「地味な眼鏡女」と婚約破棄されましたが、この国は私の技術で保たれていたようです

水上

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第7話:光を失った王国、闇夜の灯台

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 それは、嵐が過ぎ去った翌日のことでした。
 王都から遠く離れた我がオブシディアン辺境伯領に、ある因果応報の結果が風の噂として届きました。

 王国の主要港にて、大型商船が座礁したというのです。

     *

「なぜだ! なぜ光が見えなかったと言うのだ!」

 ソレイユ第一王子の怒声が、管理室に響き渡る。
 目の前には、沈没した商船の船長と、青ざめた港湾局長が跪いていた。

「も、申し訳ございません殿下……! ですが、灯台の光が……全く届いていなかったのです」

「灯台だと? 火は焚いていただろう!」

「火は焚いておりました。ですが、その光を遠くへ飛ばすためのフレネルレンズが……、先日、ひび割れてしまいまして」

 港湾局長が脂汗を流しながら弁明する。

 灯台の光は、ただ燃やすだけでは数キロ先まで届かない。
 幾重にも刻まれた特殊なレンズで光を屈折させ、水平方向に集約して初めて、遠洋の船を導く道しるべとなる。

 その巨大なレンズを設計・保守していたのは、他でもないリル・ウィトリアだった。

「予備はないのか!」

「そ、それが……、リル様が追放された際、工房に残っていた予備パーツをただのガラス屑だと思って、ミーナ様が捨てさせてしまい……」

「ええい、役立たずどもめ! 代わりのガラス職人に作らせろ!」

「や、やらせております! ですが、彼らの作ったレンズは気泡だらけで、光を通すと熱を持って割れてしまうのです!」

 王子が机を叩く。

 被害総額は計り知れない。
 積荷の香辛料や絹織物が海の藻屑となり、商人たちは「この国の港は危なくて使えない」と、航路を隣国へ変更し始めていた。

 さらに、悪い報告は続く。

「殿下……、財務大臣からも緊急の報告が」

「今度はなんだ! 金の話なら聞きたくないぞ!」

「その、金の話なのですが……。我が国の主要輸出品である工芸ガラス製品に対し、周辺諸国から返品の山が届いております」

 側近が震える手で差し出した報告書には、赤字で『返品理由:品質不良』の文字が並んでいた。

「『透明度が低い』『すぐに曇る』『少しの衝撃で砕けた』……。これまでの製品は、ウィトリア家の特殊な配合比率で作られていました。彼女がいなくなった今、我々が作れるのは、ただの脆くて濁ったガラスだけです」

「なぜだ……、たかがガラスだろう!? 砂を溶かすだけだろう!?」

 王子は理解していなかった。

 砂に含まれる鉄分をどう除去するか、徐冷温度をどう管理するか。
 その緻密な化学こそが、国の富を生んでいたということを。

「おのれ……、リルめ……! 私を困らせるために、わざと技術を隠して出ていったな!?」

 見当違いな逆恨みを叫ぶ王子の声は、誰の心にも響くことなく、虚しく空転するだけだった。

     *

「――と、いう状況らしいぞ」

 王都からの情報屋の報告を聞き終えたギルバート様が、呆れたように肩をすくめました。
 私は作業の手を止めず、淡々と答えます。

「あの灯台のレンズは、熱膨張率の計算がシビアなんです。私のメンテナンスなしで一ヶ月持ったなら、むしろ運が良かった方でしょう」

「お前のいなくなった穴は、思った以上に大きかったようだな」

「穴を埋める努力をせず、穴を広げたのは彼らです。……さて、それより今はコチラです」

 私は完成したばかりの製品を、ギルバート様に提示しました。
 それは、深い茶色や青色をした、一見すると地味なガラス瓶でした。

「なんだこれは? いつもの透明なガラスじゃないのか?」

「はい。遮光瓶です。ガラスの原料に硫黄や炭素、コバルトを添加して着色しました」

 私は瓶を窓際の光にかざしました。

 光は通しますが、特定波長の紫外線はカットされています。

「辺境特産の薬草から抽出した薬や、高級な木の実オイル。これらは日光に含まれる紫外線で容易に酸化・分解してしまいます。透明な瓶に入れていては、輸送中に劣化して売り物になりません」

「なるほど……。中身を守るための色、か」

 その時、工房の扉が叩かれ、恰幅の良い商人が飛び込んできました。

「辺境伯様! ウィトリア様! 素晴らしいですよ!」

 彼は興奮気味に、私の作った遮光瓶を抱きしめています。

「この茶色の瓶! これに入れて運んだ薬が、王都に着いても全く劣化していなかったんです! 今までは半分が腐って廃棄処分だったのに、これならロスはゼロです!」

「それは重畳。で、売れ行きは?」

「爆売れです! 王都の薬師たちが『こんなに効能が残っている薬は初めてだ』と高値で買い取ってくれました。王都のガラス製品がダメになった今、辺境製の品質保証付きブランドとして注文が殺到しています!」

 商人はホクホク顔で、次なる大量発注の契約書を置いていきました。
 
「……皮肉なものだな」

 ギルバート様がポツリと漏らしました。

「王都は光を失って闇に沈みかけているのに、辺境は光を遮る技術で富を得ている」

「必要なのは、ただ明るくすることではなく、光の性質を理解し、制御することですから」

 私は遮光瓶の滑らかな曲線を指でなぞりました。

 光を通すべき場所にはレンズを。
 光を遮るべき場所には遮光瓶を。

 適材適所の論理的配置。
 それができない組織は、エントロピーが増大して崩壊するだけです。

「それにしても」

 ギルバート様が、少し悪戯っぽい笑みを浮かべて私を見ました。

「王都の貴族たちが、こぞって辺境の薬を求めているとはな。その薬を守っているのが、彼らが追い出したお前の瓶だとは知らずに」

「ふふ。知ったらどんな顔をするでしょうね。……まあ、中身さえ守れれば、彼らの顔色なんてどうでもいいのですが」

 私は茶色の瓶越しに、歪んで映る工房の景色を眺めました。

 王国の経済という巨大なシステムに、確実にヒビが入り始めています。
 ですが、その修理は私の管轄外。

 私はここで、私の技術を正しく評価してくれる人たちのために、最高品質のガラスを焼き続けるだけです。

「さあ、次の原料調合に取り掛かりますよ。注文に応えるには、炉の温度をあと五十度は上げないと」

「ああ。手伝おう。……お前の作るガラスは、どんな色をしていても美しいな」

 ギルバート様の直球な褒め言葉を、最近は少しだけ素直に受け入れることができるようになりました。

 遮光瓶の茶色は、決して濁った色ではありません。
 中身を守るための、機能美の色なのですから。
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