妹に婚約者を奪われた上に断罪されていたのですが、それが公爵様からの溺愛と逆転劇の始まりでした

水上

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第22話:王都への招待

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 王都の夜は、まるで地上に星空が落ちてきたかのように輝いていた。
 王城へと続く大通りは、着飾った貴族たちを乗せた馬車の列で埋め尽くされている。
 蹄の音と車輪の音が重なり合い、街全体が興奮に包まれていた。

 その列の中に、クロード公爵家の紋章が刻まれた漆黒の馬車があった。

「……人が、多いですね」

 窓のカーテンを少しだけ開けて外を覗いたソフィアは、すぐに手を引っ込めた。

 道沿いには、一目貴族を見ようと集まった平民たちの姿も多い。
 その中には、きっと平民の絹やクロード・レースを身につけた者もいるだろう。
 自分たちが作ったものが、確かにこの街に根付いている。
 それでも、ソフィアの指先は冷たかった。

「緊張しているのか? 脈拍が速い」

 向かいの席に座るアレックスが、組んだ足を組み替えながら尋ねた。

 今日の彼は、いつもの白衣姿ではない。
 最高級の黒の燕尾服。
 素材はもちろん、彼らが開発した極上のウールだ。

 襟元には純白のシルクのクラバットを巻き、銀縁のモノクルが街灯の光を反射して鋭く光っている。
 その姿は、まさに公爵という完璧なシルエットを描き出していた。

「……はい。ごめんなさい、アレックス様」

 ソフィアは、自身が纏う夜空のドレスの裾をギュッと握りしめた。

「ドレスは完璧です。アレックス様が計算し尽くしたパターン、最高の発色、肌触り……、どこに出しても恥ずかしくありません。でも……」

 彼女はうつむいた。

「中身が、私ですから。どれだけ綺麗な布で包んでも、私はかつて泥棒猫と呼ばれ、追放された女です。このドレスの美しさに、私が追いついていない気がして……」

 外見は変えられる。
 しかし、染み付いた劣等感という名の汚れは、そう簡単には落ちない。
 華やかな王城が近づくにつれて、ソフィアの心は萎縮しきっていた。

「……やれやれ」

 アレックスは短く息を吐くと、身体を乗り出し、ソフィアの膝の上で握りしめられていたその手に、自分の手を重ねた。

「ソフィア。君は裏地の役割を知っているか?」 

「裏地……、ですか? 服の裏についている、あの薄い布のことですよね」

「そうだ。表地とは違い、人目には触れない。地味な存在だ」

 アレックスは、自分の燕尾服の裾を少しだけ捲ってみせた。
 そこには、滑らかなキュプラの裏地が縫い付けられている。

「裏地の機能は三つある。一つ、滑りを良くして着脱を助けること。二つ、汗や汚れから表地を守ること。そして三つ目――これが最も重要だ」

 彼は真剣な眼差しでソフィアを見つめた。

「シルエットを保つことだ。柔らかい表地だけでは、重力や動きに負けて型崩れしてしまう。裏地という隠れた支えがあって初めて、服はその美しい形を維持できる」

 アレックスはソフィアの手を、彼女自身の胸元へと導いた。

「君という布地には、愛という名の裏地が必要だ」

 甘く、低い声が馬車の中に響く。

「表からは見えない。誰にも気づかれないかもしれない。だが、私が君の裏地になろう。君が崩れそうになったら、私が内側から支える。君が傷つかないように、私が君と世界の間に入って摩擦を受け止める」

 アレックスは、モノクルの奥の瞳を優しく細めた。

「だから、君は安心して胸を張れ。最高級の裏地がついているのだから、君のシルエットが崩れることは物理的にあり得ない」

 ――私は、君の裏地になる。

 それは、守るという言葉よりもずっと深く、具体的で、彼らしい誓いの言葉だった。
 見えない場所で、一番近くで支えてくれる存在。

「……アレックス様」

 ソフィアの心の中にあった冷たい塊が、すっと溶けていく。

 一人ではない。
 この完璧なドレスの下には、見えないけれど、最強の支えがある。

「……はい。私、きちんと胸を張ります。最高級の裏地に、恥じない表地として」

「ああ。その意気だ」

 アレックスは満足げに頷くと、窓の外を見た。
 馬車は速度を落とし、王城の巨大な正門をくぐるところだった。

「さあ、着いたぞ。招待状への回答を突きつけてやろう」

 馬車が止まる。
 従僕が扉を開けると、光の洪水と、ざわめきが二人を包み込んだ。

 アレックスが先に降り、恭しく手を差し出す。
 ソフィアは深く息を吸い込み、その手を取った。

 王城の大広間へと続く赤絨毯。
 その先に待つのは、かつて自分を捨てた王子と、罠を仕掛けてきた義妹。
 そして、古い価値観に縛られた貴族たち。
 だが、今のソフィアはもう、ただの令嬢ではなかった。
 
 科学と論理、そして愛という最強の裏地を纏っている。

「では、行こうか、ソフィア」

「はい、アレックス様」

 二人はしっかりと腕を組み、光の中へと足を踏み入れた。
 
 いよいよ、断罪と逆転のステージが開幕しようとしていた。
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