婚約破棄と追放ですか? 辺境が王都すら越える経済圏になってしまいますが、よろしいのですね?

水上

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第79話:泥濘の街道と、噛み合う砕石

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「間に合いませんでした……! 申し訳ございません、お嬢様!」

 アースガルド領の商館に、泥だらけになったガストンが飛び込んできた。
 彼は悔しそうに帽子を叩きつける。

「王都へ出荷した真鍮の歯車ですが、途中の街道で荷馬車の車輪が泥に取られ、車軸が折れてしまいました。……納期に遅れます」

「……また、泥ね」

 私は窓の外を見た。
 この国は雨が多い。

 主要な街道でさえ、舗装されていない土の道がほとんどだ。
 晴れれば砂埃が舞い、雨が降れば底なしの沼になる。
 これでは、いくら良い製品を作っても、世界へ届ける速度が出ない。

「物流の停滞は、国家の動脈硬化と同じよ。……セバス、出かけるわ」

「どちらへ? また川ですか?」

「いいえ。……石割り場よ」

 石割り場には、乾いた音が響き渡っていた。
 そこでハンマーを振るっているのは、いつもの囚人部隊――元・貴族たちだ。

「なんでだ! なんでこんな小石を作らなきゃならんのだ!」

 元・大判事バリウスが、小石を地面に叩きつけて怒りを露にしていた。

「道を作るなら、王都の大通りのように平らで大きな石畳を敷けばいいだろう! こんな砂利を敷いたって、馬車が通ればバラバラになるだけだ!」

「……浅はかね、バリウス様」

 私が近づくと、現場監督のジェラルドが「やれやれ」と肩をすくめた。

「説明してやってくれ、マリアンヌ。こいつら、デカい石の方が立派だという見た目信仰が抜けなくてな」

「ええ。……皆様、手を止めて聞いてください」

 私はバリウスが割りかけの、拳大の砕石を拾い上げた。

「大きな石畳は、確かに立派です。ですが、石と石の間に隙間ができますね? 雨が降ると、その隙間から泥水が噴き出し、地盤が緩んで石が沈んでしまう。……これをポンピング現象と言います」

 私は砕石の山を指差した。

「対して、この砕石は違います。……大きさ5センチ程度の、角張った小石。これを敷き詰めて上から押し固めると、どうなると思いますか?」

「どうなるって……、ただの砂利道だろう?」

「いいえ。石同士がパズルのようにガッチリと噛み合い、一枚の強固な板になるのです。……これをインターロッキング効果(噛み合わせ)と言います」

 私は地面に図を描いた。

「丸い河原の石じゃダメ。角張った砕石だからこそ、荷重がかかるほど強く締まる。……そして重要なのは水はけです」

 私は道の断面図を描いた。
 中央を高く、端を低くするカマボコ型だ。

「道路の中央を盛り上げる路面勾配をつけ、この砕石を厚く敷き詰める。すると、雨水は表面を流れてすぐに脇の側溝へ落ちるか、砕石の隙間を通って速やかに排水される」

 私は結論を述べた。

「つまり、泥が浮いてこない。……雨の日でも、馬車が沈まない全天候型の高速道路が完成するのです」

「こ、小石が噛み合う……? そんな単純なことで?」

 ガモン元侯爵が信じられないという顔をする。

「単純だからこそ強いのです。……古代の街道も、現代の舗装も、基本は排水と路盤。……さあ、働いてください! 貴方たちが割ったその石が、国の動脈になるのですから!」

 数日後。

 アースガルド領のメインストリートで、試験走行が行われた。
 前日は大雨だったが、新しく敷設されたマカダム式道路は、水たまり一つなく、白く乾いて輝いている。

「行けッ!」

 御者の掛け声と共に、荷物を満載した馬車が走り出す。
 ガタガタという音はするが、車輪は地面にめり込まない。
 馬の蹄も滑らない。
 かつてないスピードで、馬車は駆け抜けていった。

「おおぉぉ……! 速い! まるで氷の上を滑るようだ!」

 ガストンが歓喜の声を上げる。

「これなら、王都までの輸送時間が半分になります! 野菜も傷まない! 輸送革命です!」

 作業を終えた囚人たちも、呆然とその光景を見つめていた。

「俺たちが割った石の上を……、あんなにスムーズに……」

 バリウスが、自分のマメだらけの手を見つめる。
 法律書をめくるだけでは分からなかった、物理的な成果がそこにあった。

「……悪くない気分だろ?」

 ジェラルドがバリウスの背中を叩く。

「俺たちが汗を流した分だけ、誰かの旅が楽になる。……王族の仕事ってのは、本来こういうことだったのかもしれんな」

 ジェラルドの言葉に、元貴族たちは黙り込み、そして小さく頷いた。
 彼らの顔から、少しだけ憑き物が落ちたように見えた。

「お嬢様。……道は繋がりましたな」

 セバスチャンが満足げに言う。

「ええ。これで人、物、情報が高速で循環する。……アースガルドの心臓は、いよいよ本格的に鼓動を始めたわ」

 私は真っ直ぐに伸びる白い道を見つめた。
 この道は、王都へ、隣国へ、そして未来へと続いている。

「さて、道ができたら次は移動手段そのものを進化させたいわね。……馬よりも速く、力強い何かを」

「まさか、蒸気機関ですか?」

「ふふ、まだ内緒よ。……まずは、この道の先にある港を見に行きましょうか」

 陸の次は、海。
 私の国作りマップは、すでに大陸の外側へと広がろうとしていた。
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