ヘルドゥラの神々:漆黒の女王

渡弥和志

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第二章

1. 都の光影

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 アステアル地方を北上したガルドたち一行は、遠景に巨城遺跡ヘルドゥラ、その麓に首府クレストルの街並みを望む、広大なテラドヘル川沿いの丘に居た。
 クレストルは、議事堂を中心とした放射状の巨大な街を形成しており、その佇まいは田舎出の者なら目を回す程であった。

「……いつ見ても、デカい街だな」

 隣でダインが呟く。

 荷車に掲げられた『禿鷹の傭兵団』の旗が風を裂いて音を立てた。翼を広げた禿鷹の意匠、布地は先日流された血のように赤かった。

「お前らは訳アリだが……顔を兜で隠して俺らに紛れれば大丈夫だろう。この旗はちっとは名が通ってんだぜ」

 ガルドは兜の面具を下げながら緊張を飲み込んだ。

「警戒を怠らず向かおう。八司祭議会の議事堂を訪ねるんだ。父上もそこにいるはず」


 クレストルの喧噪は、遥か前方からすでに波のように押し寄せてくる。店先の呼び声、車輪の軋む音、生活の匂い——
 どれも、戦場や辺境の村には存在しない、都市という生き物の息づかいだった。
 禿鷹の旗に目をとめ、歓声を上げる者もいれば、恐れをあらわに身を引く者もいる。
 そのどれもが、クレストルの複雑な脈動の一部のように思えた。

 議事堂の前にたどり着くと、ダインは傭兵たちに指示する。

「おまえらは地下水道の陣地へ合流しろ。手狭にはなるが……しばらく我慢してくれ」

 彼らはリーダーとの別れを惜しみながらその場を去った。
 ダインはガルドに向き直ると、腕を組んだ。

「俺はここで待つ。血生臭え傭兵が入っていい場所じゃねえだろ」


 議会を守護する八司祭騎士が門の両脇に立っている。白銀の甲冑に身を包み、剣を立ててその柄に両手を組んでいた。
 ガルドは兜を脱ぎ衣服を整えると、姿勢を正して声を上げた。

「ガルド・メル・フィル。父上に入り用で参った」

 騎士の一人が答える。

「ガルド様。お久しいですな。クレド様は……詳しくはシリス議長に尋ねられるとよいかと」


 応接室へ通されると、窓辺に薄金の光が揺れていた。その中に、一人の女性が静かに立っていた。
 目元には皺が刻まれていたが、漂う凛とした気配が重ねた齢を感じさせない。
 透き通る黄金色の髪を後ろで編み込んでおり、気品を感じさせた。

「久方ぶりですね、ガルド」

 ガルドが挨拶するより先に、議長シリス・ラルスは哀惜を帯びた眼差しを向けた。

「……クレド殿は到着されていません。定例議会は昨日まで行われていましたが、トルイデア侯フィル家の空席は例を見ぬこと。
 ……よほどの事態が起きたと見るべきでしょう」

 ガルドは困惑と不安を顔に滲ませた。

「そんな……」

 議会に到着していない──最悪の事態を考えずにはいられなかった。彼の心は、強く気高い父に道中起きたか何か──それを考える事を拒み、引き裂かれんばかりの痛みに襲われた。


 しばらく沈黙が部屋を支配したが──
 懐から羊皮紙の手紙を取り出すと、シリスに差し出した。

「……父上がフィレアルを発つ前に残したものです。お心あたりはあるでしょうか?」

 ──彼女は手紙を読むと、重い眼差しをガルドに向けた。

 続けて事の次第を伝えると、深く息をつくシリス。

「レシャンク王家と、そこから遣わされたナルバなる魔導士、禁忌の儀式……いずれも、軽んじるには危険な兆しです」

 彼女は椅子に腰掛け、眉間に手を置いた。

「クレド殿は、この危機を誰よりも早く察知していたのかもしれません」

 ガルドは伏し目がちな顔で頷く。

「──そして『異形』の変異については、もはや国境の内側の問題ではありません。そのようなものが現れた以上、八司祭議会もこれを世界の危機として捉えなければ……」

 シリスは応接室の窓の外、ヘルドゥラ遺跡の方角へと視線を移した。
 彼女の言葉は、単なる政治家のものではなく、世界の秩序を守る者としての重みを帯びていた。

「父上は……無事でしょうか」

 問う声には芯があったが、その陰には焦燥が滲んでいた。

「我々も騎士団に命じて捜索しましょう。
 トルイデア領フィレアルへの使いも必要ですね……」

 シリスはしばらく一考し

「ガルド、あなたが今トルイデアに近づくのは得策ではありません。お辛いでしょうが、こちらは我々に任せ、八司祭議長の特使としてレシャンクに向かわれてはと思うのですが……」

「……」

 父を追えぬ事に言いしれぬ焦燥を感じ、奥歯を噛みしめた。

「レシャンク王家は、古くはトルイデアと国境を争っていましたが、今は八司祭議会に名を連ねる同盟国。
 ナルバの事は気がかりですが……何か企んでいるにせよ、特使の旗章を見れば表立って事を荒立てる事はしないでしょう」


 湧き出ていたざわつきを胸の奥に飲み込み、頷く。

「……わかりました」

 そして、脇に控える二人を振り返った。

「カイル、ジャクス……お前たちに父上のことを頼みたい。トルイデア領内を捜索してくれ。
 ──シリス様、術を使える者を二人に付けて頂けますか」

 シリスは瞼を閉じ、柔らかく頷いた。

「事情をよく知る二人だからこそだ。頼む」

 ガルドは二人を真っ直ぐ見つめた。

「はっ……! 承知致しました!」

 カイルが胸に手を置き返答し、ジャクスも慌てて姿勢を正す。

「必ずご期待に沿います!」

「決して無茶はするな。そして、生きて戻ってくれ」 

 彼らはフィレアル騎士団の中でも最も信頼できる部下であり、父クレドからも信頼を置かれていた。
 カイルはぐっと奥歯を噛み締め、ジャクスは感情を抑えるように視線を床に落とした。
 彼らが背負う使命は、闇の渦巻くトルイデアで主君の行方を探すという、最も危険で不確実なものだ。
 二人は再び深く頭を下げ、部屋をあとにした。


「サルフェン、一緒に来てくれるか?」

「老骨なれど、術を尽くして力になろうぞ」

 老神官は皺深い口角を上げた。
 それを見て決意を新たにしたガルドは、シリスの瞳を真っ直ぐ見据えて言った。

「レシャンクの真意を聞き遂げて参ります」

 力の戻った眼差しを見届けてシリスは小さく頷くと

「八司祭騎士を二人付けましょう。そして──」

 脇の扉に声をかけた。

「ミリア、お入り」


 ──すると、扉から白い魔導着に朱色のマントを纏った少女が現れた。
 シリスと同じ、黄金色の長い髪を後ろの首元で結わえており、色白の肌が一層その輝きを増して見せた。

「ぜひ、この子を連れてお行きください」

 ミリアはガルドを見て、そのあどけなさの残る顔をほころばせた。

「ガルド……! 覚えてるかな。小さい頃、フィレアルの庭園で遊んでもらったミリアよ」

 その声音は、重苦しい空気を少しだけ和らげた。

「……ミリアか! 見違えたな」

「あなたも立派になったのね」

 シリスは二人のやりとりを見て目を細め微笑した。

「術の心得は私が保証します。きっと役立ちましょう。この子に……外の世界を見せてやってほしいのです」

 娘の肩に手を置き、静かに見据える。
 ミリアは改まって深々と頭を下げた。

「ミア=イリア・ラルス、母様の命により、光の術で、必ずやお力になります」

 ミリアの持つ長杖が淡く光を帯びた。

「このシシル=イリスも、常にあなたの味方です。お忘れなきよう」

 シリスは温かい瞳でガルドを見送った。


 ────


 クレストルを発ち、レシャンクの都レシャンクレイへと続く、リム・アレス街道を南へと歩み出すガルドたち。二人の八司祭騎士がしんがりを務める。
 シリスから与えられた、物資を積んだ荷馬車が石畳に揺れる。掲げられた八司祭の白い旗章が日光を受けて輝いた。

「来てくれて助かるよ。ありがとう、ダイン」

 ガルドが言うと、ダインは懐の金貨を鳴らした。

「議長さんから、ちいと貰いすぎたしな。
 それと何より──」

 ダインの目が鋭い光を宿す。

「──やられた奴らの為だ」


「ミリア。道は長いけど、大丈夫か?
 サルフェンと荷馬車に乗ってもいいんだぞ」

「大丈夫。機会があれば旅立てるように準備してたからね──」

 にこりと笑い、ふとクレストルを振り返る。

「──でも、姉さんの方が行きたかっただろうな……いつもお忍びで剣の腕試しを──」


 二人を見て呆れ顔のダイン

「お散歩じゃねーんだぞ。
 ったく……評判のシリスの三女に期待してみれば、まだガキじゃねえか」

「……! もう十八よ!!」

「おー、お若く見えますねえ。箱入りのせいかな」

 ミリアは抗議し、サルフェンが笑った。
 ダインはそっぽを向き口笛を吹く。


「──それにしても。この街道を通ると、国境沿いの村で仕事を盗られたのを思い出すぜ──
 ──あんたの、その姉ちゃんにな」

「アディル姉さんが?」

 身を乗り出すミリアにダインは横目で応えた。

「いい報酬を積まれた魔獣討伐だったんだがな、現場に行ったら先に狩られてたんだ。
 村に着いてみりゃアディル様、アディル様と大喝采よ。あの大物を一人でやるとは並の腕じゃねえ。既に立ち去っててご尊顔は拝めなかったがな」


 ──その時、街道脇の木の上から声があった。

「呼んだ?」

 ひらりと軽い身のこなしで飛び降り着地する。軽装の鎧に剣を帯びた女性剣士であった。
 物々しい出で立ちに似合わぬ、シリスに似た、澄んだ水晶のような瞳と、均整のとれた顔立ち。高い位置で束ねた黄金色の髪が、輝く稲穂のように揺れた。

 一同は目を丸くした。


「姉さん!?」

 ミリアが声を上げ、ダインが驚きの顔で凍りつく。

「あ、姉……? てことは、お前が……!」

「私も行くわ。母さんには内緒だけどね」

 アディルは悪戯っぽくはにかんだ。


 ガルドの横を吹き抜ける風が、少し温もりを帯びたように感じられた。
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