ココア

永井 彰

文字の大きさ
2 / 10
心のカタチ

しんどい

しおりを挟む
 スローライフ。

 一番良い言い方ではないんだろう。

 でも、私たちは今の生活をそう呼んでいる。

 頑張って、頑張って、そうしたら頑張り過ぎた。
 兄もそうだし、兄ほどじゃなくたって、似たような話を実は最近、耳にする事は増えた。

 世の中は色々あるから、そうなのか?って分かって来たなら、そうなのか!って思える時間が始まっていくんだ。

 だから、気付けた事には、どんな小さな事でも「おめでとう」って言うようになった。

 私たちは、旅人とおんなじ。
 どうしてその旅を始めたのかを、頑張る内に忘れてしまった。
 だから、それを空の高い高いどこかから、神様が見守っていて、「そろそろ、思い出してね」と優しく案内してくれたのだろう。

「しんどいよおお」

 兄の声だ。全く外に出られない兄は、私たちで床屋さんをしてあげている。
 そういう優しさも含めて、しんどいのかもしれない。

 兄はひどい時には、1日に何度も「しんどいよお」を叫んでいる。

 近所迷惑とか、気にするのも無駄で、運動会の応援団長をしてた時よりずっと大声で、誰も応援しない苦しい声を出す。


 本当は、みんな、しんどい。


 社会の外の、誰も気にしない世界は、普通のヒトが思うより気持ち悪い。その気持ち悪さは、しんどいになって、心のとげとげを余計にとげとげにする。

 兄は社会の外にいるという、緊張と戦っているのだ。それを、しんどいという合図で、教えてくれている。


 そんな事ばかり考えていたから、センセイに会わずに1ヶ月も過ぎてしまった。
 私も、どこかでしんどいのかもしれない。


 センセイは、とても爽やかに笑っていた。


海咲みさきさん。久しぶりだね」

 兄に接するのと同じように、いや、誰にでも同じように接する事が出来る。センセイは、スゴい。

 どうしようもなくて困っている人に手を差し伸べられる人は、きっとみんな、そうなんだろう。

「お兄さん、ちょっと顔色が良くなったねえ」

 言われるまで、気付かなかった。

 兄の顔色が、良くなっている?


 心の風邪は、こじれると顔色にまで出てくる。


 兄はもともと、心配症で真面目な性格だった。みんながそうなら兄もラクに生きていただろう。

 でも、普通はもっと普通だ。

 だから、普通になれない個性は兄を苦しめていた。

 いじめられていたのだ。

 普通じゃない人は、いじめられる。
 そうしてしまう人も、しんどいを隠したとげとげがあるのかもしれない。

 しんどくなって、傷付け合う。
 そんな繰り返しが嫌になったのかもしれない。


 心の傷痕。


 兄の青白い顔、それは言葉にしなくても、しんどいよ、と言っているのだ。

 ずっとそうで、そんな兄に、私たちは向き合った。

 きっと、今まで、向き合わなさ過ぎたんだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

さくら長屋の回覧ノート

ミラ
ライト文芸
三連続で彼氏にフラれ おひとり様として生涯過ごすことを決めた32歳の百花。 効率よく最速で老後費用の 貯蓄2000万円を目指す【超タイパ女子】だ。 究極の固定費である家賃を下げるために、築50年のさくら長屋への入居を決める。 さくら長屋の入居条件は 【「回覧ノート」を続けることができる人】 回覧ノートとは長屋の住人が、順々に その日にあった良かったことと 心にひっかかったことを一言だけ綴る簡単なもの。 個性豊かで、ちょっとお節介な長屋の住人たちと 回覧ノートを続けて交流するうちに、 百花はタイパの、本当の意味に気づいていく。 おひとり様で生きていくと決めたけれど、 <<少しだけ人と繋がっていたい>> ──そんな暮らしの物語。

ハチミツ色の絵の具に溺れたい

桃本もも
青春
大学生になったばかりの梅若佐保には、ひとつだけ悔やんでも悔やみきれないことがあった。 高校で唯一仲良くしていた美術部の後輩、茜谷まほろが事故に遭うきっかけを作ってしまったことだ。 まほろは一命を取りとめたものの、意識不明がつづいている。 まほろがいない、無味乾燥な日々。 そんな佐保のもとに、入院しているはずのまほろが現れる。 「あたし、やりたいことがあって、先輩のところに来たんです」 意識だけの存在になったまほろとの、不思議なふたり暮らしがはじまる――

想い出は珈琲の薫りとともに

玻璃美月
ライト文芸
――珈琲が織りなす、家族の物語  バリスタとして働く桝田亜夜[ますだあや・25歳]は、短期留学していたローマのバルで、途方に暮れている二人の日本人男性に出会った。  ほんの少し手助けするつもりが、彼らから思いがけない頼み事をされる。それは、上司の婚約者になること。   亜夜は断りきれず、その上司だという穂積薫[ほづみかおる・33歳]に引き合わされると、数日間だけ薫の婚約者のふりをすることになった。それが終わりを迎えたとき、二人の間には情熱の火が灯っていた。   旅先の思い出として終わるはずだった関係は、二人を思いも寄らぬ運命の渦に巻き込んでいた。

無用庵隠居清左衛門

蔵屋
歴史・時代
前老中田沼意次から引き継いで老中となった松平定信は、厳しい倹約令として|寛政の改革《かんせいのかいかく》を実施した。 第8代将軍徳川吉宗によって実施された|享保の改革《きょうほうのかいかく》、|天保の改革《てんぽうのかいかく》と合わせて幕政改革の三大改革という。 松平定信は厳しい倹約令を実施したのだった。江戸幕府は町人たちを中心とした貨幣経済の発達に伴い|逼迫《ひっぱく》した幕府の財政で苦しんでいた。 幕府の財政再建を目的とした改革を実施する事は江戸幕府にとって緊急の課題であった。 この時期、各地方の諸藩に於いても藩政改革が行われていたのであった。 そんな中、徳川家直参旗本であった緒方清左衛門は、己の出世の事しか考えない同僚に嫌気がさしていた。 清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。 俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。 清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。 ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。 清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、 無視したのであった。 そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。 「おぬし、本当にそれで良いのだな」 「拙者、一向に構いません」 「分かった。好きにするがよい」 こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。

黄泉津役所

浅井 ことは
キャラ文芸
高校入学を機にアルバイトを始めようと面接に行った井筒丈史。 だが行った先は普通の役所のようで普通ではない役所。 一度はアルバイトを断るものの、結局働くことに。 ただの役所でそうではなさそうなお役所バイト。 一体何をさせられるのか……

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

処理中です...