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5章 ダンジョン
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しおりを挟む衝撃的な皇女様方との出会いの2日後。カンペテルシア殿の出発前に急遽、先日陛下が言っていた皇宮にいる兄弟全員での顔合わせが行われることとなった。いや、本当にどうやって時間捻出しているんだ、あの人……。
今日は皇女様も参加することもあり、先日のようなお酒の席ではなくお茶の席である。昼食後の限られた時間だけ陛下とカンペテルシア殿は参加できるみたい。まあ、陛下はもともとだけど、カンペテルシア殿も出発準備があるしね。
そしてまともに話すのは初めてではないかというモンラース皇子。この方が最後、陛下側についたからあんなにあっさりと勝敗が付いたという人。そう言えば、すべてが終ったらゆっくりと話すといい、と言われていたが結局話せていないな……。
大急ぎで仕立てたうちの一着を身に着けて、時間の少し前に到着するように会場に向かう。すると、すでにモンラース皇子が席についていた。意外にも皇女様方はまだのようだ。
「申し訳ございません、スーベルハーニ皇子。
他の方々は遅れていらっしゃるようです」
「遅れて?
わかった。
先に席について待っているよ」
「ええ、そうなさってください。
先に始めていてもよいとのことですので、お茶をお持ちいたします」
「ありがとう」
さて、遅れてくると言うなら仕方ない。どのみちモンラース皇子とは話してみたかったし、ちょうどいいかもしれない。
「はじめまして、モンラース皇子。
お会いしたいと思っていました」
「はじめまして、スーベルハーニ皇子。
どうやら陛下方は遅れてくるようですね」
「ええ、そのようです」
……。き、気まずい。どう話を切り出したらいいのかわからないから、ぎこちない会話になってしまう。どうしよう、と思っていると先ほどの侍従がお茶を持ってきてくれた。いい香りがしてくる。うん、少し落ち着いた。
それにしても、少し意外だ。見た目も、そして実際もこの人は軍人だ。だからもっと、なんというか荒い言葉遣いだと思っていた。
「もう少し、早くあなたと話したいと思っていました」
多少現実逃避していると、不意にモンラース皇子が口を開いた。それでも視線はカップの中に向いている。
「俺と、ですか?」
「はい。
スランクレト皇子にはお世話になったので……」
「兄上に?」
ああ、とうなずくモンラース皇子。一口紅茶をすする。そして一息つくとまた口を開いた。
「俺の母は、隣国シャラベ王国の元王女で。
気位はとても高い女性だったんです。
だが、側妃という立場が気に入らなかったのか、俺にずっと一番になれ、と繰り返し言ってきました。
だけど、どんなに努力しても学も武もキャバランシア皇帝やスランクレト皇子に勝てませんでした。
努力しても追いつかないことや、母からの圧力に疲弊していたころ、初めてスランクレト皇子に直接お会いしました。
そこから、スランクレト皇子には本当に多くのことを指導していただきました。
それなのに何も言えず、お別れすることとなってしまい……。
あの一件から母の態度は変わりました。
一番になれ、と繰り返し言っていたのも俺の存在価値を高めることで、簡単には手だしできないようにすることが目的だったようです。
ただ、スランクレト皇子があのようなことになってしまい、母は泣きながら謝ってきました。
そこでようやく、俺は母と向き合うことができたのです。
皇子が、どん底にいた俺を救い上げてくれたから、俺は母と向き合える心の余裕を保つことができました。
それ以上に、皇子のおかげで俺は単身騎士団でやっていける実力を手に入れました。
あらゆる面において、俺はスランクレト皇子に感謝してもしきれない」
「そんなことがあったのですね」
俺と母とはまた違った、親子の形。そう思った。きっとこの人の母はとても不器用な人なのだろう。でも、ちゃんとその思いがこの人に届いてくれてよかった。それになにより嬉しかったのは、他人の口から兄上の話を聞けたのも嬉しかった。それも、皇族の口から。自然と俺の口はほころぶ。そういえば……。
「あの、俺がきっかけで陛下側につく決心がついたと聞きました。
でも、俺何もしていませんよね?」
ずっと不思議に思っていたことを聞くと、モンラース皇子は一つうなずいた。
「あの日、あなたと廊下ですれ違ったときに何か既視感を覚えたのです。
後でそれがスランクレト皇子に似ていたと気が付きました。
あの時、俺に走った衝撃をどう表現すればいいのか……。
スランクレト皇子の弟が生きていたという事実に喜ぶと同時に、俺も何かしなくてはと思たんです。
だからスーベルハーニ皇子がきっかけで、と言うのは正しいです」
な、なるほど? これはどう反応したらいいのだろうか……。でも、もしも。将軍すら相手にできる実力を手に入れたきっかけも、皇国の未来を変えようと決心したきっかけも、兄上が関わっていたとしたら。
兄上が生きた証がここにも残っているのだとしたら。
こんなに嬉しいことはないよね。
にやけてしまう顔を隠すように、俺はそっと紅茶に口を付けた。
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