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第80話:海に勝つ泥と、古代のコンクリート
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マカダム式道路の開通により、アースガルド領からの物流は飛躍的に向上した。
その新しい街道の終着点。
そこは、王国の外れにある小さな漁村シーサイドだった。
「……ひどいな。これが港か?」
現場に到着したジェラルドが、潮風に吹かれながら呆然と呟いた。
目の前にあるのは、朽ち果てた木の桟橋と、波に洗われて崩壊しかけた石積みの堤防だけ。
これでは、大型の貿易船など接岸できない。
「無理だよ、領主様」
地元の老漁師が、諦めたように首を振る。
「ここの海は荒いんだ。石を積んで普通のモルタル(石灰)で固めても、波に叩かれてすぐにヒビが入る。おまけに海水でボロボロに溶けちまうんだ」
「……なるほど。塩害と浸食ですね」
私は崩れた堤防の破片を手に取った。
普通の石灰モルタルは、気硬性(空気中で乾燥して固まる)であり、水には弱い。ましてや化学的に攻撃性の高い海水の中では、すぐに劣化してしまう。
「おい、マリアンヌ! ここを直せと言うのか? 無理だぞ!」
囚人部隊のバリウスが悲鳴を上げる。
「石を運んでも、どうせまた崩れる! 賽の河原の石積みだ! 俺たちは無駄な労働をするために連れてこられたのか!」
「無駄ではありませんわ。……普通の石灰がダメなら、特別な泥を混ぜればいいのです」
私は馬車から、灰色の粉が詰まった袋を下ろさせた。
それは、アースガルド領の火山地帯から採取した火山灰だ。
「セバス。石灰と、この火山灰を混ぜてちょうだい。比率は1対2よ」
「……お嬢様。また泥遊びですか? 今度は灰色の泥団子を作るおつもりで?」
セバスチャンが呆れながらもスコップを構える。
「ただの泥団子じゃないわ。……これは人工の岩(コンクリート)よ」
私は漁師たちと囚人たちを集め、即席の講義を始めた。
「いいですか? 普通の石灰は、水に溶けます。……ですが、この火山灰には可溶性シリカやアルミナが含まれている。これらが石灰、そして水と反応すると、全く別の物質に変化するのです」
私は混ぜ合わせた灰色の粉に、あろうことか海水をジャバジャバと注ぎ込んだ。
「ちょっ! マリアンヌ様! 真水じゃなくていいんですか!?」
ガストンが驚く。建築に塩水はタブーというのが常識だからだ。
「構いません。……この反応はポゾラン反応と言います。火山灰と石灰の混合物は、水と反応してケイ酸カルシウム水和物という緻密な結晶を作る。……この結晶は水に溶けないどころか、水がある環境下でより硬く、強くなるのです」
私はドロドロになった灰色の混合物を、木枠の中に流し込んだ。
そして、その木枠ごと、ザブンと海の中に沈めた。
「なっ……! 海に捨てた!?」
バリウスが叫ぶ。
「見ていなさい。……数日後、そこには岩が生まれていますから」
数日後。
私たちは再び海岸を訪れた。
木枠を引き上げ、バラしてみる。
中から現れたのは――
カチカチに固まった、灰色の巨大な塊だった。
「……固まっている!?」
ジェラルドがハンマーで叩く。
火花が散り、ハンマーが弾き返された。
表面は滑らかで、フジツボすら寄せ付けないほどの密度がある。
「これがローマン・コンクリートです」
私は硬い表面を撫でた。
「古代の帝国が作った港や水道橋が、二千年経っても崩れない理由がこれです。……このコンクリートは、海水に含まれるミネラルすら取り込んで、時間とともに強度を増していく。まさに、海に勝つための岩です」
「す、すげぇ……! 水の中で石ができるなんて!」
漁師たちが歓声を上げる。
これさえあれば、どんな荒波にも耐える巨大な防波堤が作れる。
「さあ、バリウス様、ガモン様! 出番ですよ!」
私は囚人たちに号令をかけた。
「この魔法の粉を練って、型に流し込み、海に沈めて積み上げるのです! ……貴方たちが作るのは、百年、いや千年先まで残る国の玄関です!」
「千年……、だと?」
ガモン元侯爵が、灰色の塊を見つめた。
彼は今まで、自分の代で消費し、消えていく贅沢品しか知らなかった。
だが今、自分の手で作ったものが、孫の代、その先の代まで国を守り続けるのだと知らされた。
「……悪くない。書類仕事より、よっぽど形に残るな」
ガモンが呟き、黙ってスコップを握り直した。
他の囚人たちも、文句を言うのを止め、一心不乱にコンクリートを練り始めた。
その背中には、かつてのような悲壮感はない。
あるのは、建設者としての矜持だ。
数ヶ月後。
漁村シーサイドは巨大な貿易港、アースガルド港へと生まれ変わっていた。
白く輝くコンクリートの防波堤が沖まで伸び、湾内は鏡のように静かだ。
そこへ、ハイランド大公国からの貿易船や、遠方からの商船が次々と入港してくる。
「……お嬢様。地図が書き換わりましたな」
完成した堤防の上に立ち、セバスチャンが海風に目を細める。
「ええ。陸の道と、海の道が繋がった」
私は水平線を見つめた。
この港から、アースガルド産の磁器、真鍮製品、そして安くて質の良い紙が世界中へ輸出されていく。
逆に、世界中の知識と文化がここへ流れ込んでくる。
「物理的なインフラは完成したわ。……あとは、これを動かすソフトね」
「ソフト? まだ何か?」
「ええ。……これだけ大きな港ができれば、当然悪い虫も入ってくるでしょう? 疫病、密輸、そして……、他国のスパイ」
私はニヤリと笑った。
「次は検疫と防衛の話をしましょうか。……私の領地を、菌一つ、悪意一つ通さない鉄壁の要塞にするためにね」
海風が私の髪を揺らす。
灰色の泥から生まれた白い港は、夕日を浴びて黄金色に輝いていた。
その新しい街道の終着点。
そこは、王国の外れにある小さな漁村シーサイドだった。
「……ひどいな。これが港か?」
現場に到着したジェラルドが、潮風に吹かれながら呆然と呟いた。
目の前にあるのは、朽ち果てた木の桟橋と、波に洗われて崩壊しかけた石積みの堤防だけ。
これでは、大型の貿易船など接岸できない。
「無理だよ、領主様」
地元の老漁師が、諦めたように首を振る。
「ここの海は荒いんだ。石を積んで普通のモルタル(石灰)で固めても、波に叩かれてすぐにヒビが入る。おまけに海水でボロボロに溶けちまうんだ」
「……なるほど。塩害と浸食ですね」
私は崩れた堤防の破片を手に取った。
普通の石灰モルタルは、気硬性(空気中で乾燥して固まる)であり、水には弱い。ましてや化学的に攻撃性の高い海水の中では、すぐに劣化してしまう。
「おい、マリアンヌ! ここを直せと言うのか? 無理だぞ!」
囚人部隊のバリウスが悲鳴を上げる。
「石を運んでも、どうせまた崩れる! 賽の河原の石積みだ! 俺たちは無駄な労働をするために連れてこられたのか!」
「無駄ではありませんわ。……普通の石灰がダメなら、特別な泥を混ぜればいいのです」
私は馬車から、灰色の粉が詰まった袋を下ろさせた。
それは、アースガルド領の火山地帯から採取した火山灰だ。
「セバス。石灰と、この火山灰を混ぜてちょうだい。比率は1対2よ」
「……お嬢様。また泥遊びですか? 今度は灰色の泥団子を作るおつもりで?」
セバスチャンが呆れながらもスコップを構える。
「ただの泥団子じゃないわ。……これは人工の岩(コンクリート)よ」
私は漁師たちと囚人たちを集め、即席の講義を始めた。
「いいですか? 普通の石灰は、水に溶けます。……ですが、この火山灰には可溶性シリカやアルミナが含まれている。これらが石灰、そして水と反応すると、全く別の物質に変化するのです」
私は混ぜ合わせた灰色の粉に、あろうことか海水をジャバジャバと注ぎ込んだ。
「ちょっ! マリアンヌ様! 真水じゃなくていいんですか!?」
ガストンが驚く。建築に塩水はタブーというのが常識だからだ。
「構いません。……この反応はポゾラン反応と言います。火山灰と石灰の混合物は、水と反応してケイ酸カルシウム水和物という緻密な結晶を作る。……この結晶は水に溶けないどころか、水がある環境下でより硬く、強くなるのです」
私はドロドロになった灰色の混合物を、木枠の中に流し込んだ。
そして、その木枠ごと、ザブンと海の中に沈めた。
「なっ……! 海に捨てた!?」
バリウスが叫ぶ。
「見ていなさい。……数日後、そこには岩が生まれていますから」
数日後。
私たちは再び海岸を訪れた。
木枠を引き上げ、バラしてみる。
中から現れたのは――
カチカチに固まった、灰色の巨大な塊だった。
「……固まっている!?」
ジェラルドがハンマーで叩く。
火花が散り、ハンマーが弾き返された。
表面は滑らかで、フジツボすら寄せ付けないほどの密度がある。
「これがローマン・コンクリートです」
私は硬い表面を撫でた。
「古代の帝国が作った港や水道橋が、二千年経っても崩れない理由がこれです。……このコンクリートは、海水に含まれるミネラルすら取り込んで、時間とともに強度を増していく。まさに、海に勝つための岩です」
「す、すげぇ……! 水の中で石ができるなんて!」
漁師たちが歓声を上げる。
これさえあれば、どんな荒波にも耐える巨大な防波堤が作れる。
「さあ、バリウス様、ガモン様! 出番ですよ!」
私は囚人たちに号令をかけた。
「この魔法の粉を練って、型に流し込み、海に沈めて積み上げるのです! ……貴方たちが作るのは、百年、いや千年先まで残る国の玄関です!」
「千年……、だと?」
ガモン元侯爵が、灰色の塊を見つめた。
彼は今まで、自分の代で消費し、消えていく贅沢品しか知らなかった。
だが今、自分の手で作ったものが、孫の代、その先の代まで国を守り続けるのだと知らされた。
「……悪くない。書類仕事より、よっぽど形に残るな」
ガモンが呟き、黙ってスコップを握り直した。
他の囚人たちも、文句を言うのを止め、一心不乱にコンクリートを練り始めた。
その背中には、かつてのような悲壮感はない。
あるのは、建設者としての矜持だ。
数ヶ月後。
漁村シーサイドは巨大な貿易港、アースガルド港へと生まれ変わっていた。
白く輝くコンクリートの防波堤が沖まで伸び、湾内は鏡のように静かだ。
そこへ、ハイランド大公国からの貿易船や、遠方からの商船が次々と入港してくる。
「……お嬢様。地図が書き換わりましたな」
完成した堤防の上に立ち、セバスチャンが海風に目を細める。
「ええ。陸の道と、海の道が繋がった」
私は水平線を見つめた。
この港から、アースガルド産の磁器、真鍮製品、そして安くて質の良い紙が世界中へ輸出されていく。
逆に、世界中の知識と文化がここへ流れ込んでくる。
「物理的なインフラは完成したわ。……あとは、これを動かすソフトね」
「ソフト? まだ何か?」
「ええ。……これだけ大きな港ができれば、当然悪い虫も入ってくるでしょう? 疫病、密輸、そして……、他国のスパイ」
私はニヤリと笑った。
「次は検疫と防衛の話をしましょうか。……私の領地を、菌一つ、悪意一つ通さない鉄壁の要塞にするためにね」
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