妹に婚約者を奪われた上に断罪されていたのですが、それが公爵様からの溺愛と逆転劇の始まりでした

水上

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第9話:再生の毛布

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 クロード領に、厳しい冬の足音が近づいていた。
 北風が吹き荒れ、朝には霜が降りる。
 痩せた土地であるこの領地の冬は、残酷なほどに寒い。

 ソフィアは厚手のショールを羽織り、村の視察に訪れていた。
 イラクサ産業で少しずつ活気が出てきたとはいえ、長年の貧困はすぐには解消されない。
 村人たちの多くは、ツギハギだらけの薄い服を重ね着し、ガタガタと震えながら作業をしていた。

「……寒そうです」

 ソフィアは自分のショールを握りしめた。
 特に子供たちが、赤くなった手足を擦り合わせている姿を見るのは辛かった。

(何か、温かいものを届けられないかしら。でも、羊毛(ウール)は高価で、全員分を用意するなんて予算が足りないし……)

 屋敷に戻ったソフィアは、暖炉の前で本を読んでいるアレックスに相談を持ちかけた。

「アレックス様。領民たちの防寒対策が必要です。このままでは、冬を越せない者が出るかもしれません」

「ふむ。気温低下による代謝カロリーの増大は、労働効率を下げるな。疾病率も上がる。対策は必須だ」

 アレックスは本を閉じ、涼しい顔で答えた。

「安心しろ、ソフィア。すでに手は打ってある。今日、王都から材料が届くはずだ」

「材料? 羊毛を買いつけてくださったのですか?」

「いや。もっと安くて、大量にある資源だ」

 その時、窓の外から馬車の音が聞こえてきた。
 一台ではない。
 十台近くの荷馬車が、列をなして屋敷の庭に入ってくる。

 ソフィアは期待に胸を膨らませて外へ飛び出した。
 しかし――。

「こ、これは……?」

 荷馬車から降ろされたのは、白いふわふわの羊毛ではなかった。

 薄汚れた灰色の山。
 饐えた臭いのする、古着やボロ布の塊だった。
 穴の空いたコート、擦り切れたズボン、虫食いだらけのカーペット……。

 まさにゴミの山だ。

「おいおい、丁寧に扱えよ。それは我が領地の冬を救うダイヤの原石だぞ」

 アレックスが満足げにゴミの山を見上げる。
 執事のセバスチャンやメイドたちも、困惑の表情を隠せない。

「旦那様……、王都の廃品回収業者から大量に買い付けたと伺っておりましたが、まさか本当にゴミを買われるとは」

「ゴミではない。ウエスだ」

 アレックスは汚れたコートを一枚摘み上げ、ソフィアに投げた。

「ソフィア、鑑定だ。この素材は?」

「えっ、うわっ……。ええと、かなり汚れていますが、手触りはウールです。でも、フェルト化してカチカチですし、生地も弱っています」

「それでいい。羊毛は羊毛だ」

 アレックスはニヤリと笑い、工場の裏手に設置させた巨大な機械を指差した。
 無数の鋭い金属の歯がついたローラーが並ぶ、恐ろしげな装置だ。

「紹介しよう。私の可愛いペット、反毛機だ」

 そして、数分後。

 機械が轟音を立てて動き出した。
 アレックスの指示で、作業員たちが洗浄・消毒済みのボロ布を次々と機械の投入口へ放り込んでいく。

「繊維製品は、糸を撚り、織り上げることで布になる。反毛機はその逆を行う。高速回転する針で布を引っ掻き、糸をほぐし、繊維の状態へと強制的に引き戻すのだ!」

 破壊音と共に、ボロ布が粉砕されていく。
 そして、機械の反対側から出てきたのは――。

「わあ……っ!」

 ソフィアは歓声を上げた。
 出てきたのは、ふわふわとした綿状の繊維の塊だった。
 色は灰色や茶色が混ざった独特の霜降りだが、確かにそれは羊毛(ウール)の姿に戻っていた。

「これを再生羊毛(反毛)と呼ぶ。一度織られたものを強引に引き裂いたため、繊維長は短く、強度は新品に劣る。だが、空気を含む保温性は変わらない」

 アレックスは再生された羊毛を手に取り、ふっと息を吹きかけた。

「これに、強度補強のために少量のイラクサ繊維と綿を混ぜて紡ぐ。そして、太い糸でざっくりと織り上げ、最後に『縮絨加工を施して目を詰めれば……」

 数日後。
 完成したのは、厚手でずっしりとした、素朴な風合いの毛布だった。
 色は染め直さず、元の古着の色が混ざり合った深いグレー。
 決して貴族が好むような美しい品ではない。
 けれど、ソフィアがそれを肩にかけてみると、驚くほどの温かさが体を包み込んだ。

「温かい……! 新品の毛布と変わりません!」

「見た目は貧者の布だが、機能は一級品だ。原価はタダ同然の古着だから、安く提供できる」

 アレックスは山積みになった毛布を前に、領民たちを集めた。

「聞け、領民ども! この毛布を世帯主一人につき二枚、無償で配布する! 追加が欲しければさらに売ってやる。これで風邪を引いて仕事を休むような軟弱者は、私が直々に実験台にしてやるから覚悟しろ!」

 相変わらずの憎まれ口だが、集まった領民たちの目は潤んでいた。
 受け取った毛布を抱きしめ、頬ずりする母親。
 早速くるまって、「あったかい!」と叫ぶ子供たち。

「ありがとう……、ありがとうございます、公爵様!」

「これで今年の冬は凍えずに済みます!」

 感謝の声が波のように広がる。
 アレックスは「ふん、礼には及ばん。労働力の維持管理だ」とそっぽを向いたが、その耳がわずかに赤いことをソフィアは見逃さなかった。

「……アレックス様」

 ソフィアは彼の隣に並び、そっと囁いた。

「貴方は魔法使いですね。ゴミを温もりに変えてしまうのですから」

「科学だと言っているだろう。質量保存の法則だよ」

「ふふ。では、その科学は、とても優しいのですね」

 アレックスはバツが悪そうに咳払いをし、ソフィアの肩にも一枚の毛布をかけた。

「……君もだ。君が風邪を引いたら、私の研究が遅れる。助手の管理も私の仕事だからな」 

「はい。ありがとうございます」

 再生された毛布は、少しゴワゴワしていたけれど、どんな高級なシルクよりも温かかった。
 それは、捨てられたものにもう一度価値を与える、再生と希望の温もりだった。

 その年の冬、クロード領では凍死者が一人も出なかったという。
 そしてこのリサイクル毛布は、やがてクロード・ウォームという名で、安価で丈夫な防寒具として他領の平民たちにも愛用されるようになるのだった。
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