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300:屁理屈
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資産院の鍛練場は新しくなっていた。
大きさは前回と同じだが、天井が高い。
体育館ぐらい。
あの5人と天文院のクッション泥棒3人組と元院長の護衛2人も来ていた。
正式に資産院に所属になったそうだ。
まさしく、ワイプ師匠の配下。
力で従わせています感満載だ。体育会系。
糸でけがを負った一人は完全に回復している。
石使いすごいな。
しかし、わたしを赤い塊モウだとは認識していない。
マティスはわかるようだ。
わたしも人の名前と顔を覚えるのは苦手だ。
彼らは砂漠の民の服を着ているわたしを赤い塊だとは認識していない。
別の女性を伴っていると思っているようだ。
「くふふ。マティスには妻が2人いてることになるね。」
「?」
「だって、赤い塊のモウと砂漠の民モウは別だもの。
ここの人は服で民族を認識してるからね。
しかも同じ名前だ。マティスも愛しい人と呼ぶからますますわからない。」
「そんなものだろうか?しかし、棒術の筋を見れば気付くんじゃないか?」
「わからないと困りますが手合わせは見せませんよ。
ああ、オート院長が来ましたね。
彼にはある程度のことは話しています。」
そうか、オート君も配下になってるんだ。
「ワイプ!」
あ、違う。うまく使われているほうだ。オート君が。
「オート院長、どうしました?今日からわたし休暇ですよ?」
「わかっていますよ。
しかし、マティス殿の奥方殿がいらっしゃってるんだ。
挨拶をしないと。あの修羅場での甘味は素晴らしかったからね。」
「ああ、なるほど。モウ?いいですか?」
「ええ、もちろん。
こうしてご挨拶させて頂くのは初めてですね。
マティスの妻、モウです。
ああ、今回は砂漠の民ティスの妻、ワイプ師匠の弟子として
来ております。
コットワッツのルグはあの時はわたしの配下でございました。
とても無礼な態度を取らせていましたこと、改めてお詫び致します。
その後の采配、助かりました。
コットワッツ領主もなかなかにできた御仁だとおっしゃっておりました。」
「あ、いえ、そのような。あのあとの事情はワイプから聞いております。
お恥ずかしい限りです。それに差し入れを頂いたこと、感謝しております。」
「気に入っていただけたのならうれしいです。
今回のことで、院長に抜擢されたとききました。
そのお祝いといってはなんですが、甘味を気にいったと師匠から聞きましたので、
どうぞ、これを。日持ちはしませんので、お早くお召し上がりください。
お酒も少し入ってます。
ああ、クッキーとラスクは別に。これは多少は日持ちはします。
こちらは、氷を入れていますが、溶け切る前にどうぞ。」
「うわ!!うれしいです。中をみても?
これ!すごい!すごい!」
「ちょっと!モウ?こんなのはわたしも食べていない!
しふぉんけえきでしょ?クリームは乗っかってましたが、これ、ウリとモモ?」
「だって、あのときはなかったでしょ?ウリもモモも。
同じようなもの作ってますからあとで食べましょう。」
「ならいいです。オート院長?これは我が弟子モウからですからね。
師匠のわたしの顔を立てるためですよ?そのへんご理解してくださいね。」
「うるさいな、ワイプは!わかっています!
面倒なことはわたしに押し付けるくせに!!
モウ殿、これはありがたくいただきます。」
「ああ、それと砂漠調査の件、ちょっと後回しです。
あとで、お時間ください。
ほら、休暇中なのに仕事をする部下。すばらしい。」
「・・・・。よく言う。」
オート君はケーキの入った箱を受け取り、ほくほくで
仕事に戻っていった。
かるく合同で鍛錬をする。
砂漠の民の服は動きやすいのでそのままだ。
師匠は芋ジャー。
10人も一緒。仕事は?弟子扱い?
「ん?ああ、彼らですか?鍛練が終われば仕事ですね。
もちろん弟子ではありません。」
どうしてもマティスを末席の弟子にしたいワイプ師匠。
なるほど。
マティスも黙って師匠のメニューをこなしていく。
たぶん荷重がすごいことになってると思う。
だって、床沈んでるもん。
「ティス!その床はあと直してくださいよ!
でないとモウと手合わせしたときに怪我しますよ、モウが。」
「・・・。」
マティスは床を直してから、5mmほど浮くことにしたようだ。
「さ、体も温まりましたし、10本勝負いきましょうか?」
「はい!師匠!」
ちょうど軍部に戻っていた、ガイライとニックさんがやって来た。
何人かついてきている。
「モウちゃん、こいつらにも勉強のためにワイプとの
手合わせ見せてくれねえかな?」
「ニックさん、わたしたちはワイプ師匠の弟子です。
師匠がいるのなら、武に関することは、師匠の許可がいります。」
「ワイプ!かまわねえか?」
「ダメですよ。資産院のこの人たちにも見せないのに。」
「なんで?ははーん、モウちゃんに負けるからか?」
「ニック殿?わたしの立ち位置はご存じでしょ?
モウと真剣にすれば、わたしもそうならざるを得ない。
あまり自分の手の内は見せたくないんですよ。」
「ああ、そうか。んー、どうすっかな?」
「勉強というならあなたとティスとがすればいいんじゃないんですか?」
「この前やったよ。でも、いいな。ここは広いしな。
どうだ、ティスちゃん?」
「・・・。」
「左の悪いところを教えてやれるぞ?」
「よかろう。」
6人ほどの見学者が前に陣取り、
10人の師匠配下も自分たちも見たいということになった。
わたしも見たいがその前に、ガイライを鍛練場の隅に呼ぶ。
声が聞こえないように砂漠石で膜は張る。もちろん、膜は見えない。
「ガイライ?なんで見学なんてことになってんの?
あまり人に見せるもんでもないよね?」
「申し訳わけない。あの6人はニックの復帰に不満があるようで、
ニックの方もだったら手合わせしようと。実力を見せてやると。
モウとワイプの手合わせをみてからということになったんですが、
ニックがあなたのことを褒めちぎったんですよ。
それが、ワイプの一番弟子だと知って、あの6人が笑いましてね。
ワイプの実力も知らない、ニックの現役をしらない。若手なんですよ。
ただ、力はある。あれらを育てるのも仕事なんです。
ニックは2人の手合わせを見せれば勉強になると踏んだんですが。」
「はっ!くっだらない。
ガイライ?これは、師匠が、ニックさんがどうのという話じゃないよ?
あんたが舐められてるんだ。なぜ抑えられない?らしくもない!
ん?なにか不安なことあるの?」
「モウ、声が聞こえるのです。ずっと、遠くの小さな声も。
わたしの話をしているのが聞こえるのです。」
「ああ、幻聴じゃなくてほんとに聞こえるんだね。
なんて?だれがお前のことをなんていってるの?」
「軍の弱体化の要因はわたしだと。
昔の人間、ニックのことですが、それを呼び戻してどうする気だとか、
陰口が聞こえる。
することすべてに文句を言われる。なにもできないんです。」
「はぁ?それは陰口でも何でもない事実だろ?
いままでだって、上司の悪口、陰口はさんざん部下は言ってたんだよ?
聞こえてなかっただけだ。
だいたい、そんなことをいわれてなんで何もできないんだ?
嫌らわれるのが怖い?お間抜けなこと言うんじゃないよ?
上官だろ?
文句を言われてなんぼなんだよ。
耳が聞こえていたときでもみな言っていたはずだよ?
それで聞こえなくなって、実際、そういう陰口は聞こえなくなった。
それだけだ、上司の悪口だけで、酒のあてがいらないほど呑めるんだよ?
あんただって、若い時はそうだっただろう?
いざ、自分が言われる立場になってビビッてどうする?
折角聞こえる噂話、なぜ、うまく使わないんだ?
純粋すぎる!心を鍛えろ!お前は陰口を言われただけで死ぬのか?
飯も食えないの?違うだろ?軍部の隊長がそんな弱くてどうする!
部下を死地に行かすときも、それが最善の策ならば、躊躇はするな!
恨まれろ!それで、助かる命があるのなら!
全員に嫌われてもいいんだ。それが仕事だ。覚悟しろ!戸惑うな!受け入れろ!
嫌なら軍なんか辞めちまえ!」
「・・・。」
「ガイライ、全員に嫌われても、母さんがいるだろ?
母さんは味方なんだ。絶対のな。
間違ったことをすれば今回みたいに叱るけど、嫌いになることはない。」
「モウ。」
「ん?なにガイライ?」
「わたしはあなたの息子でいていいですか?」
「もちろん。」
「わたしはあなたの臣でいていいですか?」
「鍛えろ、心を。強い心でわたしを守っておくれ。」
「はっ、我が主。」
言うことはいって膜を外す。
「もっと、腹黒くならないとね。師匠のように。」
「モウ!聞こえてますよ!」
「くふふ。尊敬してますよ?師匠?」
「はいはい。さ、あなたの旦那様が気を飛ばしてますよ。
前に行きなさい。」
「はーい。」
またマティスとニックさんの手合わせが見れるのはいいが、
泣かないようにしないと。
休憩用の椅子に腰かける。
すると、3番さんがやって来た。
「ガイライ隊長!ここでしたか!お!マティス殿?
ん?あなたは!!なんと!ニックと手合わせですか!!
なんで呼んでくれないんですか!!」
「ルカリ殿!ご無沙汰しております。」
手招きで、こちらに呼び、少し小さな声で、
今回は赤い塊としてではなく、ワイプ師匠の弟子として入都、
砂漠の民、ティスとモウだと説明した。
「おお!そうでしたか。それでも、マティス殿とニックとの手合わせ、
声を掛けてくれればよろしかったのに!」
「ふふ、そうでしたね。さ、こちらで一緒に見ましょう。
ん?すこし、体を絞りました?」
「わかりますか!やはり、槍の長さ、重さは、変えられない。
なので、体重を落としております。」
「そうですか。ちなみにどのように?」
食べる量を減らしているそうだ。
「それはちょっと辛くないですか?」
「ええ、つらい。しかし、ここで耐えないと。」
「夜に食べるのではなく、起きて、軽く運動してから、食べるといいですよ?
そうすると、起きてる間に消化します。寝る前に食べるのが一番よくないとか。」
「月が昇るときではなく、沈んでからということですか?」
「ええ。そう聞いてます。しかし、寝る前もすこし食べたいですけどね。
我慢しても体にわるいですから。どうしてもなら少しだけ。
よく噛んで。一口30回噛むとか。食事の前に、お酒ではなく、
水ではなく湯冷ましを1杯のむとか。」
「なるほど、勉強になりますな。」
「いえ、それだけ短期間に絞ったんですもの、
元に戻ったらもったいないですから。こういう話は女性の方が詳しいですよ?
逆にどうやって?って聞かれませんか?」
「ええ!そうなんですよ!声を掛けられて、モウ殿と同じように、
痩せましたね、どうやって?と聞かれるので、
食べる量を減らしてると答えると、そうですか、で会話は終わります。」
「あははは!そんな正論は聞きたくないんですよ。」
「では、モウ殿から教えてもらったことを答えてもよろしいか?」
「まずはご自分で試されてから、効果があればいいんじゃないですか?
向き不向きがありますし。」
「なるほど、やはり勉強になりますな。」
なんでこんなダイエットトークをしているかというと、
マティスとニックさんが、手合わせでも鍛錬でもない、
左腕強化講習をしているからだ。
見学者は参考になるのかみなが聞き入ってる。
師匠とガイライは、腹黒とは何ぞやの講義のよう。
困った奴だ。
「さ、ティスちゃんよ、やろうかね。」
「おうよ!」
演武にもならない、舞にもならない。
中庭でしたときよりも格段に速さが違う。
振り回す半径が違う。
「上空はダメだろ!」
「お前はな!!」
上に飛び上がり、空気を蹴って突進する。
受けるニックさん。
そのまま低い位置から突き上げるマティス。
脚の位置がいいのか、ぶれない。
「・・・これずっと続くね。舞にも演武にもならない。」
もちろんわたしは感動して半泣きだ。
「そりゃそうでしょ。互角ですからね。演武にはならない。
舞はよほどの息が合わないと。わたしとマティス君とで
舞ったことはないし、この2人も無理でしょう。」
「そうか。そろそろ止めないと建物が壊れますよ?」
「そうですね。ガイライ殿?気合で止めてくださいな。」
「ああ、わかった。」
ぬんっ
そんな書き文字が出るような気合い。
ピタリとマティスたちの動きが止まり、
ガイライに体を向ける。
見学していた者たちもだ。
こう、上官の前に整列するような?
当然3番さん、ルカリさんも。
師匠はニヤニヤしてる。なにかアドバイスしたんだろう。
さすが師匠だ。倍ほど年齢は違うのにね。
「見事だな、ニック。さすが、わたしの右腕だ。」
「はっ。」
「お前たち6人も、この手合わせをみてまだ、不服があるなら言ってみろ?」
「・・・相手は誰ですか?」
知らないんだ、そうか、みんながみんな知ってるわけでもないか。
「・・・砂漠の民、ティス殿だ。
なんだ?やはりニックの力はわからないか?自分の方が強いと?」
「・・・。」
「はっきり言え。」
「そうです。」
おお!言い切ったよ。素晴らしい。
資産院の人たちはこの時点で返された。
仕事もあるし、ここから先は軍部の話だ。
「はー。そうか、わからんか。
ガイライ、いいよ。要はお前たちとやって、勝てばいいんだろ?」
「それ、軍部でやってもらえませんか?
わたしはこれから10本勝負をするので。」
「俺だってそれが見たくてここまで来たんだ!」
「じゃ、ちゃっちゃと終わらせてください。
ニック殿なら一瞬でしょ?へたに育てようとするから駄目なんですよ。
鞭だけでいい。」
なるほど。勉強になるなー。
横で黙ってるルカリさんに小声で聞いてみる。
「ルカリ殿?あの6人っていいところのボンボン?」
「ボンボン?うまいこといいますな。
貴族です。王族に近い。今回、大幅に人数も減り、
募集をかけました。
優秀な若者も来ましたが、そこに貴族が自分の息子たちをと。
ただ、扱いは新人と同じです。それが不満のようでした。
寄宿舎がきたない、食事がまずい、寝床が固い、と。
庶民とおなじ鍛練内容が気に入らないとか。
そこにニックの復帰がきまり、わたしたちは喜んだのですが、
あの6人を中心とする若手の者たちは、受け入れられないと反発しました。
それで、場所を変えて話すことになったのですが、
戻ってこないので、追ってきたのです。」
「ははは!どこでもある話ですね。ルカリ殿も抑えられない?」
「お恥ずかしい。俺も貴族です。爵位は彼らの方が上です。逆らえない。」
「あー。ガイライは?」
「彼は庶民です。だから、実力で隊長になった。
ほとんどのものが彼を尊敬しています。しかし、自分の一族がからむと
手放しで応援はできない。」
「あらら。うちの息子はなんともいえない立場なんだねぇ。」
「え?モウ殿?息子?」
「うふふ。そうですよ。ガイライは我が息子です。」
「え?そ、そのようなお年には見えません!お若くお美しい!」
「・・・ルカリ殿は純粋ですね。これは、ほんとに困りましたね。
ニックさんを呼び戻してよかった。
救いは自分が強いから”弱い”ニックさんには従えないってことかな?
師匠の指摘はさすがですね。」
「モウ殿の師匠はワイプなのですか?」
「ええ。笑いますか?」
「とんでもない!あの大会でワイプの実力は垣間見てます。
あとで、示し合わせたという噂がでましたが、そんなことはない。
これでも副隊長、
意図的に隠されれば気付かぬが、出された力の有無はわかる。」
「さすが、ルカリ殿ですね。あなたに挑んだ部下も、
気持ちのいい戦い方をしていた。
部下をみれば上官の力もわかる。上官をみれば部下もわかるといいたいが、
これはね、どうしようもない。やはり、鞭か。」
「愛しい人。」
「ティス!やっぱり泣いちゃったよ!
格段に左の動きがよかったね。いい助言がもらえたんだね。」
「マティス殿!!ああ、いまはティス殿?よきものを見せていただけました!」
「ルカリ、か?痩せたな。槍のために体を合わせてるのか?無理をするな?」
「はい!いま奥方にいろいろ助言をもらいました。
そ、それで、ガイライ隊長のご母堂だと聞いたのですが。」
「?ああ、ガイライが愛しい人を母として慕ってるのだ。声が似ているとか。」
「!!!モウ殿!!」
「あははははは!!だって!だって!ルカリ殿は純粋すぎる!あはははは!!」
「・・・それはよく言われます。軍部においてはよろしくないんですよ。」
「いえいえ、みながみな師匠のように腹黒かったら困ります。
できればそのままで。」
「はぁ。」
「さ、ティス!なんかもめてるね。なんだって?」
「ああ、ワイプがいらぬことを言うから、無礼だ、不敬だと騒いでる。」
「あー、そうなるんだ。師匠はなんて?」
「人の家で勝手に騒ぐようなことをする子供なのかと。」
「ぶふ!!あ、実際子供?」
「若いな。成人前だな。」
「おお!あれだね。
”がたがた抜かすな!毛が生えそろってから文句を言えや!!”
って奴だね。」
「!!!」
「愛しい人、ルカリの前だ。」
「あ。ルカリ殿。お下品でしたね。申し訳ない。」
「いえ、その、おどろきました。女性がそのようなことをいうとは。」
「ああ、女性一般にあてはめないでね。うん、気を付けます。
しかし、ほんとめんどいね。ガイライは?」
「ワイプに対して失礼だと戒めているが、ダメだな。
ニックは6人と手合わせする気だな。」
「ふーん。それで素直に従えばいいけどね。実際、強いの?」
「どうだろうか?私には弱すぎてわからない。ルカリ、どうだ?」
「ええ、それなりには。今回入隊したもののなかでは2つほど飛びぬけてはいます。」
「へー。そうは見えないね。余程、廻りが弱いのか、
ほんとに強いのか。心根が悪いから弱く見えるのかな?
負けたら負けたで文句を言いそうだね。こう、心をボキって折らないとね。」
「「怖い!!」」
「もう!」
そんな話をしているうちに、ニックさんが6人皆を一掃した。
当然だ。
なのに、
「ニック、ニック副隊長は認めましょう。
しかし、他の騎士たちより、わたしたちの方が強い!
それは認めてもらいたい!!」
「強いから認める、弱いから認めないという話ではないだろ?
おまえは何のために軍にはいったのだ?己の強さを誇示するため?
国民を守るためだろ?それには当然強さが必要だが、お前たちはそこまで強くはない。」
「強い!私たちは強いんだ!!」
「なにをもって、何と比べて強いんだ?少なくともこの中で一番弱いぞ?」
「そんなことはない!あの女よりは強い!」
うーわー、子供だね。屁理屈だ。
ガイライ、ニック、師匠にマティス、ルカリさんも噴き出してしまった。
わたしもだ。
「女!なにがおかしい!無礼だぞ!!」
「ん?笑ったことが?ごめんね。あまりにもおかしこというから
おばちゃん、おもわずわらっちゃったよ?
でも、あれだろ?笑かしてくれてるんだろ?うふふ、おかしいね。」
「だから!なにがおかしいのか!」
「ん?なんだ、自分じゃわからないの?
あんたたちは自分が強いといってるが、それは誰かと比べてなんだよ。
ガイライの強さはわかる。ルカリ殿もね。ニックさんは今やっとわかった。
その相手をしたティスも強いんだってやっとわかった。
ワイプ師匠はさっき言いくるめられたから、ま、強いんだろうと。
で、わたしだ。この中で一番弱いといわれたから憤慨して、
わたしより強いと。ま、そうだとしよう。それで、鍛練場に来ていた女より強いから
軍部でも地位をあげろってこと?
それで、もし、わたしより弱いとなれば、自分より弱い奴を見つけてきて、
こいつより強いから認めろと?なにを?ネチネチ弱い奴を見つけてくる努力をか?
自分の強さを誇示する見当ちがいな執拗さをか?
もっと違うことなら認められるだろな。
軍部でも、組織でも強さは違うだろ?それもわからない子供加減に笑ったんだ。
強さを見せたいなら、軍部に入らず辻試合で100人抜きをしてくればいい。
金がほしければ、それに金をかければいい。強いんだろ?
軍での地位が欲しいのか?名声が欲しいのか?
それは後から人がくれるものだ。自ら欲しがってどうする?
かまわんよ?そういう人もいるからね。
でも、その人たちも実力はあるんだよ。
あんたたちはそれがない。その子供じみた考えを笑ったんだ。
いままで、まわりにちやほやされたか?さすがです、おぼっちゃま、
軍にはいればすぐにでも隊長となるでしょうとか?
お前は一族の誉れだ、一族に恥じぬようにと言われてるのか?
今の時点で一族の恥だ。
庶民とおなじ訓練内容が気に入らないのか?
だったら、お貴族様は2倍、3倍すればいい。
量が増えることに誰も文句は言わない。
ま、無理はするな。
それに寄宿舎が汚くて嫌だというのか?だったら、おのれで掃除しろ。
飯がまずい、寝床が固い?
ある程度、努力すれば改善するだろ?それもせずに文句ばかり。
”あーん、母様、寝床が固くて眠れませぬ、食事もおいしくありません。
なにより、みなが僕ちゃんを尊敬しません。おかしいのです!”
と、母君に泣きついているのか?こまった僕ちゃんだな。
ちやほやされたいのか?だったら、母の腕の中からでてくるな!
軍は組織だ。国の為、主君の為、国民の為。
この3つが一番上だ。どれに重きをおいてもそりゃかまわない。
ただ、己の為というのは思っていても一番下だ。
それも隠せず声高に言うのは子供なんだ。だから笑ったんだよ。
これでわかったか?
もっと赤子に説明するようにお話しまちょうか?ぼくちゃん?ん?」
皆が顔を真っ赤にしている。
マティス以下は笑いをこらえて、若手6人は怒りでだ。
「決闘だ!!!」
そのなかの一人が叫んだ。
えー、この子も決闘ってどんなもんかしらないの?ほんとに子供なんだ。
「ペンナ、それは上官として認めない。
第一、お前は彼女より強いといっているんだろ?弱いと思っている相手に
決闘を申し込むものではない。」
「しかし、わたしを侮辱しました。」
「侮辱な。どこがだ?いってみろ。」
「・・・わたしは、わたしは、強いんだ!」
「あは!ここでまだ自分が強いといえるのは、ま、強いんだろうな、精神が。
少しからかいすぎたかな。ここで手合わせをして、負けたら次は何という?
強さを隠していたわたしが悪いことになるのか?
どう持っていってもだめだな。子供相手に、それこそわたしが大人げなかったか。」
「いや、愛しい人。私も努力した。2倍、3倍とな。
やはり、お貴族様とみられていたからな。それに恥じぬように努力した。」
「さすが!努力する方向性が間違ってるんだよね。」
「モウ、だいたい貴族というのはこんなものですよ?」
「モウ殿、あまりにもはっきり言うことは、傷つきます。」
「だからって、優しくいってもわかんなかったら、早めに治してやらないと。」
「モウちゃん。く、あははは!笑うね。ほんと。
しかし、モウちゃんが言うように軍は組織だ、国のな。
その上位にいる貴族の倅たちだ。育てないといけないんだ。」
「そうなんだけどね。ガイライ、えらそうなこと言ってごめん。
この6人、どうしようか?
あとあと面倒になるなら一族もろとも滅ぼそうか?」
「愛しい人がすることでもない。私がしよう。
ワイプ、一族の名と居場所を出してくれ。」
「えー、先に資産を資産院に預けさせてくださいよ。
一族がいなくなれば資産院の予算になりますから。」
「そこの3人!やめろ!!」
「「「はーい」」」
「ダメだって。仕方がないね。手合わせをしようか?
わたしと。どう?まだ、わたしより強いって思ってるし、
自分の立場がおかしいって思ってるんでしょ?
自分より弱い奴を見つけてそいつより強いというんじゃなくて、
強い人より強くなる努力をしてほしいな。」
「私たちはお前より強いんだ、手合わせするうまみがない!やれば勝つんだから。」
「はは、その相手に決闘を申し込んだのはだれだ?
ま、うまみか。わたしとするんだから、勝ったら副隊長にしてくれとかはなしだよ?
金は?ありそうだね。なにか希望はあるかい?」
「・・・裸で街を一周あるけ!」
「あははははは!なるほど。だったら、あんたたちもだ。
毛が生えてない状態で生意気なことを言う子供ですと街を一周するか?
死を望めば死を、自分が相手にすることに相手にされても文句は言えないんだよ?」
「万が一モウが負ければ、街は全滅しますね。マティス君によって。」
「そうなるな。しかし、裸で闊歩する愛しき人を見たい気もするな。
だれにもみせないが。」
「する前に食料は買い占めないといけませんね。」
「そこの2人!やめろ!!」
「「はーい」」
わたしも子供の物は見たくない。大人の物ならなおさらだ。
勝った時の報酬は、保留となった。
マティスがわたしの全裸闊歩を想像してそわそわしてる。恥ずかしい奴め!
「これ、殺してもいいの?」
「モウちゃん、モウちゃん。俺たちのためにそれはやめてくれ。」
「ガイライ?」
「やめてください。母さん、我が主。
これもわたしのふがいなさが起こしたこと。
申し訳ありません。」
「いやー、そうかもしれないけど、
あれだよ、今どきの若い子はって奴だよ。
最初の躾が肝心!うん、任せときな!!」
大きさは前回と同じだが、天井が高い。
体育館ぐらい。
あの5人と天文院のクッション泥棒3人組と元院長の護衛2人も来ていた。
正式に資産院に所属になったそうだ。
まさしく、ワイプ師匠の配下。
力で従わせています感満載だ。体育会系。
糸でけがを負った一人は完全に回復している。
石使いすごいな。
しかし、わたしを赤い塊モウだとは認識していない。
マティスはわかるようだ。
わたしも人の名前と顔を覚えるのは苦手だ。
彼らは砂漠の民の服を着ているわたしを赤い塊だとは認識していない。
別の女性を伴っていると思っているようだ。
「くふふ。マティスには妻が2人いてることになるね。」
「?」
「だって、赤い塊のモウと砂漠の民モウは別だもの。
ここの人は服で民族を認識してるからね。
しかも同じ名前だ。マティスも愛しい人と呼ぶからますますわからない。」
「そんなものだろうか?しかし、棒術の筋を見れば気付くんじゃないか?」
「わからないと困りますが手合わせは見せませんよ。
ああ、オート院長が来ましたね。
彼にはある程度のことは話しています。」
そうか、オート君も配下になってるんだ。
「ワイプ!」
あ、違う。うまく使われているほうだ。オート君が。
「オート院長、どうしました?今日からわたし休暇ですよ?」
「わかっていますよ。
しかし、マティス殿の奥方殿がいらっしゃってるんだ。
挨拶をしないと。あの修羅場での甘味は素晴らしかったからね。」
「ああ、なるほど。モウ?いいですか?」
「ええ、もちろん。
こうしてご挨拶させて頂くのは初めてですね。
マティスの妻、モウです。
ああ、今回は砂漠の民ティスの妻、ワイプ師匠の弟子として
来ております。
コットワッツのルグはあの時はわたしの配下でございました。
とても無礼な態度を取らせていましたこと、改めてお詫び致します。
その後の采配、助かりました。
コットワッツ領主もなかなかにできた御仁だとおっしゃっておりました。」
「あ、いえ、そのような。あのあとの事情はワイプから聞いております。
お恥ずかしい限りです。それに差し入れを頂いたこと、感謝しております。」
「気に入っていただけたのならうれしいです。
今回のことで、院長に抜擢されたとききました。
そのお祝いといってはなんですが、甘味を気にいったと師匠から聞きましたので、
どうぞ、これを。日持ちはしませんので、お早くお召し上がりください。
お酒も少し入ってます。
ああ、クッキーとラスクは別に。これは多少は日持ちはします。
こちらは、氷を入れていますが、溶け切る前にどうぞ。」
「うわ!!うれしいです。中をみても?
これ!すごい!すごい!」
「ちょっと!モウ?こんなのはわたしも食べていない!
しふぉんけえきでしょ?クリームは乗っかってましたが、これ、ウリとモモ?」
「だって、あのときはなかったでしょ?ウリもモモも。
同じようなもの作ってますからあとで食べましょう。」
「ならいいです。オート院長?これは我が弟子モウからですからね。
師匠のわたしの顔を立てるためですよ?そのへんご理解してくださいね。」
「うるさいな、ワイプは!わかっています!
面倒なことはわたしに押し付けるくせに!!
モウ殿、これはありがたくいただきます。」
「ああ、それと砂漠調査の件、ちょっと後回しです。
あとで、お時間ください。
ほら、休暇中なのに仕事をする部下。すばらしい。」
「・・・・。よく言う。」
オート君はケーキの入った箱を受け取り、ほくほくで
仕事に戻っていった。
かるく合同で鍛錬をする。
砂漠の民の服は動きやすいのでそのままだ。
師匠は芋ジャー。
10人も一緒。仕事は?弟子扱い?
「ん?ああ、彼らですか?鍛練が終われば仕事ですね。
もちろん弟子ではありません。」
どうしてもマティスを末席の弟子にしたいワイプ師匠。
なるほど。
マティスも黙って師匠のメニューをこなしていく。
たぶん荷重がすごいことになってると思う。
だって、床沈んでるもん。
「ティス!その床はあと直してくださいよ!
でないとモウと手合わせしたときに怪我しますよ、モウが。」
「・・・。」
マティスは床を直してから、5mmほど浮くことにしたようだ。
「さ、体も温まりましたし、10本勝負いきましょうか?」
「はい!師匠!」
ちょうど軍部に戻っていた、ガイライとニックさんがやって来た。
何人かついてきている。
「モウちゃん、こいつらにも勉強のためにワイプとの
手合わせ見せてくれねえかな?」
「ニックさん、わたしたちはワイプ師匠の弟子です。
師匠がいるのなら、武に関することは、師匠の許可がいります。」
「ワイプ!かまわねえか?」
「ダメですよ。資産院のこの人たちにも見せないのに。」
「なんで?ははーん、モウちゃんに負けるからか?」
「ニック殿?わたしの立ち位置はご存じでしょ?
モウと真剣にすれば、わたしもそうならざるを得ない。
あまり自分の手の内は見せたくないんですよ。」
「ああ、そうか。んー、どうすっかな?」
「勉強というならあなたとティスとがすればいいんじゃないんですか?」
「この前やったよ。でも、いいな。ここは広いしな。
どうだ、ティスちゃん?」
「・・・。」
「左の悪いところを教えてやれるぞ?」
「よかろう。」
6人ほどの見学者が前に陣取り、
10人の師匠配下も自分たちも見たいということになった。
わたしも見たいがその前に、ガイライを鍛練場の隅に呼ぶ。
声が聞こえないように砂漠石で膜は張る。もちろん、膜は見えない。
「ガイライ?なんで見学なんてことになってんの?
あまり人に見せるもんでもないよね?」
「申し訳わけない。あの6人はニックの復帰に不満があるようで、
ニックの方もだったら手合わせしようと。実力を見せてやると。
モウとワイプの手合わせをみてからということになったんですが、
ニックがあなたのことを褒めちぎったんですよ。
それが、ワイプの一番弟子だと知って、あの6人が笑いましてね。
ワイプの実力も知らない、ニックの現役をしらない。若手なんですよ。
ただ、力はある。あれらを育てるのも仕事なんです。
ニックは2人の手合わせを見せれば勉強になると踏んだんですが。」
「はっ!くっだらない。
ガイライ?これは、師匠が、ニックさんがどうのという話じゃないよ?
あんたが舐められてるんだ。なぜ抑えられない?らしくもない!
ん?なにか不安なことあるの?」
「モウ、声が聞こえるのです。ずっと、遠くの小さな声も。
わたしの話をしているのが聞こえるのです。」
「ああ、幻聴じゃなくてほんとに聞こえるんだね。
なんて?だれがお前のことをなんていってるの?」
「軍の弱体化の要因はわたしだと。
昔の人間、ニックのことですが、それを呼び戻してどうする気だとか、
陰口が聞こえる。
することすべてに文句を言われる。なにもできないんです。」
「はぁ?それは陰口でも何でもない事実だろ?
いままでだって、上司の悪口、陰口はさんざん部下は言ってたんだよ?
聞こえてなかっただけだ。
だいたい、そんなことをいわれてなんで何もできないんだ?
嫌らわれるのが怖い?お間抜けなこと言うんじゃないよ?
上官だろ?
文句を言われてなんぼなんだよ。
耳が聞こえていたときでもみな言っていたはずだよ?
それで聞こえなくなって、実際、そういう陰口は聞こえなくなった。
それだけだ、上司の悪口だけで、酒のあてがいらないほど呑めるんだよ?
あんただって、若い時はそうだっただろう?
いざ、自分が言われる立場になってビビッてどうする?
折角聞こえる噂話、なぜ、うまく使わないんだ?
純粋すぎる!心を鍛えろ!お前は陰口を言われただけで死ぬのか?
飯も食えないの?違うだろ?軍部の隊長がそんな弱くてどうする!
部下を死地に行かすときも、それが最善の策ならば、躊躇はするな!
恨まれろ!それで、助かる命があるのなら!
全員に嫌われてもいいんだ。それが仕事だ。覚悟しろ!戸惑うな!受け入れろ!
嫌なら軍なんか辞めちまえ!」
「・・・。」
「ガイライ、全員に嫌われても、母さんがいるだろ?
母さんは味方なんだ。絶対のな。
間違ったことをすれば今回みたいに叱るけど、嫌いになることはない。」
「モウ。」
「ん?なにガイライ?」
「わたしはあなたの息子でいていいですか?」
「もちろん。」
「わたしはあなたの臣でいていいですか?」
「鍛えろ、心を。強い心でわたしを守っておくれ。」
「はっ、我が主。」
言うことはいって膜を外す。
「もっと、腹黒くならないとね。師匠のように。」
「モウ!聞こえてますよ!」
「くふふ。尊敬してますよ?師匠?」
「はいはい。さ、あなたの旦那様が気を飛ばしてますよ。
前に行きなさい。」
「はーい。」
またマティスとニックさんの手合わせが見れるのはいいが、
泣かないようにしないと。
休憩用の椅子に腰かける。
すると、3番さんがやって来た。
「ガイライ隊長!ここでしたか!お!マティス殿?
ん?あなたは!!なんと!ニックと手合わせですか!!
なんで呼んでくれないんですか!!」
「ルカリ殿!ご無沙汰しております。」
手招きで、こちらに呼び、少し小さな声で、
今回は赤い塊としてではなく、ワイプ師匠の弟子として入都、
砂漠の民、ティスとモウだと説明した。
「おお!そうでしたか。それでも、マティス殿とニックとの手合わせ、
声を掛けてくれればよろしかったのに!」
「ふふ、そうでしたね。さ、こちらで一緒に見ましょう。
ん?すこし、体を絞りました?」
「わかりますか!やはり、槍の長さ、重さは、変えられない。
なので、体重を落としております。」
「そうですか。ちなみにどのように?」
食べる量を減らしているそうだ。
「それはちょっと辛くないですか?」
「ええ、つらい。しかし、ここで耐えないと。」
「夜に食べるのではなく、起きて、軽く運動してから、食べるといいですよ?
そうすると、起きてる間に消化します。寝る前に食べるのが一番よくないとか。」
「月が昇るときではなく、沈んでからということですか?」
「ええ。そう聞いてます。しかし、寝る前もすこし食べたいですけどね。
我慢しても体にわるいですから。どうしてもなら少しだけ。
よく噛んで。一口30回噛むとか。食事の前に、お酒ではなく、
水ではなく湯冷ましを1杯のむとか。」
「なるほど、勉強になりますな。」
「いえ、それだけ短期間に絞ったんですもの、
元に戻ったらもったいないですから。こういう話は女性の方が詳しいですよ?
逆にどうやって?って聞かれませんか?」
「ええ!そうなんですよ!声を掛けられて、モウ殿と同じように、
痩せましたね、どうやって?と聞かれるので、
食べる量を減らしてると答えると、そうですか、で会話は終わります。」
「あははは!そんな正論は聞きたくないんですよ。」
「では、モウ殿から教えてもらったことを答えてもよろしいか?」
「まずはご自分で試されてから、効果があればいいんじゃないですか?
向き不向きがありますし。」
「なるほど、やはり勉強になりますな。」
なんでこんなダイエットトークをしているかというと、
マティスとニックさんが、手合わせでも鍛錬でもない、
左腕強化講習をしているからだ。
見学者は参考になるのかみなが聞き入ってる。
師匠とガイライは、腹黒とは何ぞやの講義のよう。
困った奴だ。
「さ、ティスちゃんよ、やろうかね。」
「おうよ!」
演武にもならない、舞にもならない。
中庭でしたときよりも格段に速さが違う。
振り回す半径が違う。
「上空はダメだろ!」
「お前はな!!」
上に飛び上がり、空気を蹴って突進する。
受けるニックさん。
そのまま低い位置から突き上げるマティス。
脚の位置がいいのか、ぶれない。
「・・・これずっと続くね。舞にも演武にもならない。」
もちろんわたしは感動して半泣きだ。
「そりゃそうでしょ。互角ですからね。演武にはならない。
舞はよほどの息が合わないと。わたしとマティス君とで
舞ったことはないし、この2人も無理でしょう。」
「そうか。そろそろ止めないと建物が壊れますよ?」
「そうですね。ガイライ殿?気合で止めてくださいな。」
「ああ、わかった。」
ぬんっ
そんな書き文字が出るような気合い。
ピタリとマティスたちの動きが止まり、
ガイライに体を向ける。
見学していた者たちもだ。
こう、上官の前に整列するような?
当然3番さん、ルカリさんも。
師匠はニヤニヤしてる。なにかアドバイスしたんだろう。
さすが師匠だ。倍ほど年齢は違うのにね。
「見事だな、ニック。さすが、わたしの右腕だ。」
「はっ。」
「お前たち6人も、この手合わせをみてまだ、不服があるなら言ってみろ?」
「・・・相手は誰ですか?」
知らないんだ、そうか、みんながみんな知ってるわけでもないか。
「・・・砂漠の民、ティス殿だ。
なんだ?やはりニックの力はわからないか?自分の方が強いと?」
「・・・。」
「はっきり言え。」
「そうです。」
おお!言い切ったよ。素晴らしい。
資産院の人たちはこの時点で返された。
仕事もあるし、ここから先は軍部の話だ。
「はー。そうか、わからんか。
ガイライ、いいよ。要はお前たちとやって、勝てばいいんだろ?」
「それ、軍部でやってもらえませんか?
わたしはこれから10本勝負をするので。」
「俺だってそれが見たくてここまで来たんだ!」
「じゃ、ちゃっちゃと終わらせてください。
ニック殿なら一瞬でしょ?へたに育てようとするから駄目なんですよ。
鞭だけでいい。」
なるほど。勉強になるなー。
横で黙ってるルカリさんに小声で聞いてみる。
「ルカリ殿?あの6人っていいところのボンボン?」
「ボンボン?うまいこといいますな。
貴族です。王族に近い。今回、大幅に人数も減り、
募集をかけました。
優秀な若者も来ましたが、そこに貴族が自分の息子たちをと。
ただ、扱いは新人と同じです。それが不満のようでした。
寄宿舎がきたない、食事がまずい、寝床が固い、と。
庶民とおなじ鍛練内容が気に入らないとか。
そこにニックの復帰がきまり、わたしたちは喜んだのですが、
あの6人を中心とする若手の者たちは、受け入れられないと反発しました。
それで、場所を変えて話すことになったのですが、
戻ってこないので、追ってきたのです。」
「ははは!どこでもある話ですね。ルカリ殿も抑えられない?」
「お恥ずかしい。俺も貴族です。爵位は彼らの方が上です。逆らえない。」
「あー。ガイライは?」
「彼は庶民です。だから、実力で隊長になった。
ほとんどのものが彼を尊敬しています。しかし、自分の一族がからむと
手放しで応援はできない。」
「あらら。うちの息子はなんともいえない立場なんだねぇ。」
「え?モウ殿?息子?」
「うふふ。そうですよ。ガイライは我が息子です。」
「え?そ、そのようなお年には見えません!お若くお美しい!」
「・・・ルカリ殿は純粋ですね。これは、ほんとに困りましたね。
ニックさんを呼び戻してよかった。
救いは自分が強いから”弱い”ニックさんには従えないってことかな?
師匠の指摘はさすがですね。」
「モウ殿の師匠はワイプなのですか?」
「ええ。笑いますか?」
「とんでもない!あの大会でワイプの実力は垣間見てます。
あとで、示し合わせたという噂がでましたが、そんなことはない。
これでも副隊長、
意図的に隠されれば気付かぬが、出された力の有無はわかる。」
「さすが、ルカリ殿ですね。あなたに挑んだ部下も、
気持ちのいい戦い方をしていた。
部下をみれば上官の力もわかる。上官をみれば部下もわかるといいたいが、
これはね、どうしようもない。やはり、鞭か。」
「愛しい人。」
「ティス!やっぱり泣いちゃったよ!
格段に左の動きがよかったね。いい助言がもらえたんだね。」
「マティス殿!!ああ、いまはティス殿?よきものを見せていただけました!」
「ルカリ、か?痩せたな。槍のために体を合わせてるのか?無理をするな?」
「はい!いま奥方にいろいろ助言をもらいました。
そ、それで、ガイライ隊長のご母堂だと聞いたのですが。」
「?ああ、ガイライが愛しい人を母として慕ってるのだ。声が似ているとか。」
「!!!モウ殿!!」
「あははははは!!だって!だって!ルカリ殿は純粋すぎる!あはははは!!」
「・・・それはよく言われます。軍部においてはよろしくないんですよ。」
「いえいえ、みながみな師匠のように腹黒かったら困ります。
できればそのままで。」
「はぁ。」
「さ、ティス!なんかもめてるね。なんだって?」
「ああ、ワイプがいらぬことを言うから、無礼だ、不敬だと騒いでる。」
「あー、そうなるんだ。師匠はなんて?」
「人の家で勝手に騒ぐようなことをする子供なのかと。」
「ぶふ!!あ、実際子供?」
「若いな。成人前だな。」
「おお!あれだね。
”がたがた抜かすな!毛が生えそろってから文句を言えや!!”
って奴だね。」
「!!!」
「愛しい人、ルカリの前だ。」
「あ。ルカリ殿。お下品でしたね。申し訳ない。」
「いえ、その、おどろきました。女性がそのようなことをいうとは。」
「ああ、女性一般にあてはめないでね。うん、気を付けます。
しかし、ほんとめんどいね。ガイライは?」
「ワイプに対して失礼だと戒めているが、ダメだな。
ニックは6人と手合わせする気だな。」
「ふーん。それで素直に従えばいいけどね。実際、強いの?」
「どうだろうか?私には弱すぎてわからない。ルカリ、どうだ?」
「ええ、それなりには。今回入隊したもののなかでは2つほど飛びぬけてはいます。」
「へー。そうは見えないね。余程、廻りが弱いのか、
ほんとに強いのか。心根が悪いから弱く見えるのかな?
負けたら負けたで文句を言いそうだね。こう、心をボキって折らないとね。」
「「怖い!!」」
「もう!」
そんな話をしているうちに、ニックさんが6人皆を一掃した。
当然だ。
なのに、
「ニック、ニック副隊長は認めましょう。
しかし、他の騎士たちより、わたしたちの方が強い!
それは認めてもらいたい!!」
「強いから認める、弱いから認めないという話ではないだろ?
おまえは何のために軍にはいったのだ?己の強さを誇示するため?
国民を守るためだろ?それには当然強さが必要だが、お前たちはそこまで強くはない。」
「強い!私たちは強いんだ!!」
「なにをもって、何と比べて強いんだ?少なくともこの中で一番弱いぞ?」
「そんなことはない!あの女よりは強い!」
うーわー、子供だね。屁理屈だ。
ガイライ、ニック、師匠にマティス、ルカリさんも噴き出してしまった。
わたしもだ。
「女!なにがおかしい!無礼だぞ!!」
「ん?笑ったことが?ごめんね。あまりにもおかしこというから
おばちゃん、おもわずわらっちゃったよ?
でも、あれだろ?笑かしてくれてるんだろ?うふふ、おかしいね。」
「だから!なにがおかしいのか!」
「ん?なんだ、自分じゃわからないの?
あんたたちは自分が強いといってるが、それは誰かと比べてなんだよ。
ガイライの強さはわかる。ルカリ殿もね。ニックさんは今やっとわかった。
その相手をしたティスも強いんだってやっとわかった。
ワイプ師匠はさっき言いくるめられたから、ま、強いんだろうと。
で、わたしだ。この中で一番弱いといわれたから憤慨して、
わたしより強いと。ま、そうだとしよう。それで、鍛練場に来ていた女より強いから
軍部でも地位をあげろってこと?
それで、もし、わたしより弱いとなれば、自分より弱い奴を見つけてきて、
こいつより強いから認めろと?なにを?ネチネチ弱い奴を見つけてくる努力をか?
自分の強さを誇示する見当ちがいな執拗さをか?
もっと違うことなら認められるだろな。
軍部でも、組織でも強さは違うだろ?それもわからない子供加減に笑ったんだ。
強さを見せたいなら、軍部に入らず辻試合で100人抜きをしてくればいい。
金がほしければ、それに金をかければいい。強いんだろ?
軍での地位が欲しいのか?名声が欲しいのか?
それは後から人がくれるものだ。自ら欲しがってどうする?
かまわんよ?そういう人もいるからね。
でも、その人たちも実力はあるんだよ。
あんたたちはそれがない。その子供じみた考えを笑ったんだ。
いままで、まわりにちやほやされたか?さすがです、おぼっちゃま、
軍にはいればすぐにでも隊長となるでしょうとか?
お前は一族の誉れだ、一族に恥じぬようにと言われてるのか?
今の時点で一族の恥だ。
庶民とおなじ訓練内容が気に入らないのか?
だったら、お貴族様は2倍、3倍すればいい。
量が増えることに誰も文句は言わない。
ま、無理はするな。
それに寄宿舎が汚くて嫌だというのか?だったら、おのれで掃除しろ。
飯がまずい、寝床が固い?
ある程度、努力すれば改善するだろ?それもせずに文句ばかり。
”あーん、母様、寝床が固くて眠れませぬ、食事もおいしくありません。
なにより、みなが僕ちゃんを尊敬しません。おかしいのです!”
と、母君に泣きついているのか?こまった僕ちゃんだな。
ちやほやされたいのか?だったら、母の腕の中からでてくるな!
軍は組織だ。国の為、主君の為、国民の為。
この3つが一番上だ。どれに重きをおいてもそりゃかまわない。
ただ、己の為というのは思っていても一番下だ。
それも隠せず声高に言うのは子供なんだ。だから笑ったんだよ。
これでわかったか?
もっと赤子に説明するようにお話しまちょうか?ぼくちゃん?ん?」
皆が顔を真っ赤にしている。
マティス以下は笑いをこらえて、若手6人は怒りでだ。
「決闘だ!!!」
そのなかの一人が叫んだ。
えー、この子も決闘ってどんなもんかしらないの?ほんとに子供なんだ。
「ペンナ、それは上官として認めない。
第一、お前は彼女より強いといっているんだろ?弱いと思っている相手に
決闘を申し込むものではない。」
「しかし、わたしを侮辱しました。」
「侮辱な。どこがだ?いってみろ。」
「・・・わたしは、わたしは、強いんだ!」
「あは!ここでまだ自分が強いといえるのは、ま、強いんだろうな、精神が。
少しからかいすぎたかな。ここで手合わせをして、負けたら次は何という?
強さを隠していたわたしが悪いことになるのか?
どう持っていってもだめだな。子供相手に、それこそわたしが大人げなかったか。」
「いや、愛しい人。私も努力した。2倍、3倍とな。
やはり、お貴族様とみられていたからな。それに恥じぬように努力した。」
「さすが!努力する方向性が間違ってるんだよね。」
「モウ、だいたい貴族というのはこんなものですよ?」
「モウ殿、あまりにもはっきり言うことは、傷つきます。」
「だからって、優しくいってもわかんなかったら、早めに治してやらないと。」
「モウちゃん。く、あははは!笑うね。ほんと。
しかし、モウちゃんが言うように軍は組織だ、国のな。
その上位にいる貴族の倅たちだ。育てないといけないんだ。」
「そうなんだけどね。ガイライ、えらそうなこと言ってごめん。
この6人、どうしようか?
あとあと面倒になるなら一族もろとも滅ぼそうか?」
「愛しい人がすることでもない。私がしよう。
ワイプ、一族の名と居場所を出してくれ。」
「えー、先に資産を資産院に預けさせてくださいよ。
一族がいなくなれば資産院の予算になりますから。」
「そこの3人!やめろ!!」
「「「はーい」」」
「ダメだって。仕方がないね。手合わせをしようか?
わたしと。どう?まだ、わたしより強いって思ってるし、
自分の立場がおかしいって思ってるんでしょ?
自分より弱い奴を見つけてそいつより強いというんじゃなくて、
強い人より強くなる努力をしてほしいな。」
「私たちはお前より強いんだ、手合わせするうまみがない!やれば勝つんだから。」
「はは、その相手に決闘を申し込んだのはだれだ?
ま、うまみか。わたしとするんだから、勝ったら副隊長にしてくれとかはなしだよ?
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「あははははは!なるほど。だったら、あんたたちもだ。
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「そこの2人!やめろ!!」
「「はーい」」
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勝った時の報酬は、保留となった。
マティスがわたしの全裸闊歩を想像してそわそわしてる。恥ずかしい奴め!
「これ、殺してもいいの?」
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「ガイライ?」
「やめてください。母さん、我が主。
これもわたしのふがいなさが起こしたこと。
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「いやー、そうかもしれないけど、
あれだよ、今どきの若い子はって奴だよ。
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