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第56話:砕けた家宝と、被害者のプロファイリング
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「……以上をもって、被告人マリアンヌ・フォン・アースガルドの無罪を宣告する」
司法大臣の木槌が鳴り響いた。
ヴォルグ伯爵とリリーナの悪事が露見したことで、私にかけられた国家反逆の容疑は、霧が晴れるように消滅した。
「おめでとうございます、お嬢様。これでやっと帰れますな」
セバスチャンが肩の荷が下りたように微笑む。
会場にいた貴族たちも、手のひらを返したように「やはりマリアンヌ様は潔白だと思っていましたぞ」などと媚びへつらい始めた。
私はそんな有象無象を一瞥し、出口へと歩き出した。
その時だ。
「きゃああっ! なんてことを!」
すれ違いざま、派手なドレスを着た中年の貴婦人が、大げさな悲鳴を上げて倒れ込んだ。
リリーナ派の筆頭、ベアトリス侯爵夫人だ。
彼女の手から何かが滑り落ち、石床の上で粉々に砕け散った。
「ああっ! 私の……、代々伝わる家宝の、聖なる青きブローチが!」
ベアトリス夫人は、床に散らばった青い破片をかき集め、鬼のような形相で私を指差した。
「マリアンヌ! 貴女、今私にぶつかりましたわね! そのせいで国宝級の宝石が粉々になってしまいましたわ!」
「……は?」
私は立ち止まった。
ぶつかってなどいない。
彼女が自ら私の進行方向に飛び出し、勝手に転んだだけだ。
いわゆる当たり屋である。
「どうしてくれるのです! これは我が家の家宝、時価一億ゴールドは下らない最高級サファイアですのよ! 弁償なさい! 払えないなら、アースガルドの鉱山採掘権を譲渡しなさい!」
なるほど。
冤罪工作が失敗したから、次は民事賠償で資産を奪おうという魂胆か。
あまりに短絡的で、あくびが出る。
「……セバス。どう見えました?」
「見事な自作自演でしたな。三流芝居です」
「そうね。でも、観客(貴族たち)は納得していないみたい」
周囲の貴族たちがざわめいている。
「一億ゴールド?」
「ぶつかったのは事実か?」
「マリアンヌ様なら払えるだろう」
彼らは真実などどうでもいい。
他人の不幸と、お金の話が大好きなのだ。
私は静かにベアトリス夫人の前にしゃがみ込んだ。
「夫人。……貴女は今、私を加害者に仕立て上げようとしていますが、犯罪学には被害者学という分野があります」
「ひ、被害者学……?」
「ええ。なぜ、その被害者は狙われたのかを分析する学問です」
私は夫人の目を真っ直ぐに見据えた。
「貴女が私を標的に選んだ理由は、私が不注意だからではありません。……私が、貴女が持っていないものを全て持っているからです」
「な、何を……!」
「若さ、知性、莫大な富、そして国王陛下からの信頼。……貴女の攻撃は、私への正当な怒りではなく、貴女自身の『劣等感の裏返しです。私を貶めることで、自分の惨めなプライドを保とうとしているだけ」
「黙りなさい! 理屈はいいから弁償して! 一億ゴールドよ!」
夫人が顔を真っ赤にして喚く。
図星を突かれて逆上するのは、小物の典型的な反応だ。
「分かりました。弁償しましょう。……ただし、適正価格でね」
私は床に散らばった青い破片の一つを拾い上げた。
そして、いつものルーペを取り出す。
「これが一億ゴールドのサファイアですか? ……ふむ」
私はルーペ越しに、破片の断面を観察した。
「皆様、宝石の講義です。……この破片、よく見ると二層に分かれていますわ」
「二層?」
「ええ。上半分は確かに石ですが、下半分は気泡が入った青いガラスです。そしてその境目に、接着剤の跡が見えます」
私はセバスチャンに破片を渡した。
「これは張り合わせ石ですね。……上部に薄いガーネットや水晶を貼り付け、下部を色ガラスにすることで、本物の宝石に見せかけた模造品です」
「なっ……!?」
ベアトリス夫人が息を呑む。
「本物のサファイアなら、床に落とした程度で粉々にはなりません(硬度が高い上に、靭性もある程度ある)。……ですが、これはガラスと接着剤の塊。だから簡単に砕けたのです」
私は冷ややかに告げた。
「これは家宝でも国宝でもありません。露店で売られている、子供のおもちゃです。……市場価格で言えば、そうですね、銀貨一枚といったところでしょうか」
「う、嘘よ! 私は宝石商から『本物だ』と言われて……!」
「ならば、その宝石商もグルか、貴女が騙されているだけです。……いずれにせよ、貴女は私に銀貨一枚のガラクタを押し付け、一億ゴールドを請求しようとした」
私は立ち上がり、会場の貴族たちを見渡した。
「これは架空請求詐欺および恐喝未遂ですわ。……アースガルド領の法務部が、貴女を正式に告発します」
「ひっ、ひぃぃぃ!」
ベアトリス夫人は腰を抜かし、ガラスの破片の上を這いずって逃げようとした。
しかし、すでに近衛兵たちが彼女を取り囲んでいた。
「連れてお行きなさい」
新王コンラッド陛下の冷徹な声が響く。
「他人の富を妬み、詐欺で奪おうとする性根……。リリーナやジェラルドと同じく、矯正が必要だな」
夫人の絶叫が遠ざかっていく。
私は手袋についたガラスの粉を払い落とした。
「……やれやれ。劣等感という名の宝石は、磨いても輝きませんね」
「ええ。ただ砕け散って、他人を傷つけるだけです」
セバスチャンが新しいハンカチを渡してくれる。
これで、私に直接的な敵意を向ける貴族はあらかた片付いたはずだ。
「さて、セバス。邪魔者も消えたことですし……、そろそろ本丸へ向かいましょうか」
「本丸? まだ敵が?」
「いいえ。……今度は味方のお話よ」
私は窓の外、ハイランド大公国の方角を見た。
クラウス大公との約束。
隣国の鉱山視察と、技術提携。
そして……、個人的な関係の進展。
「国境を越えるわよ。私の知識が、どこまで通用するか試すためにね」
アースガルドの魔女は、次なるフィールドへと足を踏み出す。
詐欺師のガラス玉ではなく、本物のダイヤモンドが眠る場所へ……。
司法大臣の木槌が鳴り響いた。
ヴォルグ伯爵とリリーナの悪事が露見したことで、私にかけられた国家反逆の容疑は、霧が晴れるように消滅した。
「おめでとうございます、お嬢様。これでやっと帰れますな」
セバスチャンが肩の荷が下りたように微笑む。
会場にいた貴族たちも、手のひらを返したように「やはりマリアンヌ様は潔白だと思っていましたぞ」などと媚びへつらい始めた。
私はそんな有象無象を一瞥し、出口へと歩き出した。
その時だ。
「きゃああっ! なんてことを!」
すれ違いざま、派手なドレスを着た中年の貴婦人が、大げさな悲鳴を上げて倒れ込んだ。
リリーナ派の筆頭、ベアトリス侯爵夫人だ。
彼女の手から何かが滑り落ち、石床の上で粉々に砕け散った。
「ああっ! 私の……、代々伝わる家宝の、聖なる青きブローチが!」
ベアトリス夫人は、床に散らばった青い破片をかき集め、鬼のような形相で私を指差した。
「マリアンヌ! 貴女、今私にぶつかりましたわね! そのせいで国宝級の宝石が粉々になってしまいましたわ!」
「……は?」
私は立ち止まった。
ぶつかってなどいない。
彼女が自ら私の進行方向に飛び出し、勝手に転んだだけだ。
いわゆる当たり屋である。
「どうしてくれるのです! これは我が家の家宝、時価一億ゴールドは下らない最高級サファイアですのよ! 弁償なさい! 払えないなら、アースガルドの鉱山採掘権を譲渡しなさい!」
なるほど。
冤罪工作が失敗したから、次は民事賠償で資産を奪おうという魂胆か。
あまりに短絡的で、あくびが出る。
「……セバス。どう見えました?」
「見事な自作自演でしたな。三流芝居です」
「そうね。でも、観客(貴族たち)は納得していないみたい」
周囲の貴族たちがざわめいている。
「一億ゴールド?」
「ぶつかったのは事実か?」
「マリアンヌ様なら払えるだろう」
彼らは真実などどうでもいい。
他人の不幸と、お金の話が大好きなのだ。
私は静かにベアトリス夫人の前にしゃがみ込んだ。
「夫人。……貴女は今、私を加害者に仕立て上げようとしていますが、犯罪学には被害者学という分野があります」
「ひ、被害者学……?」
「ええ。なぜ、その被害者は狙われたのかを分析する学問です」
私は夫人の目を真っ直ぐに見据えた。
「貴女が私を標的に選んだ理由は、私が不注意だからではありません。……私が、貴女が持っていないものを全て持っているからです」
「な、何を……!」
「若さ、知性、莫大な富、そして国王陛下からの信頼。……貴女の攻撃は、私への正当な怒りではなく、貴女自身の『劣等感の裏返しです。私を貶めることで、自分の惨めなプライドを保とうとしているだけ」
「黙りなさい! 理屈はいいから弁償して! 一億ゴールドよ!」
夫人が顔を真っ赤にして喚く。
図星を突かれて逆上するのは、小物の典型的な反応だ。
「分かりました。弁償しましょう。……ただし、適正価格でね」
私は床に散らばった青い破片の一つを拾い上げた。
そして、いつものルーペを取り出す。
「これが一億ゴールドのサファイアですか? ……ふむ」
私はルーペ越しに、破片の断面を観察した。
「皆様、宝石の講義です。……この破片、よく見ると二層に分かれていますわ」
「二層?」
「ええ。上半分は確かに石ですが、下半分は気泡が入った青いガラスです。そしてその境目に、接着剤の跡が見えます」
私はセバスチャンに破片を渡した。
「これは張り合わせ石ですね。……上部に薄いガーネットや水晶を貼り付け、下部を色ガラスにすることで、本物の宝石に見せかけた模造品です」
「なっ……!?」
ベアトリス夫人が息を呑む。
「本物のサファイアなら、床に落とした程度で粉々にはなりません(硬度が高い上に、靭性もある程度ある)。……ですが、これはガラスと接着剤の塊。だから簡単に砕けたのです」
私は冷ややかに告げた。
「これは家宝でも国宝でもありません。露店で売られている、子供のおもちゃです。……市場価格で言えば、そうですね、銀貨一枚といったところでしょうか」
「う、嘘よ! 私は宝石商から『本物だ』と言われて……!」
「ならば、その宝石商もグルか、貴女が騙されているだけです。……いずれにせよ、貴女は私に銀貨一枚のガラクタを押し付け、一億ゴールドを請求しようとした」
私は立ち上がり、会場の貴族たちを見渡した。
「これは架空請求詐欺および恐喝未遂ですわ。……アースガルド領の法務部が、貴女を正式に告発します」
「ひっ、ひぃぃぃ!」
ベアトリス夫人は腰を抜かし、ガラスの破片の上を這いずって逃げようとした。
しかし、すでに近衛兵たちが彼女を取り囲んでいた。
「連れてお行きなさい」
新王コンラッド陛下の冷徹な声が響く。
「他人の富を妬み、詐欺で奪おうとする性根……。リリーナやジェラルドと同じく、矯正が必要だな」
夫人の絶叫が遠ざかっていく。
私は手袋についたガラスの粉を払い落とした。
「……やれやれ。劣等感という名の宝石は、磨いても輝きませんね」
「ええ。ただ砕け散って、他人を傷つけるだけです」
セバスチャンが新しいハンカチを渡してくれる。
これで、私に直接的な敵意を向ける貴族はあらかた片付いたはずだ。
「さて、セバス。邪魔者も消えたことですし……、そろそろ本丸へ向かいましょうか」
「本丸? まだ敵が?」
「いいえ。……今度は味方のお話よ」
私は窓の外、ハイランド大公国の方角を見た。
クラウス大公との約束。
隣国の鉱山視察と、技術提携。
そして……、個人的な関係の進展。
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