武神大公は元妻のストーカーがやめられない。〜元夫に敵視されていると思っている元妻の令嬢と、その元妻をストーキングしている元夫の大公のお話〜

百百百百

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ストーカーは今日も続く

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 カフェの仕事が終わって、公爵邸の自分の部屋で、ソファーに転がり息を吐いた。
 今日の忙しさが、しばらく続くかもしれないと思うと、嬉しいと辛いが混ざって複雑な気分である。
 ハジメに頼んで、アイン商会の人事部に人を派遣してもらえるよう頼んだが、今うちの店は空前の人手不足なのだ。
 易々と人を回してもらえるようには思えない。
 誰かが扉を叩くを音が聞こえて、返事をした。


「……医者呼ぶか?」
「なんで?そんなに元気ない?」
「顔色が悪い。」


 私の顔をしかめっ面で見つめると、大公はソファーを軋ませながら私の隣に腰掛けた。
 大公が座っているのに、私が寝ているのは失礼だ。
 ゆっくり身体を持ち上げようとすると、大公は私の頭を軽く押さえた。


「そのままでいい。」
「いや、流石にこれはダメでしょ。」


 私が大公の手を退けて座り直すと、眉を上げて足を組む大公。
 手に持った書類を掲げて眺めながら私を横目で見ると、そういえばと口を開いた。


「お前んところのやつらが、家引き払ってこっちに来るとさ。」
「ハジメは手際がいいから、多分明日の朝には荷物まとめてくるよ。」


 仕事人間のハジメ。
 私がやってという前に仕事を終わらせてしまうのだ。
 実に優秀である。


「元傭兵だろ?そのわりに、生真面目そうなやつだ。」
「元々、良家の家長の護衛として十年くらい雇われてたから、ザ傭兵って感じではないかな綺麗好きだし。」


 私の服が汚れたことに気づけば、すぐ様替えを用意するし、毎日の掃除はかかさない、加えて長風呂ときている。
 私が笑いながら話すと、大公はそうかよと鼻を鳴らして笑った。
 
 この国で傭兵と言えば、人の生死で金を貰い時には拷問や死体の処理まで行う人達のことで、一般平民や貴族にはひどく疎まれている。
 大公自身、戦地にいた頃は傭兵と変わらぬ素行だったと聞いている。
 だから、ここにはあの三人を傭兵だからと言って蔑む輩はいないだろう。
 実際、傭兵も悪い人達ばかりではないのだ。


「この国は、傭兵って役職に厳しいから。」
「あの三人なら、一般の人間には傭兵なんてわからねぇよ。」
「貴方にはバレてたみたいね?」


 ふふっと笑って見せると、気まずそうに目を逸らされた。
 ビャク曰く、修羅場をくぐってきた人間には同類の人間がわかるらしい。
 私もそこそこ危ない橋を渡ってきたが、彼らほどではないのだろう。
 ハジメ達の話を聞く限り、相当危ない経験をしたらしいが、大公は実際どれほどの危険かは分からないし、聞いたところで教えてくれないだろう。

 昔から、私が戦場の話を聞きたがっても彼は一つも教えてくれなかったのだ。
 毎日何を食べてたのかすら教えてくれない。
 だが、ハジメ達の直感曰く相当な修羅をくぐっているらしい。
 実に気になる……。


「いつかでいいから、貴方の戦場での武勇伝も拝聴してみたいな?」
「……面白い話なんてねぇよ。」
「そうかな?何かの役に立つかも。」


 私の笑顔が何かを企んでいるような顔に見えたのだろうか、私の鼻を摘むと呆れたようにため息を吐いた。


「知らぬが仏って言葉知らんのか?」
「だからいつかでいいって、貴方が話したくなったらで。」


 別に、少々気になるだけで強引に知りたいわけではない。
 知られたくないことは私にもある。
 だが、夫婦の時からあったどこか隙間のある関係は、恐らくこの隠し事が原因なのは知っていた。
 たぶん、大公も気付いている。

 ただ大公のものは、私よりもきっとずっと重くて暗いものだ。
 彼の秘密に比べたら、私のものなんて秘密に値しないかもしれない。
 だから、彼が話したくなるまで私は待つつもりなのだ。
 鼻を摘む大公の反対の手を握る。
 驚いた顔をする大公に、出来るだけ優しい声色で言葉を呟いた。


「いつか貴方が秘密を話してくれたら、私も全部話すよ。」


 離婚後の事も、貴方と出会う前のことも。
 願わくば、彼と二度目の別れが来る前に話してくれますように。
 心でそう呟いて、大公の手を離した。
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