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かいほうの章
第五十八話:帰還準備
しおりを挟む慈達勇者部隊は聖都軍が来るまでの間、街の一般住民にも危険を及ぼす『過激派住民』を今後どう抑え込むかが課題になっていた。
街を解放した日に起きた、魔族軍の捕虜を巡っての騒動。暴動一歩手前のそれを煽動した者達が居たのだが、レミが所在を突き止めた。
過激派住民は、魔族軍の占領下で魔族側の意向を受け、街の住民達の要望を伝えたり、意見を取り纏めるなどの役割を果たしていた。
レジスタンス的な活動を主導していたと自称する集団だが、これといった抵抗運動らしい成果も無く、特筆すべき働きは確認出来ていない。
彼等について調べたシャロル達の見解によれば――
「結論としては、特権階級を経験し、権力欲に取り憑かれた者達というところでしょう」
単に魔族軍の走狗を務めたに過ぎない彼等は、このまま街がオーヴィス国に復帰して正常化すれば、住民達からの支持も得られず街の運営に携わる地位を失う。
そこで、魔族の捕虜を確保して公開処刑にでもすれば、民衆の支持を得られるのでは? と考えた。
報復の感情を煽り、自分達に従えば個別に私刑の権利を与えるなどの噂を吹聴して、一部民衆が暴徒となるよう扇動したのだ。
「……勇者の刃で薙ぎ払っちゃ駄目か?」
「駄目ですよ? シゲル様」
あまりのくだらなさに、とっとと絞めて終わらせようかと考える慈を、アンリウネが窘める。
「まあ薙ぎ払うのは冗談として、この場合どういう風に規制とかすればいいんだ?」
「そうですね。シゲル君の名において街中での暴力行為及び教唆扇動の禁止令を公布し、違反すれば検挙するという通達を出した上で、件の集団が動いた場合に押さえるのが妥当かと」
シャロルの提示した対策に、慈は素朴な疑問を口にする。
「暴力行為とか扇動とかの禁止って、そういうルールは元からないのか?」
「元はオーヴィスの定める法に従っていたようですが、今は街を治める統治者が不在なのです」
魔族軍に占拠される際に前統治者は殺害されており、先日話し合った街の代表者は元統治者に使えていた側近達で、街の住民に対する裁量権も実質持っていないという。
「それなのに『街の代表者』なのか?」
「まあ、押し付けられたようなもんだろうさ。多分、件の集団連中にね」
「ああ……」
お茶を運んで来たセネファスの答えに、慈は納得しながらカップを受け取る。今、この街は無政府状態とも言える状況にあるので、勇者の権限で臨時政府の役割を果たそうというわけだ。
「オーヴィス領内の街なんだから、魔族軍から解放した時点でオーヴィスの法を適応すりゃいいじゃんって思ったけど、それを執行出来る奴がいないのか」
「そういう事です」
オーヴィス領内にある街の一つではあるが、割と辺境にある大きな街なので、統治者による自治が強く作用する。地方自治体のようなものかと慈は理解した。
「それなら、昨日の騒ぎを理由に過激派住民の大元を逮捕して拘留しとくのは?」
「人手が足りません」
統治者不在で無法地帯と化したこの街では、一番力の強い者が支配者という状況になっている。件の集団を逮捕する指示を出しても、街の住民達では報復を恐れて行使出来ないのだ。
国家権力や武力という確かな後ろ盾が無ければ、警備兵という役割を与えても機能しない。つまり、聖都軍の応援が到着して人数が揃うまでは、実質野放しにせざるを得ない。
「……やっぱり薙ぎ払っちゃ駄目か?」
「駄目です」
朝にそんなやり取りをした日の昼頃。逮捕や拘禁は出来ずとも、勇者として睨みを利かせておけば、何もせず放置するより多少は大人しくさせられるだろうと、慈は彼等のアジトに足を運ぶ。
同行者はアンリウネとセネファス。姿を消したレミも隠密モードで付いて来ている。
自称レジスタンスが集会場所として利用している屋敷にやって来た。元はこの街の商店を取りまとめる卸問屋の店舗兼倉庫だったが、魔族軍に物資と建物を接収された際、店の主人も殺されたらしい。
ここの従業員だった男が店を引き継ぎ、過激派住民の幹部として仲間に建物を使わせていた。
「やあ」
「あ、こ、これは勇者殿。今日はまたどういった御用向きで?」
女神官を侍らせてぶらりとやって来た勇者シゲルに、店を継いだ現在の支配人が慌てて挨拶をする。
先日の騒ぎで慈達に乗り込まれて以降、ここで集会は行われていないようだが、魔族軍の走狗をやっていた頃から、この屋敷が彼等の拠点だった。
一応、卸業は営業しているので、ここが無人になる事は無い。
「また何か悪巧みして無いか様子を見に来ただけだよ」
「ははは、それはまた滅相も無い」
あの一件は、見解の相違と通達の行き違いによる誤解の類から生じた、一部の民衆の暴発であった――という事になっている。
捕虜を確保するという指示は、魔族に恨みを持つ住民達によって危害を加えられないよう、現場で保護する名目で出された。
傭兵パークス達を連れてここに乗り込んだ慈には、そういう説明がされていた。
しかし、拉致した捕虜をこの屋敷に連れて来る手筈だった事は掴んでいる。私刑向けに、拷問器具まで完備した個室が用意されていたのを、レミが当日に確認しているのだ。
今回も慈達が支配人と話している間に、隠密状態のレミが何か怪しいモノでも見つからないかと、屋敷内を探索している。
それを知ってか知らずか、支配人は「実は勇者殿にお渡ししたい物が」と言って、何やら書類の束が入った箱を差し出して来た。
「これは?」
「私共らが内密に集めた情報です。勇者殿のお役に立てて頂ければ」
書類の中身をパラパラと確かめたアンリウネが、慈に耳打ちする。恐らく、これで見逃して欲しいという意味なのでしょうと。割と有用な内容があったらしい。
シャロル達も交えて相談した方が良いという事で、一先ず持ち帰るべく引き揚げる事にした。
夕方。慈はアンリウネとセネファスを伴い、魔族軍の捕虜を保護している医療施設を訪れた。入り口を護る勇者部隊の兵士とシスティーナが敬礼で出迎える。
「ご苦労さん。問題は起きてない?」
「お疲れ様です、シゲル殿。この通り静かなものですよ」
先日のアレが効いたのでしょうと、システィーナ団長は口元に小さく笑みを浮かべる。彼女達には聖都軍が来るまで、引き続きここの警備を担当してもらう。
システィーナと御供の兵士を労って施設内に踏み入った慈は、魔族軍に置いて行かれて捕虜となった負傷兵と救護兵達の代表で纏め役――ルイニエナ名誉兵長に面会した。
「今日はちょっと先の事を話し合いに来た」
「は、はい……」
個室でルイニエナと向かい合う。彼女は慈と相対すると未だに緊張しているが、一人で千人近い魔族兵を屑った相手なのだから「そりゃ気も張るか」と、慈は内心で納得しつつ話を切り出した。
「聖都軍が来れば、正式に捕虜として収容施設に移される事になる。負傷兵はあんまり動かせないから、この街に専用の施設を用意する事になると思うけど、君らはどうする?」
「どうする、とは?」
「聖都に来るか、ここで捕虜交換を待つか」
聖都の収容施設に移れば、少なくともこの街よりは身の安全が保証される。負傷兵の世話は聖都軍の看護兵と、街の住民からも人を雇う予定だ。
「住民ですか……」
「聖都軍が入れば、この街はオーヴィスの法で支配されるし、統治する人も派遣されて来るからな。自称レジスタンスの暴徒扇動集団も好き勝手は出来なくなる筈だよ」
自分達で負傷兵の世話を続けたいならそれでも構わないが、慈としては情報収集も兼ねつつ、この街が再び襲撃を受けないよう対処しておきたいと、聖都行きを勧める旨を伝える。
「襲撃?」
「君らが捕虜としてここに居ると分かれば、取り返しに来る可能性がある」
負傷兵は無理に奪還しても戦力にならないので、リスクを冒してまで仕掛けて来るとは思えないが、ルイニエナ達に関してはその限りではないと慈は考えていた。手が出せない聖都に移送してしまえば、この街が襲われる理由も大幅に減らせる。
「何故、私達の奪還に動くと思ったのですか?」
ルイニエナは、自分達は撤退する魔族軍にも見捨てられた、ただの救護兵に過ぎないと自嘲気味に言う。
「それで来なけりゃ良いんだけどな。実はこんなもんが見つかったんだ」
慈は、そう言って複数枚の紙束をルイニエナに差し出す。
件の過激派組織の支配人が勇者に睨まれて焦ったのか、お目溢しを貰おうと渡して来た手土産の書類。
彼等が魔族軍の走狗をやっていた時、幾つか雑用なども任されていた。
その中に、検閲された個人宛の手紙を処理する仕事があったらしいのだが、何通か処分せずこっそり懐に入れていた。それが、昼に渡された書類の束だ。
「これは……家の家紋」
処分される事になっていた書類の殆どに、ルイニエナの実家であるジッテ家の紋章があった。ルイニエナから実家に宛てた手紙と、ジッテ家から届いた手紙。
ジッテ家からは娘の身を案じて心配する両親の気持ちと、偶には手紙を寄越しなさいという内容。それに、仕送りの品やお金を包んだという旨が書かれてあった。
ルイニエナからは、自身の近況。救護兵の仕事は順調である事。医薬品が心許ないので送って欲しい旨が綴られている。
どうやら両方握り潰していたらしい。ジッテ家から送られて来た仕送りの品やお金は、着服されたと考えられる。
総司令官の指示なのか、検閲を担当する一部の者達の不正行為なのかは不明だ。
実家からの手紙と、自分が送った筈の手紙を手に呆然としているルイニエナに、慈は彼女等を聖都に移したいもう一つの理由を告げる。
「ジッテ家が魔族国の中でも発言力のある家だった場合は、奪還というか返還を求めて捕虜交換の打診とかあるかもしれないけど、場合によっては暗殺者とか送り込まれて面倒な事になる」
「あ、暗殺!?」
ルイニエナは「なぜ?」と目を見開いて混乱するが、自分が手にしている手紙の束を見てハッと気付く。
撤退した魔族軍は、負傷兵を置いて行く事に反対した救護兵も置いて行った訳だが、ジッテ家にはどう伝わるのか。
ルイニエナとジッテ家の手紙を処分していた者達は、救護兵も戦死したと見做している可能性がある。しかし、生きていると分かれば――
「君が生還すると、横領がバレて困る奴が出るわけだ。んで、ジッテ家の魔族国内の立場は?」
「えっと、家は一応大きい方ですが、立場的にはちょっと……」
ジッテ家は穏健派なので、魔王ヴァイルガリンの支配下では冷遇されているという。
「なるほどな。なら暗殺コースか」
「えぇっ!?」
穏健派魔族の立場が弱いという話は『縁合』からも聞いていた。
しかし、いくら冷遇しているとは言え、娘を最前線部隊に送り出している家に対する不正行為に目を瞑るほど、魔王ヴァイルガリンも愚かではあるまい。
そんな事を許せば、他の魔族家に不信感が生まれ、魔王の今後の求心力にも影響が出る。
勇者一人に大敗を喫して撤退させられた事。その際、負傷兵を見捨てた事。負傷兵を見捨てる事に反対し、彼等を救出に動いた救護兵を見捨てた事。
ここまでなら、一軍を預かる司令官として生き残った兵士達を護るべく下した、苦渋の決断と評せなくはない。
が、その救護兵を率いていたルイニエナ名誉兵長に不正が働かれていた事は別問題だ。
「もし司令官主導だった場合は、口封じに動きそうだろ?」
「そ、それは……」
有り得ないとは言い切れない故に、ルイニエナは言い淀む。更に、司令官の与り知らぬ事だった場合でも、自分達の不正を隠蔽するべく暗殺者を送り込むくらいはやりそうだ。
「まあそんな訳で、君らを護る意味でも聖都に来てくれた方が楽なんだ」
「あの、どうしてそこまで?」
ルイニエナは、慈が自分達を護ろうとする意図を訊ねる。魔族軍の兵士達を、あれほど無慈悲に消し飛ばした勇者が、何故ここまで気に掛けるのかと。
「別に。戦場で敵対すりゃ攻撃するし、話し合いで済むならそうするだけだよ」
今はルイニエナ達を捕虜として保護すると公言しているのだ。護るのは当然だろうと、慈は肩を竦めて見せる。
「……分かりました」
そんな訳で、ルイニエナを中心に捕虜となった救護兵は、聖都軍が到着次第、勇者部隊と共に聖都サイエスガウルへの移送が決まったのだった。
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