裏で国を支えていた令嬢「不純物だ」と追放されるも、強面辺境伯と共に辺境を改革する ~戻ってきてと嘆願されましたが、それに対する答えは……~、

水上

文字の大きさ
8 / 15

第8話: ゴミ山再生と、悪臭のワイン

しおりを挟む
 領地の北外れには、人々が寄り付かない場所があった。
 かつて廃坑となった鉱山の跡地であり、現在は行き場のないゴミや壊れた道具が不法投棄されるスクラップ置き場――通称、鉄の墓場だ。

 その周辺には粗末な小屋が立ち並び、職を失った者や、社会からあぶれた者たちがスラムを形成していた。

 寒空の下、ルチアはその墓場の前に立っていた。
 鼻をつく錆の匂いと、荒廃した空気。
 しかし、彼女の眼鏡の奥の瞳は、まるで宝の山を見つけたかのように輝いていた。

「……素晴らしい。これほどの埋蔵量があるとは」

「おい、ルチア。本気か? ここはただのゴミ溜めだぞ」

 護衛としてついてきたレオンハルトが、眉をひそめて周囲を警戒している。
 影から、ボロボロの服を着たスラムの住人たちが、敵意と怯えの混じった視線を向けていたからだ。

「いいえ、閣下。ここはある意味鉱山です」

 ルチアは一歩踏み出し、足元に落ちていた錆びた機械の部品を拾い上げた。

「見てください。これは真鍮の歯車。あちらにあるのは錫の合金。そして、あの山は銅線です。採掘の手間なく、純度の高い金属がゴロゴロ転がっています」

「……俺にはガラクタにしか見えんがな」

「分別さえすれば、資源として再利用できます。そして、その分別には……、人の目と手が必要です」

 ルチアはスラムの住人たちに向き直った。
 リーダー格と思われる、髭面の薄汚れた男が睨みつけてくる。

「何しに来た、貴族様よ。俺たちをここから追い出そうってか?」

「いいえ。あなた方に、ビジネスの提案に来ました」

 ルチアは怯むことなく、部品を掲げた。

「この山から、私が指定する金属を選り分けてください。磁石につくもの、赤っぽいもの、重いもの。見分け方は教えます。集めた金属は、領主館が適正価格で買い取ります」

「はあ? ゴミを買い取るだって?」

「ゴミではありません。資源です。そして、あなた方はゴミを漁る人ではなく、資源採掘者として雇用します」

 住人たちがざわめいた。

 自分たちは社会のゴミだと思っていた。
 誰からも必要とされていないと。
 だが、この奇妙な貴族の娘は、自分たちの足元にあるものを宝だと言い、自分たちを戦力だと言った。

 そこへ、レオンハルトが大鍋を乗せた荷車を引いて進み出た。
 蓋を開けると、濃厚な味噌と生姜の香りが漂った。

「腹が減っては仕事もできんだろう。まずは食え」

 彼が振る舞ったのは、もつ煮込みだった。

 本来なら捨ててしまうような内臓肉を、香味野菜と共にじっくりと煮込み、臭みを消して旨味だけを凝縮させた一品だ。

「こ、これは……、肉か!?」

「内臓だ。貴族は見向きもしない部位だがな」

 レオンハルトは器によそいながら、ニヤリと笑った。

「だが、下処理を完璧にやり、時間をかければ、どんな高級肉よりも深い味がでる。……お前らも同じだ。世間から捨てられたかもしれんが、磨けば光る」

 男たちは貪るように煮込みを口にした。
 噛みしめると、脂の甘みと濃厚な汁が溢れ出す。

「うめぇ……! なんだこれ、すげぇうめぇ!」

「あったけぇ……」

 リーダー格の男が、涙を流しながら、空になった器を握りしめた。
 体の中から力が湧いてくる。
 惨めさが消え、やる気が満ちてくる。

「……やってやるよお嬢ちゃん。いや、やらせてください! ルチア様!」

「ふふ、期待していますよ。まずは銅の選別から始めましょうか」

 その日から、鉄の墓場は再生工場へと変わった。
 スラムの住人たちは誇りを持って金属を選別し、ヴォルフラム領の財政と産業を底から支える強力な労働力となったのである。

     *

 一方、華やかな王都の王宮では、真逆の事態が進行していた。
 今宵は、他国の使節団を招いての晩餐会。
 メインディッシュと共に振る舞われるのは、王家自慢の最高級ワイン、ロイヤル・ルージュだ。

 王太子ジュリアスは、グラスを掲げて高らかに宣言した。

「さあ、皆様。我が国の誇る至高のワインをご賞味ください! その香りは芳醇にして、味わいは絹のごとし!」

 隣ではクロエが「殿下が選んだワイン、最高ですぅ」とうっとりしている。
 招待客たちは期待に胸を膨らませ、一斉にグラスを口に運んだ。

 ――その直後だった。

「ぶふっ!!」

「な、なんだこれは!?」

「臭い! 腐った卵の臭いがするぞ!」

 優雅な晩餐会場は、一瞬にして阿鼻叫喚の巷と化した。
 令嬢たちは口を押さえてえずき、使節団の代表は激怒してグラスをテーブルに叩きつけた。

「王太子! これは何の嫌がらせだ! 下水のような悪臭ではないか!」 

「な、何だと!? そんなはずは……」

 ジュリアスは慌てて自分のグラスを煽った。
 瞬間、強烈な硫黄臭が鼻腔を突き抜け、舌を腐敗したような不快な味が襲った。

「うぐっ……!! ま、不味い!!」

 ジュリアスはたまらず吐き出した。
 会場に漂うのは、果実の香りではなく、温泉地のような硫化水素の臭気だった。

「ど、どうなっている! ソムリエ! 醸造責任者を呼べ!」

 呼び出された醸造長は、顔面蒼白で震えていた。

「も、申し訳ございません殿下! 手順通りに作ったはずなのですが……、なぜか、ここ数ヶ月で作ったワインだけが、すべてこのように……」

「言い訳など聞きたくない! 樽が腐っていたのか!」

「いえ、樽は新品です! ただ……、蒸留器の調子が……」

 ――原因は、蒸留器にあった。
 ワインの醸造過程、特に蒸留酒を作る際や、発酵タンクの配管には銅が使われる。

 銅には、発酵中に酵母が生成する不快な硫黄化合物を吸着し、除去する働きがある。
 しかし、銅製の釜や配管は、使い続ければ表面が酸化し、能力が落ちる。

 かつては、ルチアが定期的に訪れ、酸洗いで酸化皮膜を除去したり、摩耗した部品を交換したりして、銅イオンが適切に溶け出すようメンテナンスを行っていた。

 ルチアを追放してから数ヶ月。
 誰もメンテナンスを行わず、ただ使い続けられた蒸留器は、硫黄を吸着する力を完全に失っていたのだ。
 結果、悪臭成分がそのまま酒に溶け込み、国賓をもてなすはずの美酒が、毒ガスのような液体へと変わり果てていた。

「こ、こんなものを飲ませるとは……、我が国を侮辱しているのか!」

「失礼極まりない! 帰らせてもらう!」

 使節団は席を立ち、怒って出て行ってしまった。
 残されたのは、悪臭漂う会場と、呆然と立ち尽くすジュリアスとクロエだけ。

「殿下ぁ……、くさいですぅ……」

「……なぜだ。なぜ何もかもうまくいかないんだ……!」

 ジュリアスは拳を震わせた。
 彼が捨てたのは地味な女一人だったはずだ。
 だが、その女がいなくなっただけで、剣は重くなり、同盟は揺らぎ、そして今、食文化の権威までもが地に落ちた。

 北の辺境ではゴミが宝に変わり、王都の中心では宝がゴミに変わる。
 その皮肉な対比に気づく知性を、ジュリアスは持ち合わせていなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『「君は飾りだ」と言われた公爵令嬢、契約通りに王太子を廃嫡へ導きました』

ふわふわ
恋愛
「君は優秀だが、王妃としては冷たい。正直に言えば――飾りとしては十分だった」 そう言って婚約者である王太子に公然と切り捨てられた、公爵令嬢アデルフィーナ。 さらに王太子は宣言する。 「王家は外部信用に頼らない」「王家が条文だ」と。 履行履歴も整えず、契約も軽視し、 新たな婚約者と共に“強い王家”を演出する王太子。 ――ですが。 契約は宣言では動きません。 信用は履歴の上にしか立ちません。 王命が止まり、出荷が止まり、資材が止まり、 やがて止まったのは王太子の未来でした。 自ら押した承認印が、 自らの継承権を奪うことになるとも知らずに。 公然侮辱から始まる、徹底的な強ザマァ。 救済なし。 やり直しなし。 契約通りに処理しただけですのに―― なぜか王太子が廃嫡されました。

追放された悪役令嬢、前世のスマホ知識で通信革命を起こしたら、王国に必須の存在になっていました

黒崎隼人
ファンタジー
公爵令嬢エリザは、婚約者の第二王子アルフォンスに身に覚えのない罪を着せられ、満座の中で婚約破棄と勘当を言い渡される。全てを奪われ、たった一人で追放されたのは、魔物が跋扈する寂れた辺境の地。 絶望の淵で、彼女の脳裏に蘇ったのは、現代日本で生きていた前世の記憶――人々がガラスの板で遠くの誰かと話す、魔法のような光景だった。 「これなら、私にも作れるかもしれない」 それは、この世界にはまだ存在しない「通信」という概念。魔石と魔術理論を応用し、彼女はたった一人で世界のあり方を変える事業を興すことを決意する。 頑固なドワーフ、陽気な情報屋、そして彼女の可能性を信じた若き辺境伯。新たな仲間と共に、エリザが作り上げた魔導通信端末『エル・ネット』は、辺境の地に革命をもたらし、やがてその評判は王都を、そして国全体を揺るがしていく。 一方、エリザを捨てた王子と異母妹は、彼女の輝かしい成功を耳にし、嫉妬と焦燥に駆られるが……時すでに遅し。 これは、偽りの断罪によって全てを失った令嬢が、その類まれなる知性と不屈の魂で自らの運命を切り拓き、やがて国を救う英雄、そして新時代の女王へと駆け上がっていく、痛快にして感動の逆転譚。

婚約破棄され森に捨てられました。探さないで下さい。

拓海のり
ファンタジー
属性魔法が使えず、役に立たない『自然魔法』だとバカにされていたステラは、婚約者の王太子から婚約破棄された。そして身に覚えのない罪で断罪され、修道院に行く途中で襲われる。他サイトにも投稿しています。

「いらない」と捨てられた令嬢、実は全属性持ちの聖女でした

ゆっこ
恋愛
「リリアーナ・エヴァンス。お前との婚約は破棄する。もう用済み そう言い放ったのは、五年間想い続けた婚約者――王太子アレクシスさま。 広間に響く冷たい声。貴族たちの視線が一斉に私へ突き刺さる。 「アレクシスさま……どういう、ことでしょうか……?」 震える声で問い返すと、彼は心底嫌そうに眉を顰めた。 「言葉の意味が理解できないのか? ――お前は“無属性”だ。魔法の才能もなければ、聖女の資質もない。王太子妃として役不足だ」 「無……属性?」

【第一章完結】相手を間違えたと言われても困りますわ。返品・交換不可とさせて頂きます

との
恋愛
「結婚おめでとう」 婚約者と義妹に、笑顔で手を振るリディア。 (さて、さっさと逃げ出すわよ) 公爵夫人になりたかったらしい義妹が、代わりに結婚してくれたのはリディアにとっては嬉しい誤算だった。 リディアは自分が立ち上げた商会ごと逃げ出し、新しい商売を立ち上げようと張り切ります。 どこへ行っても何かしらやらかしてしまうリディアのお陰で、秘書のセオ達と侍女のマーサはハラハラしまくり。 結婚を申し込まれても・・ 「困った事になったわね。在地剰余の話、しにくくなっちゃった」 「「はあ? そこ?」」 ーーーーーー 設定かなりゆるゆる? 第一章完結

「価値がない」と言われた私、隣国では国宝扱いです

ゆっこ
恋愛
「――リディア・フェンリル。お前との婚約は、今日をもって破棄する」  高らかに響いた声は、私の心を一瞬で凍らせた。  王城の大広間。煌びやかなシャンデリアの下で、私は静かに頭を垂れていた。  婚約者である王太子エドモンド殿下が、冷たい眼差しで私を見下ろしている。 「……理由を、お聞かせいただけますか」 「理由など、簡単なことだ。お前には“何の価値もない”からだ」

金喰い虫ですって!? 婚約破棄&追放された用済み聖女は、実は妖精の愛し子でした ~田舎に帰って妖精さんたちと幸せに暮らします~

アトハ
ファンタジー
「貴様はもう用済みだ。『聖女』などという迷信に踊らされて大損だった。どこへでも行くが良い」  突然の宣告で、国外追放。国のため、必死で毎日祈りを捧げたのに、その仕打ちはあんまりでではありませんか!  魔法技術が進んだ今、妖精への祈りという不確かな力を行使する聖女は国にとっての『金喰い虫』とのことですが。 「これから大災厄が来るのにね~」 「ばかな国だね~。自ら聖女様を手放そうなんて~」  妖精の声が聞こえる私は、知っています。  この国には、間もなく前代未聞の災厄が訪れるということを。  もう国のことなんて知りません。  追放したのはそっちです!  故郷に戻ってゆっくりさせてもらいますからね! ※ 他の小説サイト様にも投稿しています

悪役令嬢として断罪? 残念、全員が私を庇うので処刑されませんでした

ゆっこ
恋愛
 豪奢な大広間の中心で、私はただひとり立たされていた。  玉座の上には婚約者である王太子・レオンハルト殿下。その隣には、涙を浮かべながら震えている聖女――いえ、平民出身の婚約者候補、ミリア嬢。  そして取り巻くように並ぶ廷臣や貴族たちの視線は、一斉に私へと向けられていた。  そう、これは断罪劇。 「アリシア・フォン・ヴァレンシュタイン! お前は聖女ミリアを虐げ、幾度も侮辱し、王宮の秩序を乱した。その罪により、婚約破棄を宣告し、さらには……」  殿下が声を張り上げた。 「――処刑とする!」  広間がざわめいた。  けれど私は、ただ静かに微笑んだ。 (あぁ……やっぱり、来たわね。この展開)

処理中です...