134 / 148
きかんの章
第百三十三話:シェルニアの都
しおりを挟むシェルニアの都内に住む魔族の民によって形成される『地区』。力ある魔族家一族に束ねられた集団は、一つの自治体のような組織として『地区』の勢力を周囲に誇示する。
そんな『地区』の中でも、独立解放軍と決起軍の呼び出しに応じなかった一部の族長達と対話を行うべく、テューマが代表となって慈とルイニエナを伴い、問題の『地区』を巡った。
「それじゃあ、そういう事なのでよろしくお願いしますね」
「承知した。わざわざ御足労をお掛けして済まなかった」
各一族の族長達と話をしてみて分かった事。
結論から言うと、呼び出しに応じなかったのは有力一族の族長を集めて一網打尽にされる事を警戒したのが半分。
有力一族の面子の問題も半分というところで、中には『仲が悪い一族の族長が呼び出しに応じていたので自分は行かなかった』、なんてのもあった。
「割としょーもない理由もあったけど、大事に至らなかったのは良かったよ」
慈は、平和に話し合いで終わった事を歓迎した。
「シゲルの刃の特性が周知されていなかったら、普通に敵対行動と見做されて決起軍の武闘派魔族組織辺りが粛清に乗り出していたかもしれんな」
「だねー」
少し溜め息交じりなルイニエナの呟きに、テューマもそれはあり得たと同意する。
「先触れが効いたのもあるかな?」
「どうだろうなぁ」
ひとまず問題が片付いた事で、シェルニアの今後の統治において一定の懸念は拭えた。後はヒルキエラに進軍する時期や、共闘する部隊の編制も考えなくてはならない。
「シゲルの戦法なら味方の被害を最小限まで抑えられるだろうから、やはり機動力を重視した少数精鋭で考えた方が良いだろう」
「そうだね。正直、最初は軍隊同士での会戦とかどうしようって考えてたけど、今は兵士を並べてどうこうするような戦いは無しかなって思う」
当初覚悟していたような、過酷な戦いにならない現状にほっとしているというテューマ。
街や砦など拠点の掌握には数の力が必要になるが、敵を排除して制圧するだけなら勇者の刃でさっくり片付ける慈一人で事足りる。
テューマとルイニエナは、勇者部隊としてヴァラヌス二世に乗り、たった四人でルナタス攻略戦に臨んで成し遂げた事で、慈の力を前提にした戦略を考えられるようになっていた。
「そうすると、簡単には手出しできないくらいの大部隊を見せ餌に注目を集めて、私達はその隙を突くって感じでいいのかな?」
「ふむ、本隊を囮にするやり方か」
堅牢な拠点に工作部隊を潜り込ませる作戦などで時折使われる手口だという。
王宮の指揮所まで帰る道すがら、ヒルキエラへの進軍の仕方と、首都ソーマに侵入する方法について二人が色々作戦を考えてくれている。
慈はその間、勇者の刃の更なる進化と使い勝手の向上を目指して、より繊細な制御を模索していた。
「指定する範囲をもっと限定的に――部分消去の対象と条件の組み合わせで――」
そんな三人が、力ある魔族一族の『地区』が集中している中心街を外れて、下街に当たる通りに差し掛かった時だった。
「うん?」
「……!」
バタバタという足音と共に、建物と建物の間を通る細い路地から、数人の人影が現れた。見た目、十歳から十五歳くらいの少年少女で、襤褸を纏った身形からして、浮浪児のようだ。
慈達の前後を塞ぐように飛び出して来た彼等は、錆びたナイフや棒切れなどで武装している。
どんなに栄えた国でも、大きな街なら大なり小なり抱えている闇。
魔族の国でもそれは変わらないようで、『地区』からあぶれた者達や、そもそも魔族一族の『地区』に属せない人間の住民の中でも、更に底辺の人々が寄り集まって出来た貧民窟の住人達。
そこに住む子供達は、世話をしてくれる大人が居なくなれば生きていくのは厳しい。
環境の悪さから病気や怪我で倒れたり、飢えて餓死するのを座して待つくらいなら、犯罪に手を染めてでも生き延びようと足掻く。
「か、かねめのモノをおいていけっ!」
「……君達――」
精一杯の威嚇をして追いはぎ行為を仕掛けて来た子供達に、テューマとルイニエナが何かを言おうとしたが、慈がこの付近一帯を超遅延光壁型勇者の刃で覆った。
「ちょっ!」
「シゲル!?」
魔族の中でもそれなりの強者であるテューマとルイニエナは勿論のこと、慈に対しても脅威になり得ないこんな子供達を相手に勇者の刃をぶっ放すのは、幾らなんでもやり過ぎではと慌てる。
しかし、光に包まれた子供達は怪我をするでもなく、驚いた様子で固まっている。
(仲間以外の対象の手に装備された武器になり得るあらゆる物体)
慈の設定した殲滅条件に伴い、子供達の手に握られていたなけなしの得物が塵のように消え去った。
「え……」
「っ!……?!」
(皮、布生地、金属、木製品に付着する染料以外の土、油、虫、動物のモノを含むあらゆる体液)
さらに、彼等が纏う染みだらけで黒ずんだ襤褸から、色が抜け落ちるように汚れが消えていく。
慈は、勇者の刃で干渉する対象を大雑把なカテゴリ的な指定から、かなり細かく選り分けた部分的な指定も試して、その効果具合を確かめた。
「うん、細かく指定すればするほど微調整も効くけど、大雑把なイメージだけでも十分こっちの意図通りの挙動になるな」
これなら今まで通りのやり方で問題無いと、慈は満足気に頷いた。それをおこなう事は可能であると分かっていたが、これまでしっかり検証した事がなかったので丁度よかったと。
小汚かった児童の追いはぎ武装集団が、恰好は襤褸纏いだが身綺麗な孤児の集団になった。武器を失った事と急に身体がスッキリした事に戸惑っている子供達を横目に、テューマが問う。
「何したの? いや何したかは何となく分かるけど」
「あの子らの武器と汚れを消滅させた。あと、病気とかも消えてる筈だ」
慈は、今後ヒルキエラに進軍して首都ソーマに入った際、カラセオスを始め穏健派魔族達が患っているという『奇病』を消し去る為の、実験と予行演習に付き合って貰ったのだと答えた。
「ついでに『闘争心』みたいな感情も消せるかの実験も並行してる」
「感情を消すなんて事が、出来るのか?」
「精神や記憶に作用する魔法が消せるんだから、応用で同じような事が出来るかなって」
すっかり大人しくなっている子供達を見渡しながら呟いたルイニエナに、慈はそう説明する。
体調不良の原因を取り除き、身体の健康状態を改善し、ネガティブな感情も消す事で一時的にでも不安な気持ちを回復させる。
工夫次第で、この勇者の刃にも壊す以外の結果をもたらせられる事が分かった。その時、子供達の何人かがお腹を鳴らした。
「基本、減らす力だから、怪我や空腹まではどうしようもないけどな」
苦笑した慈は、独立解放軍と決起軍の輜重隊が炊き出しをしている中央広場まで連れて行こうと提案する。
それにはテューマとルイニエナも賛同した。
「そんな訳だから君達、お姉さん達と向こうの広場に行こっか」
「あ、ありがとうございます。その……ごめんなさい」
この場では最も孤児の扱いに長けているテューマが、子供達に目線を合わせてそう諭すと、孤児集団のリーダー格らしい少年が代表で感謝と謝罪を口にした。
彼に話を聞いてみると、この都の貧民窟にも孤児院的な施設はあったらしい。
しかし、そこを管理していた院長が、数日前にシェルニアの都を襲った謎の光に触れて死んでしまったそうな。
思わず顔を見合わせる慈達。
その施設には、まだ小さ過ぎて徒党を組めなかった子供や、衰弱して動けない子供達が残されているという。
「ちょっと寄り道だな。全員で行った方がいいか?」
「そうだね……皆一緒の方が安心すると思う」
残された子供達を回収するべく、慈達は子供達の案内で一旦その施設に向かった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
異世界帰りの勇者、今度は現代世界でスキル、魔法を使って、無双するスローライフを送ります!?〜ついでに世界も救います!?〜
沢田美
ファンタジー
かつて“異世界”で魔王を討伐し、八年にわたる冒険を終えた青年・ユキヒロ。
数々の死線を乗り越え、勇者として讃えられた彼が帰ってきたのは、元の日本――高校卒業すらしていない、現実世界だった。
チートスキル【レベル投げ】でレアアイテム大量獲得&スローライフ!?
桜井正宗
ファンタジー
「アウルム・キルクルスお前は勇者ではない、追放だ!!」
その後、第二勇者・セクンドスが召喚され、彼が魔王を倒した。俺はその日に聖女フルクと出会い、レベル0ながらも【レベル投げ】を習得した。レベル0だから投げても魔力(MP)が減らないし、無限なのだ。
影響するステータスは『運』。
聖女フルクさえいれば運が向上され、俺は幸運に恵まれ、スキルの威力も倍増した。
第二勇者が魔王を倒すとエンディングと共に『EXダンジョン』が出現する。その隙を狙い、フルクと共にダンジョンの所有権をゲット、独占する。ダンジョンのレアアイテムを入手しまくり売却、やがて莫大な富を手に入れ、最強にもなる。
すると、第二勇者がEXダンジョンを返せとやって来る。しかし、先に侵入した者が所有権を持つため譲渡は不可能。第二勇者を拒絶する。
より強くなった俺は元ギルドメンバーや世界の国中から戻ってこいとせがまれるが、もう遅い!!
真の仲間と共にダンジョン攻略スローライフを送る。
【簡単な流れ】
勇者がボコボコにされます→元勇者として活動→聖女と出会います→レベル投げを習得→EXダンジョンゲット→レア装備ゲットしまくり→元パーティざまぁ
【原題】
『お前は勇者ではないとギルドを追放され、第二勇者が魔王を倒しエンディングの最中レベル0の俺は出現したEXダンジョンを独占~【レベル投げ】でレアアイテム大量獲得~戻って来いと言われても、もう遅いんだが』
スキル【収納】が実は無限チートだった件 ~追放されたけど、俺だけのダンジョンで伝説のアイテムを作りまくります~
みぃた
ファンタジー
地味なスキル**【収納】**しか持たないと馬鹿にされ、勇者パーティーを追放された主人公。しかし、その【収納】スキルは、ただのアイテム保管庫ではなかった!
無限にアイテムを保管できるだけでなく、内部の時間操作、さらには指定した素材から自動でアイテムを生成する機能まで備わった、規格外の無限チートスキルだったのだ。
追放された主人公は、このチートスキルを駆使し、収納空間の中に自分だけの理想のダンジョンを創造。そこで伝説級のアイテムを量産し、いずれ世界を驚かせる存在となる。そして、かつて自分を蔑み、追放した者たちへの爽快なざまぁが始まる。
大和型戦艦、異世界に転移する。
焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります
内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品]
冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた!
物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。
職人ギルドから追放された美少女ソフィア。
逃亡中の魔法使いノエル。
騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。
彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。
カクヨムにて完結済み。
( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる