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第56話:隠し部屋の発見
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「……こ、ここはただの書斎だ! 隠し部屋などあるわけがない!」
国王陛下は、脂汗を滝のように流しながら、執務室の入り口で仁王立ちになり、私たちの侵入を阻もうとしました。
その後ろでは、拘束されたレイモンド殿下とシルヴィア様が、呆然とした顔で父親の醜態を見つめています。
「陛下。……往生際が悪いですわ」
私は図面を片手に、冷ややかに告げました。
「建築とは数学です。計算が合わない場所には、必ず理由が存在します」
私は振り返り、同行していた裁判官や貴族たちに図面を見せました。
「皆様、ご覧ください。この王城の外壁の全長は百二十メートル。対して、内部の廊下と部屋の長さを合計すると……、百十五メートルしかありません」
「……五メートル足りない?」
「計算ミスではないのか?」
「いいえ。測量は完璧です。……つまり、この建物のどこかに、消失した五メートル分の空間が存在するということです」
これを建築用語でデッドスペース(死腔)と呼びます。
通常は配管スペースや構造壁として使われますが、五メートル幅ともなれば話は別です。
「ロッテ。……お弁当箱の底が二重になっていて、下にお菓子が隠されていたらどう思いますか?」
「許せません! 上げ底は食いしん坊への冒涜です!」
「ええ。この城は、まさにその上げ底弁当なのです」
私は陛下の脇をすり抜け、書斎の中へと足を踏み入れました。
そこは重厚な本棚で囲まれた、一見すると何の変哲もない部屋です。
「ふん、見るがいい! どこに部屋がある! 壁しかないではないか!」
陛下が強気に出ます。
確かに、目視では分かりません。
壁紙の継ぎ目も完璧です。
「……マックス様。そこの本棚の奥、壁を叩いていただけますか?」
「ああ。任せろ」
マックス様が剣の柄で、壁をコツコツと叩いて回ります。
そして、壁を叩く度に鈍い音が聞こえてきます。
「……ここまでは、石が詰まっている音だな」
マックス様がさらに奥へ進み、巨大な肖像画――若き日の陛下が描かれた絵画の横の壁を叩きました。
すると、音が変わりました。
中が詰まった音ではなく、空洞に響くような、乾いた高い音です。
「……ビンゴですわ」
私はその壁の前に立ちました。
「陛下。この壁の厚さは、図面上では五十センチ。しかし、この反響音は、向こう側に空洞があることを示しています」
「た、たまたまだ! そこは構造上の空洞で……」
「いいえ。開閉ギミックの痕跡があります」
私は壁に設置された、豪奢な燭台に手をかけました。
ただの装飾に見えますが、金属の摩耗具合が、他の燭台とは微妙に違います。
つまり、頻繁に触れられている証拠です。
「この燭台を右に四十五度、回すと……」
重い金属音が響き、壁の一部が音もなくスライドしました。
本棚ごと壁が内側に回転し、暗い闇への入り口がぽっかりと口を開けました。
「ひぃっ……!」
陛下が悲鳴を上げて尻餅をつきました。
入り口から漂ってくるのは、カビ臭い空気と、そしてお金の匂いです。
「ロッテ、明かりを」
「はいっ! 探検隊、突入です!」
ロッテがランタンを掲げ、私たちは隠し部屋へと入りました。
そこは、六畳ほどの狭い空間でした。
しかし、その中身は見る者を圧倒しました。
「な……、なんだ、これは……!?」
後ろからついてきた貴族たちが息を飲みます。
部屋の棚には、木箱に入った金貨や宝石が山積みにされていました。
さらに、床には最高級の大理石やマホガニー材が置かれています。
「ああっ!? これ、私の家の柱になるはずだった大理石じゃないか!」
レイモンド殿下が叫びました。
「どういうことだ父上! 私の家の予算が足りないと言っていたのに、本物の材料はここに隠していたのですか!?」
「う、うるさい! これは……、国家の非常用備蓄だ!」
陛下が震える声で言い訳をしますが、誰も聞きません。
私は、部屋の中央にある小さな机に目を留めました。
そこには、一冊の黒革の帳簿が置かれていました。
「……見つけました。これが本命です」
私は帳簿を手に取り、パラパラとめくりました。
『〇月×日、レイモンド邸建設費より、金貨五千枚を抜く』
『〇月△日、水門工事費の水増し分、入金確認』
『〇月〇日、愛人宅のリフォーム代として流用』
全てが記録されていました。
いつ、どこから、どれだけの税金を横領し、私腹を肥やしてきたか。
その悪事の全てが、陛下自身の几帳面な筆跡で残されていたのです。
「皮肉なものですわね。……図面を軽視したレイモンド殿下に対し、陛下はご自分の図面(帳簿)を大事にしすぎて、それが破滅の証拠になるとは」
私は帳簿を裁判官に手渡しました。
「決定的な証拠です。……これにより、王家の財産は全て汚職による不正蓄財であることが証明されました」
「あ、あぁぁ……。余の……、余の老後資金が……」
陛下は床に突っ伏し、子供のように泣き崩れました。
その横で、レイモンド殿下が「私を騙していたのか!」と父親に掴みかかり、シルヴィア様が「金貨! 一枚でいいからちょうだい!」と金庫に這いずろうとして、衛兵に引きずられていきます。
「……終わったな」
マックス様が、隠し部屋の冷たい空気に触れながら呟きました。
「ええ。空間というものは正直です。……どんなに厚い壁で隠しても、計算式(つじつま)が合わなければ、必ず露見するのです」
私は消えた部屋を見渡しました。
そこは、王家の腐敗が濃縮された、この国で最も醜い空間でした。
「さあ、行きましょう。ここの空気は悪すぎます」
「はい! 早く外の空気を吸いたいです!」
私たちは隠し部屋を後にしました。
背後で、かつての権力者たちが互いを罵り合う声が、空洞の壁に木霊していました。
王家の威信は、この狭く暗い部屋と共に、永遠に闇に葬られたのです。
国王陛下は、脂汗を滝のように流しながら、執務室の入り口で仁王立ちになり、私たちの侵入を阻もうとしました。
その後ろでは、拘束されたレイモンド殿下とシルヴィア様が、呆然とした顔で父親の醜態を見つめています。
「陛下。……往生際が悪いですわ」
私は図面を片手に、冷ややかに告げました。
「建築とは数学です。計算が合わない場所には、必ず理由が存在します」
私は振り返り、同行していた裁判官や貴族たちに図面を見せました。
「皆様、ご覧ください。この王城の外壁の全長は百二十メートル。対して、内部の廊下と部屋の長さを合計すると……、百十五メートルしかありません」
「……五メートル足りない?」
「計算ミスではないのか?」
「いいえ。測量は完璧です。……つまり、この建物のどこかに、消失した五メートル分の空間が存在するということです」
これを建築用語でデッドスペース(死腔)と呼びます。
通常は配管スペースや構造壁として使われますが、五メートル幅ともなれば話は別です。
「ロッテ。……お弁当箱の底が二重になっていて、下にお菓子が隠されていたらどう思いますか?」
「許せません! 上げ底は食いしん坊への冒涜です!」
「ええ。この城は、まさにその上げ底弁当なのです」
私は陛下の脇をすり抜け、書斎の中へと足を踏み入れました。
そこは重厚な本棚で囲まれた、一見すると何の変哲もない部屋です。
「ふん、見るがいい! どこに部屋がある! 壁しかないではないか!」
陛下が強気に出ます。
確かに、目視では分かりません。
壁紙の継ぎ目も完璧です。
「……マックス様。そこの本棚の奥、壁を叩いていただけますか?」
「ああ。任せろ」
マックス様が剣の柄で、壁をコツコツと叩いて回ります。
そして、壁を叩く度に鈍い音が聞こえてきます。
「……ここまでは、石が詰まっている音だな」
マックス様がさらに奥へ進み、巨大な肖像画――若き日の陛下が描かれた絵画の横の壁を叩きました。
すると、音が変わりました。
中が詰まった音ではなく、空洞に響くような、乾いた高い音です。
「……ビンゴですわ」
私はその壁の前に立ちました。
「陛下。この壁の厚さは、図面上では五十センチ。しかし、この反響音は、向こう側に空洞があることを示しています」
「た、たまたまだ! そこは構造上の空洞で……」
「いいえ。開閉ギミックの痕跡があります」
私は壁に設置された、豪奢な燭台に手をかけました。
ただの装飾に見えますが、金属の摩耗具合が、他の燭台とは微妙に違います。
つまり、頻繁に触れられている証拠です。
「この燭台を右に四十五度、回すと……」
重い金属音が響き、壁の一部が音もなくスライドしました。
本棚ごと壁が内側に回転し、暗い闇への入り口がぽっかりと口を開けました。
「ひぃっ……!」
陛下が悲鳴を上げて尻餅をつきました。
入り口から漂ってくるのは、カビ臭い空気と、そしてお金の匂いです。
「ロッテ、明かりを」
「はいっ! 探検隊、突入です!」
ロッテがランタンを掲げ、私たちは隠し部屋へと入りました。
そこは、六畳ほどの狭い空間でした。
しかし、その中身は見る者を圧倒しました。
「な……、なんだ、これは……!?」
後ろからついてきた貴族たちが息を飲みます。
部屋の棚には、木箱に入った金貨や宝石が山積みにされていました。
さらに、床には最高級の大理石やマホガニー材が置かれています。
「ああっ!? これ、私の家の柱になるはずだった大理石じゃないか!」
レイモンド殿下が叫びました。
「どういうことだ父上! 私の家の予算が足りないと言っていたのに、本物の材料はここに隠していたのですか!?」
「う、うるさい! これは……、国家の非常用備蓄だ!」
陛下が震える声で言い訳をしますが、誰も聞きません。
私は、部屋の中央にある小さな机に目を留めました。
そこには、一冊の黒革の帳簿が置かれていました。
「……見つけました。これが本命です」
私は帳簿を手に取り、パラパラとめくりました。
『〇月×日、レイモンド邸建設費より、金貨五千枚を抜く』
『〇月△日、水門工事費の水増し分、入金確認』
『〇月〇日、愛人宅のリフォーム代として流用』
全てが記録されていました。
いつ、どこから、どれだけの税金を横領し、私腹を肥やしてきたか。
その悪事の全てが、陛下自身の几帳面な筆跡で残されていたのです。
「皮肉なものですわね。……図面を軽視したレイモンド殿下に対し、陛下はご自分の図面(帳簿)を大事にしすぎて、それが破滅の証拠になるとは」
私は帳簿を裁判官に手渡しました。
「決定的な証拠です。……これにより、王家の財産は全て汚職による不正蓄財であることが証明されました」
「あ、あぁぁ……。余の……、余の老後資金が……」
陛下は床に突っ伏し、子供のように泣き崩れました。
その横で、レイモンド殿下が「私を騙していたのか!」と父親に掴みかかり、シルヴィア様が「金貨! 一枚でいいからちょうだい!」と金庫に這いずろうとして、衛兵に引きずられていきます。
「……終わったな」
マックス様が、隠し部屋の冷たい空気に触れながら呟きました。
「ええ。空間というものは正直です。……どんなに厚い壁で隠しても、計算式(つじつま)が合わなければ、必ず露見するのです」
私は消えた部屋を見渡しました。
そこは、王家の腐敗が濃縮された、この国で最も醜い空間でした。
「さあ、行きましょう。ここの空気は悪すぎます」
「はい! 早く外の空気を吸いたいです!」
私たちは隠し部屋を後にしました。
背後で、かつての権力者たちが互いを罵り合う声が、空洞の壁に木霊していました。
王家の威信は、この狭く暗い部屋と共に、永遠に闇に葬られたのです。
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