いわゆる異世界転移

夏炉冬扇

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20:原石

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あの小さな鞄から家の中のありとあらゆるものが飛び出してきた。
街で買いそろえていた本、タロスが大事に使っていたテーブルや椅子。
寝床や衣服。
なるほど、金目のものは奴らに盗られ、家自体についていた棚などはなかった。
食糧庫に置いていたものは箱ごとある。
とりあえず食うには困らない。
その不思議鞄はこちらに来てから作ったという。
想像すればできるというが、わからない。どうしてそこに寝床が入るんだ?

しばらくはここにいるつもりだったので
風呂を作ってくれるという提案には飛びついた。
桶ではなく泉に入るような風呂が王城にあるという。
私は風呂好きなのだ。そのことを伝えると、なぜか、笑われてしまった。

暦を便所に飾るという不思議な習慣を聞き、暦を見つけ出すと、
これは私のために生粋の砂漠人のタロスが用意してくれたものだといった。
タロスの気遣いが、タロスの思いが、うれしかった。
大事なものが増えたような気がした。
しかし、彼女の大事なものはここにはない。ここではない世界にあるのだ。
彼女も母と同じで突然いなくなるのだろうか?
もっと、彼女の事が知りたい、名前もまだ知らない。
尋ねようと口を開きかけたら、タロスの鞄が山積み荷物の中から飛び出してきた。

話す声色と少し違う音で話しただけだ。
石を握っているわけではない。

またしてもすごいと言ってしまった。
きっと、風呂でも連発するのだろう。
・・・楽しみだ。

久しぶりに見たタロスの鞄はヌメ革でできた少し小ぶりの鞄だ。
街に買出しに行くときに譲ってくれたものだ。

小さな袋に金にはならないが、色の付いた石を集めていた。
タロス曰く、砕けたときに近くにある鉱物を巻き込んで色がつくのだとか。
色付きを見つけたら必ず回収して売らずにとっておくようにと言われていた。

それを嬉しそうに見つめてる。
これがそんなに珍しいのだろうか?同じようなものを自分も集めたと言う。
夜に砂漠に出て、私が砂漠に出ているときに、私の寝床で寝ていたという。

驚いた。男の寝床で寝るという意味を知らないらしい。
どんな世界なんだ?そこらへんも詳しく聞きたい。

そしてまた、言葉を失った。

初めて見る砂漠石の原石だ。

あの地響きは彼女が起こしたもので、
その時にこの原石も現れたらしい。

そして、海峡石まだ取り出した。
彼女も呼ばれるのか?海峡石に?

これだけの色と数を見たのは初めてだし、どれも大きい。
王都の宝石商が扱っているものはもっと小さい。色も薄い気がする。
テーブルに並べた石はとても濃い青や赤、緑、黄色に完全に透明なものもある。

願いが特化しているという話をすると
青い石をつまみ、水を出した。

願ったわけではないという。水に特化しているのか?
これだけの大きさだからなのか?
考え込む前に原石を削り取り、コップを2つ出現させた。

また、固まってしまった。
理解が追い付かない。

毛布を寄こせといわれ
うなずくと毛布を呼び、あっという間に四角ものに変形させると
椅子に置き座れと言われた。

座るとあの便所の椅子より柔らかく、座り心地がいい。
尻を包み込むような感じだ。すばらしい。
水も冷たくうまかった。

暦の願い言葉の話になり、
最初に覚える願い言葉を教えた。

彼女の口から出た言葉は想像するだけで震えがくるものだった。
なんと恐ろしいことを口にするのだろう。
しかしそのあとの話のほうがより恐ろしかった。
また言葉を失い、思考の中に沈んでしまった。


呼ばれて我に返る。
今は夜なのか?アサなのか?と。
アサがなにを示しているのか分からない。アサの挨拶というのは聞いた。
この空間だといつ月が昇るかわからないから聞いているのかとおもい、
暦の光具合を教える。
ところどころで分からない言葉がでるが、今から歌を歌うらしい。なぜ?

タンジョウビがどういうものかもわからなかったが、
子供でも知っていることを聞いてきた。
雨の日に契、雨の日に生まれる。
貴族は妻たちの部屋に訪れ、契を交わす。
街の男たちは妻を娶るために1年掛けて口説き落とした女を自分の寝床に誘う。
産婆は各家に廻り、娼婦は休日。産婆の手伝いをするものもいる。
それにしても、12回も子供を授かる機会があるとは、どういう仕組みなのだろうか?
あのときの涙は子ができるのを望まないからとおもったが、違うらしい。
犯罪と言われた。その前は暴力だとも。同意がないといけないとは。
では、同意があればいいのか?どうすれば同意をもらえるのだろうか?
少し、おおざっばな解釈をして話を終わらせてしまった。

歌うらしい。

その歌声は柔らかく、暖かなものだった。

幸せな誕生 あなたのために
幸せな誕生 あなたのために
心からの祝福を 愛しいマティス
心からの祝福を あなたのために


祝いをもらった。何もかもが暖かい。
また、聞きたい。

かれんだあ、とやらを作ったらしい。
一番上の石が一定のリズムで淡く光る。これでここの世界と向こうの世界の時間の違いがわかるらしい。

そして、鞄を作ってくれるという。すごいすごい。
まさに祝福だ。

タロスの鞄を大事そうに抱え、不思議な声色で鞄に語り掛けた。
それだけでできたのか?

さっそく、使ってみる。
本だけ、食料だけ、逆にまだ読んでない本、わすれてしまっている食料。
言葉の括りで簡単に出たり入ったりした。これはすごい。ほんとにすごい。

すごいを連発していると、風呂を作ってくれるという。
すごい、今日はなんていい日だ。
食料の心配して遠慮をしているのか、食事はとらないという。
ゼムが来ないだけで飢え死にすることがないように最低2回分は保存している。
この前のなんでもない祝いの食料と酒もまだあるはずだ。
その心配は不要だと誘うと、食事の誘いに同意してくれた。
うむ、同意だ。こうしていけばいいのか。
タロスやゼムにもうまいと言われていたからはりきってだそう。
おとっつあんという言葉の意味も教えてもらった。
なるほど、いらぬことを言うなということか。覚えておこう。
2人で食事、そして風呂。
楽しみがあるというのはすばらしい。今日は殺されかけたというのに。
鞄を使って早く片付けよう。
砂漠石も大量に分けてくれた。
砂を掬うように削り取ってくれたが、もう、驚かないし、
すごいとは言わない・・・こともない。すごい。

ある程度荷物が片付いた、というより鞄に収納したので、
彼女の話したことを試すことにした。
石の大きさではなく、その願いの強さ。
石が大きいからではなく、必要とするかどうか。
無理だ、ダメだと思うからできないのだ。
彼女は石を必要としないが石使い以上の力を発現できている。
できるのだ。石はそのきっかけ。

彼女のようにちょっと声色を変えればいいのか?
すぐには使わないものは鞄にしまい、あまった箱や入れ物で棚を作ってよう。
『木々たちよ、かの家にあったような棚にな、れ?いや、なってください。』
お願いすると言っていたので言葉を改めた。

すごい。棚だ。しかし材料が足らないのか、想像力が不足しているのか
すこし歪だ。もう一度。今度は語り掛けるように。

『すまん、もう一度お願いする。昔、家にあった飾り棚だ。
 暦とかれんだあを飾る。足りない部材は砂漠石たちよ、補ってほしい。
 よろしくお願いする。』

すごい。思った通りの飾り棚になった。すごい。
一人興奮していると、間の抜けた声が聞こえてきた。

風呂ができたらしい。ああ、楽しみだ。
統治者としての弟を褒められたが、もう、かかわりたくはない。もっと早くにここを離れればよかった。

そして布がほしいということだった。
背丈は晩年のタロスと同じぐらいだろうか?タロスのものの買い方は
いいものを長く使うというものなので、亡くなる前に新調した衣類がそのまま残っている。
その衣類一式と下着用の布を渡した。
自分の部屋と寝床を作ると。
寝床は一緒でもよかったんだが・・・まだ、早いな。
食事後に聞けばいい。同意してくれるか?と。
さぁ、急がねば。


「おーいい、飯ができたぞー。」
「はーい。」

飯の合図に返事が来たのは久しぶりだ。うれしくなった。
ああ、今日は私の幸せの誕生の日なのだ。
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