いわゆる異世界転移

夏炉冬扇

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284:大陸一

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湿地の中で夜を過ごし、月が沈めば、
そのまま街道に出る。

混合はじめの月が近いので1日が短い。
疲れたら寝る。おなかがすいたら食べる。
そんな感じで、鍛練しながら街道を進んでいく。
すれ違う馬車もない。
混合はじめの月からが活発に動き出すそうだ。

イリアスの王都の門。
今日の月が混合はじめの月となる日に門前についた。
月が沈んで半分が過ぎている。すぐに月が昇るの。

大きく開いた門から、馬車が飛び出していった。
とうとう見ました。アヒルです。
大きい。わたしの知ってるアヒルを
大きくして、耳をつけたもの。うん。あのお面はなかなかの上出来だったんだ。
黄色いくちばし、黄色い足。あの足はカンジキのような役割をするのだろうか?
しもやけになりそうだ。
クーアーと一声あげて過ぎていく。かなり速い。
わさわさと羽根を動かすと、ふわりと羽根が抜け落ちる。
ダウンジャケットの羽根や羽毛布団の羽根は生きたままの
グースやダックから抜くと聞いたことがある。
ちょっとショックだった。
毛皮反対とかは言わないが、それはちょっと違うと思う。
肉を食べ、羽根も利用するというのはいいのだ。
わたしは勝手主義者なのだ。

その羽根が舞っている。

「羽毛布団!!ティス!ちょっと待ってて!」
キャッキャウフフと羽根を集める。
できるだけきれいなものを。
ダウンボールというのだろうか?それを集める。
一抱え分を取る。うん、獣臭くない。よかった。

「愛しい人?それは食べてはいけないよ?」
「わかってるよ!もう!なんか袋!風呂敷!」

大きな綿の布を出してもらう。
それに包んで背負子に載せる。重さなんてありません。

王都に入るために並んでいる人たちが、皆が笑ってる。

「ティスさんや?」
「ん?なんだ?」
「このアヒルの羽毛はもちろん食べないんですが、
なにかに使ってるいるのですか?」
「なんだ?その話し方は?」
「いや、ちょっと。使ってるよね?」
「いや、そんな話は知らない。故郷では珍しいのか?」
「あ、うん。珍しい。これ、取っても大丈夫なのかな?」
「大丈夫だろ?ただ、誰も拾わないだけだ。」
「うん、そうみたい。ごめんね。なんか笑われてる?」
「ん?いやなのか?」
「ううん、ティスが嫌な思いしてない?」
「どうして?私は愛しい人が楽しそうにしてるのを見れてよかったよ?
手伝おうか?」
「ううん。まずはこれだけでいい。」
「そうか。」

ちょっと失敗したな。恥ずかしい。
拾われない赤い羽毛は地面に落ちていく。
道がなんとなく赤いのはこのためか。

羽毛布団はないのか。
いらないほどなにか温いものがあるのだろうか。
寒いと聞くのに。
ああ、北海道のように、室内は完全に暖かくしてるのだろう。
セントラルヒーティング?
北海道の人は本州の方が寒いという、笑い話のようなことを聞いたこともある。
ふーん。
あ、でも寒い。毛皮は早い。ああ、樹石のカイロ。

「ティス!これ、ポッケにいれとき。」

厚めの布でちょっと暖かくなってもらった石を巻く。

「あ、温いな。これが樹石のかいろ?」
「そう。腰にあたるようにするのがいいけど、
とりあえず、ポッケにね。あとで、腰にぽっけを作るよ。」
「浮かす?」
「なるほど、いいね。集中力の鍛錬になりそう。」

ふたりで、ごそごそと腰のあたりに石を浮かしてキープする。
「お、暖かいな。これはいいな。ここイリアスは寒いから。」
「そう。でも、きっとなにかもっといいものがあるよ。」
「そうだな。」


ここイリアスの王都でも問答がある。
ただし、石は使わない。デイの守衛さんのように
嘘が分かる人が守衛に立っている。
なんとなく嘘だという気配がわかるらしい。
マティスもわかると言っていた。
「え?そうなの?」
「ああ、嘘か嘘でないか、悪意があるかないか。それはわかる。」
「おお、わたしが嘘ついてるのもわかるの?」
「わかるぞ?もう少し食べたいくせに、もうおなかいっぱい、というのはたいてい嘘だ。」
「!!!!!」
「あはははは!」

なんたること!
ん?じゃ、わたしのでたらめ科学な話は?

「それが嘘かどうかは理屈を知らないからな、判断できない。
あなたが私のために一生懸命だということはわかるからな。」

そうですか。


「次!!お前たちはどこのだれで、どこからきてどこに行く?」
「俺たちは砂漠の民、ティスとモウ。夫婦だ。
ニバーセルが一領国、コットワッツの砂漠、サボテンの森から来た。
ここ、イリアスに昔の知り合いがいると聞いて尋ねるために来た。」
「ほー。どこにいるか知ってるのか?」
「去年にいた宿は聞いている。不風亭という宿だ。」
「去年?今いないかもしれないぞ?」
「そしたらそこから探すよ。」
「そうか、ちなみになんて名?大抵の人間は把握しているぞ?」
「ニックだ。槍使いのニック。」
「ああ、ニック?槍使い?酔っ払いのニックだろ?
たしかに不風亭にいるな。ここをまっすぐ行けばすぐわかる。宿は結構大きいからな。
知り合いなのか?じゃ、酒ばっかり飲まずに働けと守衛のトルガが言ってたと伝えてくれ。
その後は?商売はするのか?するのなら、ここに来て届を出してからだぞ?次!!」


せかされるように、追いやられた。
ここは結構出入りが激しい。
目立つ名産はないが、広く浅くあるので、仕入れの人、
ここにはないものを売りに来る人も多いようだ。
商売の街だね。


「酔っ払いだって。」
「そうだな。別に驚かない。槍を持っていなければ酔っ払いだ。」
「あははは、なるほど。ここは別に嫌な臭いはしないね。
道が赤いのはアヒルの羽根なんだね。
アヒルって何食べるの?」
「なんでも。人と魚以外。」
「おお、ちょっとおっかないね。」
「ははは、あの歌の通りなんだ。だから余計におかしい、ふふふ。」
「じゃ、川があるのね?」
「ああ。それがあの渓谷につながっていると聞いた。
湖があって、川があり、海につながってる。
その川の一つが渓谷につながっているといわれている。
確かめたものはないがな。」
「へー。面白いね。湖もきれいそうだね。」
「ああ、雪が積もれば一面真っ白なんだが、そこは雪が積もらない。」
「へー、地熱があるのかな?」
「ちねつ?」
「そう!温泉が出てるかも!おお!たのしみ。
ニックさんに挨拶出来たら温泉掘り当てよう。」


不風亭は結構大きな宿。
5日で2人5リング。でも、今の時期はすぐに満員になるから延長はできないといわれた。
合わさりの月までいるとすれば12日。
15日分、15リングを払って置く。早めに引き上げてもお金は半分だけの返金。
なかなかしっかりしてらっしゃる。でも、それが商売だろう。

「それで悪いが、ここにニックという人物がいるか?」
「へ?伯父貴の知り合い?」
「むかし、世話になったんだ。いるか?」
「世話って、かなり昔だよな?だったら。中庭にいるよ。
へー、伯父貴が世話ね。信じられんね。」
「そうなのか?」
「そうだぜ?毎日酒を飲んでる。なんにもしない。
去年なんか、10ぐらいの子と朝から晩まで湖にいってた。
親が許してたからいようなものの、
一歩間違ったら犯罪だぞ?あんな子に何やってるんだって話だ。」
「ああ、槍を教えていたのだろう?ニックは槍使いだから。」
「へ?なにそれ?初めて聞く。俺がものごころついたころから
酔っ払いだぜ?」
「あははは。そうか。それも間違ってないな。」

「マティス!!」
「ティスだ!久しぶりだな?」


まー、なんというか、超かっこいいおじさまがやって来た。
うわー、どうしよう。お酒で赤ら顔だけど、どまんなかストライクって奴だ。

「愛しい人?」
「あ、ごめん、超タイプだわ、ニックさん。」
「よし、ニック!手合わせだ、身の回りの物を整理してこい。死ぬことになるのだから!」
「いや、まって、まって。好みであって、お肉がスキーって感じ。
肉好きでも、お肉と添い遂げる気はないから。」
「だれだ?」
「初めまして。ティスの妻でモウと申します。
この度、ご縁がありまして、このティスと唯一の契りを交わしました。
わたしの故郷の風習でお世話になった方に結婚の報告をするというのがあります。
そのために、ニバーセルが一領国、コットワッツの砂漠、サボテンの森からやってきました。
以後、お見知りおきを。」
「へー、結婚したのか?いいな!祝いをしねーとな。」

「お客さん!ここで騒がないでくれ!伯父貴も!
部屋に行ってくれ!!」
「これはすまない。1階だな?モウ、行こう。
ニックは祝いの品を持ってこい!」
「あはははは!よしよし、すぐに持っていこう!」

ニックさんはまた奥に戻っていった。

わたしとマティスは部屋に。
中庭に面していて、外に出れるようになっている。

「愛しい人?もう一度聞くが、ニックが好きとかじゃないんだな?」
「え?当たり前でしょ?うーん、どういったらいいかな?
マティスなら好きな石鹸の好みってあるでしょ?そんな感じ?」
「石鹸?好み?ではああいう感じが好きと?」
「そうそう。マティスもあんな感じ以上になる予感がするね!
いやーん、ますます惚れる!!」
「そうか。ならば殺すこともないか。」
「ふふふ。」

うわ、すごい気合が中庭からする。
「え?ニックさん?」
「ふん、これが祝いらしい。終われば、宴会だ。」

「出てこい!マティス!!」
「だから、ティスだ!やはり耄碌したんだな?」
「ああ、ティスか、そうか。どちらでもいいさ!来い!」
「はっ!!」

マティスが気合を入れ、ニックさんに向かって行く。
うわー、かっこいい。2人とも。

ああ、素敵だ。
わたしはあの領域までいけるのか?行かないと!
ああ、涙が出る。


キンとマティスの槍がはじかれ、目先に槍が止まる。
「参った!」


マティスがわたし以外で負けたのを初めて見た。

「マティス!!」

思わず抱き付いてしまう。
うー、涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。

「うー、かっこよかった。すごかった。うー。」
「そうか?負けてしまったよ?」
「ううん、ううん。すごかった、かっこよかった!言葉が出ない!
マティス、好き!!愛してる!!」
「ふふふ。ああ、知ってる。私も愛してる。
ニック!素晴らしい祝いをもらった、ありがとう!」
「は?なにいってる?お前、左の動きが悪いぞ?
ん?左は動くのか?あれ?目は?」
「ああ、話をしよう。さ、愛しい人、部屋に入ろう。宴会をしないとな。
準備を手伝っておくれ?」
「うん、うん。」


中庭で行われた、おそらくこの大陸一の槍の手合わせは、
偶然見ることが出来た泊り客と、心配して確認にきた、
ニックさんの甥っ子を唖然とさせたままお開きとなった。



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