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第43話:結婚式のパッチワーク
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その日、王都の大聖堂は、かつてないほどの祝福と多様な色彩に包まれていた。
参列席を見渡せば、きらびやかな正装の貴族たちだけでなく、新品のジーンズを履いた鉱山労働者、清潔なシャツを着た元スラムの住民たち、そしてクロード・レースの襟飾りをつけた農村の女性たちの姿がある。
身分を超え、国中の人々が二人の門出を祝いに駆けつけていたのだ。
パイプオルガンの荘厳な音色が響く中、扉が開かれる。
新郎のアレックス・クロード公爵は、いつもの黒燕尾ではなく、純白のタキシードに身を包んでいた。
そして、その隣を歩む新婦ソフィアの姿に、会場中の息が止まった。
「……なんと美しい」
彼女が纏うウェディングドレスは、ただのシルクのドレスではなかった。
ベースとなるのは、二人の原点であるイラクサと綿の混紡。
そこに、シルケット加工による真珠のような光沢を与え、裾にはクロード・レースが雪の結晶のように幾重にも重ねられている。
さらに、歩くたびに微かに色を変える構造色のベールが、神秘的なオーラを放っていた。
それは、二人がこれまでの冒険で開発し、世界に広めてきた技術と歴史のすべてが詰まった、世界で一着だけのドレスだった。
祭壇の前。
アレックスは、ベール越しのソフィアを見つめ、眩しそうに目を細めた。
「……参ったな。私の計算では、君の美しさは理論値の限界に達していたはずだが」
「アレックス様?」
「今日の君は、その限界値を軽々とオーバーフローしている。……計測不能だ」
小声で囁かれた科学的な賛辞に、ソフィアは幸せそうに微笑んだ。
誓いの言葉。
司祭が問いかけるよりも先に、アレックスは参列者たちに向かって振り返り、口を開いた。
彼は、ありきたりな愛の言葉ではなく、彼なりの真理を語り始めた。
「皆様。結婚とは、何だと思いますか?」
静まり返る大聖堂に、アレックスの澄んだ声が響く。
「多くの者は、それを継ぎ目のない一枚の布になろうとすることだと勘違いしている。同じ色に染まり、同じ素材になり、個を消して融合することだと」
彼は首を横に振った。
「だが、それは間違いだ。私とソフィアは違う。私は硬く偏屈な麻のような男で、彼女は柔らかく繊細な綿のような女性だ。生まれも、育ちも、摩擦係数も、熱伝導率も、何もかもが違う」
アレックスは、ソフィアの手を取り、高く掲げた。
「だからこそ、面白い。結婚とは、異なる素材を縫い合わせるパッチワークだ」
――パッチワーク。
小さな布切れを継ぎ合わせ、一枚の大きな布にする技法。
「異なる素材だからこそ、互いの欠点を補い合える。異なる色だからこそ、単色では出せない鮮やかな模様を描ける。……時には喧嘩という摩擦も起きるだろう。だが、絆という名の縫い目がしっかりしていれば、一枚布よりも遥かに強靭で、味わい深い人生という布地が出来上がる」
彼はソフィアを見つめた。
「私は、君という異なる素材と出会えて幸運だった。これからの人生、どんな歪な継ぎ目になろうとも、私は君とのパッチワークを楽しみ続けることを誓う」
会場から、割れんばかりの拍手が巻き起こった。
鉱夫たちが帽子を投げ、農婦たちが涙を拭う。
パッチワークという言葉は、ここに集まった身分の違う人々が、今まさに一つになって二人を祝っている光景そのものだった。
「……アレックス様」
「さあ、ソフィア。仕上げの工程だ」
指輪の交換を終え、誓いのキスの時。
アレックスは、ソフィアの腰に回したリボン――ドレスの飾りの紐を、一度解き、ゆっくりと結び直した。
それは、固結びではなく、美しい蝶結びだった。
「アレックス様? どうして解けやすい結び方を?」
「恋の結び目は、固結びじゃダメだ」
アレックスは、結び終えたリボンを愛おしげに撫でた。
「固結びは、一度結べば解けないが、無理に引っ張れば切れてしまう。それに、余裕がなくて美しくない」
彼はソフィアの唇に顔を近づけた。
「蝶結びを見たまえ。ふんわりとして、優雅で、美しい。……そして、その気になればいつでも解くことができる」
「解けてしまったら、おしまいではありませんか?」
「いいや。解けるからこそ、私たちは毎日、お互いの意思で結び直すのだ」
アレックスの銀色の瞳が、ソフィアを映し出す。
「惰性で繋がるのではない。毎日、君を愛しているから、君が必要だから、何度でも新しく結び直す。……それが、粋というものだろう?」
解ける自由がありながら、決して解こうとしない意志。
それこそが、最も強い絆の形。
「……はい。私も、毎日あなたを選び、結び直します。……一生、何度でも」
ソフィアが答えると同時に、二人の唇が重なった。
大聖堂のステンドグラスから差し込む光が、二人を祝福のプリズムで包み込む。
パッチワークのように異なる二人が、蝶結びのようにしなやかに結ばれた瞬間。
それは、クロード公爵領だけでなく、この国の歴史に新たな幸福の定義を刻んだ瞬間でもあった。
鐘が鳴り響く。
扉の向こうには、二人がこれから織りなす、無限に広がる白いキャンバスのような未来が待っていた。
参列席を見渡せば、きらびやかな正装の貴族たちだけでなく、新品のジーンズを履いた鉱山労働者、清潔なシャツを着た元スラムの住民たち、そしてクロード・レースの襟飾りをつけた農村の女性たちの姿がある。
身分を超え、国中の人々が二人の門出を祝いに駆けつけていたのだ。
パイプオルガンの荘厳な音色が響く中、扉が開かれる。
新郎のアレックス・クロード公爵は、いつもの黒燕尾ではなく、純白のタキシードに身を包んでいた。
そして、その隣を歩む新婦ソフィアの姿に、会場中の息が止まった。
「……なんと美しい」
彼女が纏うウェディングドレスは、ただのシルクのドレスではなかった。
ベースとなるのは、二人の原点であるイラクサと綿の混紡。
そこに、シルケット加工による真珠のような光沢を与え、裾にはクロード・レースが雪の結晶のように幾重にも重ねられている。
さらに、歩くたびに微かに色を変える構造色のベールが、神秘的なオーラを放っていた。
それは、二人がこれまでの冒険で開発し、世界に広めてきた技術と歴史のすべてが詰まった、世界で一着だけのドレスだった。
祭壇の前。
アレックスは、ベール越しのソフィアを見つめ、眩しそうに目を細めた。
「……参ったな。私の計算では、君の美しさは理論値の限界に達していたはずだが」
「アレックス様?」
「今日の君は、その限界値を軽々とオーバーフローしている。……計測不能だ」
小声で囁かれた科学的な賛辞に、ソフィアは幸せそうに微笑んだ。
誓いの言葉。
司祭が問いかけるよりも先に、アレックスは参列者たちに向かって振り返り、口を開いた。
彼は、ありきたりな愛の言葉ではなく、彼なりの真理を語り始めた。
「皆様。結婚とは、何だと思いますか?」
静まり返る大聖堂に、アレックスの澄んだ声が響く。
「多くの者は、それを継ぎ目のない一枚の布になろうとすることだと勘違いしている。同じ色に染まり、同じ素材になり、個を消して融合することだと」
彼は首を横に振った。
「だが、それは間違いだ。私とソフィアは違う。私は硬く偏屈な麻のような男で、彼女は柔らかく繊細な綿のような女性だ。生まれも、育ちも、摩擦係数も、熱伝導率も、何もかもが違う」
アレックスは、ソフィアの手を取り、高く掲げた。
「だからこそ、面白い。結婚とは、異なる素材を縫い合わせるパッチワークだ」
――パッチワーク。
小さな布切れを継ぎ合わせ、一枚の大きな布にする技法。
「異なる素材だからこそ、互いの欠点を補い合える。異なる色だからこそ、単色では出せない鮮やかな模様を描ける。……時には喧嘩という摩擦も起きるだろう。だが、絆という名の縫い目がしっかりしていれば、一枚布よりも遥かに強靭で、味わい深い人生という布地が出来上がる」
彼はソフィアを見つめた。
「私は、君という異なる素材と出会えて幸運だった。これからの人生、どんな歪な継ぎ目になろうとも、私は君とのパッチワークを楽しみ続けることを誓う」
会場から、割れんばかりの拍手が巻き起こった。
鉱夫たちが帽子を投げ、農婦たちが涙を拭う。
パッチワークという言葉は、ここに集まった身分の違う人々が、今まさに一つになって二人を祝っている光景そのものだった。
「……アレックス様」
「さあ、ソフィア。仕上げの工程だ」
指輪の交換を終え、誓いのキスの時。
アレックスは、ソフィアの腰に回したリボン――ドレスの飾りの紐を、一度解き、ゆっくりと結び直した。
それは、固結びではなく、美しい蝶結びだった。
「アレックス様? どうして解けやすい結び方を?」
「恋の結び目は、固結びじゃダメだ」
アレックスは、結び終えたリボンを愛おしげに撫でた。
「固結びは、一度結べば解けないが、無理に引っ張れば切れてしまう。それに、余裕がなくて美しくない」
彼はソフィアの唇に顔を近づけた。
「蝶結びを見たまえ。ふんわりとして、優雅で、美しい。……そして、その気になればいつでも解くことができる」
「解けてしまったら、おしまいではありませんか?」
「いいや。解けるからこそ、私たちは毎日、お互いの意思で結び直すのだ」
アレックスの銀色の瞳が、ソフィアを映し出す。
「惰性で繋がるのではない。毎日、君を愛しているから、君が必要だから、何度でも新しく結び直す。……それが、粋というものだろう?」
解ける自由がありながら、決して解こうとしない意志。
それこそが、最も強い絆の形。
「……はい。私も、毎日あなたを選び、結び直します。……一生、何度でも」
ソフィアが答えると同時に、二人の唇が重なった。
大聖堂のステンドグラスから差し込む光が、二人を祝福のプリズムで包み込む。
パッチワークのように異なる二人が、蝶結びのようにしなやかに結ばれた瞬間。
それは、クロード公爵領だけでなく、この国の歴史に新たな幸福の定義を刻んだ瞬間でもあった。
鐘が鳴り響く。
扉の向こうには、二人がこれから織りなす、無限に広がる白いキャンバスのような未来が待っていた。
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