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15 勝つために止まる、と言う
荷置き場を出ると、駅馬車場の前が少し騒がしくなっていた。東門へ向かったはずの貸馬車の御者が、馬を引いて戻ってきている。
「早いわね」
「乗せていません」
ジェイが言う。
「見せ馬車です」
御者は私たちを見るなり、帽子を取った。
「あの、私は言われた通りに」
「誰に」
「若い旦那様です。東門を出て、ローズブリッジへ向かえと。途中で客を降ろすわけではなく、空のまま行けと。荷物だけ積んで」
「衣装箱は?」
「積んでます」
「開けて」
馬車の後ろを開けると、衣装箱があった。シャーリーンが持っていったはずの、大きな衣装箱だ。
鍵はかかっていなかったから、即座に開ける。
中は、空。いや、完全に空ではない。底に、紙が一枚置いてある。
私はそれを取る。シャーリーンの字だ。
――追ってこないでください。
――これ以上、私たちを惨めにしないで。
――私は幸せになりたいだけなのです。
読み終える前に、紙を畳む。
「惨め?」
声が出る。
「今、惨めにしているのは誰かしら」
ジェイが横から紙を見る。
「兄の字は?」
「ないわ」
「ではシャーリーン様の独断でしょう」
「クリスは知っていると思う?」
「知っていて止めなかったか、知らずに格好をつけています」
「どちらでも腹が立つわね」
「はい」
私は紙を懐に入れる。
「本命はどこ」
ジェイが駅馬車場の主人を見る。
「東門ではない。北でもない。西の道でもない。残るのは?」
主人は汗を拭う。
「南の旧街道です」
「そこに何があるの」
「古い湯治場です。今は寂れていますが、身を隠すには」
「女が好みそう?」
「昔は貴族の隠れ宿もありました」
「クリスが知っていると思う?」
ジェイに問いかける。
「兄は知りません。ですが、シャーリーン様が知っている可能性はあります」
「なぜ」
「ご実家が、その近くの男爵家と縁があるはずです」
やはりシャーリーンだ。逃げ道を作ったのは、あの人。
クリスはそれに乗り、ところどころで英雄の役をもらっている。
「南へ」
「はい」
「その前に連絡」
私は駅馬車場の主人から紙を借り、短く書く。
――ハドリーでクリスのクラヴァットピン回収。
――シャーリーン様が三日前に衣装箱を預けていたことを確認。
――別名義の箱に兄さんとヘンリーの肖像画あり。これは回収。
――南の旧街道へ向かう。
――シャーリーン様の部屋を特に調べて。三日前以前から送った荷がないか。
兄に送るには酷い内容だ。けれど送る。
兄は知らなくてはいけない。知らずに優しいままでいて、また踏まれるよりずっといい。
ジェイも別紙を書く。
――ハドリーで兄のクラヴァットピン回収。
――東門方面は囮。
――南の旧街道、旧湯治場方面へ追跡。
――フェンウィック家から同方面の宿へ先触れを。
封をして、駅馬車場から二方向へ早馬を出す。
ようやく馬に戻ると、ベスが少し苛立ったように首を振った。
「ごめん。まだ走るわ」
馬上で手綱を握る。ジェイが隣に来る。
「アマンダ嬢」
「何」
「南の旧街道は、夕方になると霧が出ます」
「それでも行く」
「はい。行きます。ただ、無理に追いつこうとしないでください」
「また馬を潰す話?」
「人もです」
言い返そうとして、やめる。
今はまだ行ける。足も腕も動く。頭も回る。
けれど、この人は少し先を見ている。たぶん、追う道だけではなく、私が倒れる時のことまで。
「分かったわ」
「ありがとうございます」
「でも、止まるときは理由を言って。疲れたから止まる、では嫌」
「では、勝つために止まる、と言います」
思わず、少しだけ息が抜ける。
「それなら聞くわ」
「助かります」
今のやり取りだけ、ほんの少し軽かった。
けれどすぐに、南の道を見る。
逃げた二人は、まだ先にいる。兄の肖像画を持ち出し、空の衣装箱でこちらを釣り、追ってこないでと書き置きを残して。惨めにしないで、と。
よろしい。惨めが何か、最後にきちんと教えてやる。
馬を出す。南の旧街道へ。
「早いわね」
「乗せていません」
ジェイが言う。
「見せ馬車です」
御者は私たちを見るなり、帽子を取った。
「あの、私は言われた通りに」
「誰に」
「若い旦那様です。東門を出て、ローズブリッジへ向かえと。途中で客を降ろすわけではなく、空のまま行けと。荷物だけ積んで」
「衣装箱は?」
「積んでます」
「開けて」
馬車の後ろを開けると、衣装箱があった。シャーリーンが持っていったはずの、大きな衣装箱だ。
鍵はかかっていなかったから、即座に開ける。
中は、空。いや、完全に空ではない。底に、紙が一枚置いてある。
私はそれを取る。シャーリーンの字だ。
――追ってこないでください。
――これ以上、私たちを惨めにしないで。
――私は幸せになりたいだけなのです。
読み終える前に、紙を畳む。
「惨め?」
声が出る。
「今、惨めにしているのは誰かしら」
ジェイが横から紙を見る。
「兄の字は?」
「ないわ」
「ではシャーリーン様の独断でしょう」
「クリスは知っていると思う?」
「知っていて止めなかったか、知らずに格好をつけています」
「どちらでも腹が立つわね」
「はい」
私は紙を懐に入れる。
「本命はどこ」
ジェイが駅馬車場の主人を見る。
「東門ではない。北でもない。西の道でもない。残るのは?」
主人は汗を拭う。
「南の旧街道です」
「そこに何があるの」
「古い湯治場です。今は寂れていますが、身を隠すには」
「女が好みそう?」
「昔は貴族の隠れ宿もありました」
「クリスが知っていると思う?」
ジェイに問いかける。
「兄は知りません。ですが、シャーリーン様が知っている可能性はあります」
「なぜ」
「ご実家が、その近くの男爵家と縁があるはずです」
やはりシャーリーンだ。逃げ道を作ったのは、あの人。
クリスはそれに乗り、ところどころで英雄の役をもらっている。
「南へ」
「はい」
「その前に連絡」
私は駅馬車場の主人から紙を借り、短く書く。
――ハドリーでクリスのクラヴァットピン回収。
――シャーリーン様が三日前に衣装箱を預けていたことを確認。
――別名義の箱に兄さんとヘンリーの肖像画あり。これは回収。
――南の旧街道へ向かう。
――シャーリーン様の部屋を特に調べて。三日前以前から送った荷がないか。
兄に送るには酷い内容だ。けれど送る。
兄は知らなくてはいけない。知らずに優しいままでいて、また踏まれるよりずっといい。
ジェイも別紙を書く。
――ハドリーで兄のクラヴァットピン回収。
――東門方面は囮。
――南の旧街道、旧湯治場方面へ追跡。
――フェンウィック家から同方面の宿へ先触れを。
封をして、駅馬車場から二方向へ早馬を出す。
ようやく馬に戻ると、ベスが少し苛立ったように首を振った。
「ごめん。まだ走るわ」
馬上で手綱を握る。ジェイが隣に来る。
「アマンダ嬢」
「何」
「南の旧街道は、夕方になると霧が出ます」
「それでも行く」
「はい。行きます。ただ、無理に追いつこうとしないでください」
「また馬を潰す話?」
「人もです」
言い返そうとして、やめる。
今はまだ行ける。足も腕も動く。頭も回る。
けれど、この人は少し先を見ている。たぶん、追う道だけではなく、私が倒れる時のことまで。
「分かったわ」
「ありがとうございます」
「でも、止まるときは理由を言って。疲れたから止まる、では嫌」
「では、勝つために止まる、と言います」
思わず、少しだけ息が抜ける。
「それなら聞くわ」
「助かります」
今のやり取りだけ、ほんの少し軽かった。
けれどすぐに、南の道を見る。
逃げた二人は、まだ先にいる。兄の肖像画を持ち出し、空の衣装箱でこちらを釣り、追ってこないでと書き置きを残して。惨めにしないで、と。
よろしい。惨めが何か、最後にきちんと教えてやる。
馬を出す。南の旧街道へ。
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