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第13話:ディスクロージャー――誠実なる先手と老獪な特命大使
「貴国はどのように責任をお取りになるおつもりか?」
セオドール大使の重い問いかけに対し、大公ギルベルトは一切怯むことなく、真っ直ぐに相手の目を見据えた。
彼が選択したのは、安易な責任逃れでも、下位の者への責任転嫁でもない。
トップとして、そして国を背負う者としての情報開示であった。
「大使殿。まずは、我が国の管理不足により貴国の国宝を破損させてしまったこと、心より深くお詫び申し上げる」
ギルベルトは最高位の貴族としての矜持を保ちながらも、誠実な態度で深く頭を下げた。
「しかし、誤解していただきたくないのは、これが国家ぐるみの隠蔽ではないという事実です。侯爵家に居候する無知な娘が国宝を直射日光の当たる場所へ放置し、光分解によって破壊した。そして外務卿が自身の保身のために粗悪な偽物を急造した。すべては、一貴族の極めて個人的で愚かな犯罪行為に過ぎません」
ギルベルトは副官のロランから受け取った数枚の分厚い書類を、テーブルの上へ置いた。
「すでに彼ら二人を国家反逆罪に問うための王家公証人の署名入り起訴状と、全財産を没収する手配は完了しております」
老獪なセオドール大使は、提出された書類に目を通し、わずかに目を細めた。
(なるほど。この大公は、隠蔽の事実を他国に突きつけられてから弁明するのではなく、自国の恥部を自らの手で切り裂き、完全な情報開示を行うことで強烈な自浄作用を誇示してみせたというわけか)
それは、危機的状況において最大の防御となる誠実な先手であった。
他国の国宝を破損させた罪は、いくら大公が誠実に告白したからといって免じられるものではない。
だが、大公の極めて高く、信頼に足る危機管理能力を目の当たりにした大使の怒りは、激昂から冷静な外交的判断へと移行しつつあった。
「……大公閣下の迅速かつ誠実な対応には敬意を表します。しかし、犯人を処罰したところで、失われた我が国の由緒ある白百合が元に戻るわけではありません。国宝の喪失は、貴国との同盟関係に深い亀裂を生じさせるには十分すぎる重大な損失です」
大使の言う通りだった。
物理的に破壊された国宝という絶対的な損失を埋め合わせる何かを提示できなければ、この外交的危機を根本から解決することはできない。
その時、これまで事態を見守っていたエリアーヌが、一歩前へ進み出た。
「大使殿。失われた白百合のすべてが元に戻るわけではないことは、私も重々承知しております」
彼女は背後に控えていたサリスへ目配せをした。
サリスがワゴンに乗せて運んできたのは、特殊な温度管理機能が備わった小さな銀のケースであった。
「……それは?」
「前侯爵の従妹が放置し、光分解によって崩壊した本来の国宝の残骸から回収したものです」
エリアーヌは慎重な手つきで銀のケースを開いた。
中には、冷却された特殊な培養液に浸された、ほんの数枚の白百合の花弁が収められていた。
全体の大半は変色し崩れ落ちていたが、この数枚だけは、奇跡的にかつての純白の輝きと瑞々しさを保っている。
「私たちがこの会場に着いた頃、侯爵家の使用人たちが残骸を発見し、回収いたしました。そして、それを私の父に託しました」
彼女の完璧な仕事ぶりを尊敬していた侯爵家の古参の使用人たちは、無能な当主に見切りをつけ、彼女のために密かに動いてくれていたのだ。
「直射日光による光分解は、表面の細胞を破壊しますが、中心部に近い厚みのある花弁の一部には、まだ微かに生きている細胞が残されていました。父はそれを切り出し、劣化の進行を止めるための緊急処置を施して保管しておりました。そして、それが今ここに運ばれてきたのです」
セオドール大使は、培養液の中で眠る自国の国宝の一部を見つめ、驚きに目を見張った。
「私は大使殿に対し、私の全技術をもって、この生き残った細胞を修復する機会を頂きたいとお願い申し上げます」
エリアーヌは、一切の驕りも卑下もない、ただ純粋な技術者としての揺るぎない眼差しで大使を見据えた。
「ただ元通りに修復するだけではありません。失われた部分を補うため、我が国の国花である真紅の薔薇の生きた細胞を抽出し、この白百合と分子レベルで結合させます」
「……違う花の細胞同士を、結合させるだと? そのようなことが本当に可能なのか?」
大使が信じられないというように問い返す。
「接着剤で貼り合わせるような、無粋な真似はいたしません。特殊グリセリンの置換技術の応用です。生きている白百合の細胞壁を通して、真紅の薔薇から抽出した染料と新しい保存液を根元から吸い上げさせ、定着させます」
それは、未踏の領域への挑戦であった。
「両国の花が完全に融合した姿は、かつての国宝を遥かに凌駕する再生と揺るぎない絆の象徴となることを、私の誇りにかけてお約束いたします」
老獪な大使は、沈黙した。
彼が見つめているのは、もはや小さな花弁ではない。
大公ギルベルトの誠実な危機管理能力と、エリアーヌの極限のプロ意識。
この二人が並び立ち、国家の危機に真っ向から立ち向かおうとしているその姿こそが、何よりも強固な同盟の担保であると、彼は理解していた。
「……よかろう」
長い沈黙の末、大使はゆっくりと頷いた。
「大公閣下の誠実さと、ヴァレリ令嬢のその揺るぎない眼差しに免じて、判断は保留といたしましょう。ただし、もしその修復が私の納得のいくものでなかった場合、貴国には相応の覚悟をしていただくことになりますぞ」
「感謝いたします、大使殿。必ずや、ご期待以上のものをご覧に入れましょう」
ギルベルトが力強く応じ、エリアーヌも深く一礼した。
外交的な破滅という最悪のシナリオは、彼らの誠実さと論理的な大義名分によって、間一髪で回避された。
しかし、真の戦いはこれからである。
エリアーヌは、自身のすべてを懸けた前人未到の調合へ挑むため、実家の広大なアトリエへと帰還した。
愚か者たちへの一切の情け容赦ない裁きの前に、まずはこの外交的危機を回避する必要がある。
セオドール大使の重い問いかけに対し、大公ギルベルトは一切怯むことなく、真っ直ぐに相手の目を見据えた。
彼が選択したのは、安易な責任逃れでも、下位の者への責任転嫁でもない。
トップとして、そして国を背負う者としての情報開示であった。
「大使殿。まずは、我が国の管理不足により貴国の国宝を破損させてしまったこと、心より深くお詫び申し上げる」
ギルベルトは最高位の貴族としての矜持を保ちながらも、誠実な態度で深く頭を下げた。
「しかし、誤解していただきたくないのは、これが国家ぐるみの隠蔽ではないという事実です。侯爵家に居候する無知な娘が国宝を直射日光の当たる場所へ放置し、光分解によって破壊した。そして外務卿が自身の保身のために粗悪な偽物を急造した。すべては、一貴族の極めて個人的で愚かな犯罪行為に過ぎません」
ギルベルトは副官のロランから受け取った数枚の分厚い書類を、テーブルの上へ置いた。
「すでに彼ら二人を国家反逆罪に問うための王家公証人の署名入り起訴状と、全財産を没収する手配は完了しております」
老獪なセオドール大使は、提出された書類に目を通し、わずかに目を細めた。
(なるほど。この大公は、隠蔽の事実を他国に突きつけられてから弁明するのではなく、自国の恥部を自らの手で切り裂き、完全な情報開示を行うことで強烈な自浄作用を誇示してみせたというわけか)
それは、危機的状況において最大の防御となる誠実な先手であった。
他国の国宝を破損させた罪は、いくら大公が誠実に告白したからといって免じられるものではない。
だが、大公の極めて高く、信頼に足る危機管理能力を目の当たりにした大使の怒りは、激昂から冷静な外交的判断へと移行しつつあった。
「……大公閣下の迅速かつ誠実な対応には敬意を表します。しかし、犯人を処罰したところで、失われた我が国の由緒ある白百合が元に戻るわけではありません。国宝の喪失は、貴国との同盟関係に深い亀裂を生じさせるには十分すぎる重大な損失です」
大使の言う通りだった。
物理的に破壊された国宝という絶対的な損失を埋め合わせる何かを提示できなければ、この外交的危機を根本から解決することはできない。
その時、これまで事態を見守っていたエリアーヌが、一歩前へ進み出た。
「大使殿。失われた白百合のすべてが元に戻るわけではないことは、私も重々承知しております」
彼女は背後に控えていたサリスへ目配せをした。
サリスがワゴンに乗せて運んできたのは、特殊な温度管理機能が備わった小さな銀のケースであった。
「……それは?」
「前侯爵の従妹が放置し、光分解によって崩壊した本来の国宝の残骸から回収したものです」
エリアーヌは慎重な手つきで銀のケースを開いた。
中には、冷却された特殊な培養液に浸された、ほんの数枚の白百合の花弁が収められていた。
全体の大半は変色し崩れ落ちていたが、この数枚だけは、奇跡的にかつての純白の輝きと瑞々しさを保っている。
「私たちがこの会場に着いた頃、侯爵家の使用人たちが残骸を発見し、回収いたしました。そして、それを私の父に託しました」
彼女の完璧な仕事ぶりを尊敬していた侯爵家の古参の使用人たちは、無能な当主に見切りをつけ、彼女のために密かに動いてくれていたのだ。
「直射日光による光分解は、表面の細胞を破壊しますが、中心部に近い厚みのある花弁の一部には、まだ微かに生きている細胞が残されていました。父はそれを切り出し、劣化の進行を止めるための緊急処置を施して保管しておりました。そして、それが今ここに運ばれてきたのです」
セオドール大使は、培養液の中で眠る自国の国宝の一部を見つめ、驚きに目を見張った。
「私は大使殿に対し、私の全技術をもって、この生き残った細胞を修復する機会を頂きたいとお願い申し上げます」
エリアーヌは、一切の驕りも卑下もない、ただ純粋な技術者としての揺るぎない眼差しで大使を見据えた。
「ただ元通りに修復するだけではありません。失われた部分を補うため、我が国の国花である真紅の薔薇の生きた細胞を抽出し、この白百合と分子レベルで結合させます」
「……違う花の細胞同士を、結合させるだと? そのようなことが本当に可能なのか?」
大使が信じられないというように問い返す。
「接着剤で貼り合わせるような、無粋な真似はいたしません。特殊グリセリンの置換技術の応用です。生きている白百合の細胞壁を通して、真紅の薔薇から抽出した染料と新しい保存液を根元から吸い上げさせ、定着させます」
それは、未踏の領域への挑戦であった。
「両国の花が完全に融合した姿は、かつての国宝を遥かに凌駕する再生と揺るぎない絆の象徴となることを、私の誇りにかけてお約束いたします」
老獪な大使は、沈黙した。
彼が見つめているのは、もはや小さな花弁ではない。
大公ギルベルトの誠実な危機管理能力と、エリアーヌの極限のプロ意識。
この二人が並び立ち、国家の危機に真っ向から立ち向かおうとしているその姿こそが、何よりも強固な同盟の担保であると、彼は理解していた。
「……よかろう」
長い沈黙の末、大使はゆっくりと頷いた。
「大公閣下の誠実さと、ヴァレリ令嬢のその揺るぎない眼差しに免じて、判断は保留といたしましょう。ただし、もしその修復が私の納得のいくものでなかった場合、貴国には相応の覚悟をしていただくことになりますぞ」
「感謝いたします、大使殿。必ずや、ご期待以上のものをご覧に入れましょう」
ギルベルトが力強く応じ、エリアーヌも深く一礼した。
外交的な破滅という最悪のシナリオは、彼らの誠実さと論理的な大義名分によって、間一髪で回避された。
しかし、真の戦いはこれからである。
エリアーヌは、自身のすべてを懸けた前人未到の調合へ挑むため、実家の広大なアトリエへと帰還した。
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