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6章 再会と神島
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しおりを挟む家に戻るとすでに話せる場が整っていた。団欒できるようにと共有スペースに用意されているソファとふかふかのカーペット、そしてサイドテーブル。そこにはすでにお茶が用意されていて、ほかほかと温かそうな湯気が立っている。
ふーと、息を吐きだして緊張に逸る心臓を落ち着かせる。すでに皆の目はこちらに向いていた。
「皆にはずっと話していなかった俺のこと、聞いてもらえたらうれしい。
それで、もしわかってもらえたらリーンスタさんには謝ってもらいたいんだ。
あの人は本当に何も悪くないから」
俺のために怒ってくれたのはわかっている。こんなこと言ったら嫌われるかもしれない。それでも俺にとっては大切なことだから言わずにはいられなかった。
「わかった。
だから何も心配しないで話したらいい」
沈黙の後、そういったのはシラジェさんだった。その言葉に思わず微笑む。勇気をもらって俺はようやく話し始めた。
「まず、俺の名前はハールじゃない。
本名はスーベルハーニ・アナベルク。
アナベルク皇国の第7皇子で、ミベラの神剣の主だ」
そこまで言って一度言葉を切る。そっと周りを見渡すとみんな見事に固まっていた。そっくりな驚き方になんだか絆を感じてしまう。って、今はそれどころじゃないか。ひとまず最後まで話し切ってしまおう。
「俺はもともと皇国で母と兄と共にあまりほかの人とは関わらずに暮らしていた。
その生活の中で母が殺され、兄が殺され、あいつ……元皇后、ショコランティエの手から逃げるためにとにかく遠くを目指した。
その旅の中で出会ったのがみんなだった。
……今は皇国で皇子としての地位も認められて過ごしている。
リーンスタさんは先日、皇都を巨大ダンジョンが襲った件で助力してもらうために神島から呼んだ神剣の主たちの一人として出会ったんだ。
リーンスタさんは側妃とされてしまった母を助けるために試行錯誤していたが、結局助けることができなかったことをとても後悔しているんだ。
そんな、とても優しくて家族思いな人だよ。
……俺ももともとの髪色はリーンスタさんみたいな黒だったんだ」
本当に一気に、なるべく簡潔に話す。話し終わってもなお部屋の空気は固まったままだ。それも当たり前だと思うけれど。
「スーベルハーニ、皇子?
ハールが?」
ようやく聞こえてきたのはささやくような声だった。いまだに混乱していることがよく伝わってくる。それにしっかりとうなずく。
「ハールが皇国に縁のある事はわかっていたが、よりにもよって皇族だって?
それに最近の皇国から伝わってくる話に急に第7皇子が入ってきたから、どうして今まで話を聞かなかったのか不思議ではあった。
だが、まさか国にいなかったとは……。
まさか、ハールだったとは……」
「は、ハールは今安全なんすか?
そんな、幼いハールが一人で逃げてくるくらい危険な場所なんすよね?
あ、でも皇后は亡くなったのだっけ……」
「今皇宮内に残っている皇族は皆力をあわせて皇国の復旧に力を入れているよ。
安全、と言い切れないかもしれないけれど、俺にはシャリラントがいるから大丈夫」
「あ、そういえば皇族に神剣の主が生まれるなんて、と騒がれていたわね。
ならよかったのだけれど」
媚びるとかではなく、すぐに俺の身を心配してくれる。その反応が俺にはとてもうれしかった。ああ、もしもこの人たちが初めから俺の家族でいてくれたら。きっと俺の心はずっと満たされていたのだろう。俺が求めていた『特別』を当たり前に与えてくれるから。そして、いなくならないから。
そんなことを考えても仕方ないのだけれど。だって、俺の本当の家族だってかけがえのない存在なのだ。
「なんだかハールは皇族ぽくないよな」
「皇族としての生活はほぼ送ってないからね。
教育も。
母上は妃の中でも一番地位が低い第3側妃で、なるべく皇后に手を出されないように生活していたんだ」
「そうなのか……」
「そんな生活だったから、出会ったときのハールは……」
兄上のことと皆に出会ったことの間の記憶はもうかなり記憶はぼんやりしている。かなり前のことだし、あの時は何も考えないことに注力していたし。少しでも気を緩めると皇宮に戻って、死を覚悟のうえで皇后に歯向かいに行きそうだったから。
「あのときは……とにかく遠くへ行くことに必死だった。
兄上が俺を逃がすために目の前で斬られて、何の力もない俺では助けに行くこともできなくて。
兄上に渡されたかなり重い剣をもって、兄上の最後の願いをかなえるために必死だった。
何度も引き返そうと思ったし、何度も後悔した。
でも、生きてくれと言った、兄上の、母上の願いをかなえるために俺は息をひそめて逃げることしかできなかった。
いつ気が付かれて、追いつかれるかもわからなくて人の目が怖かった。
絶対の味方がいなくなって、すべての人間が敵に思えて、怖かった。
だから」
そこまで言って俺の言葉は続かなかった。あの日のことをこうして誰かに話したのは初めてだ。そんな俺をケリーが強く、抱きしめてくれていた。
「いいんだ、ハール。
無理に話す必要はないんだから」
無理に? 別に俺は無理していないんだけど。そう思っていたらケリーのほかにもう一人、先ほどルゼッタと呼ばれていた男の子も足元に抱き着いてきた。先ほどまで母親の腕の中でまどろんでいたはずなのに。
「お兄ちゃん、いたいの?」
「え……?」
きょとんとしていると、気まずそうにケリーが目元をぬぐった。
「け、ケリー⁉」
「泣いてる」
焦る俺に、ケリーはぼそりといった。泣いていたのか? 俺は。どうりでちょっと視界がぼやけると思ったのだ。ちょっと恥ずかしい。もう自分の中で区切りをつけたのに。
気まずさを紛らわすためにケリーから離れてルゼッタを抱き上げる。小さい子を抱き上げたのは初めてかもしれない。その温かさに驚いた。
「大丈夫、いたくないよ」
「ほんと?」
「うん。
心配してくれてありがとう」
そういうとルゼッタはにこりと笑ってくれた。
「そんなわけで、出会ったころの俺とリーンスタさんはなんの関係もないんだ。
さっきも言ったけれど、初めて会ったのは最近だし存在も知らなかったから。
でも、あまり知らなかった母上のことを話してくれて、一緒に母上と兄上のお墓参りにも行ってくれてうれしかったな」
「そう、だったのか。
……次お会いできる機会があったら謝るよ、ちゃんと」
「うん!」
よかった。リーンスタさんはおそらく怒っていない。そしてみんなもリーンスタさんのことを次は受け入れてくれそう。本当に良かった。だって仲良くしてもらえたほうが嬉しいものね。
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