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トレクルカーム王国編
第二章:傭兵国家ドルメア
しおりを挟む漆黒の翼を広げて、トレクルカーム国領内を飛行する朔耶の眼下を、二騎の伝令が駈けている。現在、案内役である彼等の後に付いてドルメアの中枢軍がいる拠点に向かっているのだが――
『速いわね』
ジュツノ ハツドウハ シテオルガ トウニンノ ジュツデハ ナイヨウダ
明らかに普通の馬の速度を越えており、『精霊の風』のような移動力強化が働いているようだった。それも、術者が発現させた魔術による強化ではなく、複数の魔導具を使っているらしい。
この案内役の伝令が特別なのか、あるいはこれがこの大陸の普通なのか。
案内役が同時に稼働させている魔導具の数や種類を観察しながら飛ぶ事しばらく。地平線の先に見えていた山脈の麓が近くなって来た。
やがて、ポツポツと生えていた低木や茂みがある地点を境にぱたりと無くなり、拓かれた大地に木枠の物々しい棘バリケードが並び始める。
速度を落とした案内役の伝令はバリケードの隙間を抜けて進み、最奥に聳え立つ砦らしき建物の前で止まった。
ドルメア中枢軍の拠点砦。周囲に堀があり、地面から二メートルほどの高さまでは盛り土と石で補強されている。丈夫そうな丸太を立てて並べた防壁は八メートルはあるだろうか。
広くとられた防壁の上にはバリスタらしき弩が等間隔で設置され、弓を持った兵士達がこれまた等間隔に六人単位で配置されている。
朔耶は宙に浮かんだまま、結構な規模の砦をほえーと眺めていたが、砦側から探る気配を感じたと思ったら、神社の精霊から警告が上がった。
チュウイセヨ コウゲキノ イシヲ ハランデ オルゾ
少し間を置き、複数の矢が飛んで来た。いずれも朔耶を護る魔法障壁に跳ね返されてパラパラと落ちていく。
「ねえ、攻撃されたんだけど」
地上でこちらを見上げている伝令の二人に訴えるが、彼等は顔を見合わせるばかり。砦側に何かを伝える様子もない。
『もしかして、こっちの戦力を測ってるとか?』
ソウヤモ シレヌ
やがて矢が通じないとみるや、今度はバリスタを撃って来た。短槍のような大型の矢も魔法障壁で軽々弾き返す。
「これ、反撃していいの?」
朔耶は、意識の糸を伸ばしながら伝令の二人に今一度問う。彼等は戸惑った様子でのらりくらりな態度だ。
困惑こそ浮かべているが、あまり動揺はしていない感情を読みとれた。その内心から、この攻撃は想定していた行動だと分かる。
(ふうん?)
どうやら脅威度を測る為にわざわざ呼びつけたようだ。ドルメアという勢力の思惑とやり方を何となく理解した朔耶は、表立って懐に入る必要無しと判断した。
『じゃあこっちの力を見せつけてあげましょう』
ソレモ ヨカロウ
漆黒の翼を拡大させつつ紫電を纏う。演出担当になっている黒の精霊こと、クロちゃんも大張り切りである。
反撃態勢に入った朔耶を見て騒ぎ始めるドルメア軍の兵士達。そこへ――
「そこまでだ!」
一目見て偉い人だと分かる立派な甲冑に、毛皮のマントを翻した大柄な男が現れた。周囲の兵士達が一斉に膝を付き恭順を示す。
この男こそ、中枢軍を指揮するドルメアの頂点。傭兵王バスケードであった。
事態の収拾に来たようにみえるが、攻撃は彼の指示だろう。朔耶はさっそく意識の糸を伸ばしてその内心を探ってみる。
一方的に威力偵察を仕掛けて相手の守りの硬さを観測。そこから戦力を分析するという流れ。それでいて相手に攻撃はさせず、自分達の防御力は見せない。
そういう心算が読み取れた。
『つき合ってあげる必要はないよね?』
ウム
防壁上まで歩み出て来たバスケードは堂々とした態度で朔耶を見上げると、この場を収めるべく口上を述べようとする――
「俺がドルメアの王、バスケードだ。部下の非礼を詫び――」
「詫びなくていいよ、やりかえすから」
――が、朔耶にバッサリ断られた。一瞬言葉を失うバスケード。途端、一帯に風が吹き荒れる。
「「「っ……!?」」」
朔耶から発せられる濃厚な気配。全身が粟立つような膨大な魔力の奔流に、バスケードを始め拠点砦の兵士達は思わず息を呑む。
「ま、まてっ!」
(いやでーす)
有無を言わさず雷撃招来。ドルメア中枢軍の拠点砦全域に、滝のような稲妻が降り注いだ。眼も眩む閃光と大気を劈く轟音が連続する。
防壁上に並んでいる十二門のバリスタや、弓兵達の弓に予備の弓と矢筒。砦敷地内の投石機。武器庫前に並んでいる刀剣類も含め、武器という武器に稲妻を落とした。
朔耶が放つ精霊の力による稲妻は、自然現象の雷と違って武器の持ち主や近くの人間にまで連鎖して感電する事は無い。稲妻の当たった部分だけ破壊していく。
あらかた武器になりそうなモノは破壊したと思うので、とどめに拠点砦の防壁を狙う。しっかり閉じている正面の門の脇の辺り。
『向こう側に人居ないよね?』
モンダイ ナイ
朔耶がフレグンスの大学院に留学して友人達と修学旅行に行った際、魔族絡みの事件に巻き込まれた事がある。
古の時代から蘇った魔族を倒す時に放った大技、『極太雷撃砲』をぶちかました。拠点砦の防壁の一画が吹き飛んだ。
「人に向けてバリスタまで撃っておきながら今更ね」
雷撃雨の閃光と轟音のダメージから回復しきっていないバスケード達に、ふんすと胸を張りながらそう言い放った朔耶は、そのまま王都ハルージケープのある方角へと飛び去るのだった。
黒い翼を持つ少女? が飛び去った後のドルメア中枢軍拠点砦。目と耳が回復したバスケード達は、拠点砦の惨状に呻く。
防壁に正門と同じくらいの大穴が空き。屋外に置いてあった兵器類は、軒並み破壊されていた。
「まいったな……ありゃとんでもねぇ化け物じゃねーか」
「も~、団長が無理に挑発するからですよ」
被害報告を纏めながら指摘する副長に、バスケードは「あそこまで人外だとは思わなかったんだ」と言い訳する。
「で、どうだ? 例の錬金術士だと思うか?」
「……違うでしょうね。外見的特徴が合いませんし、わざわざ他大陸から来たなんて騙る理由がありません」
『地影隊』からの報告と魔導通信具から得た情報が正しければ、かの魔術士は先日の虹色の光について、他大陸から調査に来た凄腕のエージェントと見做して良いようだ。
「これで敵対されて、トレクルカームに付かれでもしたらどうするんです?」
「わははっ、それならそれで構わんさ。俺達は俺達らしく戦うまでだ」
突出した力を持つ英雄がいたとして、一人の英雄が勝利に導ける戦場は限られる。一つの戦場で圧倒されても、他の九十九の戦場を蹂躙すればこちらの勝ちだ。
「傭兵国家ドルメアの勇名を他大陸まで轟かせるのに丁度いい」
そう嘯く傭兵王バスケードに、副長は呆れたように溜め息を吐きながらも、万が一『ツヅキサクヤ』に敵対された場合の戦略を練り始める。
総大将と副長の掛け合いを聞いていた周囲の兵達も、野性味あふれる笑みを浮かべながら瓦礫の撤去に勤しんでいた。
(なるほどね)
そんな彼等の様子を、精霊術的ステルスモードでこっそり戻って来て潜入している朔耶が観察していたのだった。
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