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231:歓声
しおりを挟む第8試合は見ていて気持ちのいいものではなかった。
師匠が資産院の人たちに、わたしが、予選でやったように、
蹂躙というより、甚振っている。
天文院のテルモ対マトグラーサ領国のタブネア。
剣対剣で、それぞれに防御に石は使っているのだろうが、
決定打にはならない。が、マトグラーサのほうが有利だ。
だったら、さっさと止めを刺せばいいのに、弄んでいる。
「マティス?」
「かまわないが。」
「姉さん、できません。コットワッツの人間なら問題ないですが、
お二人は今、わたしの護衛。我慢してください。」
「師匠は?」
「難しいですね。あれは天文院なので。」
「モウ殿、わたしが行きますので。」
ガイライさんが中央に向かってくれた。
「やめい!勝敗はついている!審判も何をしている?
これは戦ではない!
貴殿もそれが分からぬとは力量も知れているというものぞ!」
審判が慌てて勝利宣言をする。
「勝者、タブネア!」
「これは1番副隊長殿。
彼の闘志にこちらが応えたまで。
いささか、やりすぎた気は致しますが、力量が知れているというのは、
わたくしではなく、彼の方では?」
女の人だったんだ。へー。
いつでも駆け付けれるように技場まででていた天文院の2人が、
天文院控えの席に連れていく。完全に気を失っている。
「制御されてたのかな?ちょっと見てきます。」
師匠が天文院の控え席に移動した。
彼女、タブネアは客席に向かって、剣を高くあげると、
先程まで静まり返っていたが嘘のように大歓声が上がった。
同じ天文院で応援に来ていた人もだ。
テルモを抱えている2人も驚いている。
ガイライさんは何も言わずにまた、こちらに戻ってきた。
「ありがとうございます。」
「いえ、モウ殿。もっと早くに止めるべきでした。」
「彼は?」
「死にはしないでしょう。ただ、腱をことごとく切られてるようでした。
あれでよく動けたものだ。?ワイプ殿は?」
「様子を見に。制御されているようだと。」
「・・・そうですか。わたしも見てきましょう。」
第9戦
ボルタオネ領国・フック対コットワッツ領国・マティス
相手が槍なのでマティスも槍だ。
「マティス、わたしの愛しの人。正々堂々と。
武は礼に始まり、礼にで終わるのだと。
無理矢理歓声をあげさせるものではないと。
感動は与えるものではないと。
みなに示して。」
「無理矢理?」
「客席で歓声を上げてないのはここだけだ。
止めに入るまでみな顔をしかめてたのに。」
「ああ、わかった。お前の声しかいらないが、
心が動けば、人は声が出るものだ。」
「うん。いってらっしゃい。」
頬にキスを。
マティスが中央に出ると、黄色い歓声は上がった。
それは別にいらない。
礼をし、上段左の構え。
相手もつられて、礼を取る。
「はじめ!」
石は使っていないようだ。
純心に力と力。そうなるとマティスが上位なので
相手はつられていく。演武になっていく。
息が続くまでだ。
「くっ」
ここでマティスが一気に突き上げた。
「勝者、マティス!」
敗者を起こして、2人で礼。
彼にもタオルを。
マティスに握手も求め、その腕を高く上げた。
大きな歓声が上がる。
これが本当の歓声だ。
その歓声のなか、2番副隊長、カラームが出てきた。
黄色い歓声が上回る。
第10戦
コットワッツ領国・マティス対王都軍部・カラーム
「やっとマティス殿を超えることが出来ます。。
軍部ではマティス殿は伝説なのですよ。いくら強くても伝説には勝てない。
死人に勝てないようにね。
コットワッツはわたしにとって女神だ。
目障りな隊長は引退し、軍部も再編成になった。
これで、わたしは名実ともにニバーセル、いや大陸一だ。」
「そうか。しかし、強いものはまだゴロゴロいるだろう?」
1番副隊長も。」
「ああ、彼は昔の功績で、1番なだけです。」
「なるほど、これは間抜けな話だな。」
「ええ、そうです。」
やはり、ガイライは侮られているようだ。
耳が聞こえるときの状態を見ればこいつは驚くだろうな。
関係ないか。
ワイプとガイライが戻ったようだな。
では、始めよう。
うむ、横から見せたほうがいいのか?
まずは位置取りか。
三日月を構え、まずは打って出る。
強いのか?押さえているのか?私が衰えたのか?
無理矢理体を動かされているのがわかる。
相手の方が上位ということか?
動きが悪い。
マティスが押されてる?
「おや?珍しい。
強くても経験不足はどうにもなりませんね。
モウ殿、マティス君に声を掛けてあげなさい。」
師匠が笑ってわたしに言う。
「はい、師匠。」
技場まででるが、蜘蛛の巣がまとわりつくような感じがした。
うー、気持ち悪い。
『ちちんぷいぷい』
これは、小さな声で。ふわっと軽くなるのが分かる。
マティスも気付いたようだ。
『マティス!魅せろ!!』
「おお!」
先程までの剣技が児戯に等しいとわかるほどに魅せてくれた。
受ける2番さんは必至だ。基礎体力がないのだろうか?
とうとう、膝を付き、鼻先に三日月がピタリと止まる。
「・・・参った。」
「勝者、マティス!」
大歓声だ。黄色い声もかき消える。
起こしも握手も、タオルも渡さずにこちらに戻ってくる。
はやく離れたいのだろう。
技場を漂うクモの糸。
マティスの体にもついている。
次はルグが戦うからきれいにしておこうか。
『風よ、ここにある糸を紡いでおくれ』
それっぽく小さい声で言いながら右手をくるっと回す。
右手にきれいな糸の束が巻き付いた。
リアル蜘蛛の糸。
なんか科学的に再現したニュースを見たな。
ものすごく丈夫だって話。
「愛しい人。」
「うん、エスコートしてね。」
左手を差し出すと、跪いてキスをしてくれた。
キャーっと悲鳴のような声。
いや、うちの旦那さんなんで、問題はないですよ?
席に戻るとマティスが倒れ込む。
とっさに支えられなくて師匠が抱えてくれた。
「うそ!なんで!!?」
血の気が引いていく。
「モウ殿、大丈夫ですよ。糸、操りの糸にやられましたね。
かなり前に流行ったんですよ。
目に見えない糸のようなものが、マティス君の体についていたんでしょう。
それと砂漠石の組み合わせ操れます。知っていれば、意識を別に向ければ、
どうってことはないのですがね。
気付かずに息をすると同時に体のなかにも取り込んでいますから。
次に月が昇るまで寝ています。目覚めれば問題ないですよ。」
「寝てるだけ?大丈夫なの?」
「ええ、大丈夫ですよ。
前試合で使ったのもこれですね。まだあったことに驚きです。
客席には糸より効果の薄い粉を撒いたのでしょう。
糸は相手を限定できます。
範囲が狭いほど効果が上がるので、カリームはマティス君限定で使ったと思いますよ。」
「そうですか。よかった。あ、糸ってこれ?」
「み、見せてくれ!!」
トックスさんが興奮気味に言うので渡しておく。
寝椅子に運んでもらう。
膝枕状態でおまじない。
『ちちんぷいぷい、悪しき者、邪なるもの、遠いお山に飛んでいけ。』
「・・・愛しい人。またわたしは操られていたか?」
「どうなんだろうね?」
「おや?目が覚めましたね。これは興味深い。石の力?」
「モウ殿は技場でも、ちちぷ?そう呟いていたな?」
ガイライさんは耳が別格でよくなっている。
大声出したら耳がやられるのでは?
「聞こえましたか?大きい声は?耳が痛くなりませんか?」
「ああ、それは試してみました。大丈夫です。
それで?」
「ああ、ちちんぷいぷいですよ。故郷のおまじないですね。
よく効きますよ?
正確には、知仁武勇は御代の御宝で、
お前は武勇と知力に優れた宝なんだから泣くんじゃないってことなんですよ。
だから、泣いてる子供なんかにね、
ちちんぷいぷい、痛いの痛いの飛んでいけ、遠くのお山に飛んでいけって。
子供って母親は絶対でしょ?母さんが言ったから大丈夫って思うわけですよ。
ああ、マティスが子供ってわけでもないですよ。
ここではよく効くおまじないの言葉と思ってください。」
「わたしにも効きますか?」
ガイライさんが不安そうに効いてくる。
効くと思えば効くし、効かないと思えば効かない。
コットワッツ組はプラシーボ効果+わたしへの絶対感があるから効くだろう。
ガイライさんはどうだろう?
『ガイライ、効きますよ?ちちんぷいぷい、痛いの痛いの飛んでいけ!
母さんが言うのだからね?』
「はい。」
微笑ましいが、わたしの太ももにはマティスが乗っかている。
「マティス?このまま棄権する?」
「申し訳ないのですか、マティス君?
あのマトグラーサの方と対戦してもらえますか?
また糸を使うかどうか知りたい。
ガイライ殿はカラーム殿に聞いてもらえますか?」
「わかった。様子も気になるし、見て来よう。」
ガイライさんは軍部の控え室に戻った。
あれ?結局軍部は全滅?反省会ですね。
「あの糸は使ってはダメなの?」
トックスさんは、糸を広げては巻き取り、伸ばし、検証している。
「いいえ。ただ、はやりに流行った時にその糸を出す生き物の乱獲がありましてね。
絶滅したということになってたんですが、どうやら違うようなので。
こういうことも資産院は把握しておきたいんですよ。
さ、マティス君?師匠のお願いですからね。
それに、モウ殿に声を掛けてもらっての勝利でしょ?不本意ですよね?
もう一試合することは問題ないでしょう。」
「もちろんだ。愛しい人、もう一度見ていてくれ。」
「ん?十分堪能したよ?
戦いにもう一度はないよ?わたしだけがいてもダメだったし、
師匠だけがいてもダメだったってわかってる?
おかしいとおもった?どうしておまじないしなかったの?」
「・・・勝てる相手だと慢心した。」
「うん、そうだね。過信、慢心、絶対だめ!よろしい?」
「イエス、マム。」
「ん。」
キュウと腰を抱くマティス。
ほんとによかった師匠がいてくれて。
師匠を見上げ目で礼を言っておく。
師匠は師匠の顔で頷いてくれた。
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