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きかんの章
第百三十五話:カリブ達の帰還
独立解放軍と決起軍の代表者として、シェルニアの中心街まで出向いたテューマとルイニエナに慈。
族長会議の呼び出しに応じなかった一族の『地区』を巡って話をつけた帰り道に、徒党を組んだ孤児達の襲撃を受けて退けた。
行きがかり上、彼等の住む貧民窟にある孤児院に偽装された施設を訪れた慈達は、そこで既に壊滅しているらしい裏組織の存在と、売られる予定だった子供達を保護した。
一般区の広場で食事にあり付けた子供達の様子を眺めながら、慈とテューマにルイニエナは、偽装孤児院施設で知り得た内容について相談し合う。
「各『地区』の一族とも話し合いで平和に終わったと思ったけど、裏組織の情報でちょっと怪しくなったな」
「だよねぇ。単に首都の行政とか上位一族に対して収支を誤魔化してるだけならまだしも、ヴァイルガリン派と深く繋がってたりすると厄介かも?」
「シゲルの刃に引っ掛かっていない時点で、その辺りはあまり心配ないかもしれんが……」
シェルニアで『地区』持ちの一族が利用する、違法行為全般を手掛けているという裏組織。その残党を摘発するか否かは、今後もシェルニアを統治していく『地区』一族の彼等が決める事。
ただの各『地区』御用達な犯罪組織というだけなら、必要悪としてこれまで通り黙認しても、目的が違う独立解放軍の関知するところではない。
だが、背後でヴァイルガリン派と繋がっていた場合は、独立解放軍や決起軍にとって危険な敵性組織となる。
シェルニアに滞在している間に、こちらの情報が筒抜けになる恐れがあり、ヒルキエラに向けて進軍を始めた途端、背後や死角から急襲されるなど起こり兼ねない。
「一応、手を打っておくか」
シェルニア攻略戦で放った選定の勇者の刃には、主に魔族軍の関係者やヴァイルガリン派、明確な敵対意思を持つ者を殲滅対象に設定していたが、その条件だからこそすり抜けた可能性。
魔族軍の関係者でもヴァイルガリン派でもなく、独立解放軍や決起軍に敵対する意思も無いが、己が利益のために情報を売るなど、諜報力で暗躍する者。
そんな潜在的、間接的に敵対しうる存在を取りこぼしていたのかもしれない。
洗い直しの意味も込めて、慈は『汚れ落としの勇者の刃』で街中を浄化して回る事にした。
先日、シェルニアの都を防衛していた魔族軍関係者や兵士達を根こそぎ死に追いやった恐怖の光の壁が、再び都を横断する。
その光は街のいたる所にこびり付いたカビや黒ずんだ血染み、泥や油など、ありとあらゆる汚れを拭い消していった。
慈的に、イメージは高圧洗浄。
光の壁が通った後は、まるで造り立てのように白く輝く綺麗な石造りの街並みが広がっていた。そして、この効果は建造物に対してだけでなく、そこで生活する人々にも及ぶ。
光を浴びた者は頭の天辺から足のつま先まで。全身くまなく浄化されて、皆まるで風呂上がりのようなスッキリと清々しい気分に。着ている服や持ち物までピカピカになっていた。
建物の中も通過するので、家中の壁や窓、床、天井は勿論、椅子にテーブル、食器などの備品の他、ベッドにシーツ、クローゼットに仕舞ってある衣類も全て新品のごとく。厠も臭いごと浄化されている。
この勇者の刃による大掃除は、都の殆どの人々に大層喜ばれた。が、本当は怖い浄化の光。
汚れと共に、『一部の傾向を持つ者』に限定して警戒心や悪意、緊張感といった類の感情も、気付かれない程度にこっそり消しておいた。
一部の傾向を持つ者を『うっかりさん』にする。それは、諜報活動全般に係わる行動や思考をしている者達を対象にした、ある種の罠として機能した。
諜報活動全般とした指定の幅は広く、日常的に、能動的に何かを調べたり、突き止めようとしている、知ろうとしている者達なら老若男女問わず。
公的機関の諜報員から裏路地の情報屋、果てはただの噂好きの近所のおばちゃんまで効果範囲に入っており、一時的だが皆例外なく口が軽くなった。
警戒心や悪意、緊張感が消えた事で、迂闊に口を滑らせ易くなったのだ。お陰で諜報活動をしている者達の情報が直ぐに集まった。
扱っている情報の内容も、普段なら絶対に有り得ないほど駄々洩れである。
「こことここは問題ない」
「こっちも『地区』の上位一族に付き合わされてるだけだね」
今のヒルキエラで上位一族にいられるのは、ヴァイルガリン派の一族ばかりになる。
特に首都ソーマの『地区』に所属する一族は、内心はどうあれヴァイルガリンに恭順を示さなければ厳しい環境にあるのだ。
そんなソーマの『地区』と繋がりのある一族の諜報員やフリーの情報屋は、ほぼその所在が判明している。
彼等とその雇い主が率先して解放軍や決起軍の情報をソーマの『地区』に上げる意図がなくとも、そのルートから情報が伝わる事は考えられる。
「とりあえず解放軍と決起軍の情報だけ伝わらないように抑えときゃいいか」
「そうだね。って言っても、私達に出来る事はあんまりないけど」
「まあ、元々本分ではないしな」
これらの調査内容は決起軍の中でも、権謀術数に長けた穏健派魔族組織の頭脳担当に投げるのが妥当かと、資料を纏めて任せる事にした。
「どれ、茶でも淹れるか」
「あ、私も手伝う」
貧民窟の孤児達を保護した一件から派生した、諸々の問題に一段落ついたと、王宮の一室で寛いでいた慈達のところに、レミが報せをもってやって来た。
「カリブ達の部隊が戻った」
「えっ? ほんと?」
つい先程、シェルニアの裏門に接近する部隊を認めた見張り役の誰何に、独立解放軍から派遣されていたカリブ隊長率いる救援部隊だと返答があったそうだ。
「今、中央広場で休ませてる」
「そうなんだ? あ、じゃあタルモナーハ様は――」
こっちに案内させるべきかと考えて、ちらりと慈に視線をやるテューマだったが、レミは首を振ると「タルモナーハ族長は居ない」と告げる。
「って、カリブ達だけ?」
「そう」
その後、任務完了の報告にやって来たカリブ隊長と補佐数人から話を聞く。
カリブ達はタルモナーハ族長からの伝言を預かっており、その内容は以前、カリブ達から届いた連絡内容とほぼ同じだった。
本家リドノヒ家の私兵団と無事合流を果たしたタルモナーハ族長達は、予定通り別のルートから首都ソーマ入りを目指し、テューマ達の進軍に合わせて動くとの事。
「でも、何でわざわざカリブ達だけ戻して来たのかな?」
「僕達の実力だと、リドノヒ家私兵団の連携についていけないので……」
「ああ、そういう」
ベセスホードを脱出した時の戦力では心許なかったので、カリブ達の救援部隊も護衛として十分役に立っていたのだが、本家の私兵団と合流したのなら逆に足手纏いになってしまう。
「そっか、それは仕方ないね。でも、任務の完遂ご苦労様っ! みんな無事でよかったよ」
「あ、ありがとうございます」
テューマに無事の帰還と護衛任務をやり遂げた事を労われたカリブ達は、皆一様にほっとした表情を浮かべると、我が家に帰って来たかのような安心感を得るのだった。
そんなテューマとカリブ達のやりとりを、慈が観察するように見つめていた。
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