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4章 皇国
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しおりを挟む日が沈んだ後の広場。日中は自分たちを苦しめたかつての主君を一目見ようと訪れる民たちもこの時間にはほとんどいない。未だ新しい体制が整っていないながらも、騎士団から派遣された騎士が常に中央に鎮座するものを守っていた。
皇宮内ではキャバランシア皇帝に付けるように言われてしぶしぶつけている護衛騎士も今はいない。そもそもシャリラントがいる時点で俺に護衛は必要ないのだ。
『本当にさらされているのですね』
『シャリラントとしては信じられない?』
『ええ』
頭の中に響く声は嫌悪感を隠そうとしない。俺としても別に賛成しているわけでもない。だが、必要なことだと言われれば特に反対する理由もない。そう思っている時点でこの世界に染まってきているのだろう。
『それで、あなたが望んだ結果にはなりましたか?』
望んだ結果……。俺は復讐を果たした、のだろう。あっけない、その一言しか浮かばない。まさか、あんな一瞬で終わるなんて。どうして、ずっと我慢していたのだろうか、なんて。幼いころの思い込みそのままに相手を過剰に強大にとらえていたのか、それとも思っていた以上に俺が力を付けていたのか。きっと両方なのだろう。
あの時は、あんなに憎いと、敵と思っていたのに。今でもその気持ちは変わらないと思っていたのに。
『思っていたよりも、すっきりしませんでしたか?』
『シャリラントには全部ばれてしまうな』
すっきり、という言葉が適当なのかわからないが、それ以外に当てはまる言葉も見つからない。でも、もっとそう、すっきりとすると思っていたのだ。これで皇国の影におびえることも、心の奥底に思いをしまいこむこともしないくていい。何よりも、母上と兄上の敵を取れた。それなのに……。ルックアランの最期が予想外のものだったからだろうか? 想像以上にあっけなく制圧が終ったからだろうか?
『結局、あなたはどこまでも優しいのです。
でもきっと。
あなたの手でこれを成し遂げたという事実は大切なことです』
そう、なのかな。
何も言えないまま、ぼーっとその場に立ち尽くす。ああ、本格的に暗くなってきた。そろそろ戻らないと。
「ハール」
ふいに、声が聞こえた。声が聞こえた瞬間、自分がその声を求めていたことに気が付く。振り返ると、こんな場にそぐわない表情をした2人が立っていた。
「リキート……、フェリラ……」
「ずっとこんなところにいたら冷えてしまうよ。
もう皇宮に戻ろう」
「ああ、そうだな」
ずっと一緒にいてくれた二人に会ったからか、なぜか涙がこみあげてくる。そんな情けない俺に近づくと、リキートはやさしく俺を抱きしめてくれた。
「……頑張ったね、ハール」
「り、リキート……」
「ハールが言っていた、やりたいことはちゃんとできた?」
「どう、なのかな?」
「どうなのかなって」
ははっ、とリキートが優しく笑う。孤児院を出てから一緒に旅をしてきて。一緒に冒険者になって。リキートが、そしてフェリラが、こんなにも心休まる相手になるなんて全くおもってもいなかった。でも、2人の顔を見た途端、心が緩んだのは確かだった。
「母上も、兄上も、喜んで、くれるのかな……。
俺のために死んでいった、2人は」
「僕はその方たちにお会いしたことがないからわからないけれど。
でも、ハールがやると決めたことをやり遂げたなら、誇らしいんじゃないかな?
それが自分たちのためならなおさら」
「こんな、汚れた手で?」
「関係ないよ」
だから、大丈夫。そう言ってくれる。いつの間にかフェリラもすぐそばにやってきていて、俺の背をなでてくれていた。なんとか我慢していたはずの涙はいつの間にかこぼれていた。
「ハール、大事な話があるんだ」
あの後、皇宮に割り当てられている俺の部屋に戻ると、真剣な顔でリキートはそう切り出した。きっと、あの話だろう。視線で先を促す。
「僕は、公爵領を継ぐことにしたよ」
そう告げたリキートの目はまっすぐで。もう一切迷っていないことがよくわかる。もともと、お家問題、と言えるものでリキートはここを出たのだ。それが解決したのなら元の座に戻るのは何もおかしなことではない。後継者になるための勉強もしていたみたいだし。祝福、しなくちゃ。わかっている。
「そっ……か。
うん、それがリキートの、リキッドレートの望むことならいいと思う」
「ありがとう。
でも、ハールは、フェリラは、これからもリキートって呼んでほしいな。
僕も結局ハールのこと、ハールって呼んじゃっているし」
「うん、わかった」
どうしても、返事が固くなってしまう。3人で一緒に旅に出よう。その話を一番初めに断ったのも、壊したのも俺だ。でも、この問題に片が付けばもしかして、なんて甘い思いが自分の中にあったと初めて気が付いた。
そっけない言葉しか返せない俺に、リキートはさらに言葉をつづけた。
「ハール、君が僕を皇国に導いてくれた。
僕よりもよっぽど過酷な過去があって、でもそれに向き合うことを決めた君に情けない僕は勇気をもらったんだ。
君が居なければ、きっと一生目を背けていたと思う。
だから、この出会いは運命だったんだって、今は胸を張って言える。
僕は公爵になる。
でも、ハールとフェリラ、3人で一緒に旅をしたリキートが消えるわけではない。
いろいろと思うところも後悔もあるけれど、あのとき国を出て冒険者になることを決めた僕を、僕は誇りに思う。
そして、ありがとう、ハール。
これからもよろしくね」
もう、ただの平民の冒険者だったころには戻れない。俺が戻れなくした。でも、リキートはまるで言い聞かせるようにそう言った。俺たちが冒険者を目指してした旅も経験も無駄じゃないって。皇国に戻ってきたのも間違えじゃないって。それに感謝をして、そしてこれから先もこの関係は続くんだって、そう言ってくれているんだ。
「うん……うん。
これからもよろしくね、リキート」
「もちろん、フェリラもだよ!」
「うんっ!」
ぎゅうぎゅうと、出会ってからこれまでしたこともないくらい強く3人で抱きしめあう。ああ、旅の途中で出会ったのがリキートでよかった。フェリラでよかった。何度も思ってきたけれど、今また心の底からそう思うよ。
しばらくそうしてから離れると、リキートがそれと、と話を続けた。
「フェリラにも大事な話が、あるんだ」
妙に緊張した面持ちで切り出したリキートに、フェリラと二人顔を見合わせる。どうやらフェリラにも思い当たることがないらしい。
きょとんとする俺らをしり目にリキートはフェリラの前で跪いた。
「フェリラ、僕と結婚してくれませんか?」
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