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第74話:アスベストの呪縛、再び
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「頼む! 買ってくれ! ここは王都の一等地なんだぞ!」
王都の高級住宅街。
その一角に建つ、かつてレイモンド殿下が暮らしていた王太子本邸の前で、ボロボロの作業着を着た元殿下が、一人の商人に縋り付いていました。
「建物は古いかもしれんが、土地には価値があるはずだ! これを売れば、私は借金を返してやり直せるんだ!」
殿下は必死でした。
海辺の離宮は瓦礫となり、隠し財産も没収されました。
彼に残された唯一の資産は、この実家の土地権利書だけだったのです。
商人は困った顔で頭を掻いています。
「いやぁ、そうは言われましてもねぇ……。この屋敷、かなりガタが来てますし、解体して更地にするだけでも金がかかりますから……」
「そこをなんとか! 金貨三千枚……、いや、二千枚でいい!」
「待ちなさい」
商人が財布に手をかけようとしたその時、私が声をかけました。
ロッテとマックス様、そして数名の防護服を着た作業員を引き連れて。
「お、お前……、ジュリアンナ! また私の邪魔をするのか!」
殿下が憎々しげに睨んできます。
「邪魔をしているのではありません。消費者保護ですわ」
私は商人に目配せをして下がらせると、屋敷の屋根を見上げました。
スレート瓦が葺かれた、一見すると立派な屋根です。
しかし、所々が割れて、白い繊維状の中身が覗いています。
「殿下。この屋敷が建てられたのは三十年前。……当時は燃えない建材が大流行した時期でしたわね?」
「ああ、そうだ! この屋敷は火事に強いんだ! だから価値がある!」
「……その燃えない建材の正体を、ご存知で?」
私は防護マスクを装着し、屋敷の壁の一部――断熱材が露出しているひび割れ箇所を指差しました。
「石綿(アスベスト)です」
「石綿……? 海辺の離宮でも出たやつか?」
「ええ。ですが、ここの量は桁違いです。屋根材、壁の断熱材、床のタイル、そして配管の保温材……。この屋敷は、まさにアスベストの塊と言っても過言ではありません」
私は一枚の見積書を殿下の目の前に突きつけました。
「先日の法改正により、アスベスト含有建物の売買には重要事項説明が義務付けられました。そして解体する際は、周囲への飛散を防ぐために、建物をまるごとシートで覆い、空気を濾過しながら作業しなければなりません」
「だ、だから何だ! 金がかかるなら、売値から引けばいいだろう!」
「引けますか? ……計算してみましょう」
私は手帳を開き、冷酷な算数を始めました。
「この土地の評価額は、金貨二千枚。……対して、この巨大な屋敷のアスベスト除去および解体費用は、金貨五千枚です」
「……は?」
「単純な引き算です。二千引く五千は?」
「……マイナス、三千……?」
「正解です。この不動産は、持っているだけで金貨三千枚の赤字を生むのです」
殿下の顔が凍りつきました。
売ればお金になると思っていた最後の希望が、実は莫大な借金そのものだったのです。
「そ、そんな……。タダでも売れないのか……?」
「タダどころか、あなたがお金を払って引き取ってもらわなければなりません。……誰が毒入りの家を欲しがりますか?」
私は屋根を指差しました。
「しかも、屋根が劣化して粉塵が飛び散り始めています。このまま放置すれば、近隣住民への健康被害で訴訟問題になりますよ。……直ちに解体する必要があります」
「金なんてない! もう一銭もないんだ!」
殿下はその場に泣き崩れました。
安価で便利だからと飛びついた魔法の鉱物が、数十年越しに牙を剥き、持ち主を経済的に殺しにかかったのです。
「お嬢様……。あの白いフワフワ、見た目は綿菓子みたいなのに、本当は怖いんですね」
ロッテがマスク越しに震えています。
「ええ。目に見えない微細な針が、肺だけでなく、人生設計すらも突き刺すのです」
私はマックス様に合図を送りました。
「……連れて行ってください」
「ああ。……これにて破産手続き完了だ」
法務官たちが殿下を取り囲みました。
資産価値がマイナスになったことで、彼は法的に完全な破産者となりました。
王族としての地位も、名誉も、財産も、そして最後の隠し玉も。
すべてがアスベストの粉塵と共に消え去ったのです。
「いやだぁぁ! スラムには戻りたくないぃぃ! 誰か、誰かこの家を買ってくれぇぇ!」
絶叫しながら引きずられていく殿下。
その背中には、かつての威光など微塵も残っていませんでした。
「……さて。この負の遺産も、私たちが処理しなければなりませんね」
私は屋敷を見上げました。
解体には費用がかかりますが、アイゼンガルドの新技術を使えば、コストを抑えつつ安全に封じ込めることができます。
そして跡地は、汚染のない綺麗な公園に生まれ変わるでしょう。
「さあ、ロッテ。……王都の大掃除も、いよいよ大詰めですわ」
王都の高級住宅街。
その一角に建つ、かつてレイモンド殿下が暮らしていた王太子本邸の前で、ボロボロの作業着を着た元殿下が、一人の商人に縋り付いていました。
「建物は古いかもしれんが、土地には価値があるはずだ! これを売れば、私は借金を返してやり直せるんだ!」
殿下は必死でした。
海辺の離宮は瓦礫となり、隠し財産も没収されました。
彼に残された唯一の資産は、この実家の土地権利書だけだったのです。
商人は困った顔で頭を掻いています。
「いやぁ、そうは言われましてもねぇ……。この屋敷、かなりガタが来てますし、解体して更地にするだけでも金がかかりますから……」
「そこをなんとか! 金貨三千枚……、いや、二千枚でいい!」
「待ちなさい」
商人が財布に手をかけようとしたその時、私が声をかけました。
ロッテとマックス様、そして数名の防護服を着た作業員を引き連れて。
「お、お前……、ジュリアンナ! また私の邪魔をするのか!」
殿下が憎々しげに睨んできます。
「邪魔をしているのではありません。消費者保護ですわ」
私は商人に目配せをして下がらせると、屋敷の屋根を見上げました。
スレート瓦が葺かれた、一見すると立派な屋根です。
しかし、所々が割れて、白い繊維状の中身が覗いています。
「殿下。この屋敷が建てられたのは三十年前。……当時は燃えない建材が大流行した時期でしたわね?」
「ああ、そうだ! この屋敷は火事に強いんだ! だから価値がある!」
「……その燃えない建材の正体を、ご存知で?」
私は防護マスクを装着し、屋敷の壁の一部――断熱材が露出しているひび割れ箇所を指差しました。
「石綿(アスベスト)です」
「石綿……? 海辺の離宮でも出たやつか?」
「ええ。ですが、ここの量は桁違いです。屋根材、壁の断熱材、床のタイル、そして配管の保温材……。この屋敷は、まさにアスベストの塊と言っても過言ではありません」
私は一枚の見積書を殿下の目の前に突きつけました。
「先日の法改正により、アスベスト含有建物の売買には重要事項説明が義務付けられました。そして解体する際は、周囲への飛散を防ぐために、建物をまるごとシートで覆い、空気を濾過しながら作業しなければなりません」
「だ、だから何だ! 金がかかるなら、売値から引けばいいだろう!」
「引けますか? ……計算してみましょう」
私は手帳を開き、冷酷な算数を始めました。
「この土地の評価額は、金貨二千枚。……対して、この巨大な屋敷のアスベスト除去および解体費用は、金貨五千枚です」
「……は?」
「単純な引き算です。二千引く五千は?」
「……マイナス、三千……?」
「正解です。この不動産は、持っているだけで金貨三千枚の赤字を生むのです」
殿下の顔が凍りつきました。
売ればお金になると思っていた最後の希望が、実は莫大な借金そのものだったのです。
「そ、そんな……。タダでも売れないのか……?」
「タダどころか、あなたがお金を払って引き取ってもらわなければなりません。……誰が毒入りの家を欲しがりますか?」
私は屋根を指差しました。
「しかも、屋根が劣化して粉塵が飛び散り始めています。このまま放置すれば、近隣住民への健康被害で訴訟問題になりますよ。……直ちに解体する必要があります」
「金なんてない! もう一銭もないんだ!」
殿下はその場に泣き崩れました。
安価で便利だからと飛びついた魔法の鉱物が、数十年越しに牙を剥き、持ち主を経済的に殺しにかかったのです。
「お嬢様……。あの白いフワフワ、見た目は綿菓子みたいなのに、本当は怖いんですね」
ロッテがマスク越しに震えています。
「ええ。目に見えない微細な針が、肺だけでなく、人生設計すらも突き刺すのです」
私はマックス様に合図を送りました。
「……連れて行ってください」
「ああ。……これにて破産手続き完了だ」
法務官たちが殿下を取り囲みました。
資産価値がマイナスになったことで、彼は法的に完全な破産者となりました。
王族としての地位も、名誉も、財産も、そして最後の隠し玉も。
すべてがアスベストの粉塵と共に消え去ったのです。
「いやだぁぁ! スラムには戻りたくないぃぃ! 誰か、誰かこの家を買ってくれぇぇ!」
絶叫しながら引きずられていく殿下。
その背中には、かつての威光など微塵も残っていませんでした。
「……さて。この負の遺産も、私たちが処理しなければなりませんね」
私は屋敷を見上げました。
解体には費用がかかりますが、アイゼンガルドの新技術を使えば、コストを抑えつつ安全に封じ込めることができます。
そして跡地は、汚染のない綺麗な公園に生まれ変わるでしょう。
「さあ、ロッテ。……王都の大掃除も、いよいよ大詰めですわ」
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追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
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