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おわりの章
第八十八話:夜明け前のルナタス
しおりを挟むクレアデス国の王都アガーシャを出発して森の中を突っ切る険しい抜け道を通り、数日で国境を越えてルーシェント国領内に入った勇者部隊は、ルナタスの街を見渡せる丘の上に出た。
夜明け前の刻。慈は地竜ヴァラヌスと勇者部隊のメンバーをその場に残し、宝珠の外套で姿を消して街に潜入を試みる。
防壁の近くまで来たが、歩哨の姿は見当たらない。篝火は防壁の上にしかなく、そこにも見張りの人影は無かった。
辺りを観察すると、伏せれば身を隠せそうな草木の茂っている場所があった。明るくなれば普通に見つかりそうだが、この暗さなら注意して見ないと分からないだろう。
その草木の塊と防壁との隙間に移動した慈は、宝剣フェルティリティを抜いて地面に突き刺した。そして刃先部分に勇者の刃を発現させて地中の一部を消し去り、空洞化する。
勇者の刃を発現した時の光を外に漏らさないように、地面を掘って地下から防壁を越えた。
(潜入成功~)
ルナタスの街は、王都シェルニアに近いだけあってよく発展している。比較的高い建物が目立ち、道幅も広く、密集していないので見通しも良い。
なかなか美しい街であった。
ただ、中央の大通り一帯は大軍をスムーズに通す為か、通り沿いの建物が取り壊されており、道の両脇に寄せられた瓦礫が廃材のバリケードのように積み上がっている。
そこだけ物々しく、街の景観が著しく損なわれていた。
(さて、まずは敵の中枢を叩くかな)
ルナタスに潜伏している『縁合』の情報によれば、第三師団と第二師団の指揮官達は領主の館に詰めているとの事だった。
混乱を起こさず組織の頭を潰し、残った兵には選択を与える。
このまま現魔王ヴァイルガリンの配下として戦いを続けるか、簒奪者ヴァイルガリンを退けて新たな魔王を立てる策に乗るか。
現在シェルニアに居る第一師団は、ヴァイルガリンの主義主張に賛同し、簒奪に協力した者達で構成されているそうなので、この手の工作に効果は期待できない。
が、第二、第三師団の兵士達はヴァイルガリンの魔族至上主義にそこまで傾倒している訳ではないらしい。
第三師団は、兵士達の配属を決める担当官がルイニエナ達を押し付ける先に選ぶくらいには、穏健派に理解のある者が多いようだ。
(まあ、ルイニエナ宛ての物資を横領してた奴とかも居るみたいだけど)
第二師団は、なるべく兵を死なせないよう色々と策を講じて、駄目なら即撤退の決断が早い辺り、魔族軍の中ではあまり好戦的ではない印象を覚える。
そこに話し合える可能性を期待する。
隠密状態のまま街の中を移動して領主の館が見える場所までやって来た。
ここまでの道中、魔族の姿は軍関係の施設の出入り口や屋上に見張り役をポツポツと見るくらいだった。
街の一般住民に至っては、それらしき姿を一人も見掛けていない。
とはいえ流石に夜明け前の時間帯なので、兵士も住民も出歩いている者が居ないのは当然とも言えた。
(ここも地下からだな)
領主の館の斜め向かいに立ち並ぶ住宅の適当な路地に入り込み、石畳の下を空洞にして穴を掘っていく。
ルナタスの街には下水道が整備されているようで、しばらく掘り進んでいると石造りのトンネルに出た。そのまま領主の館の地下階に繋がる階段から侵入を果たす。
(ここからでいいか。取り敢えず細かく条件を絞って、サクッと済ませるとしよう)
味方に出来そうな者は生かし、どうやっても敵にしかならない相手は確実に仕留めるべく、勇者の刃を放つ準備に入る。
まず最初に、全ての暗示系の魔法など精神に作用する要素を排除する事から始めた。
先日の王都アガーシャの奪還戦で、第二師団は『勇者の刃』対策に戦意を抑制した無気力兵を当てて来た。
条件次第では、確かに勇者の刃をやり過ごせはしたのだ。
実際は、暗示が掛かっていようが精神抑制されていようが、慈が勇者の刃に込める殲滅対象の設定次第でどうにでも出来るのだが。
しかし、暗示や精神抑制で意識が固定されていては、当人の気持ちで心変わりさえ起こせない。
慈は、特に博愛主義者という訳ではないが、話せば分かる事もある相手には余裕があれば話す機会が与えられても良い筈だと考える。
そして、ルナタスまで抜け道を通って順調に進軍して来た今は、割と余裕がある。
ここに居る魔族達が自由な意思を持って選択出来るよう、あらゆる思考の束縛を消し飛ばすべく、力を溜めて溜めて館全体を包み込むような光の柱を真上に放った。
その様子は、まるで巨大な光の塔でも生えたかのようで、街の外にある雑木林に囲まれた丘で待機しているアンリウネ達の視界にも捉えられた。
「あれは、シゲル様?」
「また随分と派手にやってるねぇ」
二度、三度と立ち昇る光の塔を目にしたアンリウネの呟きに、セネファスが苦笑気味に答える。恐らく条件を変えながら特大勇者の刃を放って、殲滅対象を選定しているのだと。
あそこまで巨大な光の刃を放っているのは、後から来る精神的負荷という反動を考慮して、殲滅対象は跡形もなく消し去る様にしているのかもしれない。
死体や痕跡を目にしなければ、それだけ反動も軽減できる事を、これまでの経験で学んだようだ。
「シゲル君の計画通りなら、次は光の輪が広がるのかしら」
街の様子を窺う二人の隣に並びながらシャロルがそう推測していると、光の塔が立ち昇っていた辺りから光の輪が波紋の様に広がった。
何度目かの光輪がルナタスの街並みを薙ぎ、防壁の外まで突き抜けて行った頃。ようやく異変に気付いた人々が騒ぎ始めた。幾つかの建物の窓に明かりが灯る。
(これで二十発目。対話と説得の準備はこれくらいでいいかな?)
領主の館の地下から始めて、ルナタスの街全域に殲滅条件を細かく定めた勇者の刃を放ち終えた慈は、宝珠の外套の隠密を解いて姿を現した。
現在、慈が立っているのは領主の館の二階と一階を繋ぐ階段の途中である。高さを調整する為に、光輪を放ちながら階段を上ったり下りたりしていたのだ。
魔王ヴァイルガリンの信望者や人類の滅亡を願っているような者達は軒並み消し飛ばしたので、今この街に残っている魔族は、少なからず現状に不満や疑問を持つ者達になる。
館の一階には、舞踏会を開けそうなくらいの大きなホールが広がっている。慈が足を踏み入れると、そこには数人の魔族軍関係者らしき姿があった。
「え……」
「お前は――」
不意に現れた慈の姿に、唖然とした表情を浮かべる魔族軍の関係者達。
彼等はこの明け方近い深夜に偶々仕事で起きていた者や、違和感を覚える気配に目が覚めた者達だった。
館全体が何度も光に包まれるという謎の現象を受けて、調査と対策を話し合う為に集まっていたのだ。
「夜分に失礼。俺はオーヴィスの勇者シゲル。今後の世界の在り方について話をしよう」
今の魔族軍にとって最大の脅威とされている勇者本人が、突如現れてそんな事を言った。軽くホラーを感じさせる。
しばし呆けていた魔族軍士官達は、我に返ると即座に臨戦態勢に入る者と警戒しつつ観察する者とに分かれた。
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