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おわりの章
第八十九話:魔族軍士官達との話し合い
しおりを挟む「て、敵襲っ!」
「侵入者だ!」
「勇者が出たー!」
最後の叫びはどうなんだと、若干引っ掛かりつつ慈は今一度、彼等に声を掛ける。
「オーヴィスの勇者シゲルだ。この戦争の行く末について話し合いに来た」
細かく設定を詰めて放った特大勇者の刃。その連撃を生き残った魔族軍の関係者達。
無傷で生存している事こそが、彼等が現魔王ヴァイルガリンに忠誠を誓っておらず、対話の余地が残されている者達である証だ。
(大丈夫だ。問答無用で攻撃して来ない時点で、話し合える)
パルマム奪還戦で魔族軍の指揮部隊に所属する精鋭小隊のエリート二人を斬った時に比べると、慈の気持ちにも随分と余裕があった。
「あんた等は魔王ヴァイルガリンに傾倒してない一派だろ?」
「……っ!」
突然の勇者訪問に動揺している彼等に、別の感情が動いた気がした慈は、今この街にヴァイルガリンの信望者は居ない事を告げて反応を窺う。
「魔王寄りの密偵とかも全部消したから、ヴァイルガリンの批判を口にしても知られる事はないぞ」
「け、消した……とは?」
軍士官らしき一人が、慈の言葉の意味を半ば理解していながらも問うた。慈は、先程までの館を包んだ光の正体について説明する。
まず初めに、精神抑制に繋がる暗示系の術を全て除去した事。
それから特定の思想や価値観に狙いを定め、どうやっても敵対せざるを得ない相手を優先的に殲滅した事を明かした。
「街全体にも放っておいたけど、そっちは多少の取りこぼしがあるかもしれない」
この館は特に念入りに処理をしたので、もし組織上層の指揮官辺りが生き残っていたら、その人は反ヴァイルガリン派で間違いない。
「なので安心して腹を割って話そう」
慈はそう促した。顔を見合わせる魔族軍の関係者達。
動揺も落ち着いて来た彼等は、勇者の求める話し合いに応じる前に、まずは生存者の確認からだと動き出した。
その間、慈はこの広いホールにテーブルと椅子を並べて、せっせと会議の場を作っていた。
ホールを出た魔族軍関係者達が館内を確認すると、何人かの指揮官や兵士達が消えている事が分かった。部屋の中やベッドの上に、衣類だけが残されていたという。
領主の館の外にある兵舎からは、謎の発光現象に関する問い合わせに兵士達が集まっている。
「とりあえず、街の状況を確認して取り纏める者と、勇者との会談に臨む者とに分かれよう」
「では、私は兵を集めて街の様子を見に――」
「まてっ、貴殿の所属は文官の部署だろう。一般兵の指揮は我々武官の仕事だ」
「勇者の相手など文官職の仕事ではない!」
「話し合いと言ってるのだから交渉には貴殿等が適役じゃないか!」
勇者との会談の席に就く役目を押し付け合って揉める生き残りの魔族軍関係者達。自分が矢面に立つ事を厭ってはいるが、話し合う事自体は受け入れているようだ。
慈はそんな彼等に一声掛けて、不毛な争いを終わらせる。
「ここは立場の偉い人達が担うところじゃないか?」
「「「……確かに」」」
現魔王ヴァイルガリンの支持者か否かで選別された魔族軍の生き残り達。主義主張は違えど、同じ種族、組織の同胞を消滅させられた事に思うところはある。
だが今は戦時下。同胞の殉職はお互い様。
しかも魔族側から仕掛けた戦争であり、人類側の切り札、禁呪でもある勇者召喚を行うほど追い詰めた結果がこの『勇者』なのだ。
第二師団、第三師団の中でも、領主の館に詰めていて生き残った指揮官達は、心中複雑なれど話し合いの余地はありと判断して、一階ホールに設置された会談の場に集まった。
彼等は、表立って反ヴァイルガリンを表明していた訳ではなかった。
が、慈から説明された今夜の『勇者の襲撃』による『光の刃での選別』の内容を聞いて、今ここに同席している者達は皆、間違いなく同じ志を持つ仲間だと確信出来た。
「さて、俺からの提案だが――魔族国には人類と共存できる魔王を立てて欲しいと思ってる。具体的には、カラセオスさん辺りを候補に推したいな」
「なっ……!?」
「まさか、ジッテ家は勇者と繋がっているのかっ」
勇者からカラセオスの名が出て来た事に驚く面々だったが、慈はそれを否定。まだ交渉の為の道筋を立てている段階である事を明かす。
(『縁合』が何処まで接触できたかも分かってないしな)
話の流れ的に丁度良いと、慈はルイニエナの事を話題にした。
「そっちが聖都侵攻の入り口にオーヴィス領内で占拠してた街があっただろ? あそこを解放した時に捕虜が付いて来たんだけど、その中にジッテ家のルイニエナ嬢が居てね」
「オーヴィスの領内に占拠した街と言うと、先遣隊が攻略したカルモアか」
「しかし、ジッテ家の御令嬢は、確か戦死したと聞いていたが……」
「あ~、やっぱりそうなってたか」
慈の話を聞いて直ぐに、件の街が辺境のカルモアである事と、そこに駐留していた第三師団の先遣隊に思い至る優秀な指揮官達。
彼等から出た「ジッテ家御令嬢戦死報告」のキーワードに、慈は悪い予想が当たっていたと息を吐く。
魔族軍の中で、第三師団は穏健派に理解があると見做されていた。
故に、ヴァイルガリンの信望者で固められた第一師団から監査目的で出向して来ている兵士や指揮官の他、直接魔王の息が掛かった密偵なども多く配属されていたらしい。
それらはこの領主の館にも詰めていたが、今は僅かばかりの遺品だけ残して影も形も無くなっている。
「ルイニエナと救護隊のメンバーは、聖都で俺が勇者の名において保護してる状態だよ」
慈はルイニエナ達から聞いた、第三師団内で彼女達が不遇な扱いを受けていた事や、個人宛の支援金や応援物資が横領されていた話を出す。
「先遣隊に協力してた住民の組織を調べてるうちに色々証拠が出て来てな。あのまま街の収容施設に置いとくのは危ないと思って、聖都に移送させたんだ」
慈に明かされた『特別救護隊』の情報に、第三師団の指揮官達は寝耳に水な反応を見せる者と、バツが悪そうな顔をする者とに分かれる。
「その反応は、知ってて放置してた?」
バツが悪そうな顔を見せた指揮官に問い質すと、彼等は頭を振って答える。
「全てを把握していた訳ではない」
「まさか私物の横領までされていたとは」
「カラセオス殿に喧嘩を売っているようなものじゃないか……知っていたら全力で止めている」
ルイニエナ嬢が実家と手紙のやり取りをしているのは把握していたし、師団内で救護隊の立場がかなり微妙だった事も認識していた。
が、それでジッテ家から何かしら抗議が来るような事も無かったので、大きな問題には至っていないと思っていたそうな。
双方の手紙が握り潰されていたなど思いもよらなかったと、困惑の表情を浮かべている。
「まあ横領の首謀者がヴァイルガリンの支持派でジッテ家に嫌がらせしてたのか、単なる事大主義で弱い者いじめしてたのかは兎も角として。今俺達はルイニエナと彼女の部下達の協力も得て、ヒルキエラの情報集めしてるんだ」
慈は現魔王、簒奪者ヴァイルガリンを下す計画に協力してくれる同志を募る。魔族国で派手にクーデターを起こす必要は無い。
勇者がヴァイルガリンを討ち、魔族国は新しい魔王を立てるだけだ。
「簡単に言ってくれるがな……」
「確かに現状、我々は貴殿の力と存在に押されつつあるが、全体の勢力は我々が勝っている」
「魔族国の躍進は確かにヴァイルガリン様の功績なのだ。これだけの力を示した現魔王を裏切ったとして、我々にどんな益がある?」
勇者側に付いて魔族国のトップを打ち倒す事に、魔族としてのメリットを問う指揮官達。
「ヴァイルガリンを滅ぼすのは確定してるからな。新魔王を立てれば、その立役者になった人達は今よりずっと良い立場になるんじゃないか?」
「むぅ……それは至極最もな理屈だが……」
「滅ぼすと言ってもな、この先には第一師団が控えている」
「第一師団は、五年前の簒奪に関わったヴァイルガリン様直属の精鋭ばかりで構成される特別な軍団だ。彼等の力は、我々とは一線を画す」
正直なところ、第二、第三師団が手を組んで戦っても勝てる気がしないという第二師団に所属する指揮官の言葉に、他の指揮官達も頷く。
ヒルキエラ国におけるヴァイルガリンの純粋な戦力は、強大な力を持つ彼自身とその信望者達。
現魔王の掲げる『魔族至上主義』に共感・賛同し、且つ高い能力を持つ者達ばかりで構成されていると言われる第一師団に集約される。
魔族軍の中で中央軍とも称される第一師団の兵士は、ただの一兵卒でも他の師団内で士官並みの扱いを受ける。
勿論それは肩書によるものだけでなく、相応の実力を持つ者として許された待遇であった。
そんな特別な地位を約束される第一師団入りに、憧れる若者も少なくないという。
他国への侵攻目的で結成された第二師団以下の各軍部隊には、野心漲るも実力の伴わない若い魔族が多く配属されている。
彼等は第一師団に取り立てられる事を夢見て武功を示すべく、こぞって戦場に身を投じる。
そうして高い実力と士気を維持する第一師団は、ヒルキエラ国最強の軍団にして現魔王の力の象徴という威光を轟かせ、ヴァイルガリンの統治を盤石のものにしているのだ。
「カラセオス殿を担ぎ出せたとして、武力・政治力共に容易に崩せるものではない」
例え勇者の力でヴァイルガリンを狙い討ちにして倒せたとしても、ヒルキエラにはそれだけ多くの『魔族至上主義』を支持する実力者集団が居るのだ。
首の挿げ替えで簡単に変えられる訳ではないと、重々しく語る指揮官達。――彼等はまだ、慈の存在を常識の枠内で考えていた。
「ああ、その辺は大丈夫だ。国の運営とかに必要な人だけ残ってれば問題無いよ」
「? それは、どういう……」
「都合の悪い奴は、俺が全部消すから」
ゾクリとする悪寒を感じて、一瞬、言葉に詰まる指揮官達。
通常なら大言壮語の類として一笑に付すところだが、この勇者なら高い確率で実現可能である事を知ってしまっている。
「……その、貴殿の力についてだが」
指揮官の一人が、訊いても良いものだろうかと迷いつつ、慈の能力について訊ねた。魔族側が把握している勇者の力については、まだ曖昧な部分が多い。
もし本当に簒奪者ヴァイルガリンを討つ方向で協力し合うのなら、勇者には何が出来て何が出来ないのか、ある程度までは詳しく知っておきたいというその指揮官の考えには、慈も賛同する。
「俺が敵と見做した相手にだけ当たる。何を敵と見做すかは俺の認識次第。当たった相手を斬るかどうかも俺の認識次第。相手は生き物でなくても、物でも魔法でも指定可能」
慈が、ざっくり『勇者の刃』の仕様を説明すると、指揮官達は絶句した。
任意の対象だけを選別して攻撃する能力である事は分かっていたが、そこまで大雑把に振るえて細かく融通も効く力だとは思わなかったらしい。
「それほど強大な力に、何らかの制約などは……」
「基本的に制限は無し。俺が何らかの理由で意識を失った場合、あらゆる害的要素を消し飛ばす光の膜を纏って眠るらしいから、実質無敵と言えば無敵かな」
実はアンリウネ達にも教えていない能力の一端で、慈自身もはっきりとそれを認識出来ている訳ではないが、普段から意識せずとも視認出来ないほど薄らと勇者の刃の光に覆われている。
なので、例え不意を突かれても怪我を負う事はない。同じ理由で、毒や病気も慈には効かない。身体に害が及ぶ前に除去してしまうからだ。
廃都生活でネズミやカエルを食べて健康に過ごして来られたのも、実はこの力の恩恵だったりする。
「寝てる間に土とか被せて埋めても、呼吸を阻害する部分から消えていくからな。もし海とか火山に放り込まれたら、最悪、海の水やら火山一帯が全部消える」
そんな『勇者の仕様』を軽く説明された指揮官達は、本日二度目の絶句を迎えるのだった。
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