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かいほうの章
第六十六話:ヒルキエラの現状
しおりを挟むオーヴィスの国境の街クレッセンから、クレアデスの国境の街パルマムまで、一晩で駆け抜けた慈達。
街に入ると早速『縁合』の関係者達と落ち合い、ヒルキエラを探って来たという諜報員と合流して、ヒルキエラ国と魔王ヴァイルガリンの最新情報をもらった。
現在のヒルキエラ国内には魔王直近の近衛兵くらいしかおらず、魔王ヴァイルガリンは玉座の間に引き篭もって何らかの儀式をおこなっているらしい。
側近や使用人すらも出入りさせていないので、内部の様子までは探れなかったという。
「なるほど。じゃあ今はヒルキエラの戦力スカスカなんだな?」
「そうなります。ルーシェント国の王都シェルニアに第一師団12000。ルナタスの街に第三師団約8000を残していますが、他は第二から第五師団まで全兵力をクレアデスに集結させています」
第二師団は凡そ10000。第四、第五師団はそれぞれ6000程度の兵力で構成されている。
その内、第二師団が王都アガーシャに陣取り、第四、第五師団はアガーシャとパルマムの中間地点にある三つの街に配備されたそうだ。
「クレッセンに送った連絡員から御聞きかと思いますが、クレアデスの有力者で魔族派が拠点にしている街がそれです」
「じゃあ今こっちに向かってるっていう魔族軍部隊は、第四か第五師団って事か……」
慈は件の街の特徴や、第四、第五師団の内訳について聞く。諜報員の資料によると、三つの街は互いを援護し合える適度な距離を置いて、三角形を描くように位置しているという。
カルマール、メルオース、バルダームの街。それぞれパルマムと同規模の街で、重要な建物の構成なども大体同じ配置に寄せてあるそうな。
いずれの街も、一時的になら3000人ほどの兵を養える。
「第四師団は魔術士を中心とした攻撃型。第五師団は騎兵が多く機動力重視の編制です」
「ふむ……まだ到着してないって事は、機動力のある第五師団ではない可能性が高い?」
「恐らくは」
現在、件の街から向かって来ている『対クレアデス解放軍』迎撃部隊は、魔術士が多いとされる魔族軍第四師団でほぼ確定。勿論、第五師団との混成も考えられるが。
「よし、じゃあ迎撃部隊の迎撃方法だけど――」
慈は、まずは敵部隊の位置を確認するべく、パルマムの守備隊に偵察を出して貰えるよう掛け合う事にした。
念の為、システィーナに訊ねる。
「勇者の進言ってクレアデスにも通じるかな?」
「勿論です」
慈は以前、聖都の離宮に会談目的でレクセリーヌ姫を訪ねた際、会議場の警備を取り仕切っていた軍閥貴族勢から邪険な対応をされている。
なので、自分がクレアデスの街軍に指示を出すのはマズいのではないかという憂慮があった。
が、システィーナ曰く、あれはあくまで一部のクレアデス諸侯による不義であり、レクセリーヌ姫は勇者シゲルに友好的である事。
その姫君から『クレアデスの民はオーヴィスの勇者に最大限協力するように』との御触れも出しているので、遠慮なく指示を出してくれてかまわない、と。
「パルマムの守備隊には顔見知りもいますので、私が行きましょうか?」
「じゃあ頼む。シャロルさんかアンリウネさんと、兵士隊の二人もついて行ってくれ」
「では私が」
守備隊の本部にはシスティーナと部下の兵士二人に、六神官からシャロルが出向く事になった。慈は出撃準備を整えにヴァラヌスのところへ向かう。
さりげなく慈の隣についたアンリウネが問う。
「偵察部隊を出す前から準備するのですか?」
「ああ、偵察は今こっちに迫ってる敵部隊の進路とか位置確認が目的だからね」
街道の途中で布陣するにせよ、真っ直ぐ南下して来るにせよ、対応に出撃する事は変わらない。慈としては、パルマムの街に近付かせる前に仕留めるつもりであった。
「第四師団の戦力は6000という事でしたが……」
実際に現場で戦闘に参加する戦闘員はその半数にも及ばないであろう。それでも3000人からの兵士と対峙する事になる。
慈の『勇者の刃』は、本来なら覆しようの無い絶対的な兵数差も、難なく引っ繰り返してしまう。アンリウネは、それを成した後に慈が受けるであろう心の反動を心配していた。
遠征訓練の時は結局、慈が一人で千人以上の魔族兵を消し飛ばし、血の海に沈めた。その反動で翌朝まで行動不能に陥っている。
一晩眠ってスッキリ目覚めたようにも見えるが、心の負担というものは積み重なっていくのではないか。そんな事を思って表情に影を落とすアンリウネに、慈は笑ってフォローを入れる。
「心配しなくてもちゃんと調整するから大丈夫だよ」
慈にとって、他者の命を奪う事に対する忌避感は付きまとうものの、その行為自体は否定しない。別の未来の廃都での、半年間の修行を経て、既にそういった覚悟や心構えは身に付けている。
付け焼き刃の悟りの境地は、別に殺した数に比例して反動が強まる訳ではなく、要は自分の行動と選択にどれだけ納得できるか否かに掛かっているのだ。
あまり良い事ではないかもしれないが、慈はこの時代の戦場で『人の死』にも慣れて来た。
「魔王ヴァイルガリンのシンパなら倒すしかないけど、内心では現魔王に同調してない人は魔族兵の中にだって相当数いるだろうからね」
ルイニエナ達のように、話し合いで協力関係を結べる者も居る筈とする慈は、勇者部隊での先行にはそういう敵の中の味方を見つけ出す意味もあると、秘密にしていた狙いを少しだけ明かした。
「そ、そうだったのですか?」
「まあ、はっきりそういう計画を立ててる訳じゃないから、表だって皆には言わないけどね」
クレアデス解放軍と本格的な戦闘に入る前に、身軽な勇者部隊で斬り込みを仕掛け、特定条件の者を除外する『勇者の刃』の特性を使って敵にしかならない敵だけを屠る。
そして味方になりそうな敵は生かして交渉をする。
「現時点での理想としては、ルイニエナの父ちゃんが兵を起こして、反ヴァイルガリン派がそっちに付いてくれると助かるんだけどな」
そういって肩を竦めて見せる慈に、アンリウネは既にそこまで落としどころの展望を描いていたのかと、驚きを露にするのだった。
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