赤月-AKATSUKI-

月夜野 すみれ

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第三章 未月椛

第五話

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「私は多少武術の心得がありますが、女の忍びの仕事は主に女中などに化けて情報収集をすることです」
「それだけ?」
「夢を壊しても申し訳ないので言っておきますと、男の忍びは手裏剣を投げたり、天井裏や床下に忍び込むこともあります。うちは忍びの一族ではないのでやりませんが」
「いや、別に忍者に夢を持ってるわけじゃないけど。でも、お話とかに出てくる忍者とは随分違うんだね」
「お話ですから」
 それもそうだ。
「送ります。帰りましょう」

「夕ちゃん! どうしたんだい、その怪我!」
 夕輝の帰りが遅いのを心配して峰湯前に出ていたお峰が、椛に肩を借りて歩いてきた夕輝を見て声を上げた。

 最初こそ自分で歩いていた夕輝は、途中から足下がふらつくようになり、やがて椛に肩を借りないと歩けなくなったのだ。

「申し訳ありません。私を助けようとして夕輝さんが怪我をしてしまいました」
 椛が頭を下げた。
「とにかく、中へ。お前さん! ちょっと来とくれ! お前さん!」
 お峰は椛に変わって夕輝に肩を貸すと、戸口に向かった。

 椛が扉を開ける。

「なんでぇ、騒がし……夕輝! どうした!」
 平助は、
「おい! 小助! 仙吉!」
 家の中に向かって叫んだ。
 小助達が何事かと出てくる。
「小助! 布団ひけ! 仙吉、お前ぇは良庵先生呼んでこい!」
 小助達はすぐに行動に移った。

 その後のことはどたばたとしていて良く覚えてなかった。
 辛うじて覚えているのは医者が来て、寝かされていた夕輝を診たことだけだった。

 夕輝は数日間寝込んだ。
 何度か椛が見舞いに来たようだが、意識がはっきりしていなかったので何を話したかは覚えてない。

 夢うつつの中、気付くと枕元に少女の姿の繊月丸が座っていた。

「繊月丸……」
「十六夜、痛い?」
「ちょっとね」
 夕輝は安心させるように微笑んだ。

「繊月丸、この前は随分タイミング良く出てきたな。どうしてあそこに来たんだ?」
 椛が襲われた時、繊月丸がいたのは偶然ではないような気がしたのだ。
「あれは望の仕業だから」
「椛ちゃんを襲ったのが?」
「そう」
「あいつが望?」
「あれはただの手先」
「どうして望が椛ちゃんを襲うんだ?」
「未月の一族だから」
「未月……天満の一族って言うのとなんか関わりがあるのか?」
「天満一族が絶えた時、未月一族が跡を継ぐ」
「それって……」
 そこまで言って夕輝は意識を失った。

 ようやく起きられるようになった日の夕餉が終わると、
「平助さん」
 夕輝は平助の前に正座した。

「どうしたい、改まって」
「俺、甘く考えてました。真剣で戦っていても、刃引きの刀を使ってるから、殺してないからって軽く考えてました」
 殺していないから責任はないと思っていたのだ。

「でも、殺してなくても命のやりとりをしてることには変わりなかったんですね」
「怖くなったかい?」
「はい。恥ずかしいですけど、怖いです」
「真剣が怖くない方がおかしいやな」
「じゃあ、もう捕り物には行かないでくれるかい?」
 お峰が訊ねた。

「いえ、これからもお手伝いさせていただきます」
 お峰に答えた後、平助の方を向くと、
「足手まといにならないようにしますので、これからもよろしくお願いします」
 と言って頭を下げた、
「おう、頼りにしてるぜ」

「夕ちゃん、太一知らないかい?」
 お峰が辺りを見回しながら言った。
 稽古場から帰ってきて峰湯を手伝っていた夕輝は、薪の山から顔を上げた。

 あいつ、どっかでサボってんのか?

 お峰は太一を探しながら向こうに行ってしまった。

 しょうがないヤツだな。

 そのとき、夕輝の足下に何かが転がってきた。
 亀の根付けだった。
 それを拾って顔を上げると、誰かが走っていくところだった。
 その紐の部分に紙が結びつけてある。
 この根付け、太一が持ってた……。
 夕輝は急いで紙を開いた。

 えっと……………………読めない。
 人に読ませたかったら楷書で書け!

 夕輝は仙吉の所へ行って読んでもらった。

「正覚寺? それってどう行けばいいんですか?」
 夕輝は道を教わると、
「仙吉さん、すみません、少し休憩させていただきます」
 仙吉に頭を下げると走り出した。

 正覚寺は、寺が立ち並んでいる一角にあった。
 正行寺、本立寺……、正覚寺。

 ここだ!

「太一!」
 夕輝が正覚寺の境内に飛び込むと、大勢の男達がいた。
「来やがったな!」
 兄貴分と思しき男が言った。
 この前、太一と一緒に椛を襲った連中の一人だ。
 辺りを見回すと、男達の向こう側の木の根元の辺りに太一が倒れていた。

「お前ら! 卑怯だぞ!」
「るせぇ! やっちめぇ!」
 男達が一斉にかかってきた。

 夕輝は帯に差してあった鉄扇を手に取った。
 男の一人が匕首を突き出して突っ込んできた。
 体を開いて匕首をかわすと、手首に鉄扇を叩き付けた。
 骨が折れるような鈍い音がして匕首が落ちる。

 次の男が右斜め前方から匕首を振り下ろしてきた。
 匕首を弾くと、男の鳩尾に鉄扇を叩き込んだ。

 左から匕首を腰だめにして突っ込んできた男をよけると、足をかけて転ばせた。
 次の男の匕首をよけながら転ばせた男の手を踏んで匕首を手放させた。

 目の隅に何かが映った。
 振り返りざま、鉄扇を横に払った。
 後ろから切りかかかってきた男の首筋に鉄扇が決まった。

 前から二人が同時に突っ込んできた。
 とっさに右に飛ぶと、片方の男の肩に鉄扇を振り下ろした。
 男の手から匕首が落ちる。
 匕首を取り落とした男をもう片方の方へ蹴り飛ばした。
 二人がもつれあったまま転がる。

 兄貴分らしい男が匕首を振り上げて向かってきた。
 匕首を弾くと、鉄扇を肩に思い切り叩き落とし、ついでに鳩尾に叩き込んだ。
 男がうずくまる。

 夕輝は男の襟首を掴んで顔を上げさせた。

「お前が平次か!」
「そ、それがどうした」
 平次が苦しそうな顔で言った。
「先に裏切ったのはお前の方だ! これ以上、太一に手を出すな! 文句があるなら俺のところに来い!」
 そう言うと、平次を放して太一に駆け寄った。
「太一!」

 夕輝は太一を抱き起こした。
 顔中アザと傷だらけだった。
 胸や脛など、着物から覗いてる部分も同様だ。
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