武神大公は元妻のストーカーがやめられない。〜元夫に敵視されていると思っている元妻の令嬢と、その元妻をストーキングしている元夫の大公のお話〜

百百百百

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番外編 元妻とストーカーの馴れ初め。

乗馬と書いて、雑談と読む

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 翌日、私は派手に暴れた。
 王子に、どうしても見たことのない大きな宝石が欲しいと駄々をこねにこね、宮殿内で喚き散らかした。

 最初は私を宥めようと周りを取り囲んでいた召使達も、お手上げだと王子に投げ渡した。
 そんな私を見て、王子はわざとらしく咳払いを一つして、そんなに暴れるなら仕方ないと棒読みのセリフを吐いた。


 かくして、無事侯爵領地を訪れることになった我々一行は、馬車に乗り優雅な旅路とは……行かなかった。


「奥様、大丈夫ですか?」
「これくらい……なんともないわ。」


 オエっと喉から勝手に声が上がり、別のものまでせり上がりそうだ。
 誰か~鬼太郎袋~。
 馬車に乗ったのは初めてではない。
 嫁ぐために王都へ来た時に、一度だけ乗った。
 まさかこんなに酔うものとは知らなかった。


「道が整備されていないので、まだ揺れるかも知れません。」
「マジか~。」


 私の言った言葉に大きな目をパチクリさせると、ビーくんは馬車の窓を開けて顔を出した。


「ババロさん。ババロさん!」


 ビーくんがそう呼べば、顔を歪めたババロさんが機嫌悪げに答えた。
 

「奥様が酔われるようなので、馬に乗せてください。」
「あぁ?馬鹿。馬に乗って怪我でもしたらどうすんだよ。」
「奥様が嘔吐する方がマズいと思いますが?」
「……奥様、乗馬の経験はおありですか?」


 口元を押さえて小さく頷くと、ババロさんは分かりましたと馬車を止めた。
 

「馬を用意させるので、少し待ってください。」
「……チッ、さっさとしろよ。これだからボンボンはよ。」


 今とんでもないセリフを聞いた気がする。
 もしかしなくてもこの二人は、仲がかなり悪いらしい。
 ババロさんを見ていた目つきとは打って変わって、優しい目で私の背中をさする。


「馬車は苦手ですか?」
「あまり、乗ったことがないから。」
「貴族の移動の常套手段では?」
「私、インドアだから。」
「……奥様はよくわからない言葉を使われますね。」


 怪訝そうにするビーくんを残して、私は誤魔化すように馬車を降りた。
 ババロさんが連れて来た馬をひと撫でして、それに跨ろうと手綱を掴むと首元が後ろに引っ張られた。


「何やってんだ。」
「奥様が、馬車酔いが酷いらしいので。」
「……こいつは、俺が連れて行く。」


 そう言った王子は、ズルズルと私を自分の馬の方へ引きずって行く。
 乗れと指差され足をかけて跨った。
 王子の乗るスペースを作ろうと少し後ろに下がれば、王子が私の後ろに跨った。
 背後から王子の手が伸び、大きな身体の彼の胸に私がスッポリと収まる。
 え……何この状況……。


「何してるんですか?」
「お前が落ちないようにしてる。」
「私、乗馬は嗜む程度ですが乗れますよ?」
「……気分、悪りぃんだろ。」


 黙って乗ってろと凄まれては、何も言えない。
 やることもなく黙って景色を眺めると、次第にムカムカが治まってきた。
 心地よい風が肌を撫でて、緑の香りがする。
 胸に詰め込むように吸い込むと、王子が小さく笑った。


「乗馬は好きか?」
「そうですね。昔、友人と一緒によく乗っていました。」


 ふうんと興味なさそうに返事をする王子。
 自分で聞いておいて、失礼な人だ。 
 まぁその友人も相当失礼な人だったから、この程度ならなんてことはない。
 そう言えば、一度馬が一頭しかなくて二人乗りをした時があった。
 確かあの時は私が前で、友人が後ろ。
 あまりに広い草原に興奮して、私が手放しで馬の上に立つと、盛大に頭を打たれたっけ。
 あまりに怯える彼が珍しくて、私は前が見えなくなるほど笑った。
 懐かしい頃の思い出に思わず小さく笑うと、王子が何笑ってると怪しんでいる。


「昔友人ともこうやって乗ったとき、私が無茶な乗り方して大慌てしてたのを思い出したんです。」
「無茶な乗り方ねぇ。」
「ご存じない?こうやって馬の体を足で挟んで……。」


 ほら!っと私が両手をバッと広げると、フワリとドレスの裾が広がった。


「おい!何やってんだ。大人しく座ってろ!」
「ちぇっ、アナタも彼とおんなじで心配症なのね。」


 ふんと鼻を鳴らして笑えば、手綱を持つ手に力がこもった。
 王子が小さく舌打ちするのを聞いて、また機嫌を損ねたかと肩を竦めた。
 浮き沈みの激しい人だ。
 そんなところは友人には似ていないようだ。
 もう黙っておこうと、静かに目を閉じる。


「おい。」
「なぁに?」
「お前の友人とやらはどんな奴だ。」
「……探したって無駄よ。彼かくれんぼが一番得意だから。」
「そうじゃねえ。」


 じゃあ何よ?
 顔半分だけ彼の方を振り返ると、眉を寄せた彼が見下ろしていた。


「どういう関係だ?」
「どうもこうも、ただの友人よ。子供の時からの、数少ない友達。」
「……連絡は取ってるのか?」
「いえ、もう随分と手紙も書いてないわ。」


 友人ではあるが、仲が良かったわけじゃない。
 腐れ縁とかいう奴である。
 私が静かにため息を吐くと、王子がまたおいと呼んだ。


「別に、友人との手紙ぐらいなら構わん。」
「あぁ、そう言う意味のため息じゃないよ。ただ、彼も私もそう暇な立場じゃなくなったって再認識しただけ。」
「家が恋しいか?」


 今日は随分と話しかけてくるなと、私はニヤリと笑った。


「実家を恋しいと思ったことは一度もないわ。」


 むしろ出られて良かったと笑いながら話せば、王子が興味深そうな声を上げた。


「私、生まれてから一度もお屋敷の外に出た事なかったから。おかげで、自力じゃ実家には帰れなそう。」


 実家の場所も知らんとは、犬猫以下だなと自嘲する。
 まぁ、実家に対する未練なんてこれっぽっちもないのだが。
 下手こいたら、一勝あの屋敷に閉じ込められていただろう。


「馬で逃げるにはちと無理だろ。」
「もちろん違うよ。乗馬は趣味。」


 広い草原を走っている時は、息苦しくなかったから。
 そう言って彼を見上げて、笑いかけた。
 
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