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第73話:石畳の材質選び
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「うわぁっ! あぶないっ!」
王都のメインストリート――「中央通り」の交差点で、荷馬車が盛大にスリップし、馬がいななきながら転倒しました。
幸い、積み荷は軽い藁だったので大事には至りませんでしたが、御者は泥まみれになりながら悪態をついています。
「クソッ! またかよ! 雨上がりはこの道、氷の上みたいに滑るんだ!」
視察に来ていたマックス様が、馬を落ち着かせながら顔をしかめました。
「……酷いな。王都の大動脈がこれでは、物流効率が落ちる一方だ」
「ええ。原因は明白ですわ」
私はしゃがみ込み、道路の表面を覆っている白くてツルツルした石を、コツコツと杖で叩きました。
「この石畳……、材質は石灰岩(ライムストーン)を鏡面研磨したものですわね」
「石灰岩? セメントの材料になるやつか?」
「はい。加工しやすく、磨くと美しい光沢が出ます。……レイモンド殿下は、この白く輝く道を『光の回廊』と呼んで自慢しておられました」
私は濡れた路面を指で擦りました。
ヌルリと指が滑ります。
「ですが、磨いた石灰岩は、水に濡れると摩擦係数が極端に低下します。さらに、馬車の鉄輪ですり減りやすいため、表面は摩耗してツルツル。……これでは、馬も人も氷の上を歩いているようなものです」
そこへ、道路の端でドブさらいの作業をさせられていた作業員の二人組が通りかかりました。
レイモンド元殿下と、シルヴィア様です。
二人は重そうな手押し車(一輪車)に泥を積んで運んでいましたが――。
「くっ、重い……! 足が滑って……、うわっ!?」
殿下の足が石畳で滑り、彼は派手に尻餅をつきました。
手押し車が横転し、中のドロドロの汚泥が、シルヴィア様の足元にぶちまけられます。
「キャアアアアッ! ちょっと、何すんのよバカ!」
「うるさい! 私が悪いんじゃない! この地面が悪いんだ! なんでこんなに滑るんだ!」
殿下は泥まみれになりながら、自分が敷設を命じた石畳をバンバンと叩いています。
「……滑稽ですわね。ご自分が『美しい』と選んだ石に、足元をすくわれるなんて」
私は二人に近づき、冷徹に見下ろしました。
「殿下。道路に必要なのは輝きではありません。摩擦です」
「ま、摩擦だと……?」
「ええ。そこで、舗装を全面的にやり直します」
私はマックス様に合図を送り、アイゼンガルドから運んできた新しい石材の見本を持ってこさせました。
「まず、馬車が通る車道には、これを使います」
私が示したのは、白と黒の粒々が混じった、非常に硬そうな石です。
「花崗岩――通称、御影石です」
「お嬢様! これ知ってます! ごま塩おにぎりみたいな石ですよね!」
ロッテが石を見てお腹を鳴らしました。
「……ええ、まあ見た目はそうですね。この石は石英や長石を含み、非常に硬くて摩耗に強いのが特徴です。重い馬車が通ってもすり減りませんし、表面を凹凸加工することで、強力な滑り止め効果を発揮します」
そして次に、歩道用の石を取り出しました。
こちらは灰色で、表面が自然にゴツゴツと波打っています。
「そして歩道や坂道には、この安山岩――鉄平石を使います」
「地味な石だな。……だが、表面がザラザラしていて、これなら滑らなそうだ」
マックス様が靴底で感触を確かめます。
「はい。マグマが急激に冷え固まってできたこの石は、割れ肌が適度な粗面になっています。雨の日でも靴がグリップし、お年寄りや子供も安心して歩けます」
私は宣言しました。
「美観だけの光の回廊は廃止です。……これからは、機能と安全を最優先した実用の道を作ります」
「くっ……! 花崗岩だと? あんな硬い石、加工するだけで一苦労じゃないか!」
殿下が文句を言いますが、私はニッコリと微笑みました。
「ご心配なく。……その一苦労を担当していただくのは、あなた方ですから」
「は?」
「あなたたち作業員への命令です。王都中のツルツル石を剥がし、この重くて硬い花崗岩を敷き詰めてください。……一枚五十キロありますから、腰を痛めないように気をつけて」
「ご、五十キロぉぉぉ!?」
「イヤァァ! 爪が! また爪が割れちゃう!」
絶叫する二人を尻目に、舗装工事が始まりました。
アイゼンガルドの職人たちの指導の下、元王太子たちが汗水垂らして運んだ花崗岩が、次々と敷設されていきます。
数日後。
完成した新しいメインストリートは、以前のような派手な輝きはありませんでしたが、落ち着いた石の風合いが街に馴染んでいました。
馬車が軽快な音を立てて通り過ぎていきます。
雨上がりでも蹄はしっかりと地面を捉え、スリップする様子は微塵もありません。
「歩きやすいわ! これなら雨の日でもお買い物に行けるわね」
「荷車が軽くなった気がするぞ!」
市民たちの喜ぶ声が響きます。
その道の片隅で、腰を押さえて座り込む、泥だらけの男女の姿がありました。
「……腰が、痛い……」
「もう、歩けない……」
レイモンド殿下とシルヴィア様です。
過酷な重労働でボロボロになっていますが、その足元はしっかりと新しい石畳に支えられていました。
「皮肉なものだな。……彼らが初めて国の役に立つ仕事をした結果が、この道か」
マックス様が、完成した道路を見渡して呟きました。
「ええ。彼らも、少しは地に足がついた生活ができるようになるといいのですが……」
私は新しい石畳を、カツンとヒールで踏み鳴らしました。
滑らない。
揺るがない。
これこそが、国を支える本当の道なのです。
王都のメインストリート――「中央通り」の交差点で、荷馬車が盛大にスリップし、馬がいななきながら転倒しました。
幸い、積み荷は軽い藁だったので大事には至りませんでしたが、御者は泥まみれになりながら悪態をついています。
「クソッ! またかよ! 雨上がりはこの道、氷の上みたいに滑るんだ!」
視察に来ていたマックス様が、馬を落ち着かせながら顔をしかめました。
「……酷いな。王都の大動脈がこれでは、物流効率が落ちる一方だ」
「ええ。原因は明白ですわ」
私はしゃがみ込み、道路の表面を覆っている白くてツルツルした石を、コツコツと杖で叩きました。
「この石畳……、材質は石灰岩(ライムストーン)を鏡面研磨したものですわね」
「石灰岩? セメントの材料になるやつか?」
「はい。加工しやすく、磨くと美しい光沢が出ます。……レイモンド殿下は、この白く輝く道を『光の回廊』と呼んで自慢しておられました」
私は濡れた路面を指で擦りました。
ヌルリと指が滑ります。
「ですが、磨いた石灰岩は、水に濡れると摩擦係数が極端に低下します。さらに、馬車の鉄輪ですり減りやすいため、表面は摩耗してツルツル。……これでは、馬も人も氷の上を歩いているようなものです」
そこへ、道路の端でドブさらいの作業をさせられていた作業員の二人組が通りかかりました。
レイモンド元殿下と、シルヴィア様です。
二人は重そうな手押し車(一輪車)に泥を積んで運んでいましたが――。
「くっ、重い……! 足が滑って……、うわっ!?」
殿下の足が石畳で滑り、彼は派手に尻餅をつきました。
手押し車が横転し、中のドロドロの汚泥が、シルヴィア様の足元にぶちまけられます。
「キャアアアアッ! ちょっと、何すんのよバカ!」
「うるさい! 私が悪いんじゃない! この地面が悪いんだ! なんでこんなに滑るんだ!」
殿下は泥まみれになりながら、自分が敷設を命じた石畳をバンバンと叩いています。
「……滑稽ですわね。ご自分が『美しい』と選んだ石に、足元をすくわれるなんて」
私は二人に近づき、冷徹に見下ろしました。
「殿下。道路に必要なのは輝きではありません。摩擦です」
「ま、摩擦だと……?」
「ええ。そこで、舗装を全面的にやり直します」
私はマックス様に合図を送り、アイゼンガルドから運んできた新しい石材の見本を持ってこさせました。
「まず、馬車が通る車道には、これを使います」
私が示したのは、白と黒の粒々が混じった、非常に硬そうな石です。
「花崗岩――通称、御影石です」
「お嬢様! これ知ってます! ごま塩おにぎりみたいな石ですよね!」
ロッテが石を見てお腹を鳴らしました。
「……ええ、まあ見た目はそうですね。この石は石英や長石を含み、非常に硬くて摩耗に強いのが特徴です。重い馬車が通ってもすり減りませんし、表面を凹凸加工することで、強力な滑り止め効果を発揮します」
そして次に、歩道用の石を取り出しました。
こちらは灰色で、表面が自然にゴツゴツと波打っています。
「そして歩道や坂道には、この安山岩――鉄平石を使います」
「地味な石だな。……だが、表面がザラザラしていて、これなら滑らなそうだ」
マックス様が靴底で感触を確かめます。
「はい。マグマが急激に冷え固まってできたこの石は、割れ肌が適度な粗面になっています。雨の日でも靴がグリップし、お年寄りや子供も安心して歩けます」
私は宣言しました。
「美観だけの光の回廊は廃止です。……これからは、機能と安全を最優先した実用の道を作ります」
「くっ……! 花崗岩だと? あんな硬い石、加工するだけで一苦労じゃないか!」
殿下が文句を言いますが、私はニッコリと微笑みました。
「ご心配なく。……その一苦労を担当していただくのは、あなた方ですから」
「は?」
「あなたたち作業員への命令です。王都中のツルツル石を剥がし、この重くて硬い花崗岩を敷き詰めてください。……一枚五十キロありますから、腰を痛めないように気をつけて」
「ご、五十キロぉぉぉ!?」
「イヤァァ! 爪が! また爪が割れちゃう!」
絶叫する二人を尻目に、舗装工事が始まりました。
アイゼンガルドの職人たちの指導の下、元王太子たちが汗水垂らして運んだ花崗岩が、次々と敷設されていきます。
数日後。
完成した新しいメインストリートは、以前のような派手な輝きはありませんでしたが、落ち着いた石の風合いが街に馴染んでいました。
馬車が軽快な音を立てて通り過ぎていきます。
雨上がりでも蹄はしっかりと地面を捉え、スリップする様子は微塵もありません。
「歩きやすいわ! これなら雨の日でもお買い物に行けるわね」
「荷車が軽くなった気がするぞ!」
市民たちの喜ぶ声が響きます。
その道の片隅で、腰を押さえて座り込む、泥だらけの男女の姿がありました。
「……腰が、痛い……」
「もう、歩けない……」
レイモンド殿下とシルヴィア様です。
過酷な重労働でボロボロになっていますが、その足元はしっかりと新しい石畳に支えられていました。
「皮肉なものだな。……彼らが初めて国の役に立つ仕事をした結果が、この道か」
マックス様が、完成した道路を見渡して呟きました。
「ええ。彼らも、少しは地に足がついた生活ができるようになるといいのですが……」
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