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第23話:再会、そして侮蔑
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「――クロード公爵閣下、ならびにソフィア・リネン嬢、ご入場!」
衛兵の朗々とした声が響き渡ると同時に、重厚な扉がゆっくりと開かれた。
王城の大広間を埋め尽くしていた数百の視線が、一斉に入り口へと注がれる。
好奇心、軽蔑、あるいは単なる値踏み。
だが、その雑多な視線は、二人の姿を捉えた瞬間、驚愕の沈黙へと変わった。
「あれは……、本当にあの地味なリネン家の娘か?」
「なんて美しい……。あのドレス、見たことがない色だわ」
ソフィアが纏っているのは、夜の海を切り取ったような群青色のドレスだった。
素材は、クロード公爵家が誇る最高級シルケット加工綿。
会場の照明を吸い込み、そして柔らかく反射するその光沢は、貴族たちが着ている重厚なシルクとは明らかに異質で、それでいて洗練された輝きを放っていた。
隣を歩くアレックスは、漆黒の燕尾服でその青を引き立て、氷のような美貌で周囲を威圧している。
二人が進むたび、海が割れるように人垣が開いていく。
ソフィアは心臓が早鐘を打っていたが、腰に添えられたアレックスの手の温もりを支えに、背筋を伸ばして歩いた。
その時だった。
「――よくもまあ、ぬけぬけと戻ってこれたものだ」
嘲笑を含んだ声が、静寂を破った。
人垣の先頭に立っていたのは、金髪を煌びやかにセットし、豪奢な衣装に身を包んだ青年――ギルバート第二王子だった。
そしてその腕には、毒々しいほど鮮やかなピンク色のドレスを着た、マリアンヌが寄り添っている。
「ギルバート殿下……」
「ソフィア。追放された身で王城の敷居を跨ぐとは、羞恥心というものを持ち合わせていないらしいな。それとも、許しを乞いに来たのか?」
ギルバートは扇子で口元を隠しながら、冷ややかな目でソフィアを見下ろした。
マリアンヌもまた、勝ち誇ったような笑みを浮かべて口を開く。
「お姉様、久しぶりですわね。……あら? そのドレス、ずいぶんペラペラに見えますけれど、まさか綿ですの?」
マリアンヌが大げさに声を上げると、周囲の取り巻きたちがクスクスと笑った。
「綿だって? 下着の素材じゃないか」
「貧乏領地にお似合いだわ」
マリアンヌは憐れむようなポーズをとった。
「可哀想なソフィアお姉様。公爵家に拾われたと聞いて心配しておりましたのよ。まともなドレスも与えられず、そんな平民のような格好をさせられるなんて……。やはり、私の使用人として実家に置いておいてあげた方が幸せだったのではなくて?」
侮蔑の言葉が、矢のように突き刺さる。
以前のソフィアなら、ここで萎縮していただろう。
だが、彼女は一歩も引かなかった。
なぜなら、彼女の隣には最強の裏地がいるからだ。
「……ふっ」
静かな、しかし会場の隅々まで届くような失笑が漏れた。
アレックスだった。
彼はまるで、道端の石ころを見るような目で、王子とマリアンヌを一瞥した。
「やれやれ。王都の空気は淀んでいると思ったが、知性まで酸欠を起こしているとは」
「な、何だと!?」
「聞こえませんでしたか、殿下。……そのピンク色のドレス、実に滑稽だと言っているのです」
アレックスはマリアンヌのドレスを指差した。
「過剰なレース、無意味なリボン、そして色彩調和(カラーハーモニー)を無視した極彩色の刺繍。……まるで、自信のなさを装飾で埋め合わせようとする虚栄心の塊そのものだ」
「なっ……失礼な! これは最高級のシルクですわ!」
「素材が良くても、仕立てる人間のセンスが三流なら、それはただの布の無駄遣いだ。対して、ソフィアのドレスを見たまえ」
アレックスはソフィアの腰を引き寄せ、誇らしげに見せた。
「これは綿だが、分子構造レベルで再構築された進化した綿だ。その機能美と洗練されたシルエットは、君たちの古臭い価値観など遥か後方に置き去りにしている」
「ぐぬぬ……! 口が減らない男だ!」
ギルバート王子が顔を真っ赤にして怒鳴る。
「だいたい、ソフィアは罪人だぞ! マリアンヌを害し、心を傷つけた冷酷な女だ! そんな女が着飾るなど許されるはずがない!」
マリアンヌがタイミングよく、さめざめと泣き真似を始めた。
「うっ……、ううっ、殿下……。私、お姉様の顔を見ると、あの時の恐怖が蘇って……。水をかけられた冷たさが、まだ肌に残っているようですわ……」
「よしよし、可哀想に。僕が守ってやるからね」
茶番だ。
誰もが呆れるほどの、見え透いた被害者演技。
しかし、権力に弱い周囲の貴族たちは、「やはりソフィア嬢が悪者なのか」と動揺し始める。
その空気を、アレックスの一言が切り裂いた。
「――相変わらず君の嘘は、安物のレースのように穴だらけだな」
アレックスは、マリアンヌの目の前まで歩み寄り、冷徹な銀の瞳で彼女を射抜いた。
「ん……?」
マリアンヌが涙目のまま固まる。
「機械編みの安価なレースは、糸の密度が低く、少し引っ張ればすぐに穴が開く。君の演技も同じだ。構成が雑で、綻びだらけだ」
彼は懐から、一枚の布を取り出した。
それは、以前マリアンヌが「ソフィアに水をかけられた」と主張した時の状況を再現した、羊毛の吸湿実験データだった。
「あの時、私は羊毛の発熱反応で君の嘘を暴いたはずだ。それを無視して被害者を気取るとは、学習能力がないのか、それとも自分の嘘を真実だと思い込む病気なのか」
「そ、そんな紙切れ、何の証拠にもなりませんわ!」
「証拠なら、これからいくらでも出してやる」
アレックスはニヤリと笑った。
それは、獲物を追い詰める狩人の笑みだった。
「我々は今日、ただ踊りに来たわけではない。この国に蔓延る嘘と非論理的な慣習を、すべて洗い流しに来たのだ」
彼はソフィアの手を取り、高らかに宣言した。
「覚悟しておきたまえ。我々の反撃は、今の君たちの想像力では追いつけない速度で進行するぞ」
圧倒的な威圧感に、ギルバートとマリアンヌは言葉を失い、後ずさった。
アレックスは、呆然とする二人を残し、ソフィアをエスコートして優雅に歩き出した。
「行こう、ソフィア。ファーストダンスの曲が始まる」
「……はい、アレックス様」
ソフィアは胸を張った。
もう怖くはない。
すれ違いざま、マリアンヌに向けたソフィアの眼差しは、かつての怯えたものではなく、憐れみすら含んだ静かなものだった。
音楽が鳴り響く。
青いドレスが翻り、二人は光の中心へと踊り出た。
それは、王都におけるソフィア・リネンの復権と、マリアンヌたちへの終わりの始まりを告げる舞踏だった。
衛兵の朗々とした声が響き渡ると同時に、重厚な扉がゆっくりと開かれた。
王城の大広間を埋め尽くしていた数百の視線が、一斉に入り口へと注がれる。
好奇心、軽蔑、あるいは単なる値踏み。
だが、その雑多な視線は、二人の姿を捉えた瞬間、驚愕の沈黙へと変わった。
「あれは……、本当にあの地味なリネン家の娘か?」
「なんて美しい……。あのドレス、見たことがない色だわ」
ソフィアが纏っているのは、夜の海を切り取ったような群青色のドレスだった。
素材は、クロード公爵家が誇る最高級シルケット加工綿。
会場の照明を吸い込み、そして柔らかく反射するその光沢は、貴族たちが着ている重厚なシルクとは明らかに異質で、それでいて洗練された輝きを放っていた。
隣を歩くアレックスは、漆黒の燕尾服でその青を引き立て、氷のような美貌で周囲を威圧している。
二人が進むたび、海が割れるように人垣が開いていく。
ソフィアは心臓が早鐘を打っていたが、腰に添えられたアレックスの手の温もりを支えに、背筋を伸ばして歩いた。
その時だった。
「――よくもまあ、ぬけぬけと戻ってこれたものだ」
嘲笑を含んだ声が、静寂を破った。
人垣の先頭に立っていたのは、金髪を煌びやかにセットし、豪奢な衣装に身を包んだ青年――ギルバート第二王子だった。
そしてその腕には、毒々しいほど鮮やかなピンク色のドレスを着た、マリアンヌが寄り添っている。
「ギルバート殿下……」
「ソフィア。追放された身で王城の敷居を跨ぐとは、羞恥心というものを持ち合わせていないらしいな。それとも、許しを乞いに来たのか?」
ギルバートは扇子で口元を隠しながら、冷ややかな目でソフィアを見下ろした。
マリアンヌもまた、勝ち誇ったような笑みを浮かべて口を開く。
「お姉様、久しぶりですわね。……あら? そのドレス、ずいぶんペラペラに見えますけれど、まさか綿ですの?」
マリアンヌが大げさに声を上げると、周囲の取り巻きたちがクスクスと笑った。
「綿だって? 下着の素材じゃないか」
「貧乏領地にお似合いだわ」
マリアンヌは憐れむようなポーズをとった。
「可哀想なソフィアお姉様。公爵家に拾われたと聞いて心配しておりましたのよ。まともなドレスも与えられず、そんな平民のような格好をさせられるなんて……。やはり、私の使用人として実家に置いておいてあげた方が幸せだったのではなくて?」
侮蔑の言葉が、矢のように突き刺さる。
以前のソフィアなら、ここで萎縮していただろう。
だが、彼女は一歩も引かなかった。
なぜなら、彼女の隣には最強の裏地がいるからだ。
「……ふっ」
静かな、しかし会場の隅々まで届くような失笑が漏れた。
アレックスだった。
彼はまるで、道端の石ころを見るような目で、王子とマリアンヌを一瞥した。
「やれやれ。王都の空気は淀んでいると思ったが、知性まで酸欠を起こしているとは」
「な、何だと!?」
「聞こえませんでしたか、殿下。……そのピンク色のドレス、実に滑稽だと言っているのです」
アレックスはマリアンヌのドレスを指差した。
「過剰なレース、無意味なリボン、そして色彩調和(カラーハーモニー)を無視した極彩色の刺繍。……まるで、自信のなさを装飾で埋め合わせようとする虚栄心の塊そのものだ」
「なっ……失礼な! これは最高級のシルクですわ!」
「素材が良くても、仕立てる人間のセンスが三流なら、それはただの布の無駄遣いだ。対して、ソフィアのドレスを見たまえ」
アレックスはソフィアの腰を引き寄せ、誇らしげに見せた。
「これは綿だが、分子構造レベルで再構築された進化した綿だ。その機能美と洗練されたシルエットは、君たちの古臭い価値観など遥か後方に置き去りにしている」
「ぐぬぬ……! 口が減らない男だ!」
ギルバート王子が顔を真っ赤にして怒鳴る。
「だいたい、ソフィアは罪人だぞ! マリアンヌを害し、心を傷つけた冷酷な女だ! そんな女が着飾るなど許されるはずがない!」
マリアンヌがタイミングよく、さめざめと泣き真似を始めた。
「うっ……、ううっ、殿下……。私、お姉様の顔を見ると、あの時の恐怖が蘇って……。水をかけられた冷たさが、まだ肌に残っているようですわ……」
「よしよし、可哀想に。僕が守ってやるからね」
茶番だ。
誰もが呆れるほどの、見え透いた被害者演技。
しかし、権力に弱い周囲の貴族たちは、「やはりソフィア嬢が悪者なのか」と動揺し始める。
その空気を、アレックスの一言が切り裂いた。
「――相変わらず君の嘘は、安物のレースのように穴だらけだな」
アレックスは、マリアンヌの目の前まで歩み寄り、冷徹な銀の瞳で彼女を射抜いた。
「ん……?」
マリアンヌが涙目のまま固まる。
「機械編みの安価なレースは、糸の密度が低く、少し引っ張ればすぐに穴が開く。君の演技も同じだ。構成が雑で、綻びだらけだ」
彼は懐から、一枚の布を取り出した。
それは、以前マリアンヌが「ソフィアに水をかけられた」と主張した時の状況を再現した、羊毛の吸湿実験データだった。
「あの時、私は羊毛の発熱反応で君の嘘を暴いたはずだ。それを無視して被害者を気取るとは、学習能力がないのか、それとも自分の嘘を真実だと思い込む病気なのか」
「そ、そんな紙切れ、何の証拠にもなりませんわ!」
「証拠なら、これからいくらでも出してやる」
アレックスはニヤリと笑った。
それは、獲物を追い詰める狩人の笑みだった。
「我々は今日、ただ踊りに来たわけではない。この国に蔓延る嘘と非論理的な慣習を、すべて洗い流しに来たのだ」
彼はソフィアの手を取り、高らかに宣言した。
「覚悟しておきたまえ。我々の反撃は、今の君たちの想像力では追いつけない速度で進行するぞ」
圧倒的な威圧感に、ギルバートとマリアンヌは言葉を失い、後ずさった。
アレックスは、呆然とする二人を残し、ソフィアをエスコートして優雅に歩き出した。
「行こう、ソフィア。ファーストダンスの曲が始まる」
「……はい、アレックス様」
ソフィアは胸を張った。
もう怖くはない。
すれ違いざま、マリアンヌに向けたソフィアの眼差しは、かつての怯えたものではなく、憐れみすら含んだ静かなものだった。
音楽が鳴り響く。
青いドレスが翻り、二人は光の中心へと踊り出た。
それは、王都におけるソフィア・リネンの復権と、マリアンヌたちへの終わりの始まりを告げる舞踏だった。
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