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第57話:世論の誘導
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「……王家の免責特権だと? ふざけるな!」
隠し部屋での決定的な証拠発見から数時間後。
王都別邸(元・廃墟)のサロンで、マックス様が新聞を握りつぶしながら憤慨していました。
国王陛下とレイモンド殿下は、あの場では衛兵に拘束されましたが、直後に宰相らが「王族には不逮捕特権がある」と主張し、現在は王城内での軟禁状態(実質的なお咎めなし)となっていたのです。
「結局、権力者は法で裁けないのか。あれだけの証拠が出ても、彼らは城の中でぬくぬくと過ごし、ほとぼりが冷めるのを待つつもりだ」
マックス様の悔しさはもっともです。
司法もまた、長年の王家の支配下にあるため、すぐにトップを断罪しきれないのが現実でした。
「ご安心ください、マックス様。……司法が動かないなら、もう一つの法廷を開けばよろしいのです」
私は優雅に紅茶を啜りながら、一枚の原稿用紙をテーブルに置きました。
「もう一つの法廷?」
「ええ。『世論という名の、最も残酷で、決して控訴のできない法廷です」
その日の深夜。
王都の裏路地にある小さな印刷所は、かつてない熱気に包まれていました。
輪転機がリズミカルな音を立て、インクの匂いが充満しています。
私がアイゼンガルドの資金で買収……、いえ、提携した新聞社の工場です。
「お嬢様、すごいです! どんどん刷られていきます!」
ロッテが、刷り上がったばかりの新聞を手に取り、目を丸くしました。
一面トップには、デカデカと衝撃的な見出しが躍っています。
『国王の裏帳簿、発覚! 隠し部屋から横領の証拠!』
『国民が汚水に苦しむ中、王家は黄金を隠していた!』
『レイモンド王太子、欠陥住宅に公金流用!』
記事には、私が撮影した帳簿の画像や、カビだらけの屋敷の写真、そしてヒ素入り白粉の分析結果までもが詳細に掲載されていました。
「編集長。……この号外を、夜明けと共に王都中にばら撒いてください。部数は通常の十倍。無料で配布しても構いません」
私は編集長に金貨の袋を渡しました。
「承知いたしました、ジュリアンナ様。……これは、この国始まって以来のスクープです。記者生命をかけて、真実を伝えさせていただきます」
編集長の目は燃えていました。
彼らもまた、王家の言論統制に苦しめられてきた被害者だったのです。
「情報は、水と同じです。……堰き止められれば濁りますが、一度流れ出せば、その奔流は誰にも止められません」
翌朝。
王都は蜂の巣をつついたような騒ぎになりました。
「おい、見たかこれ!」
「俺たちが税金を払っている間に、王様は隠し部屋で金貨を数えてたのかよ!」
「私の子供が泥水で病気になったのに……、あいつらは綺麗な水を独占して、贅沢三昧だって!?」
街角、市場、酒場。
至る所で人々が新聞を広げ、怒りに震えていました。
これまで漠然としていた王家への不満が、具体的な証拠と数字によって、明確な殺意に近い怒りへと変わったのです。
貴族街でも同様でした。
「まあ……。レイモンド殿下のあの屋敷、カビだらけの手抜き工事だったの?」
「しかも、私たちが使っていた白粉に毒が入っていたなんて……!」
「もう王家は終わりね。これ以上関わると、私たちまで同罪にされるわ」
新聞というメディアによって、情報は瞬く間に共有され、拡散されました。
王家を擁護する者は誰一人いなくなり、王城は文字通り、民衆の怒りの海に浮かぶ孤島となりました。
「……お嬢様。お城の前、すごい人だかりですよ」
昼過ぎ。
テラスから外を見たロッテが報告してきました。
王城の門前には、新聞を握りしめた数万の民衆が押し寄せ、「金を返せ!」「王太子を出せ!」とシュプレヒコールを上げています。
「ええ。これが世論の誘導(プロパガンダ)です」
私は静かに微笑みました。
「物理的な城壁は厚くても、民衆の支持という地盤が液状化すれば、城は簡単に傾くのです」
そこへ、一羽の伝書鳩が飛んできました。
王城からの使者です。
民衆に囲まれて出られないため、空から手紙を送ってきたのでしょう。
手紙の主は、レイモンド殿下でした。
『ジュリアンナ! 貴様の仕業だな! この卑怯者め! だが、私はまだ負けてはいない! 私の潔白と、王家としての威信を証明する機会を用意した! 明後日の夜、海沿いに建設した新離宮にて大舞踏会を開催する! そこで、私が真に国を導く者であることを示してやる! 貴様も招待してやるから、首を洗って待っていろ!』
震える文字で書かれた挑戦状。
追い詰められた殿下が選んだのは、最後の見栄(プライド)をかけた、起死回生のイベントでした。
「……海沿いの新離宮、ですか」
私は記憶の引き出しを開けました。
確か、そこは私が現場監督を解任された直後に、殿下が「海の見える別荘が欲しい」と言って、強引に計画させた場所です。
「マックス様。あそこの建設予定地……、確か、古地図では津波の常襲地帯でしたわね?」
「ああ。地元の漁師は決して近づかない場所だ。それに、今は大潮の時期だろう?」
「ええ。それに加えて、殿下のことですから、また『景観を損ねる』と言って、防波堤や水門の設計を無視したに違いありません」
私は手紙をパタンと閉じました。
「受けて立ちましょう。……これが彼らにとって、文字通り最後の晩餐になりますから」
民衆の怒りに包囲された王都。
その逃げ場のない状況で、王太子自らが用意した舞踏会場という処刑台。
舞台は整いました。
「ロッテ、準備なさい。……ドレスの下に、救命胴衣を忘れないようにね」
隠し部屋での決定的な証拠発見から数時間後。
王都別邸(元・廃墟)のサロンで、マックス様が新聞を握りつぶしながら憤慨していました。
国王陛下とレイモンド殿下は、あの場では衛兵に拘束されましたが、直後に宰相らが「王族には不逮捕特権がある」と主張し、現在は王城内での軟禁状態(実質的なお咎めなし)となっていたのです。
「結局、権力者は法で裁けないのか。あれだけの証拠が出ても、彼らは城の中でぬくぬくと過ごし、ほとぼりが冷めるのを待つつもりだ」
マックス様の悔しさはもっともです。
司法もまた、長年の王家の支配下にあるため、すぐにトップを断罪しきれないのが現実でした。
「ご安心ください、マックス様。……司法が動かないなら、もう一つの法廷を開けばよろしいのです」
私は優雅に紅茶を啜りながら、一枚の原稿用紙をテーブルに置きました。
「もう一つの法廷?」
「ええ。『世論という名の、最も残酷で、決して控訴のできない法廷です」
その日の深夜。
王都の裏路地にある小さな印刷所は、かつてない熱気に包まれていました。
輪転機がリズミカルな音を立て、インクの匂いが充満しています。
私がアイゼンガルドの資金で買収……、いえ、提携した新聞社の工場です。
「お嬢様、すごいです! どんどん刷られていきます!」
ロッテが、刷り上がったばかりの新聞を手に取り、目を丸くしました。
一面トップには、デカデカと衝撃的な見出しが躍っています。
『国王の裏帳簿、発覚! 隠し部屋から横領の証拠!』
『国民が汚水に苦しむ中、王家は黄金を隠していた!』
『レイモンド王太子、欠陥住宅に公金流用!』
記事には、私が撮影した帳簿の画像や、カビだらけの屋敷の写真、そしてヒ素入り白粉の分析結果までもが詳細に掲載されていました。
「編集長。……この号外を、夜明けと共に王都中にばら撒いてください。部数は通常の十倍。無料で配布しても構いません」
私は編集長に金貨の袋を渡しました。
「承知いたしました、ジュリアンナ様。……これは、この国始まって以来のスクープです。記者生命をかけて、真実を伝えさせていただきます」
編集長の目は燃えていました。
彼らもまた、王家の言論統制に苦しめられてきた被害者だったのです。
「情報は、水と同じです。……堰き止められれば濁りますが、一度流れ出せば、その奔流は誰にも止められません」
翌朝。
王都は蜂の巣をつついたような騒ぎになりました。
「おい、見たかこれ!」
「俺たちが税金を払っている間に、王様は隠し部屋で金貨を数えてたのかよ!」
「私の子供が泥水で病気になったのに……、あいつらは綺麗な水を独占して、贅沢三昧だって!?」
街角、市場、酒場。
至る所で人々が新聞を広げ、怒りに震えていました。
これまで漠然としていた王家への不満が、具体的な証拠と数字によって、明確な殺意に近い怒りへと変わったのです。
貴族街でも同様でした。
「まあ……。レイモンド殿下のあの屋敷、カビだらけの手抜き工事だったの?」
「しかも、私たちが使っていた白粉に毒が入っていたなんて……!」
「もう王家は終わりね。これ以上関わると、私たちまで同罪にされるわ」
新聞というメディアによって、情報は瞬く間に共有され、拡散されました。
王家を擁護する者は誰一人いなくなり、王城は文字通り、民衆の怒りの海に浮かぶ孤島となりました。
「……お嬢様。お城の前、すごい人だかりですよ」
昼過ぎ。
テラスから外を見たロッテが報告してきました。
王城の門前には、新聞を握りしめた数万の民衆が押し寄せ、「金を返せ!」「王太子を出せ!」とシュプレヒコールを上げています。
「ええ。これが世論の誘導(プロパガンダ)です」
私は静かに微笑みました。
「物理的な城壁は厚くても、民衆の支持という地盤が液状化すれば、城は簡単に傾くのです」
そこへ、一羽の伝書鳩が飛んできました。
王城からの使者です。
民衆に囲まれて出られないため、空から手紙を送ってきたのでしょう。
手紙の主は、レイモンド殿下でした。
『ジュリアンナ! 貴様の仕業だな! この卑怯者め! だが、私はまだ負けてはいない! 私の潔白と、王家としての威信を証明する機会を用意した! 明後日の夜、海沿いに建設した新離宮にて大舞踏会を開催する! そこで、私が真に国を導く者であることを示してやる! 貴様も招待してやるから、首を洗って待っていろ!』
震える文字で書かれた挑戦状。
追い詰められた殿下が選んだのは、最後の見栄(プライド)をかけた、起死回生のイベントでした。
「……海沿いの新離宮、ですか」
私は記憶の引き出しを開けました。
確か、そこは私が現場監督を解任された直後に、殿下が「海の見える別荘が欲しい」と言って、強引に計画させた場所です。
「マックス様。あそこの建設予定地……、確か、古地図では津波の常襲地帯でしたわね?」
「ああ。地元の漁師は決して近づかない場所だ。それに、今は大潮の時期だろう?」
「ええ。それに加えて、殿下のことですから、また『景観を損ねる』と言って、防波堤や水門の設計を無視したに違いありません」
私は手紙をパタンと閉じました。
「受けて立ちましょう。……これが彼らにとって、文字通り最後の晩餐になりますから」
民衆の怒りに包囲された王都。
その逃げ場のない状況で、王太子自らが用意した舞踏会場という処刑台。
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