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かいほうの章
第六十五話:パルマムの残照
しおりを挟むクレアデス解放軍から先行して一足先にクレッセンの街に入った勇者部隊――慈達は、高級宿の一室で『縁合』の連絡員と面談していた。
「じゃあ、詳しい話はパルマムでその人と合流してからに?」
「はい。ですが、取り急ぎお伝えすべき事がございまして、こうして馳せ参じた次第です」
彼が持って来た情報は、パルマムにヒルキエラの内情を探った諜報員が来ているというものと、もう一つ。
聖都で魔族側の協力者として勇者シゲルとフラメア王女の保護下に置かれているルイニエナ達の実家――ジッテ家を始め複数の魔族家の協力の下、ヒルキエラで活動していた『縁合』の諜報員が掴んだ情報で、クレアデス国内の魔族派に関するもの。
王都アガーシャを脱出した王族一行が、パルマムで魔族軍の手に落ちた当時の出来事の裏に、クレアデス人の有力な魔族派が関与していたという内容。
そのクレアデス人有力者の魔族派が拠点にしている中央街道沿いの街から、パルマムに向けてクレアデス解放軍への迎撃目的で軍部隊が派遣されたらしい。
『縁合』は、パルマム周辺では警戒を厳にとの警告を託して、この連絡員を寄越してくれたのだ。
「クレアデスの魔族派か……軍閥貴族の中にも居たくらいだしなぁ」
「これは、解放軍が到着次第、ロイエン様達にも報告を上げなければなりませんね」
そういう事があっても不思議はないなと呟く慈に、アンリウネはこの件に関してクレアデス解放軍との話し合いが必要だと促す。
「私達だけでの先行は、見合わせた方が良いかもしれません」
「いや、先行は前倒しだ。迎撃部隊が出てるんなら、なおさら急いでパルマムに行かないと」
件の魔族派が拠点にしている街は、パルマムから馬車で二日程の位置にあるという。
迎撃部隊の出撃を確認した『縁合』の諜報員が直ぐに報せたとして、少なくとも一日以上は経過している。
魔族軍部隊の規模や行軍速度にもよるであろうが、パルマムが再び魔族側に占領される事態も起きうるのだ。
それを防ぐ意味でも、勇者部隊は早急にパルマムへ向かわなければならない。
「ロイエン君達には伝言を残して直ぐ出よう」
「えっ、今からですか!?」
クレアデス解放軍の到着を待っている余裕はない。慈は勇者部隊に召集を掛けながらヴァラヌスの元へ向かった。
昼に到着した勇者部隊が、夕方には緊急出撃してパルマムに向かう。何とも慌ただしい慈達の活動だが、クレッセンの街長が全面的に協力してくれた。
必要な物資の用意と積み込みの他、今現在クレッセンに向かって来ているクレアデス解放軍に状況を報せるべく、早馬も走らせている。
「お気をつけてっ!」
「ありがとう」
昼間の門番と一言を交わして街門を潜った慈達、勇者部隊を乗せた地竜ヴァラヌスは、夕闇の迫る中央街道を駆け出した。
パルマムを目指して北上を続ける勇者部隊。クレッセンからパルマムまでは、ヴァラヌスの足なら一日で辿り着ける。
移動中に皆で現状を確認し合い、情報を共有する。
「つまりアレか、前にクレアデスの貴族が傀儡王朝を作ろうとしてたのと繋がってるって事か」
「だと思うよ。流石に魔族派同士が連携もせずバラバラに動いてたとは考え難い」
説明を聞いたパークスの推察に、慈はそう答えつつシスティーナの様子を窺う。
パルマムで王族も民も護り切れなかった事を悔やんでいた彼女の胸中を慮ると、何と声を掛けるべきか悩むところだ。
そんな慈の気持ちを察してか、システィーナは柔らかい笑みを浮かべながら言う。
「シゲル殿のお陰で、色々な陰謀が暴かれていきますね」
「……まあ、情報が入るようになったからなぁ」
慈が召喚された未来からこの時代に遡ってくるまで、魔族軍に押し込まれていた人類は、自陣で暗躍する魔族派の存在に気付いてすらいなかったし、それを探り出せる余裕も無かった。
勇者シゲルの反撃が魔族軍の快進撃を躓かせ、侵攻も後退させている。
「この調子でアガーシャも奪還し、クレアデスを取り戻しましょう。期待しています、シゲル殿」
「そうだな。まずはクレアデスの解放からだな」
気遣うつもりが気を遣わせてしまったなと軽く頭を掻いた慈は、夜の中央街道に視線を向けた。
夜間の行軍。道の先では、時折カンテラの明かりが揺れていたり、街道脇で野営をしている集団も見掛ける。
旅人や馬車とすれ違う時、野営の傍を通る時など、特に警戒を深めながら進まねばならない。
「――つってもまあ、こっちは乗ってるのがヴァラヌスだからなぁ」
「すれ違う方達も、野営の方達も、皆さん悉く驚かれますね」
「わははっ、そりゃ夜中にこんなでかい竜が走ってくりゃ普通はビビるわな」
ズシンズシンと快調に街道を駆けるヴァラヌスの竜鞍上で、夜食の携帯食をほおばりながら雑談に興じる慈達。
一応周囲の警戒はしているが、道行く旅人達はヴァラヌスが近付くと逃げ出したり座り込んだりする者がほとんど。
野営の集団は慌てた見張り役が仲間に緊急事態を告げ、天幕で休んでいた者達が飛び起きて来て臨戦態勢を取ったりと、結構大騒ぎになったりもするが――
「こんばんはー、先行中の勇者部隊ですー。数日中にクレアデス解放軍が通るのでよろしくー」
本日何度目かの同じ挨拶をして、商隊の護衛達らしき集団の野営陣地近くを通り過ぎる慈達。稀に、遠征訓練の時に遭遇していたらしい人も居て、声援を送られる事もあった。
「前方に馬車隊」
「端に寄って速度を落とそう」
地竜に驚いて急に方向転換をしようとした馬車が横転しそうになるなど、多少のトラブルは起これど、今のところ大きな事故にまでは至っていない。
深夜帯になると、街道を行く旅人や馬車の姿をめっきり見なくなった。
走り易くなった分、ヴァラヌスの走行速度も上がる。懸念していた魔族軍の斥候部隊などによる襲撃もなく、程よい揺れ心地の竜鞍上で順番に仮眠を取りながらの強行軍。
そうして明け方にはパルマムの街が見える辺りにまで辿り着けた。
「パルマムだ。なんか街の周りも片付いてスッキリしてるな」
「あの時はオーヴィスの援軍兵団が陣を敷いていましたからね」
「ちなみに、カーグマン将軍はあのあと地方守備隊に転属されていますよ」
「ほぁ~、本当に一晩で着いちまったのかよ」
「地竜の足はんぱねーな」
慈がアンリウネやシャロルと前回来た時の話をしている傍らで、パークス達があまりに早い到着に感心している。
パルマムから更に北へと続く中央街道には、魔族軍らしき影も見えない。クレアデス人の魔族派有力者が拠点にしているという街から派兵された部隊は、まだ到着していないようだ。
「何とか間に合ったな」
これでパルマムを再び戦場にせずに済む。ふっと一息吐いた慈は、竜鞍の御者台に揺られながら、日の出に照らされるパルマムの街へとヴァラヌスを走らせた。
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