導技術の優位性は健在ながら『食糧の援助』という、有志連合の支分国を繋ぎ止めておく為の最大の要素が薄くなってしまった。
その補強の為に、蘇った過去の王女達を各支分国の王族や有力貴族家に嫁入りさせて縁を繋いでおく政策が進められていた。
そして、新生トレクルカーム王国の資金源には、希美香の力にも期待されている。
先日、希美香が創った転移収納宝石棒は、王都の魔導具研究所に回されて多くの魔導具職人や魔術士達が研究解析し、似た機能を持つ魔導具の試作品が開発された。
殆ど希美香の宝石棒の魔力パターンをそのままコピーして再現しただけだが、大型化した上に収納機能は無し。
吸い込み機能も無しで、対になる魔導具の片方の投入口に物を入れると、もう片方の魔導具から吐き出される。長い物を突っ込むと、両方の魔導具の投入口からその端が出ている状態に。
空間を繋ぐという一番大事な機能が正常に作動している事が確認され、魔導具職人達は大発明だと大いに盛り上がった。
――のだが、この試作転移装置の魔導具、一つ制作するのに希少な魔法鉱石が大量に必要で、一台当たりの制作費用がとんでもなく高価となり、とてもではないが大量生産など無理とされた。
さらに言えば、一回の物質の転送に熟練の魔術士が二人、装置の片方ずつに魔力を枯渇させるほど注ぎ込んでやっと稼働させられる。
転送中に魔力が尽きた場合、物体が途中でぶっつり切断されるなど、まだまだ安全面にも問題があった。
しかしながら、転移装置の利便性はこれまでの魔導具に比べても類を見ない。
どうにか複数台用意して運用したいという国の重鎮達による満場一致の意見により、希美香には制作材料の納品依頼が出された。
「まあ、そうなるよね」
「キミカ様が直接作るわけにはいかないんですか?」
希美香が魔導具研究所から受け取った納品依頼書を手に呟くと、ユニが当然の疑問を口にする。
「できなくはないと思うけど、職人さん達の技術レベルを上げてもらわなきゃいけないから」
今はとにかく研究所の魔導具職人と魔術士達に解析と開発を頑張ってもらい、後に続く次元の壁を越える転移門創りに活かしたいとする希美香の説明に、ユニもなるほどと納得した。
そんな話をしている間にも、希美香が翳した手の平からは注文の希少鉱石がゴロゴロと湧き出ては作業台の上に転がる。それを、ユニがせっせと集めて箱に詰めるという作業がしばらく続いた。
これらの鉱石は以前、希美香達が王都入りする際アクシデントに巻き込まれ、無意識に精製した宝石の浮島にもたっぷり含まれている。
なので、アレをバラして採掘すればいいのでは? と提案したのだが、「アレを解体するなんてとんでもない」と全力で反対された。故に、ちまちまと注文の鉱石を精製している。
ちなみに、納品用の鉱石を用意するだけなので今日はアクサスの手伝いも必要無く、彼は他の護衛二人と同じく作業の邪魔にならないよう、研究所の外を哨戒中だ。
「よし、今日の納品分は終了。新しい創作鉱石に取り掛かろうかな」
前回、ストローをイメージの核にして創った宝石棒は中々良い出来だった。あれをもとに魔導具職人達が組み上げた転移装置の試作品を、次のイメージの核にしてみようかと考える。
「不完全でも一度形になったんなら、イメージが安定すると思うのよね」
件の試作品は少々大型過ぎるので、小型改良化されたイメージを浮かべる。
魔術士達と魔導具職人達が作るのは、『そういう機能を備えた魔導具』だが、希美香が創るのは『そういう効果を持つ鉱石』だ。
それを動かすのに必要な魔力という燃費部分をまるっと無視出来るのは、希美香の創作鉱石が持つ強みの一つでもあった。
(箱型とか、最初から投入口が付いてるのはサイズや形が限定されちゃうから――もっと自由に)
もっと柔軟に発想を飛躍させ、求めた効果の安定化と、その効果をもたらせる鉱石というイメージで引き寄せる。
ゴトリと、呼葉の手の平から正方形のオクタゴンカットな宝石が転がり落ちた。
「また大きな宝石ですね」
「ふむ」
対になった宝石を拾い上げて天井の照明に翳した希美香は、イメージ通りの効果を持っているかどうか確かめに掛かる。
研究室の壁際で山積みになっている資材という名のガラクタから、そこそこ大きなサイズの額縁を二つ拾って作業台に並べた。
「これを、こう」
片方の額縁に先程精製した宝石をぺたりと押し当てて待つこと数秒。額縁が一瞬宝石の色に光った。押し当てた宝石はくっ付いたままだ。
「で、こっちもこう」
そしてもう片方の額縁にも同じ工程で宝石をくっつける。すると、一瞬光ったあと両方の額縁の内側に蠢く斑色の膜のようなモノが現れた。
「おお、大体イメージ通り」
「な、何ですかそれ」
ユニがおっかなびっくりの及び腰で、斑模様の蠢く膜が張られた額縁を観察している。強い魔力が発生した気配を感じ取り、護衛の三人も集まって来た。
「何かありましたか? キミカ様」
「おい、また変な気配したぞ今」
「キミカ殿、お怪我などは?」
希美香は三人に、転移門創り関連の新しい創作鉱石を創った事を説明すると、その宝石が付いた額縁を見せて検証したい旨を告げた。
「斑模様の膜が空間の接続部分になってる筈なの。危ないからまだ素手で触っちゃだめよ」
イメージでは窓のように繋がった先の風景も見える予定だったのだが、仄かに光る宝石の付いた二つの額縁は、内側の斑模様がピッタリ同期して蠢いているように見える。
「では、担当の者達を呼んで参りましょう」
希美香の創作鉱石の効果を確認する検証担当の魔導具職人と魔術士達を呼び、先日の宝石棒と同じように検証を進める。
防護用の魔法障壁で囲み、背中合わせに置いた対の額縁の片方に適当な物を放り込む。すると、もう片方から飛び出して来た。
「おぉ」
「できてるね」
ここまでは、前回の宝石棒と魔導具職人達が作った転移装置で到達している。次はいよいよ生物の通過が可能かどうかの実験。
まずは小さな虫から。茂みなどで適当に捕まえた粒のような羽虫や昆虫が用意され、細長の板の上に乗せて額縁の膜にそっと突っ込む。
そうして反対側の額縁から現れた板の上を見ると、乗せられていた虫がもぞもぞと這っていた。
「動いてますな」
「生きてるね」
宝石棒と試作転移装置では、虫達は通過させた時点で死んでいたので、成果は一つ前進した。続けて、少し大きめの虫からミミズなどの生物が無事に通過できるかの実験。
「おぉ、動いている」
「いい感じだね」
検証係りの魔術士達が調べた結果、額縁の転移膜を通過した虫達に異常は見られないとの事。
「では、次です」
「うん」
担当の魔術士が逸る気持ちを抑えるような様子で、ネズミの入った籠を棒の先に吊るして額縁の膜を通した。
果たして、反対側の額縁から出て来た籠の中のネズミは――元気にちょこまか動いていた。
「成功です!」
「おおー」
早速検証係りの魔術士がネズミの状態を調べ、特に異常は出ていない事を確認した。
その後も、複数のネズミを同時に潜らせたり、他の動物も使って検証が重ねられ、生物が問題無く転移出来る事が証明された。
この額縁は大きめのサイズなので人も通り抜けられる。次はいよいよ人間の転移実験という事で、場所を移して検証する事になった。
「キミカ様はここで待っておられますか?」
「ううん、私も行くよ」
「無理に付き合う必要はねぇんだぜ?」
「大丈夫。自分の仕事だからちゃんと見届けたいの」
「部下に仕事を任せる事も大事ですよ? キミカ殿」
「んも~~みんな心配性なんだから」
三者三様の気の遣い方に苦笑する希美香は、それだけ大事にされていると実感できて、ありがたい事だとも思えた。
人間の転移実験は、死罪が決まっている囚人達が使われる。城の地下牢の拷問部屋を改装した実験室にて。水平にした額縁の片方を床に。もう片方を人の背丈分ほどの高さに固定する。
床に置いた方から穴に落とすように囚人を入れて、人の背丈ほどの高さに固定した方から生きて出てくれば成功だ。
(これが上手く行ったら、次は扉の枠とかアーチ門とかに使えばいいかな)
人が普通に歩いて潜れるサイズから、馬車が通れるほどのサイズまで。
それだけの物が出来たならば、まさに『転移門』と呼んで差し支えないのではないかと考えつつ、希美香は実験の様子を観覧室の小窓から見守った。
結論から言えば、実験は成功した。床の額縁にスルッと落ちていった囚人は、背丈分の高さに固定した額縁からヌルッと落ちて来ては、キョトンとした顔で辺りをキョロキョロと見渡していた。
突然奇妙な実験に付き合わされた囚人は、身体のどこかに異変を起こすでもなく、精神状態も極めて良好。
何度か出口の額縁の位置を変えたり、頭から被せて半身まで潜らせ、床の額縁から上半身が生えているような状態を維持したりと、一通りの検証は終わった。
最後に入り口と出口の位置を合わせて置いた場合、入った対象は延々に落ち続けるのかという実験も行われた。結果、転移の膜を通り抜ける時には速度が一定に保たれる事が分かった。
ループはするが、加速していくような動きは無かったのだ。延々と続く浮遊感は気持ち悪かったらしく、流石に囚人も憔悴していた。
希美香はこの囚人について、『人体実験に貢献した事で恩赦とか与えられないのかな?』と、思った事をアクサス達に訊ねてみたが――
「ありませんね」
「そうなの?」
「転移実験に使われる囚人は、皆救いようの無い凶悪犯ばかりなのですよ、キミカ殿」
囚人の素生に詳しいブラムエル曰く、罪なき街人を何人も殺害している凶悪犯なので、死罪が免除される事は無いそうだ。
希美香もそんな囚人を口添えしてまで助けようなどとは思っていないので、この話はそれで終わった。
とりあえず、目指している転移門にかなり近い物が出来た。
後はまたこれを魔導具研究所で研究解析して、より高性能な転移装置の開発を進めつつ、異次元への干渉方法を見つけてもらいたいと願う希美香なのであった。
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