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4章 皇国
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しおりを挟む今日の浴場は意外と人が多かった。いつもはこんなにいないんだけどな、とグルーさんですら首をひねってたし。どれだけ酷使されているんだよ……。
「ハールって意外と鍛えてるんだな」
へー、と感心した様子で俺の体を見てくるマーシェさん。いや、なんか恥ずかしいからやめてほしいのですが……。
「初めに一緒に風呂入ったときは俺も驚いたよ。
確かに意外と力があるなとは思っていたんだが」
「あの、それ以上この話題やめません……?
なんだか恥ずかしいのですが」
うう、と顔を隠しながら言うと思い切り笑われてしまった。もうどうとでもなればいい。
「あ、そういえば明日の片づけ、少し早く来いよ」
「早く、ですか?」
「そう、こっそりだけどきっといいもの見れるぞ」
いいもの? なんだろうとマーシェさんの方を見るもニヤニヤとするばかりで教えてくれる気はなさそう。グルーさんにもとくに心当たりはないようで不思議そうな顔をしていた。とりあえず俺は今は一人で行動することはできない。早く行くならグルーさんの許可が必要だ。それはグルーさんもわかっているようでうなずいた。
「まあ、明日はそこまで忙しくないだろうから大丈夫だろうが……」
「じゃあまた明日な」
一体何なんだろうか、気になりつつもひとまず今は風呂でゆっくりすることを優先した。
「で、いいものって?」
翌日、他の用事を終わらせてからお茶会の会場へと向かう。まだお茶会が終っていないようでにぎやかな声が聞こえてきていた。そんな中、俺たちは貴族に見つからないようにと花々の影からその様子を見ていた。
「ほら、あそこ。
あの奥で座っている豪華な衣装を着ているのが皇后陛下と第二皇子殿下だ」
あそこ、と指さすままに視線を向ける。『それ』が視界に入った瞬間、ざわり、と体が粟だったのを感じる。赤い派手やかなドレスを着て、化粧と宝石に飾り立てられた悪趣味な女。真っ赤な紅を引いたその口を笑わせ、時折上品そうに見えるように扇でその口元を覆う。その一挙一動すべてが気持ち悪い。見た目は確かにしとやかそうな、艶やかな夫人かもしれない。でも、その見た目に隠しきれない醜悪さを感じてしまう。その目線もそのしぐさも、すべてに吐き気がする。
「ハール、どうした?」
「顔色が悪いぞ」
ぐっとこみあげてきたものを飲み込むように口元に手を当てる。グルーさんたちが心配そうに話しかけてきてくれるのはわかっているが、とても返事をできる状況ではない。立っているのもつらくなって、その場に膝をついた。
「ハール?
具合が悪いなら休んできていいぞ」
ああ、情けない。本当はこんなはずではなかったのだ。だって、きっとあいつを目にしたら俺は殺したくなるんだと思っていた。もしかしたら人目をはばからずに手をかけてしまうのではないかって。現実は違ったけれど。
「すみません、休んできていいですか?」
このままここにいたらどうなるかわからない。ひとまずここから離れないと、その一心で口にする。二人はすぐにうなずいてくれた。
「一人で帰れるか?」
「大丈夫です」
なんとか部屋に戻る。すぐにベッドにもぐりこんだ。一体いつぶりに見かけただろうか。いろんなものが浮かんでいく。でもそれを意識したくなくて、何も考えない、と頭の中で繰り返しながらひたすら目をつぶった。
「……ル。
ハール」
誰だろ……。ぼんやりした頭で考える。くっついていた瞼を無理やり開けてみる。
「グルー、さん?」
「ああ。
ほら、水持ってきたから飲め」
「ありがとうございます。
……すみません、ご迷惑をかけて」
「気にするな。
こちらに来てからずいぶんと働いてもらったからな。
疲れが出たんだろう」
疲れ。そんなんじゃないのは知っている。けどさすがに言うわけにはいかなくて、はは、と苦笑いするしかなかった。のどが渇いていたので、ありがたくグルーさんから水をもらう。うん、冷たくておいしい。
「あれ、それは?」
グルーさん側の机には何かが乗っている。食べ物のようだが……。
「ああ、残りを少し拝借してきたんだ。
皆も心配していたぞ」
「え、ありがとうございます」
食べられるなら、と差し出されたそれを見る。これをもともと食べていたのがあいつだったのだ、という考えが一瞬頭をよぎる。でも、目の前のグルーさん、そしてほかの人達の暖かい思いが純粋に嬉しい。恐る恐る口に運ぶ。ああ、よかった。ちゃんとおいしい……。
「ありがとう、ございます」
「ど、どうした?」
妙に慌てたグルーさんにどうしたんだろうと首をかしげる。その拍子にほほに冷たいものが伝っているのに気が付いた。泣いている……? ああ、だからグルーさんは慌てているのか。
「どうしたんでしょう?」
なんで泣いてるんだっけ。自分でもよくわからない。心配そうにしつつも今日はもうゆっくり休め、という言葉とともにグルーさんが部屋を出ていく。ああ、とても優しい人だな。
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