《完結》浮気したい「から」結婚した?……馬鹿ですか、貴方は。

さんけい

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7 食事は美味しいのだけど

 ちょうどそこへ、スープが運ばれてきた。
 ミセス・ウェッブの指示で給仕をしている若いメイドは、顔を伏せたまま完璧に無表情を保っていた。だが耳まで無表情にはなれないらしい。少し赤い。
 まあ無理もない。主人が恋の本気だ何だと食堂で語る家など、使用人としてもあまり働きやすくはないだろう。
 夫はメイドが下がるまで黙っていた。
 そして扉が閉まるなり、低い声で言った。

「とにかく、余計なことはするな」
「余計なこと」
「誰かに話したり、あの娘に接触したりだ。みっともない真似はよしてくれ」
「私が?」
「きみのような立場の女が、嫉妬で若い娘を責め立てるようなことがあれば、さすがに誰だって顔をしかめる」

 私はスプーンを止めた。
 ここまで来ると、もはや感心に近い。
 昨日までは「賢い妻は黙って支えるべきだ」と言い、今日は「もし騒いだら妻のほうがみっともない」まで来た。
 自分が崖を転がり落ちるたび、その斜面を私が悪いことにするつもりらしい。

「つまり」

と私は言った。

「あなたは浮気をし、私は口をつぐみ、もし私が傷ついたそぶりでも見せれば、それも私の品位の問題だと」
「大げさに言うな」
「とても簡潔に申し上げたつもりでしたけれど」
「きみは、どうしてそう……」

 夫はそこでまた止まった。
 いよいよ形容詞が足りなくなってきたらしい。
 食事はまずいわけではなかった。むしろミセス・ウェッブの作る鶏のスープは上出来で、パンも温かく、肉も柔らかかった。
 ただし同席者がひどかった。
 上質の食卓でも、向かいに座る男が「私は浮気をしたが本気だから尊重しろ」とでも言い出せば、すべては薄味になる。
 料理人の責任ではない。
 途中で夫は、ふと思い出したように言った。

「明日、ウィルコックス氏と会う約束がある」
「そう」
「大きな話になるかもしれない」
「それは結構ですこと」

 私は答えながら、昼の客間を思い出していた。
 ミセス・ウィルコックスのあの目の光。
 たぶん今ごろ、あちらの夕食の席にはすでに話がのぼっている。
 そして男たちは、女たちが思うよりずっと素早く“同業者のまずさ”を嗅ぎ取る。
 夫は続けた。

「だからなおさら、軽率な噂は困るんだ」
「ええ、本当に」
「わかっているなら――」
「あなたも、もう少し店先では慎んだほうがよろしいのではなくて?」
「エレノア!」

 夫の声が上ずった。
 その時だった。
 扉が軽く叩かれ、若いメイドが青い顔で入ってきた。

「旦那様、失礼いたします」
「何だ」
「帳場のジョーンズさんが、お急ぎでと」
「今、夕食中だ」
「ですが、その……ウィルコックス商会から使いの方が見えて」

 夫の手が止まった。

「何だと?」
「明日の件で、ご都合が悪くなったそうで……後日改めて、と」

 食堂の空気が、実にきれいに止まった。
 私はスープを一口飲んだ。温度もちょうどいい。
 それだけに、目の前の男の顔色がなおさらよく見えた。

「後日?」

 と夫が言った。

「何か理由は」
「いえ……急な立て込みで、としか」

 夫は椅子を引いて立ち上がりかけたが、立ち上がったところで何をするのか決まっていない男の動きだった。
 使いを追って問い詰めるわけにもいかない。
 今すぐ商会へ駆けつけるには遅すぎる。
 しかも断りの文句があまりに整いすぎていて、こちらから怒れば怒るほど見苦しい。

「わかった。下がれ」

 メイドが頭を下げて出ていく。扉が閉まる。
 そのあと数秒、夫は立ったままだった。
 やがて、ぎこちなく座り直した。

「単なる都合だ」

と彼は言った。

「もちろん」
「たまたまだ」
「ええ」
「そう思っていない顔だな」
「では、どんな顔をすれば」

 夫は答えず、ナイフを取った。
 だが肉を切る手つきが少し乱れている。
 それを見るだけで、私は今日一日の疲れがほんの少し報われる気がした。
 ようやく第一音である。
 まだ序曲のひとつにすぎないが、それでも音は鳴った。

 ◇

 食後、夫は珍しく書斎にも行かず、客間をうろうろしていた。
 新聞を開いては閉じ、ブランデーを注いではほとんど飲まず、時計を見る。
 まるで待っているのは手紙ではなく、自分の無実を証明してくれる奇跡のほうらしかった。
 残念ながら神は昨夜に続き今夜もお忙しいようで、その種の用事までは引き受けてくださらない。
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