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第四章
4. 神器の呼応
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ガルドたちは、長大なギレリ山脈沿いに続く険しい山道〝巡礼者の道〟を選んでクレストルを目指していた。
街道はすでにトルイデア軍の息がかかっている可能性が高いからだ。
神器を集める────それが正しい道と信じて。
しかし、その〝正しさ〟を誰も保証してはくれない。
踏みしめるたび、靴底に伝う岩の冷たさが、決断の重さを思い出させた。
「『杖』は……ラルス家に代々伝わってるの。お母さまが持っているわ」
ミリアが言い、アディルが頷く。
「なら、道は一本ね。まずは母さんを頼るのがいちばん確実」
「……『剣』はトルイデア領主の証──恐らくメドゥルが持っている」
ガルドは眉をひそめる。
ダインは腕を組み、唸った。
「メドゥルのところに正面から行くのは愚策だ。今の手札で勝ちにはいけねえ。剣は後回しだ。玉もな」
言い切る声音に、誰も反論しなかった。
ガルドは静かに息を吐く。
仲間の命と、世界の命。天秤にかけた時、どちらから落ちるのか、まだ見えない。
日が傾く。長く続く崖沿いの道、脇に洞穴を見つけると、そこに野営を張る一行。
焚き火を囲み、トルイデア軍の残していた数少ない食料を分けあう。
「粗末だが、無いよりマシだな」
ダインが呟く。
「ジジイの美味い術が恋しいぜ」
皆が俯いた。身を賭した老神官にそれぞれの思いを馳せる。
「……シケた顔すんな。ただ無駄に死んだわけじゃねえ。『次はお前らの番だ』って顔してただろ」
夜空を見上げながら言う。あえて明るく振舞っているようだった。
「サルフェンの……思いを無駄にはできないな」
ガルドが言うと、アディルが静かに笑う。
「そうね。あの人、怒るわ。『泣く暇があったら進むんじゃ』って」
焚き火のはぜる音が、言葉の隙間を埋めた。
ミリアは小さく祈りを組み、クリスは眠るムゥの羽を撫でている。
誰も口にはしないが、夜の冷えが、胸の内側にまで沁みていた。
焚き火の火勢が落ち、ぱち、と乾いた音がした。ダインは枝を一本火にくべ、ぼそりと呟いた。
「……この〝巡礼者の道〟な。昔は〝祈りの道〟とも呼ばれてたらしい」
アディルが眉を上げる。
「祈り? 今はただの崖道よ」
「だろ? けど遥か昔は、国をまたいでヘルドゥラ遺跡に願掛けに行くやつらが列を作ってたって話だ。
この道を通って参れば、病が治るだの、戦が止むだの、子が授かるだの……」
ダインは小石をつまみ、崖下へ放った。音は返ってこない。
「で、たまに〝叶う〟。
……代わりに、誰かが途中で帰ってこなくなる。
足滑らせたとか、吹雪に巻かれたとか、理由はいろいろだ」
ミリアが小さく息を呑む。
「それは────」
「誰も深くは考えねえ。祈りが通った、神が受け取った──そう言って終わりだ。残された家族だけが、静かに黙る」
しばし沈黙が落ちた。
ダインは肩をすくめる。
「まあ、昔話だ。でもな……〝何かを望む道〟ってのは、大抵どっかで血を吸って成り立ってる」
焚き火の炎が、双剣の刀身をちらりと照らした。
「だから言っとく。俺たちが歩いてるのも、そういう道だって、忘れんなよ」
言いながら、ダイン自身が、僅かに拳を握った。
その言葉は、冗談めいていたのに、皆の胸に響いた。
焚き火が、ふっと低くなった。
────その時。
クリスの肩でムゥが鋭く鳴いた。
空から近づく影がある。
黒い鳥の群れ。
目の部分に紅い光が灯っている。
黒い影が一斉に旋回し、頭上を覆った。
夜空が、翼の闇で塗りつぶされていく。
寸分先は落ちれば終わりの崖。洞穴も浅い。
退く場所は、どこにもなかった。
「『異形』だ! 構えろ!」
ダインが叫び、ガルドとアディルも剣を抜く。ミリアは詠唱を始めた。
結界が数に押され、破れた。
ムゥが飛び立つ。
炎が数羽を焼き落とし、アディルが剣の連撃で迎え撃つ。
「まだ来るわ! 前に出ないで! 寄りすぎると崖よ!」
「エルケス・サトスメトゥ!」
ミリアが放つ光の矢が、四羽を撃ち落とす。
しかし、その数は圧倒的だった。
崖沿いの道は狭く、動きが制限される。
「まずい……!」
クリスを守るアディルに一群が迫る。
咄嗟に。
『盾』、サリスレドゥアを構えた。
盾に触れた影が、叫びと共に消えてゆく。
「これは……」
「……!」
ミリアが、はっとしたように盾を見た。
即座に術式を切り替える。
「バウル・ロウルジア!」
術の発動と共に、盾が眩く輝き、無数の影を吹き飛ばし、消滅させた。
「これでいけるわ……!」
クリスが何かに気づいたように、瞼を閉じた。
額の『冠』が光を放つ。
それに呼応するようにムゥの光が強さを増し、凄まじいまでに勢いを増した炎の翼が、群れを薙ぎ払った。
──最後の1羽に、ガルドが剣を突き立てる。
「……神器のおかげで、しのいだな」
汗を拭いながらガルドはクリスとミリアを見る。
「今のは……?」
クリスがムゥを撫でる。
「『盾』を見て、『冠』も応じるはずって思ったの。祈っただけ……」
ミリアが確かめるように盾に触れた。
「土の神器の力も生きてる。弱まってはいるけど……術を重ねて、反応させてみたの」
アディルがミリアの肩を叩いた。
「さっすが。誇らしいわ」
皆から安堵とともに笑顔がこぼれたが、完全には緊張が解けない。
ガルドは視線を険しくし、空を仰いだ。
「狙いすましたかのような襲撃だった……」
ダインが眉を寄せる。
「誰かに〝嗅がれてる〟気がするな。嫌な気配だ」
アディルも小さく頷いた。
「見られてる感覚、消えないわ……」
遠く空にはまだ、赤く光る目の影が残っているように思えた。
サリスファを発ってからここまで、『異形』の気配は全くなかった。それが──
この群れは、ただの襲撃ではない──何かに導かれているように感じられてならなかった。
『盾』が、クリスの『冠』が、月光を浴びて鈍く光る。
「まさか──神器の所在を、辿られている……?」
ガルドは呟いたが、不安を振り払うように顔を上げた。
「ミリア、急ぎ結界の修繕を」
夜明けを待ち、クレストルへの道を進める。
風は澄んでいたが、胸にまとわりつく影は、どこまでも重くのしかかった。
街道はすでにトルイデア軍の息がかかっている可能性が高いからだ。
神器を集める────それが正しい道と信じて。
しかし、その〝正しさ〟を誰も保証してはくれない。
踏みしめるたび、靴底に伝う岩の冷たさが、決断の重さを思い出させた。
「『杖』は……ラルス家に代々伝わってるの。お母さまが持っているわ」
ミリアが言い、アディルが頷く。
「なら、道は一本ね。まずは母さんを頼るのがいちばん確実」
「……『剣』はトルイデア領主の証──恐らくメドゥルが持っている」
ガルドは眉をひそめる。
ダインは腕を組み、唸った。
「メドゥルのところに正面から行くのは愚策だ。今の手札で勝ちにはいけねえ。剣は後回しだ。玉もな」
言い切る声音に、誰も反論しなかった。
ガルドは静かに息を吐く。
仲間の命と、世界の命。天秤にかけた時、どちらから落ちるのか、まだ見えない。
日が傾く。長く続く崖沿いの道、脇に洞穴を見つけると、そこに野営を張る一行。
焚き火を囲み、トルイデア軍の残していた数少ない食料を分けあう。
「粗末だが、無いよりマシだな」
ダインが呟く。
「ジジイの美味い術が恋しいぜ」
皆が俯いた。身を賭した老神官にそれぞれの思いを馳せる。
「……シケた顔すんな。ただ無駄に死んだわけじゃねえ。『次はお前らの番だ』って顔してただろ」
夜空を見上げながら言う。あえて明るく振舞っているようだった。
「サルフェンの……思いを無駄にはできないな」
ガルドが言うと、アディルが静かに笑う。
「そうね。あの人、怒るわ。『泣く暇があったら進むんじゃ』って」
焚き火のはぜる音が、言葉の隙間を埋めた。
ミリアは小さく祈りを組み、クリスは眠るムゥの羽を撫でている。
誰も口にはしないが、夜の冷えが、胸の内側にまで沁みていた。
焚き火の火勢が落ち、ぱち、と乾いた音がした。ダインは枝を一本火にくべ、ぼそりと呟いた。
「……この〝巡礼者の道〟な。昔は〝祈りの道〟とも呼ばれてたらしい」
アディルが眉を上げる。
「祈り? 今はただの崖道よ」
「だろ? けど遥か昔は、国をまたいでヘルドゥラ遺跡に願掛けに行くやつらが列を作ってたって話だ。
この道を通って参れば、病が治るだの、戦が止むだの、子が授かるだの……」
ダインは小石をつまみ、崖下へ放った。音は返ってこない。
「で、たまに〝叶う〟。
……代わりに、誰かが途中で帰ってこなくなる。
足滑らせたとか、吹雪に巻かれたとか、理由はいろいろだ」
ミリアが小さく息を呑む。
「それは────」
「誰も深くは考えねえ。祈りが通った、神が受け取った──そう言って終わりだ。残された家族だけが、静かに黙る」
しばし沈黙が落ちた。
ダインは肩をすくめる。
「まあ、昔話だ。でもな……〝何かを望む道〟ってのは、大抵どっかで血を吸って成り立ってる」
焚き火の炎が、双剣の刀身をちらりと照らした。
「だから言っとく。俺たちが歩いてるのも、そういう道だって、忘れんなよ」
言いながら、ダイン自身が、僅かに拳を握った。
その言葉は、冗談めいていたのに、皆の胸に響いた。
焚き火が、ふっと低くなった。
────その時。
クリスの肩でムゥが鋭く鳴いた。
空から近づく影がある。
黒い鳥の群れ。
目の部分に紅い光が灯っている。
黒い影が一斉に旋回し、頭上を覆った。
夜空が、翼の闇で塗りつぶされていく。
寸分先は落ちれば終わりの崖。洞穴も浅い。
退く場所は、どこにもなかった。
「『異形』だ! 構えろ!」
ダインが叫び、ガルドとアディルも剣を抜く。ミリアは詠唱を始めた。
結界が数に押され、破れた。
ムゥが飛び立つ。
炎が数羽を焼き落とし、アディルが剣の連撃で迎え撃つ。
「まだ来るわ! 前に出ないで! 寄りすぎると崖よ!」
「エルケス・サトスメトゥ!」
ミリアが放つ光の矢が、四羽を撃ち落とす。
しかし、その数は圧倒的だった。
崖沿いの道は狭く、動きが制限される。
「まずい……!」
クリスを守るアディルに一群が迫る。
咄嗟に。
『盾』、サリスレドゥアを構えた。
盾に触れた影が、叫びと共に消えてゆく。
「これは……」
「……!」
ミリアが、はっとしたように盾を見た。
即座に術式を切り替える。
「バウル・ロウルジア!」
術の発動と共に、盾が眩く輝き、無数の影を吹き飛ばし、消滅させた。
「これでいけるわ……!」
クリスが何かに気づいたように、瞼を閉じた。
額の『冠』が光を放つ。
それに呼応するようにムゥの光が強さを増し、凄まじいまでに勢いを増した炎の翼が、群れを薙ぎ払った。
──最後の1羽に、ガルドが剣を突き立てる。
「……神器のおかげで、しのいだな」
汗を拭いながらガルドはクリスとミリアを見る。
「今のは……?」
クリスがムゥを撫でる。
「『盾』を見て、『冠』も応じるはずって思ったの。祈っただけ……」
ミリアが確かめるように盾に触れた。
「土の神器の力も生きてる。弱まってはいるけど……術を重ねて、反応させてみたの」
アディルがミリアの肩を叩いた。
「さっすが。誇らしいわ」
皆から安堵とともに笑顔がこぼれたが、完全には緊張が解けない。
ガルドは視線を険しくし、空を仰いだ。
「狙いすましたかのような襲撃だった……」
ダインが眉を寄せる。
「誰かに〝嗅がれてる〟気がするな。嫌な気配だ」
アディルも小さく頷いた。
「見られてる感覚、消えないわ……」
遠く空にはまだ、赤く光る目の影が残っているように思えた。
サリスファを発ってからここまで、『異形』の気配は全くなかった。それが──
この群れは、ただの襲撃ではない──何かに導かれているように感じられてならなかった。
『盾』が、クリスの『冠』が、月光を浴びて鈍く光る。
「まさか──神器の所在を、辿られている……?」
ガルドは呟いたが、不安を振り払うように顔を上げた。
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