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きかんの章
第百三十六話:万能レーダー?
しおりを挟む魔族国ヒルキエラの東部に広がる山岳地帯を、少数の魔族集団が列をなして駆け抜ける。
霧に覆われた隠れ里を出発し、首都ソーマに向かっているタルモナーハ族長と私兵団。それに、隠れ里で一仕事終えたリドノヒ家お抱えの呪印衆一行であった。
岩山を丸ごとくりぬいて造られた首都ソーマの、巨大な天然防壁を遠目に視認できる距離まで到達した彼等は、リドノヒ家一族が知る首都内への抜け道を目指して山道を逸れる。
「カリブ達はそろそろテューマと合流できたかな」
そんなタルモナーハ族長の呟きを拾った側近の私兵団長が、隠れ里で別れてからの日数を計算して答える。
「恐らく、シェルニアの都には到着している筈です」
「そうか。向こうの状況を知るには、本家の『地区』に入らねばならんからな」
上手く事が運んでいれば良いがと、タルモナーハ族長は隠れ里でカリブ達に施した仕込みについて思いを馳せた。
「テューマと無事に合流したなら、後は重要な持ち場に就けば完璧だ」
リドノヒ家お抱えの呪印衆は、先の戦争でも最初期に第四師団の所属で活躍した実績があり、呪印の重ね掛け技術は非常に高い。
カリブ達には、レミに使われた雑なものとは違う、高度な諜報用の多重呪印を施してある。勇者の解呪を前提に、複数の偽装処理も練り込みながら丁寧に重ね掛けしたものだ。
(あれならまずバレない筈だ)
被印者は、自身に呪印の重ね掛けがされている事にも気付けない。隠れ里での記憶に少々曖昧な部分は出てしまうが、思考に微弱な誘導も掛かるので、疑問を長く抱けないのだ。
(我が野望の成就まで、雌伏の時など幾らでも過ごしてやろう)
機が熟するその時まで、テューマと勇者殿には存分に頑張って貰う。タルモナーハは、そんな想いを抱きながらほくそ笑んだ。
その頃。一応占領下であるシェルニアの都で、着々と進軍準備を整える独立解放軍と決起軍は、首都ソーマの攻略に向けて作戦の最終確認をおこなっていた。
王宮の会議室にて、独立解放軍からテューマとレミにカリブ、他数名の部隊長や幹部が出席。
決起軍からは武闘派魔族組織筆頭タイニス家の若き族長ラギと側近のノノ。穏健派魔族組織やレジスタンス組織からも、それぞれ指揮官クラスの者が顔を揃えている。
勇者シゲルとルイニエナは、独立解放軍のゲストとして参加していた。
ソーマへの攻撃は、味方勢力を三軍に分けて主要な門を同時に攻める戦略が取られる。中央街道と繋がる正面の大正門と、比較的正門に近い東門、西門にそれぞれの軍部隊を配置。
大正門にはラギ達武闘派魔族組織を中心にした部隊。西門には穏健派魔族組織の部隊。東門は独立解放軍とレジスタンス部隊が担当する事が決まった。
大きな岩山がベースになっている首都ソーマの巨大な天然防壁は外周も広く、三つの主要門はそこそこの距離が開いている。
勇者を除いて、最も高い戦力を持つラギ族長達――武闘派魔族組織の軍部隊を中央に添えたのは、独立解放軍の本命であり、切り札でもある勇者部隊がより動き易くなるよう考えた。
勇者部隊が単独で動く事は、予め三軍のトップで話し合って了承されている。
「……ひとつ確認しておきたい」
「何でしょう、ラギ殿」
この会議の席で、ラギ族長がソーマ攻略における勇者部隊の運用について質問を挟む。
「作戦の通りに進むと、我々が主要門を攻めている間に勇者部隊が首都に入る事になると思うが、その場合、我々の首都への攻撃は緩めた方が良いのか?」
ラギ族長の問いに対して、テューマは返答を乞うように慈に顔を向けた。
「俺達の事は気にしなくていいよ」
慈は、勇者部隊は基本的に敵の攻撃も味方の流れ弾も全て無効化して防ぐので、遠慮なく全力で攻めて大丈夫だと答えた。
「……そうか」
以前のような覇気が感じられないラギ族長は、同士討ちの懸念が拭えたと納得して見せた。
「それでは、出撃は三日後。各陣営の皆さんは作戦の周知と準備をお願いします」
「うむっ!」
「我々に勝利を!」
「皆に武運を!」
会議を終えて、各勢力の幹部達はここで決まった詳細を自分達の組織内で共有すべく、それぞれの拠点に戻って行った。
主催として最後まで残っていた独立解放軍のメンバーも、各々席を立ち始める。そんな中、テューマは慈、ルイニエナと合流しながら、レミを伴ってカリブ達に告げた。
「じゃあ私達はシゲルと勇者部隊の方針で打ち合わせがあるから」
「わかりました。指揮部隊と大遠征部隊の統合と部隊分けは僕達でやっておきます」
「よろしくねー」
カリブを含め独立解放軍の各部隊長や幹部達と別れたテューマ達は、会議室を後にするとそのまま別室に向かう。
防諜効果の利いた特別な部屋があるのだ。
質素だが高級感のある落ち着いた内装。室内と室外の音を遮断する魔術の掛かった密談用の小部屋にて、慈とルイニエナ、テューマとレミが中央のテーブルで向かい合う。
新・勇者部隊のメンバーである。
ルイニエナが淹れてくれたお茶を口にしながら、テューマは先程の会議室に集まる前に慈から告げられた内容について訊ねた。
「それで? カリブ達に複数の呪印が掛かってるって?」
「そう言えば、先日は彼等の事を随分と熱心に観察していたようだったな」
テューマが任務完了の報告に来た救援部隊のカリブ隊長と補佐達から話を聞いていた時、慈は彼等に探るような視線を向けていた。
その様子を横目に捉えていたルイニエナは、内心で訝しんでいたのだという。
「ちょっとまた新しい刃の使い方を覚えてな。この前カリブ君達に試してたんだ」
勇者の刃は、定めた対象に触れると、そこから浸透してその存在を分解する事で消去する。
そして生き物でも無機物でも、勇者の刃で定めた対象を斬ると、どんなに離れていても手応えというフィードバックがある。
それは斬れなかった場合も同様で、定めた対象が消されずに残っていれば、ずっとその存在を分解しようとする手応えを感じ取れるのだ。
勇者の刃の出力調整を訓練していて、偶然それに気付いた。
光を纏わないほど薄く微弱な勇者の刃を放つと、指定した対象を分解できず、勇者の刃の効果が切れるまでその対象に干渉し続ける。
この特性を利用すれば、指定した対象のおおよその位置を割り出したり、その対象がそこに存在している事を感知できる。
やたら細かく幅広い対象指定が可能なレーダーのような使い方。
「実はさっきも勇者の刃で会議室を満たしてたんだけど、気付かなかった?」
「え、あれってそうだったの?」
「確かに微弱な魔力の揺らぎは感じていたが……」
テューマとルイニエナは、まさかあれが勇者の刃によるものだとは思いもしなかったと、顔を見合わせては目を丸くしている。
特定の人物を指定すれば、その人物のみを勇者の刃の範囲内に感知できる。鉄や宝石などの鉱石を指定すれば、地中に埋まっているそれを見つける事ができる。
同じやり方で水脈も見つけられるだろう。
「で、特定の魔法とか指定した場合もこれで感知できるんだわ」
不特定多数に仕掛けられた呪印の存在を、呪印そのものや被印者に影響を与えず捉える事ができた。呪印の種類も思い付く限り選別して、ある程度まで特定している。
この使い方と発想に至れたのは、過去の時代で魔王ヴァイルガリンの複合障壁と対峙した経験に加え、今の時代で勇者の刃の使い方を突き詰めて進化させた結果であると、慈は語った。
「なにそれ、凄い便利じゃない」
「なるほど……それで、カリブ達に呪印が施されている事に気付いたと?」
「カリブ君達には、諜報関係の呪印が掛かってるみたいだったよ」
テューマの称賛とルイニエナの結論に頷いて答えた慈は、先日の試験導入と今日の会議室での本格運用で確認できた内容を説明する。
何度か条件を変えながら反応を得た結果、『隷属』には反応無しで、『誘導』に反応した。他に『偽装』のキーワードにも反応があったという。
「この『誘導』が無意識に諜報活動をやらせるタイプなんじゃないかと見てるんだけど」
「ああ、恐らくその推察通りだろう」
「レミが仕掛けられてたみたいな、被印者の思考を覗き見するような呪印は?」
そう訪ねたテューマの隣で、レミが身じろぎした。
「それは無かったと思うけど、指定条件が甘かったかもしれないから、まだ確信はできないな」
一応、『思考の共有』や『送信』といったキーワードで試してみたが、それらしき反応は無かった。が、慈は魔法に関してはあまり詳しくないので、アドバイスが欲しいと告げる。
「いろいろ工夫はできるけど、俺一人の発想じゃあ限界があるからな」
かといって無闇に勇者の刃の情報を広めれば、敵対者に仕様の抜け道を突かれ兼ねないので、現時点でもっとも信頼のおけるこのメンバーにしか相談できない。
「そういう事ね。わかったわ、一緒に条件を考えてみましょ」
「そこまで融通が利くなら検証は慎重にせねばな。微量な力でも何が起きるか分からん」
勇者の刃レーダーの性能を更に向上させるべく、新・勇者部隊のメンバーは、様々な魔法や呪印など、隠されているものを探知する条件を模索するのだった。
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