遅れた救世主【勇者版】

ヘロー天気

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かいほうの章

第五十九話:ルイニエナの回想と護送の旅

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 魔族領に存在する唯一の国。長い年月、闘争に明け暮れていた魔族が、とある魔王の政策によって一つに纏まり、国家として成り立っていたヒルキエラ国。
 その玉座が魔族至上主義の魔王ヴァイルガリンに簒奪されてから、ヒルキエラ国は二つの勢力に分かれた。魔王ヴァイルガリンを支持する闘争派と、前魔王の統治を支持する穏健派。
 穏健派の殆どは粛清にあうなどしてヒルキエラを追われたが、中には闘争を否定しつつも、強い力を持つが故に、国内で一定の立場を維持している一族もある。

 ヒルキエラが国家としての体裁を成り立たせる以前から、この地に存在し続ける名門、ジッテ家。穏健派魔族を表明しているが闘争派と対立する事はせず、また他の穏健派とも交流を持たない。そして魔王ヴァイルガリンの政策にも積極的に協力しない。
 所謂、中立の立場を謳っている。

 魔王ヴァイルガリンの方針に従わないジッテ家が粛清されていないのは、ひとえにジッテ家当主、カラセオスの持つ魔族としての強大な力が、現魔王からも一目置かれているからだ。
 実はヴァイルガリンによる簒奪が起きた時、ジッテ家では丁度カラセオスの睡魔の刻が終わり、目覚めた頃だった。
 カラセオスとの対立を嫌ったヴァイルガリンが、ヒルキエラ国の掌握を優先してジッテ家を無視した為、結果的にその戦いにも参加しなかったカラセオスは、無傷で家を護られた形になっている。

 前魔王時代でも諫言の多い臣下として知られていたカラセオスは、魔王ヴァイルガリンの魔族としての力は認めており、彼の覇権政策に賛成もしなければ反対もしなかった。
 故に、魔王ヴァイルガリンがヒルキエラ国を掌握した後でも、反勢力として粛清の対象にまではならなかったのだ。
 しかしながら、現魔王派で占められるヒルキエラ国内でのジッテ家の立場は、手も足も口も出さない臆病者と、格下の一族からも謗られる不名誉な扱いを受けていた。

 ルイニエナは、そんな境遇から家族の名誉を護るべく、父カラセオスの反対を押し切って遠征軍に志願した、ジッテ家の一人娘である。
 一般兵よりも高い魔力を持つとはいえ、戦闘訓練などは父の手ほどきを受けた程度で、兵士としての練度が全く足りていない彼女を、遠征軍の人事部は持て余した。

 彼女の配属先を決める担当官は、ジッテ家当主カラセオスの力を正しく理解している者だった。
 魔王ヴァイルガリンが直接対決を避けるほどの武人であり、ルイニエナはそんな名門ジッテ家の御令嬢である。どこか適当な部隊に放り込んで扱かせるという訳にはいかなかった。

 苦慮した結果、救護兵のみで構成された部隊を臨時に設立し、それを率いて遠征軍に参加してもらう事にしたのだ。
 魔族軍の兵士は殆どが自分で治癒魔術を使える上に、部隊それぞれに治癒の担当者もいる。
 救護専門の部隊などは必要なかったのだが、クレアデスに向けて移動待ちだった遠征軍部隊の一つに『あって困るモノでも無いだろう』と頼み込んで押し込んだ。

 そうして、救護兵部隊を率いる名誉兵長という役職を与えられたルイニエナは、オーヴィス攻略に向けてクレアデス領を進軍する遠征軍部隊の第三師団に加わり、活動を始めた。

 自分の働きでジッテ家の力を示すしかないと意気込むルイニエナだったが、救護専門の部隊など不要なお荷物集団と見做され、師団幹部達からは厄介者扱いをされていた。
 一般兵の中にも『慰安部隊』などと影口を叩いたり、女性隊員に粉をかけようとする者が居たりするのだが、上に陳情してもあまり取り合ってくれない。
 更には物資が殆ど回ってこないので、部隊としての活動もかなり制限されてしまい、それがまた『ただ飯食らいの穀潰し集団』という誹謗に繋がる悪循環を生み出していた。

 実家に支援を求める手紙を出してみるも音沙汰無し。家からも見放されたと思ったルイニエナは、少し自棄になっていた部分もあった。
 だからこそ、人類軍の最終兵器と謳われる伝説の『勇者』が現れ、その存在が放つ致死性の光の波に呑まれて生き残った兵士達を助けに、真っ先に門から飛び出す事が出来たのだ。
 そんなルイニエナは、件の勇者の事を考える。

(最初は怖い人だと思ったけど、私達や負傷兵の保護も真剣に考えてくれる。不思議な人……)

 ほぼ壊滅状態の第三師団本隊が撤退する時、隷属の呪印を施された街の住人が勇者の足止めと嫌がらせ目的で放置されたが、勇者シゲルは彼等の呪印を光の剣で斬って解呪してみせた。
 彼の放つ光の刃は、彼の胸一つで相手を生かしも殺しもする。

 その勇者シゲルにより、自身ルイニエナが実家に宛てた手紙と、実家から自分宛てに送られていた手紙の束を渡された日から二日目。
 現在、ルイニエナ達救護部隊は、捕虜としてオーヴィスの聖都サイエスガウルに護送されている最中である。
 オーヴィス軍の兵士を運んで来た馬車に乗っての移動なので、四日もあれば聖都に到着できるだろう。

 当初、応援に駆け付けた聖都軍の将校達は、ルイニエナ達を馬車に乗せようとする勇者シゲルに「捕虜は歩かせるべきだ」と諫めていた。
 しかし勇者シゲルは「無駄に時間掛かるだけで何のメリットも無い」と彼等の進言を一蹴した。

(私達と話す時も威圧的にならないし……紳士過ぎて逆に怖い)

 聖都に着いてからの自分達の扱いがどうなるのか。ルイニエナはそれが不安であった。
 ゴトゴトと揺られる馬車の中でそんな考え事をしていたルイニエナに、同じ不安を抱いているのか、部下がおずおずと話し掛ける。

「あの、兵長……私達、無事に帰れるんでしょうか?」

 ルイニエナを受け入れる為だけに臨時に設立された救護部隊は、そこに所属する隊員達も訳有りで、それぞれ事情を抱えている。
 単純に個人の力量不足により、普通の魔族軍兵士枠に入れられなかった者が大半だが、中にはルイニエナのように家の立場的な問題でハブられている者もいた。

「分からないわ。あの人次第だとは思うけれど」

 人間側の最後の砦とされているオーヴィス国では、魔族に対する扱いがどうなるのか分からない。噂では、人間側の上層の一部が、魔族側にすり寄ろうとしているらしいという話を聞いた事はある。
 が、大抵の場合、そういった噂は酒場でくだを巻く下っ端兵士達の戯れ言と決まっている。仮に魔族側に付いた人間が居たとして、魔族領内でその後の生を安穏と暮らせるわけがない。
 裏切り者の処遇など、碌なものにならない筈だ。

「私達から魔族軍の情報とか、ヒルキエラの内情を聞き出したいのかもしれないけど……」
「話せるような情報、持ってないですよねぇ」

 本国内でも師団内でも、下っ端以下の扱いを受けていたのだ。有用な情報など、知っていようもない。

(あの人は、街の安全と私達の保護の為とも言っていたけど、本当にそれだけかしら)

 そんな事を話し合いながら、馬車に揺られること半日過ぎ。途中何度か休憩を挟み、勇者部隊と護送隊一行は、大きな街道脇の開けた場所で野営をとる事になった。
 部隊の先頭を進んでいた勇者部隊の地竜ヴァラヌスが、馬車を引く馬達と並んで水や餌を貰っている。
 野営用の天幕が張られ、勇者部隊と護送隊の兵士達はそちらに。ルイニエナ達は馬車と天幕を併用した寝床を用意された。
 大きな焚き木の周りで温められた簡単な食事を摂り、与えられた寝床で身を寄せ合っているルイニエナのところへ、神官を伴った勇者シゲルがやって来た。



 少し身構える様子のルイニエナ達に、慈はいつもと変わらない調子で声を掛ける。

「今いいか?」
「……何でしょう?」

 捕虜達の代表でもあるルイニエナが応対する。彼女を含めて、不安と警戒心が見て取れる魔族の救護兵達に、慈は向こうの街や聖都軍の居る前では話題にし難かったと言って訊ねた。

「『縁合』って組織の事を知ってるか? 魔族の穏健派組織なんだけど」
「あ……聞いた事はあります」

 ルイニエナはジッテ家の屋敷に居た時、父カラセオスを訪ねて来る客人の中に、穏健派を名乗る者達が居た事を覚えていた。

 カラセオスに面会に来る相手は様々で、魔王ヴァイルガリンの使いの者や、反ヴァイルガリンを掲げて共闘を呼び掛ける者。
 魔王派として間を取り成そうとする者など、いずれもカラセオスに取り入り、その力を利用しようと企む者達であったが、その中に一つ変わり種のグループが居た。

 穏健派組織『縁合』を名乗る彼等は、組織への勧誘をするでもなく、共闘を持ち掛けるでもない。ヒルキエラで活動を続ける為に、ジッテ家の後ろ盾という保護が欲しいと懇願して来たのだ。

 規模や表現は違えど、共に戦おうとか、手を組もうという誘いは多かったが、闘争はしないけど活動は続けたいので名を貸して欲しいという訴えを聞いたのは初めてだった。
 当時、廊下の影でそのやり取りに聞き耳を立てていたルイニエナは、彼等の主張の意味不明さに随分と困惑した事で、印象に残っていたそうだ。当主カラセオスも驚いていたらしい。

「そっか、あいつら国に居る時からそのスタンスだったんだな」

 ブレないなと苦笑する慈に、ルイニエナ達は小首を傾げている。カラセオスは結局、どこの組織とも手を組む事なく、ジッテ家は穏健派を謳いながらも中立を保っているという。

(となると、ヒルキエラの情報はジッテ家と通じれば何とかなりそうだな)

 ルイニエナはジッテ家の当主カラセオスとの交渉に使える。他の武闘派組織との繋ぎも、当初の予定通り『縁合』を動かし、そこにジッテ家も絡める事で有利に運べるかもしれない。

「今『縁合』は俺達と協力体制を敷いてるんだ。聖都で会う事になるから、そこでまた話をしよう」
「は、はい……」

 なぜあの奇妙な組織が勇者達と? と、ルイニエナは再び困惑を深めるのだった。


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