婚約破棄と追放ですか? 辺境が王都すら越える経済圏になってしまいますが、よろしいのですね?

水上

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第81話:熱き侵略者と、底なしの泥沼

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 アースガルド港の開港から数ヶ月。
 我が領地の繁栄は、大陸中に知れ渡ることとなった。


 だが、光あるところに影は差す。
 その富を力ずくで奪おうとするハイエナが現れたのだ。

「緊急事態です! 北の国境より、軍事大国ガリア帝国の軍勢が侵入しました!」

 早朝、伝令が飛び込んできた。
 ガリア帝国。魔導技術を軍事に転用し、周辺諸国を荒らし回る好戦的な国だ。

「数は!?」

「魔導戦車二十台、重装歩兵三千! ……狙いはアースガルドの鉱山と港です!」

「……来たわね」

 私は冷静に紅茶を飲み干した。
 隣にいたクラウス大公が、険しい顔で立ち上がる。

「マリアンヌ、私の軍を出そう。ハイランドの精鋭騎士団なら、帝国の戦車とも渡り合える」

「いいえ、クラウス様。騎士たちを危険に晒す必要はありません」

 私は窓の外、北に広がる雪原を見つめた。

「彼らが進軍してくるルートは、氷結平原しかありませんね?」

「ああ。冬の間だけ凍りつき、最短距離でここへ至る平原だ。……だが、あそこの地盤は固い。戦車の重量にも耐えられるはずだ」

「ええ、凍っていればね」

 私はニヤリと笑った。

「セバス。例の看板は立ててあるわね?」

「はい、お嬢様。……敵軍の指揮官が、常識的な判断力を持っているなら、必ず引っかかるでしょう」


 ガリア帝国軍、先遣隊。
 彼らが誇る魔導戦車――魔石を動力とし、鋼鉄の装甲で覆われた巨大な鉄の塊――が、轟音を立てて雪原を進んでいた。

「ガハハ! 見ろ、何もない平原だ! アースガルドの女領主は、軍備も整えず震えているに違いない!」

 指揮官のボルグ将軍が、戦車の上で高笑いする。
 外気はマイナス20度。極寒の世界だが、彼らは余裕だった。

「将軍! 前方に看板があります!」

 部下が指差した先には、私の書いた立て札があった。

『――警告。この先、地盤軟弱につき、重量物の通行を禁ず。熱の使用は厳禁――』

「軟弱だと? バカを言え!」

 ボルグ将軍は地面をドスと踏みつけた。
 カチカチに凍った大地は、岩のように硬い。

「見ろ、カチンコチンだ! これは我々の進軍を遅らせるためのハッタリだ! 構わん、進め!」

 さらに彼は、寒さに震える兵士たちに命じた。

「おい、魔導ヒーターの出力を最大にしろ! 寒いのは御免だ。地面ごと温めながら進むぞ!」

「イエス・サー! 熱放射、最大!」

 戦車の底から、高熱の魔力が放射される。
 雪がジュワッと溶け、彼らは快適な温かさに包まれながら進軍を続けた。
 ……それが、自らの墓穴を掘る行為だとも知らずに。

 私は望遠鏡でその様子を観察していた。

「……掛かりましたね」

「お嬢様。彼らは今、快適な暖房の中で進軍しておりますが?」

「ええ。その熱こそがトリガーよ」

 私は雪原の断面図(地質図)を広げた。

「この平原の地下には、永久凍土が広がっています。……土の粒子の間に、氷がびっしりと詰まって固まっている状態です」

 私は図の氷の部分を指差した。

「凍っているうちは、コンクリート並みの強度があります。でも、彼らは今、巨大な戦車で地面をガンガン温めている」

「……まさか」

「氷が溶けると、体積が減り、土の粒子が浮きます。……すると、硬かった大地は一瞬にしてチキソトロピー(流動化)』を起こし、底なしのヘドロへと変わる」

 その時だった。

 平原から、不気味な地鳴りが響いた。
 直後、先頭を行く戦車が、ガクンと傾いた。

「な、なんだ!? 穴か!?」

 ボルグ将軍が叫ぶ間もなく、巨大な戦車がズブズブと地面に沈み始めた。
 さっきまでカチカチだった地面が、まるでスープのようにドロドロに溶けているのだ。

「うわぁぁぁ! 足が! 足が抜けない!」

「戦車が沈む! 助けてくれ!」

 後続の戦車も、重装歩兵たちも、次々と泥の海に飲み込まれていく。
 もがけばもがくほど、泥は粘り気を増し、彼らを引きずり込む。

「これが融解沈下現象です」

 私は淡々と解説した。

「彼らが放出した熱が、地中の氷を溶かし、地盤構造を一気に崩壊させたのです。……重い鎧や戦車は、ここではただの重りにしかなりません」

「……恐ろしい」

 クラウス大公が、泥沼でもがく敵軍を見て青ざめる。

「戦わずして、最強の機甲師団を全滅させるとは。……君は大地そのものを武器にするのか」

「彼らが警告を無視したのが悪いのよ。熱の使用厳禁と書いたのに」

 私は望遠鏡を置いた。
 泥沼の中では、ボルグ将軍が首まで泥に浸かり、「寒い! 冷たい!」と泣き叫んでいる。
 熱で溶かした泥水は、氷点下の外気で再び冷やされ、彼らの体温を奪っていく。

「セバス。……彼らを救助してあげて」

「助けるのですか?」

「ええ。凍死させるのは寝覚めが悪いわ。……それに、鉱山にはまだ力持ちが足りないもの」

 私はニヤリと笑った。

「あの重い鎧を着て歩ける体力があるなら、いい労働力になるわ。……ジェラルドたちの後輩として、たっぷりと雪かきと土木工事をしてもらいましょう」

「……鬼ですな」

 アースガルドの冬空の下、無敵を誇った帝国軍は、一発の弾も撃つことなく、泥と氷の罠に敗北した。
 自然の摂理を知らぬ者に、北の大地を征服する資格はない。

 これで、外敵の脅威も去った。
 私の領地は、軍事的にも難攻不落であることが証明されたのだった……。。
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