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第4話 初夜をすっぽかされた令嬢と非常識の塊
その日の午後、私は侯爵夫妻に呼ばれた。
「アリアさん……その、先ほどは、なんと言いますか……」
義母はまだ、私の機嫌を伺うような目をしている。
義父のほうは、さすがに商談で鍛えられているだけあって、もう腹を括った顔だ。
「お聞き苦しい場面をお見せしてしまい、申し訳ありません、義母様。ですが、今日のあれは、クロフォード侯爵家にとっても悪い話ではなかったはずです」
「悪く……ない?」
「ええ。少なくとも、これで“誰が非常識だったか”は、はっきりいたしましたもの」
私は、穏やかに微笑んだ。
「私の実家は、決して温和なだけの伯爵家ではありません。侮辱を受けたことは、必ず記録し、必要なときには使います」
義母が小さく息を呑む。
義父は逆に、興味深そうに目を細めた。
「――君は、怒っているのかね?」
問い方が正直で、少しだけ好感が持てた。
「怒りというよりは、評価ですわ」
私は静かに答える。
「レイモンド様は、初夜をすっぽかし、翌朝には愛人を玄関まで招き入れた。その事実は私個人の感情とは関係なく、“侯爵家嫡男の行動”として記録されています」
「記録……」
「そして、グレイス伯爵家はその記録に基づいて、今後の支援の形を判断する。とても分かりやすい仕組みだと思いませんか?」
義父は短く息を吐き、苦笑を浮かべた。
「……君は、なかなか手強い娘さんだ」
「あの伯爵家の一人娘ですので」
それは、誉め言葉として受け取っておく。
「侯爵様。ひとつ提案がございます」
「ほう?」
「今後しばらくの間、クロフォード家の出納と契約書類を、私に開示していただけませんか。私の名で嫁入り支度金と融資が動いている以上、資金の流れを把握しておきたいのです」
義父は意外そうに眉を上げた。
「……レイモンドではなく、君が?」
「はい。あの方は――そうですね、“数字を見る”より、“夢を見る”ほうがお得意のようですから」
皮肉ではなく、冷静な分析として言った。
義父はしばらく黙って私を見ていたが、やがて小さく頷いた。
「分かった。執事に言っておこう」
「ありがとうございます」
私は立ち上がり、一礼して部屋を辞した。
◇
廊下に出て、窓の外の庭を眺める。
昨日、この屋敷に来たときとは、風景が少し違って見えた。
この家は、まだ沈んではいない。
だが、あちこちにひびが入っている。
レイモンドは、そのひびの意味を理解していない。
ルルゥは、そもそも床板の上に立っている自覚さえない。
ならば――
「直すか、壊すか。選ぶのは、こちら側ね」
私は小さく息を吐いて、手帳を開いた。
ページの最初に、太い字で書き込む。
『クロフォード侯爵家 査定開始』
初夜すっぽかし。
愛人持ち込み。
契約書軽視。
非常識の項目を、一つずつ丁寧に積み上げていく作業は、案外嫌いではなかった。
どうせなら、完璧にやってみせる。
――伯爵令嬢のプライドにかけて。
次のページには、こう書き足す。
『次の査定対象:侯爵家嫡男レイモンド・クロフォード』
破滅させるにせよ、再建させるにせよ。
最初に必要なのは、正確な数字と、正確な「非常識」の記録だ。
その仕事なら、私の手に合っている。
そう思うと、少しだけ気分が軽くなった。
「アリアさん……その、先ほどは、なんと言いますか……」
義母はまだ、私の機嫌を伺うような目をしている。
義父のほうは、さすがに商談で鍛えられているだけあって、もう腹を括った顔だ。
「お聞き苦しい場面をお見せしてしまい、申し訳ありません、義母様。ですが、今日のあれは、クロフォード侯爵家にとっても悪い話ではなかったはずです」
「悪く……ない?」
「ええ。少なくとも、これで“誰が非常識だったか”は、はっきりいたしましたもの」
私は、穏やかに微笑んだ。
「私の実家は、決して温和なだけの伯爵家ではありません。侮辱を受けたことは、必ず記録し、必要なときには使います」
義母が小さく息を呑む。
義父は逆に、興味深そうに目を細めた。
「――君は、怒っているのかね?」
問い方が正直で、少しだけ好感が持てた。
「怒りというよりは、評価ですわ」
私は静かに答える。
「レイモンド様は、初夜をすっぽかし、翌朝には愛人を玄関まで招き入れた。その事実は私個人の感情とは関係なく、“侯爵家嫡男の行動”として記録されています」
「記録……」
「そして、グレイス伯爵家はその記録に基づいて、今後の支援の形を判断する。とても分かりやすい仕組みだと思いませんか?」
義父は短く息を吐き、苦笑を浮かべた。
「……君は、なかなか手強い娘さんだ」
「あの伯爵家の一人娘ですので」
それは、誉め言葉として受け取っておく。
「侯爵様。ひとつ提案がございます」
「ほう?」
「今後しばらくの間、クロフォード家の出納と契約書類を、私に開示していただけませんか。私の名で嫁入り支度金と融資が動いている以上、資金の流れを把握しておきたいのです」
義父は意外そうに眉を上げた。
「……レイモンドではなく、君が?」
「はい。あの方は――そうですね、“数字を見る”より、“夢を見る”ほうがお得意のようですから」
皮肉ではなく、冷静な分析として言った。
義父はしばらく黙って私を見ていたが、やがて小さく頷いた。
「分かった。執事に言っておこう」
「ありがとうございます」
私は立ち上がり、一礼して部屋を辞した。
◇
廊下に出て、窓の外の庭を眺める。
昨日、この屋敷に来たときとは、風景が少し違って見えた。
この家は、まだ沈んではいない。
だが、あちこちにひびが入っている。
レイモンドは、そのひびの意味を理解していない。
ルルゥは、そもそも床板の上に立っている自覚さえない。
ならば――
「直すか、壊すか。選ぶのは、こちら側ね」
私は小さく息を吐いて、手帳を開いた。
ページの最初に、太い字で書き込む。
『クロフォード侯爵家 査定開始』
初夜すっぽかし。
愛人持ち込み。
契約書軽視。
非常識の項目を、一つずつ丁寧に積み上げていく作業は、案外嫌いではなかった。
どうせなら、完璧にやってみせる。
――伯爵令嬢のプライドにかけて。
次のページには、こう書き足す。
『次の査定対象:侯爵家嫡男レイモンド・クロフォード』
破滅させるにせよ、再建させるにせよ。
最初に必要なのは、正確な数字と、正確な「非常識」の記録だ。
その仕事なら、私の手に合っている。
そう思うと、少しだけ気分が軽くなった。
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