136 / 148
きかんの章
第百三十五話:カリブ達の帰還
しおりを挟む独立解放軍と決起軍の代表者として、シェルニアの中心街まで出向いたテューマとルイニエナに慈。
族長会議の呼び出しに応じなかった一族の『地区』を巡って話をつけた帰り道に、徒党を組んだ孤児達の襲撃を受けて退けた。
行きがかり上、彼等の住む貧民窟にある孤児院に偽装された施設を訪れた慈達は、そこで既に壊滅しているらしい裏組織の存在と、売られる予定だった子供達を保護した。
一般区の広場で食事にあり付けた子供達の様子を眺めながら、慈とテューマにルイニエナは、偽装孤児院施設で知り得た内容について相談し合う。
「各『地区』の一族とも話し合いで平和に終わったと思ったけど、裏組織の情報でちょっと怪しくなったな」
「だよねぇ。単に首都の行政とか上位一族に対して収支を誤魔化してるだけならまだしも、ヴァイルガリン派と深く繋がってたりすると厄介かも?」
「シゲルの刃に引っ掛かっていない時点で、その辺りはあまり心配ないかもしれんが……」
シェルニアで『地区』持ちの一族が利用する、違法行為全般を手掛けているという裏組織。その残党を摘発するか否かは、今後もシェルニアを統治していく『地区』一族の彼等が決める事。
ただの各『地区』御用達な犯罪組織というだけなら、必要悪としてこれまで通り黙認しても、目的が違う独立解放軍の関知するところではない。
だが、背後でヴァイルガリン派と繋がっていた場合は、独立解放軍や決起軍にとって危険な敵性組織となる。
シェルニアに滞在している間に、こちらの情報が筒抜けになる恐れがあり、ヒルキエラに向けて進軍を始めた途端、背後や死角から急襲されるなど起こり兼ねない。
「一応、手を打っておくか」
シェルニア攻略戦で放った選定の勇者の刃には、主に魔族軍の関係者やヴァイルガリン派、明確な敵対意思を持つ者を殲滅対象に設定していたが、その条件だからこそすり抜けた可能性。
魔族軍の関係者でもヴァイルガリン派でもなく、独立解放軍や決起軍に敵対する意思も無いが、己が利益のために情報を売るなど、諜報力で暗躍する者。
そんな潜在的、間接的に敵対しうる存在を取りこぼしていたのかもしれない。
洗い直しの意味も込めて、慈は『汚れ落としの勇者の刃』で街中を浄化して回る事にした。
先日、シェルニアの都を防衛していた魔族軍関係者や兵士達を根こそぎ死に追いやった恐怖の光の壁が、再び都を横断する。
その光は街のいたる所にこびり付いたカビや黒ずんだ血染み、泥や油など、ありとあらゆる汚れを拭い消していった。
慈的に、イメージは高圧洗浄。
光の壁が通った後は、まるで造り立てのように白く輝く綺麗な石造りの街並みが広がっていた。そして、この効果は建造物に対してだけでなく、そこで生活する人々にも及ぶ。
光を浴びた者は頭の天辺から足のつま先まで。全身くまなく浄化されて、皆まるで風呂上がりのようなスッキリと清々しい気分に。着ている服や持ち物までピカピカになっていた。
建物の中も通過するので、家中の壁や窓、床、天井は勿論、椅子にテーブル、食器などの備品の他、ベッドにシーツ、クローゼットに仕舞ってある衣類も全て新品のごとく。厠も臭いごと浄化されている。
この勇者の刃による大掃除は、都の殆どの人々に大層喜ばれた。が、本当は怖い浄化の光。
汚れと共に、『一部の傾向を持つ者』に限定して警戒心や悪意、緊張感といった類の感情も、気付かれない程度にこっそり消しておいた。
一部の傾向を持つ者を『うっかりさん』にする。それは、諜報活動全般に係わる行動や思考をしている者達を対象にした、ある種の罠として機能した。
諜報活動全般とした指定の幅は広く、日常的に、能動的に何かを調べたり、突き止めようとしている、知ろうとしている者達なら老若男女問わず。
公的機関の諜報員から裏路地の情報屋、果てはただの噂好きの近所のおばちゃんまで効果範囲に入っており、一時的だが皆例外なく口が軽くなった。
警戒心や悪意、緊張感が消えた事で、迂闊に口を滑らせ易くなったのだ。お陰で諜報活動をしている者達の情報が直ぐに集まった。
扱っている情報の内容も、普段なら絶対に有り得ないほど駄々洩れである。
「こことここは問題ない」
「こっちも『地区』の上位一族に付き合わされてるだけだね」
今のヒルキエラで上位一族にいられるのは、ヴァイルガリン派の一族ばかりになる。
特に首都ソーマの『地区』に所属する一族は、内心はどうあれヴァイルガリンに恭順を示さなければ厳しい環境にあるのだ。
そんなソーマの『地区』と繋がりのある一族の諜報員やフリーの情報屋は、ほぼその所在が判明している。
彼等とその雇い主が率先して解放軍や決起軍の情報をソーマの『地区』に上げる意図がなくとも、そのルートから情報が伝わる事は考えられる。
「とりあえず解放軍と決起軍の情報だけ伝わらないように抑えときゃいいか」
「そうだね。って言っても、私達に出来る事はあんまりないけど」
「まあ、元々本分ではないしな」
これらの調査内容は決起軍の中でも、権謀術数に長けた穏健派魔族組織の頭脳担当に投げるのが妥当かと、資料を纏めて任せる事にした。
「どれ、茶でも淹れるか」
「あ、私も手伝う」
貧民窟の孤児達を保護した一件から派生した、諸々の問題に一段落ついたと、王宮の一室で寛いでいた慈達のところに、レミが報せをもってやって来た。
「カリブ達の部隊が戻った」
「えっ? ほんと?」
つい先程、シェルニアの裏門に接近する部隊を認めた見張り役の誰何に、独立解放軍から派遣されていたカリブ隊長率いる救援部隊だと返答があったそうだ。
「今、中央広場で休ませてる」
「そうなんだ? あ、じゃあタルモナーハ様は――」
こっちに案内させるべきかと考えて、ちらりと慈に視線をやるテューマだったが、レミは首を振ると「タルモナーハ族長は居ない」と告げる。
「って、カリブ達だけ?」
「そう」
その後、任務完了の報告にやって来たカリブ隊長と補佐数人から話を聞く。
カリブ達はタルモナーハ族長からの伝言を預かっており、その内容は以前、カリブ達から届いた連絡内容とほぼ同じだった。
本家リドノヒ家の私兵団と無事合流を果たしたタルモナーハ族長達は、予定通り別のルートから首都ソーマ入りを目指し、テューマ達の進軍に合わせて動くとの事。
「でも、何でわざわざカリブ達だけ戻して来たのかな?」
「僕達の実力だと、リドノヒ家私兵団の連携についていけないので……」
「ああ、そういう」
ベセスホードを脱出した時の戦力では心許なかったので、カリブ達の救援部隊も護衛として十分役に立っていたのだが、本家の私兵団と合流したのなら逆に足手纏いになってしまう。
「そっか、それは仕方ないね。でも、任務の完遂ご苦労様っ! みんな無事でよかったよ」
「あ、ありがとうございます」
テューマに無事の帰還と護衛任務をやり遂げた事を労われたカリブ達は、皆一様にほっとした表情を浮かべると、我が家に帰って来たかのような安心感を得るのだった。
そんなテューマとカリブ達のやりとりを、慈が観察するように見つめていた。
22
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
異世界帰りの勇者、今度は現代世界でスキル、魔法を使って、無双するスローライフを送ります!?〜ついでに世界も救います!?〜
沢田美
ファンタジー
かつて“異世界”で魔王を討伐し、八年にわたる冒険を終えた青年・ユキヒロ。
数々の死線を乗り越え、勇者として讃えられた彼が帰ってきたのは、元の日本――高校卒業すらしていない、現実世界だった。
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
チートスキル【レベル投げ】でレアアイテム大量獲得&スローライフ!?
桜井正宗
ファンタジー
「アウルム・キルクルスお前は勇者ではない、追放だ!!」
その後、第二勇者・セクンドスが召喚され、彼が魔王を倒した。俺はその日に聖女フルクと出会い、レベル0ながらも【レベル投げ】を習得した。レベル0だから投げても魔力(MP)が減らないし、無限なのだ。
影響するステータスは『運』。
聖女フルクさえいれば運が向上され、俺は幸運に恵まれ、スキルの威力も倍増した。
第二勇者が魔王を倒すとエンディングと共に『EXダンジョン』が出現する。その隙を狙い、フルクと共にダンジョンの所有権をゲット、独占する。ダンジョンのレアアイテムを入手しまくり売却、やがて莫大な富を手に入れ、最強にもなる。
すると、第二勇者がEXダンジョンを返せとやって来る。しかし、先に侵入した者が所有権を持つため譲渡は不可能。第二勇者を拒絶する。
より強くなった俺は元ギルドメンバーや世界の国中から戻ってこいとせがまれるが、もう遅い!!
真の仲間と共にダンジョン攻略スローライフを送る。
【簡単な流れ】
勇者がボコボコにされます→元勇者として活動→聖女と出会います→レベル投げを習得→EXダンジョンゲット→レア装備ゲットしまくり→元パーティざまぁ
【原題】
『お前は勇者ではないとギルドを追放され、第二勇者が魔王を倒しエンディングの最中レベル0の俺は出現したEXダンジョンを独占~【レベル投げ】でレアアイテム大量獲得~戻って来いと言われても、もう遅いんだが』
スキル【収納】が実は無限チートだった件 ~追放されたけど、俺だけのダンジョンで伝説のアイテムを作りまくります~
みぃた
ファンタジー
地味なスキル**【収納】**しか持たないと馬鹿にされ、勇者パーティーを追放された主人公。しかし、その【収納】スキルは、ただのアイテム保管庫ではなかった!
無限にアイテムを保管できるだけでなく、内部の時間操作、さらには指定した素材から自動でアイテムを生成する機能まで備わった、規格外の無限チートスキルだったのだ。
追放された主人公は、このチートスキルを駆使し、収納空間の中に自分だけの理想のダンジョンを創造。そこで伝説級のアイテムを量産し、いずれ世界を驚かせる存在となる。そして、かつて自分を蔑み、追放した者たちへの爽快なざまぁが始まる。
大和型戦艦、異世界に転移する。
焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります
内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品]
冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた!
物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。
職人ギルドから追放された美少女ソフィア。
逃亡中の魔法使いノエル。
騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。
彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。
カクヨムにて完結済み。
( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる