遅れた救世主【勇者版】

ヘロー天気

文字の大きさ
133 / 148
きかんの章

第百三十二話:事前準備と事後処理

しおりを挟む



 ヒルキエラ国の首都ソーマに近い山岳地帯。深い霧に覆われたこの一帯では、良質の魔鉱石が採掘できる。
 魔導具や特殊な武具の素材に使われる魔鉱石を掘り出し、ソーマまで売りに行く事で生計を立てている岩山に囲まれた村里に、独立解放軍の別動隊が到着した。

「お待ちしておりました、タルモナーハ様」
「うむ。皆、息災だったか?」

「お陰様で。ここの生活も安定しております」

 正統人国連合に襲撃を受けたベセスホード要塞を脱出して、大遠征中の独立解放軍から派遣されたカリブ率いる救援部隊と合流したタルモナーハ族長の一行。
 彼等は中央街道を大きく外れて旧ルーシェント国領を迂回し、ヒルキエラ近郊の地元民しか知らない山道を通ってやって来た。

 里の民と軽く挨拶を交わした後、別動隊は奥の屋敷へと案内される。その道すがら、カリブはタルモナーハ族長から裏話的な話を聞いた。

「ここにリドノヒ家の方々がおられるのですか?」
「そうだ。我が一族とは水面下で長年やりとりをしていてな。我々が決起する時に備えて、こうした隠れ里に戦力を分散させていたのだ」

 タルモナーハ族長の計画では、いずれベセスホード要塞を出てこちらに来る予定だったという。そういう意味では、正統人国連合の襲撃は、実は渡りに船だったと。

「ベセスホードに移住していた魔族の民達には悪いがね」

 族長がその拠点を離れるとなれば、何事かと方々ほうぼうから注目を浴びる事になる。
 隠し戦力の存在を気取られないように合流するには、ベセスホード要塞の陥落は隠れ蓑に丁度よかったのだ。

「あっさり陥落した背景にはそんな事情が……」
「うむ、いやまあ、あっさり落とされたのは、別に裏は無かったのだが」

 普通に戦力と実力の問題だったと明かすタルモナーハ族長に、バツが悪そうな表情を見せる私兵団長。
 腕はすっかり元通りになっているが、十全に剣を振るうにはまだ少しリハビリが必要そうであった。

 そんな和気藹々とした雰囲気でやって来た屋敷の前には、フードを深くかぶったローブ姿の集団が待っていた。

「準備は出来ております。こちらへ」

 ローブ集団の先頭で頭を垂れたしゃがれ声の人物が屋敷の中へと誘う。それに付き従いながら、カリブはタルモナーハ族長に訊ねた。

「彼等は?」
「我がリドノヒ家お抱えの呪印衆だよ」

「呪印衆……?」
「さあ、これから少し忙しくなるぞ。テューマ達の進軍に合わせて我らも動くからな」

 直ぐに準備を始めてくれと促すタルモナーハ族長に、呪印衆の長は「御意」と頷いた。




 シェルニアの都を一日で制圧してみせた勇者部隊と独立解放軍に決起軍勢力の連合軍。
 慈にとっては二度目の進軍であり、時代と環境が多少違っていても、やるべき事に大差はない。敵対しない者、味方になりそうな者など、共存できる者達を残して、それ以外を消し去るだけだ。

 そんな勇者シゲルによる快速攻略はさておき。
 十分に意志の統一がされていない組織の集団でこれだけの規模の街を制圧したとなれば、その後始末が大変だ。処理すべき事務作業や発生するトラブルの数も膨大となる。

「住民同士の喧嘩にはレジスタンス部隊と穏健派魔族組織から仲裁役を向かわせよう」
「解放軍にも応援を頼め、彼等の方が慣れてる」
「警備の指揮はタイニス家の部隊から回して貰って良いのか?」
「誰かラギ族長殿に確認をとって来てくれ」

 仮の指揮所となっている王宮の一階ホールでは、都を運営していた各『地区』持ち一族を掌握する為に族長達を集めて説明会を開き、そのまま族長会議をやって貰った。

「では、『地区』の運営は基本的にこれまで通りで良いのだな?」
「我々の権利が保障されるのなら、貴殿等に従おう」
「潰えた一族の『地区』は事態が落ち着いてから振り分けるとして、どこかが面倒を見なければ」
「まあ、しばらくは現状維持でよかろう。今は『地区』外の混乱を治める方が先決だ」

 そうしている間にも、指揮所に持ち込まれる相談事や問題の確認、揉め事に派遣する兵士の管理と調整に、独立解放軍と決起軍の幹部達はてんてこ舞いであった。


 決起軍勢力の各組織を率いるリーダー達も、この大所帯となった連合軍の中で自分達の組織の立ち位置を定めるべく奔走している。

「とりあえず我々の部隊が物資の徴収に向かうから、住民票を渡してくれ」
「だからそれはウチが引き受けるって言ってるじゃないか」
「いや、民間の事なら我々に一日の長がある」

「それより族長の呼び出しを拒否している『地区』には、制圧部隊を送り込まなくて良いのか?」
「そっちは解放軍の勇者殿達が対処してくれるそうだ」

 決起軍勢力の各リーダー達には、勇者シゲルの力について一通り説明がなされていた。
 勇者が放つ光は、特定の条件を満たす敵に死を与え、それ以外には一切の攻撃性を持たない。敵と味方を明確に区別して殲滅する選定の刃である、と。

 現在、シェルニアの都に残っている魔族の住民達は、勇者が放つあの不可思議な選定攻撃を生き残っている一族なので、こちらに敵対する意思は無い筈。
 それを前提に説得して回る方針だと、解放軍側からは聞かされていた。

「伝説の勇者か。あの力を戦力に組み込んでいる限り、独立解放軍が我々の中でも頭一つ抜けている事は否めないな」
「元々この戦いを起こした中心の組織なんだ。妥当と言えば妥当の立ち位置なのだろうさ」

 ルナタスとシェルニアの攻略を通じて、決起軍勢力の各組織は、独立解放軍を自分達の上位の組織に位置付ける事を、概ね受け入れていた。
 一部、武闘派魔族組織の中には、それでも対等か優位な立場に在ろうとする者達も居たが、独立解放軍側は『テューマを正統なる魔王の後継者と認めるなら構わない』としている。


 そのテューマは現在、勇者シゲルやルイニエナと連れ立ってシェルニアの中心街を歩いていた。
 この都に移住して根付いた魔族の住民達の中でも、力ある一族を中心に寄り集まって形成される幾つかの『地区』と、それらの支配者である族長達。

 今回の戦いで魔族軍に所属せず、戦闘にも参加していなかった『地区』の族長達には、今後の統治について説明会を行う旨を伝えたのだが、何人かはこの呼び出しに応じなかった。

 そのまま放っておくわけにもいかず、勇者の刃の選定によって『敵対していない』事は確認されているので、問答無用で潰してしまうのも憚られる。
 そんな訳で、現状決起軍勢力のトップの立場であるテューマが一人一人訪ねて、直接話を聞きに出向く事となったのだ。

「しっかし、統治形態の違いでここまで手間が掛かるとは」
「人間国領なら大体一番偉い人が一人だけだもんね」

 慈のぼやきに、テューマが相槌を打つ。魔族の国では、魔王が治める首都を除いて、街に形成された『地区』の数だけ支配者が存在する。
 一つの街にほぼ同格の領主が複数居て、その都度話し合ったり抜け駆けしたりと、互いに牽制し合いながら統治運営するような、人間社会から見ると混沌とした形態が取られているのだ。

 呼び出しに応じなかった族長達は、シェルニアの『地区』の中でも強い発言力を持つ有力一族との事なので、後々トラブルを起こされないようしっかり話を通しておきたい。

「まずはここの『地区』の族長さんからね」
「どっせい」

 テューマが目的の『地区』内の中心に見える屋敷と、その周りを囲うように立ち並ぶ大小様々な建物群を指すと、慈が帯状に広がる横長光壁型の勇者の刃を放った。

「ちょっとっ!?」
「先触れだ先触れ」
「そんな殺意の高い先触れがあるか」

 いきなり何をするのかと驚くテューマに、慈は事前通告だと嘯き、溜め息交じりのルイニエナに突っ込まれた。



しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界帰りの勇者、今度は現代世界でスキル、魔法を使って、無双するスローライフを送ります!?〜ついでに世界も救います!?〜

沢田美
ファンタジー
かつて“異世界”で魔王を討伐し、八年にわたる冒険を終えた青年・ユキヒロ。 数々の死線を乗り越え、勇者として讃えられた彼が帰ってきたのは、元の日本――高校卒業すらしていない、現実世界だった。

チートスキル【レベル投げ】でレアアイテム大量獲得&スローライフ!?

桜井正宗
ファンタジー
「アウルム・キルクルスお前は勇者ではない、追放だ!!」  その後、第二勇者・セクンドスが召喚され、彼が魔王を倒した。俺はその日に聖女フルクと出会い、レベル0ながらも【レベル投げ】を習得した。レベル0だから投げても魔力(MP)が減らないし、無限なのだ。  影響するステータスは『運』。  聖女フルクさえいれば運が向上され、俺は幸運に恵まれ、スキルの威力も倍増した。  第二勇者が魔王を倒すとエンディングと共に『EXダンジョン』が出現する。その隙を狙い、フルクと共にダンジョンの所有権をゲット、独占する。ダンジョンのレアアイテムを入手しまくり売却、やがて莫大な富を手に入れ、最強にもなる。  すると、第二勇者がEXダンジョンを返せとやって来る。しかし、先に侵入した者が所有権を持つため譲渡は不可能。第二勇者を拒絶する。  より強くなった俺は元ギルドメンバーや世界の国中から戻ってこいとせがまれるが、もう遅い!!  真の仲間と共にダンジョン攻略スローライフを送る。 【簡単な流れ】 勇者がボコボコにされます→元勇者として活動→聖女と出会います→レベル投げを習得→EXダンジョンゲット→レア装備ゲットしまくり→元パーティざまぁ 【原題】 『お前は勇者ではないとギルドを追放され、第二勇者が魔王を倒しエンディングの最中レベル0の俺は出現したEXダンジョンを独占~【レベル投げ】でレアアイテム大量獲得~戻って来いと言われても、もう遅いんだが』

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

スキル【収納】が実は無限チートだった件 ~追放されたけど、俺だけのダンジョンで伝説のアイテムを作りまくります~

みぃた
ファンタジー
地味なスキル**【収納】**しか持たないと馬鹿にされ、勇者パーティーを追放された主人公。しかし、その【収納】スキルは、ただのアイテム保管庫ではなかった! 無限にアイテムを保管できるだけでなく、内部の時間操作、さらには指定した素材から自動でアイテムを生成する機能まで備わった、規格外の無限チートスキルだったのだ。 追放された主人公は、このチートスキルを駆使し、収納空間の中に自分だけの理想のダンジョンを創造。そこで伝説級のアイテムを量産し、いずれ世界を驚かせる存在となる。そして、かつて自分を蔑み、追放した者たちへの爽快なざまぁが始まる。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります

内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品] 冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた! 物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。 職人ギルドから追放された美少女ソフィア。 逃亡中の魔法使いノエル。 騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。 彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。 カクヨムにて完結済み。 ( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )

処理中です...