婚約破棄と追放ですか? 辺境が王都すら越える経済圏になってしまいますが、よろしいのですね?

水上

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第98話:小さな探検家と、山頂の海

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 アースガルド領の屋敷に、懐かしい悲鳴が響き渡った。

「お、お嬢様ーっ! ……いえ、リズ様! お待ちください! その泥だらけの手でカーテンを掴んではいけません!」

 廊下をドタドタと走ってくるのは、銀色の髪をツインテールにした5歳の少女、エリザベート(愛称:リズ)。
 そして、その後ろを息絶え絶えに追いかけるのは、すっかり腰の曲がった老執事セバスチャン(兼・図書館長)だ。

「ねえ、ママ! ママ、見て! すごいのがあったの!」

 執務室のドアがバンと開き、泥んこの小さな台風が飛び込んできた。
 私は書類仕事の手を止め、苦笑して彼女を受け止めた。

「あらあら、どうしたのリズ。セバスチャンを困らせちゃダメよ。……またお宝を見つけたの?」

「うん! 庭の石垣の隙間にね、変なのが挟まってたの!」

 リズはポケットから、ゴロリとした灰色の石を取り出した。
 子供の拳ほどの大きさ。
 泥にまみれているが、そこには確かに奇妙な渦巻き模様が刻まれている。

「庭師のハンスおじいちゃんは『石化したカタツムリだ』って言ってたけど、違うと思うの。だってこれ、石なのにキラキラしてるもん!」

「……ほう」

 私はその石を受け取り、デスクの上のルーペを引き寄せた。

 娘の観察眼は確かだ。
 これはただの石ころではない。
 表面の渦巻きは幾何学的で美しく、殻の一部がオパールのように虹色に輝いている。

「……セバス。ハンマーを」

「またですか……。親子揃って、石を見ると目の色が変わるのですから」

 セバスチャンが呆れながらも、ハンマーを渡してくれる。
 私は石の端を慎重に叩き、泥と余分な岩石を取り除いた。
 現れたのは、完璧な保存状態の螺旋。

「ビンゴね。……リズ、これはカタツムリじゃないわ。アンモナイトよ」

「アンモナイト?」

「ええ。はるか昔、恐竜が生きていた時代に海を泳いでいた生き物よ。……イカやタコの遠い親戚ね」

「海? でも、ここ、お山だよ?」

 リズが不思議そうに首をかしげる。
 アースガルド領は内陸の山岳地帯だ。
 海までは馬車で数日かかる。

「そこがね、面白いところなの」

 私はリズを膝に乗せ、窓の外にそびえる高い山々を指差した。

「あのね、リズ。この世界はね、生きているの。……私たちが立っているこの地面は、何億年もかけて動いたり、盛り上がったりしているのよ」

 私は二つの手を合わせて、盛り上げるジェスチャーをした。

「昔々、ここは深い海の底だった。……そこで死んだアンモナイトの上に、泥や砂が積もって、長い時間をかけて石になった。そして、地面がギュウギュウに押されて持ち上がって、今の高い山になったの」

「へぇー! じゃあ、お山は昔、海だったの?」

「そうよ。造山運動というものね。……この小さな石はね、ここが昔は海だったことを教えてくれるタイムカプセ』なのよ」

 リズは目を輝かせて、アンモナイトを撫で回した。

「すごい! タイムカプセルだ! ……ねぇママ、もっと掘ったら、恐竜の骨も出てくるかな?」

「可能性はあるわね。……この地層の年代からすると、首長竜あたりが眠っているかもしれないわ」

 その時、ドアが開いてクラウス大公が入ってきた。
 彼は泥だらけの娘を見て、目尻を下げた。

「やれやれ。私の可愛いプリンセスが、また泥んこ遊びか」

「パパ! 泥遊びじゃないよ、古生物学だよ!」

 リズが得意げに、覚えたての単語を使う。
 クラウスは私を見て、肩をすくめた。

「……教育が行き届いているな、マリアンヌ」

「ええ。血は争えないものですわ」

 クラウスはリズを抱き上げ、その頬についた泥を指で拭った。

「よく見つけたな、リズ。……その目は、ママ譲りの真実を見抜く目だ」

「えへへ。……パパ、私ね、大きくなったらこの石をもっと集めて、図鑑を作るの!」

「いい夢だ。……アースガルドのアカデミーには、優秀な先生がたくさんいるからな」

 私は二人のやり取りを見ながら、幸せな溜息をついた。
 かつて私が一人で掘り始めた小さな穴は、多くの人を巻き込み、国を変え、そして今、次の世代へと受け継がれようとしている。

「お嬢様……、いえ、奥様」

 セバスチャンが、温かいミルクティーを運んできた。

「歴史は繰り返すと言いますが……、どうやらアースガルドの歴史はことの繰り返しのようですな」

「ふふ。……地層は掘れば掘るほど、新しい物語が出てくるものよ」

 リズがアンモナイトを太陽にかざす。
 数億年の時を超えた虹色の輝きが、少女の瞳の中で新しい未来の光となって反射していた。

「さあ、リズ。……次は三葉虫を探しに行きましょうか。もっと古い時代の海へ」

「うん! 行くー!」

 母と娘の冒険は、まだまだ始まったばかりだ。
 この大地には、まだ私たちが知らない過去と未来が、無限に眠っているのだから。
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