殿下、その婚約破棄の宣言が、すべての崩壊の始まりだと気付いていますか?

水上

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第83話:透明な政治

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「暗い。……そして、カビ臭いな」

 新政府の拠点として接収された王城の執務エリア。
 長い廊下を歩きながら、マックス様が顔をしかめました。

 分厚い石壁に囲まれた廊下は、昼間でも松明が必要なほど薄暗く、圧迫感があります。

「ええ。この閉塞感こそが、旧王家の政治そのものです」

 私はコツコツとヒールを鳴らして歩きました。

「壁が厚く、密室が多い構造は、陰謀と不正の温床になります。誰が何をしているか分からない環境が、横領や怠慢を生むのです」

 先日の隠し部屋がその最たる例でしょう。
 見えない場所があれば、人はそこに闇を隠そうとする。
 それは人間の性です。

「ならば、どうする? 城を全部壊して、青空教室にするわけにもいかんだろう?」

「ふふ。青空は無理ですが……、これを使います」

 私は指を鳴らし、控えていた職人たちに合図を送りました。

「壁を壊しなさい! そして、アイゼンガルド製の特大強化ガラスをはめ込むのです!」

 ハンマーの音が響き渡り、重苦しい石壁が次々と崩れ落ちていきます。

 数日後。

 王城の行政区画は、劇的な変貌を遂げていました。

「うわぁぁっ! お嬢様、壁がないです! 向こう側が丸見えです!」

 ロッテが目を丸くして、透明な壁――床から天井まで続く一枚ガラスに顔を押し付けています。
 かつて個室に分断されていた執務室は、壁を取り払われ、ガラスの仕切りだけで区切られた広大なオープンオフィスへと生まれ変わっていました。

「すごい……。光が奥まで届いて、隅々まで明るい」

 マックス様が感嘆の声を上げます。

「はい。これが可視化されたオフィスです」

 私はガラス張りの執務室を見渡しました。
 中では、先日登用された若い官僚たちが忙しそうに働いています。
 彼らが書類を書いている手元も、会議をしている様子も、廊下から全て見ることができます。

「物理的に視線を遮るものをなくしました。これにより、誰がサボっているか、誰が怪しい密談をしているかが一目瞭然になります」

 私はニヤリと笑いました。

「人間は見られていると意識するだけで、不正を行いにくくなるものです。心理学でいうホーソン効果(観測者効果)の応用ですわ」

「なるほど。……監視ではなく、衆人環視の環境を作るわけか」

 さらに私は、城のエントランスホールに、巨大な魔導掲示板を設置させました。

「そして、これです」

 掲示板には、大きな数字がリアルタイムで書き込まれていきます。

『本日の税収:金貨〇〇枚』

『本日の支出:道路工事費〇〇枚、下水道整備費〇〇枚』

『現在の国庫残高:金貨〇〇枚』

「……なんだこれは? 国家予算か?」

「ええ。お金の流れを、国民全員に公開します」

 私はチョークを手に取り、解説しました。

「これまでの王家は、予算をブラックボックス化し、使途不明金をポケットに入れていました。……ですが、これからは違います」

 私は掲示板を叩きました。

「税金がいくら入り、何に使われたか。その全てをガラス張りにします。……国民はいつでもこの城に入り、このボードを確認し、おかしいと思えばクレームを入れる権利を持ちます」

「国民に……、帳簿を見せるのか? そんなことをした国は聞いたことがないぞ」

「だからこそ、やるのです。……信頼は、秘密からは生まれません。公開と説明責任からのみ生まれるのです」

 その時、見学に来ていた市民の一人が、おずおずと声を上げました。

「あの……、聖女様。俺たちの税金、本当に道路に使われているんですか?」

「ええ、もちろん。見てください」

 私はガラス張りの財務局を指差しました。
 中では、官僚たちが領収書と睨めっこしながら、必死に計算している姿が丸見えです。

「あそこで彼らが計算しています。もし彼らが金貨をポケットに入れようとしたら、ここから丸見えでしょう?」

 市民たちは笑い、そして納得したように頷きました。

「すげぇや……。本当に隠し事なしかよ」

「これなら、安心して税金を払えるな」

 ロッテも感心したように頷いています。

「すごいですお嬢様! これなら、厨房のつまみ食いもバレバレですね!」

「……ロッテ、それはあなたの話ですか?」

 城内は明るく、風通しの良い空気に満ちていました。
 かつて陰謀が渦巻いていた暗い廊下は消え、そこにあるのは、ガラスに反射する陽光と、働く人々の活気だけ。

「透明な政治、か……」

 マックス様が、眩しそうに目を細めました。

「防御力はゼロに見えるが、実は最強の防御かもしれんな。……やましいことがない者にとって、光は味方だ」

「はい。私たちはもう、コソコソ隠れる必要はありませんから」

 私はガラスに映る自分たちの姿を見つめました。
 そこには、過去のしがらみを脱ぎ捨て、未来を見据える新しい指導者たちの顔が、曇りなく映し出されていました。
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