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かいほうの章
第六十七話:街道沿いの難民キャンプ
しおりを挟むクレッセンの街で『縁合』の連絡員から魔族軍の動きに関する報せを聞いて、強行軍でパルマムの街までやって来た単隊行動中の勇者部隊――
慈達は、現在この街に迫っている魔族軍第四師団の迎撃に向けて準備を進めていた。
「シゲル殿」
「おかえり。偵察は出せそう?」
「はい、守備隊から一番足の速い偵察を四騎出してくれるそうです」
「了解。じゃあ俺達も行こうか」
地竜ヴァラヌス上で待機していた慈達は、システィーナと同行させていたシャロルに兵士二人を回収して出撃態勢に入る。
システィーナとシャロルは、ヴァラヌスの竜鞍に乗り込みながら訪ねた。
「偵察隊と共に出るのですか?」
「ああ、つっても街で待たないだけで、偵察には先行してもらうよ」
道中で偵察結果を聞いて柔軟に対処する。南下して来る第四師団は、パルマムを無視するとは思えないので、中央街道からそれほど逸れる事は無いだろうと推測した。
パルマムの街門を出るヴァラヌスの隣に、偵察隊の四騎が並ぶ。互いに軽く腕を振って挨拶を交わすと、偵察隊は中央街道を駆け抜けていった。
偵察隊の後を追う形で、勇者部隊も街道を北上していく。
「流石にパルマムから北の道は空いてるな」
「ええ。ここから先は、まだ魔族の支配領域になりますので」
クレアデス国の解放は、最南端の国境の街パルマムを取り戻したばかりで、まだまだこれからである。クレアデス解放軍と共に進軍する予定だった領域に先行する形になるが、単独行動を前提にしている勇者部隊――慈としては、大所帯で移動するより気は楽だった。
「とりあえず、クレアデス解放軍がパルマムに入って出撃する頃までに三つの街は攻略したいな」
「それは、勇者部隊だけで魔族軍の第四師団と第五師団を退けるという事ですか?」
「はははっ、そいつは豪儀だな!」
慈のかなり思い切った計画に、システィーナやアンリウネ達は目を丸くして、パークスは面白そうに笑っていた。内心、彼等は皆、慈ならそれが可能だとも思っている。
そんなこんなと、パルマムを出発してしばらく進んだ頃。街道の先から偵察隊らしき騎兵が二騎、戻って来るのが見えた。
ヴァラヌスの速度を落とすと、隣に並んだ偵察隊員から奇妙な報告を受ける。
「難民キャンプ?」
「はい。蔓草に布張りの家屋が多数……見張りも無く、病人や負傷者も多いように見えました」
馬の駆け足で半刻ほど進んだ先の街道脇に、数百人近い集団を発見したという。
「魔族の支配域で、しかも目立つ中央街道沿いにそういうのあり得るのか?」
「確かに、難民に偽装した罠の可能性もありますが――」
偵察隊の観察眼で見ても、昨日今日居着いた雰囲気ではないらしい。
パルマムが陥落したままであれば、オーヴィスに向けた魔族軍部隊が頻繁に通る事になるので、排除されていたかもしれない。
が、パルマムが奪還されてからはアガーシャまでの区間を通る者も殆どおらず、魔族軍の斥候が見掛けても脅威無しと判断して、放置されていたのかもしれないとの事だった。
「まあ、あり得るか。何か情報を持ってるかもしれないし、一応接触してみようかな」
「では、我々は引き続き偵察を進めます」
敬礼をして再び街道の先へと駆けて行く偵察隊員に、慈は「よろしくなー」と手を振って見送る。彼等の仲間の二騎は、難民キャンプを発見した場所周辺を探っているらしい。
この後、合流してさらに北側まで足を延ばすそうな。
偵察隊を追うように、ヴァラヌスの速度を徐々に上げて走る事およそ半刻。報告にあった難民キャンプらしきテント群が前方に見えて来た。
煤けた布や葉っぱを重ねて張られた粗末なテントが街道脇にポツポツ並び、幾つかの焚き火の周りにボロを纏った人影が集まっている。
テントは円錐形の小さなものから、四角推台の大きなものまで様々だ。とりあえず、慈は宝剣フェルティリティを抜くと、翳すようにして光を纏わせる。
「シゲル様?」
「一応、念の為にね」
慈は『こちらに害意を持つ存在』という条件を込めて、勇者の刃を軽く放った。
見るからに不遇な環境に身を置く人達を対象にするので、持つ者への『嫉み』や『八つ当たり』の感情を害意と見做して致命的な誤爆に至らないよう、殺傷力は持たせていない。
当たっても命の危険を感じる程度で済む。ベセスホードや遠征訓練の最後に訪れた街などでも、興奮した群衆を鎮静化させるのに使った威嚇用だ。
突如現れた地竜から、恐ろしい気配のする光の線が飛んで来てキャンプの中を通過して行った事で、難民達が驚いている。
慈は、地竜の上から彼等に声を掛けた。
「俺はオーヴィスの勇者シゲルだ。君達が何者で、何故ここに居るのか教えてくれないか?」
この呼び掛けに、しばらくざわついていた難民達から代表者と思われる老者と壮年男性が前に出る。
「わ、私どもらは、ルーシェントやクレアデスの王都から逃げて来たのですじゃ」
「ルーシェント? 王都アガーシャからは分かるけど、隣国のルーシェント国からも来てるのか?」
聞けば、ルーシェント国が侵攻を受けて王都シェルニアが陥落した時、魔族の穏健派達の手引きで相当数の住民が近場の街ルナタスを経由して、隣国クレアデスへと脱出できたという。
しかしクレアデス国も直ぐに戦場となり、王都アガーシャを脱出した難民達は進軍する魔族軍に追われるように南下。
途中にある三つの街では受け入れて貰えなかったので、国境の街パルマムや、その先にあるオーヴィス国を目指していた。
だが、クレアデスの王族を追って来た魔族軍が、自分達を追い抜いてパルマムを占領した為、進む事も戻る事も出来なくなってしまい、ここに住み着く形で立ち往生していたのだという。
「なるほど? ちなみにパルマムは奪還したから、もう進んでも大丈夫だぞ」
「な、なんと!? そう言えば以前、魔族軍と思しき集団が慌てた様子で街道を北へ向かう姿を見ましたが、あれは敗走していたと?」
殆ど統制も取れておらず、兵士も魔物も皆バラバラに移動していたらしい。当時、難民達はちょっかいこそ掛けられなかったが、かなり危うく感じたという。
「あーそれ多分、俺達がパルマム奪還した後、街から撤退して行ったやつらだわ」
魔族軍側はその後、オーヴィスへの進軍拠点にオーヴィス領の辺境の街を狙うなど、別の侵攻ルートの開拓に掛かり切りで、あまりこの辺りには来なくなった。
一方、クレアデス側はパルマムの復興と防衛に全力を注いでいた為、街から遠く離れた場所に偵察を出す事も無く、故に、難民キャンプの存在にも気付かなかったというわけだ。
難民達の出自と事情が明らかになり、ここに居る全員をパルマムまで避難させようかと話し合う。その時、難民キャンプの中でも一際大きなテントから一人の若者が走って来た。
「長! ラダナサさんの意識が戻った!」
彼はそう告げて、中央付近にある大きなテントを指し示した。
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