172 / 178
1.5章 逃走
4
しおりを挟む「ついでに風呂も行くか。
大衆のところでいいか?」
お風呂! 久しぶりに入りたいかも。もう体も相当汚れているし。……ってちょっと待って。お風呂ってことは素っ裸、だよね? つまり髪も目も隠せるものは何もない。それはまずい。ここはまだ国境を越えたばかりなのに。
「ご、ごめんなさい、お風呂はちょっと」
「お、そうか?
じゃあ体ぬぐうだけにしとくか」
あああああ、反応できないうちにどんどん話が進んでいる! って、いつの間にか服もある! え、えっとさっきの話的にこれがケリー、さんの服ってこと?
「ほれ、それ脱げ。
後でうちのに洗ってもらおう」
「あ、フード……」
どうしよう、フードを取るの怖い。顔、髪を隠せないのが怖い。これだけが今まで頼りだったのに。
「フードか?
ちょっと待ってろ」
え、あの、どこに? 本当にフットワーク軽い人だ。そして戻ってきたかと思えば、その手には今僕が来ているようなマントが。え、本当にあったの?
「この時期には暑いかもしれないが、まあ詳しくは後で考えよう」
「あの、悪いです。
お金を!」
「ガキがそんなの気にしてんなよ。
それにちょうど捨てようとしてたやつだし。
ほれ、早く」
ほらほら、とせかしてくる。ちょ、ちょっと待って!
うう、覗かないで、とか女子みたいなことを言ったら笑われた。でも、覗かねぇよ、と約束してくれたので良しとしよう。
一度、兄上から託された剣を外す。受け取ってから初めて外したけれど、やっぱりこれ相当重い……。一気に体が軽くなったもの。っと、人が来ないうちに早く準備しないと。
母上の時計も一度おいて、と。ああ、体をぬぐうだけですごく気持ちいい。それと髪もぬぐって、っと。ふう、一息付けた。ああ、わざわざ申し訳ない。でも、マント落ち着くな……。
よし、これで大丈夫!
「すみません、お待たせしました!」
「早かったな。
まあちょっとでかいが着れるだろう」
「あの、ケリー、さんとは?」
「ああ、俺の孫だよ。
まあそのあたりの自己紹介は後でな」
その時、きゅるるるる、とおなかが鳴る音が。まずい、僕の音だ。ううう、恥ずかしい。でも仕方ないじゃないか! さっきからすごくいい香りがしてくるんだ。
「は、はははは!
腹減ったか。
ちょうど夕飯時だもんな。
もう少ししたら飯もできるだろう。
少し待ってろ」
「あ、あの?」
今さら遠慮すんなよ、と言われてしまえば強く言えない。どうしよう、僕によくしてくれすぎて、逆に信用していいのかわからなくなってきた……。いい人、ではあるんだけれど。
「お義父さん、夕飯できましたよ。
あら、その子がシラジェが言っていた?
よかった、ケリーの服着れたのね」
「おお、ありがとうな、ミグナ。
そうだ、俺が連れてきた」
「ふふ、お義父さんはまた。
初めまして、私はミグナというの。
あなたのお名前は?」
また人が増えた……。というか、どうしてこんなに怪しい僕を、この人たちは受け入れてくれるの? う、名前待ちされている。
「は、ハール、です」
「ハールね!
よろしくね。
さあ、夕飯を食べに行きましょう」
さあさあ、と背を押すミグナさん。いや、自分で歩けるから!
「あれぇ、見ない顔っすね。
あー、なんかシラジェさんが言っていたような?」
「おい、お前はもっと覚える努力をしろ!」
「えー、いいじゃないっすか」
えっと、お取込み中でしたかね? なんか似た顔の人が言い争っている。兄弟、かな? あああああ、人の目がたくさん……。人見知りとかしない性格だったはずなのに、ここまでの旅ですっかりだめになっている。こわいのだ、本当に。
興味、不審、蔑み、そんな目にばかりさらされていたら、こうなっても仕方ないってもうけれど。目を開けなくても、そういった負の感情の目にさらされているとわかるものなのだ。
こうなってわかった。僕はあの離宮で、宿舎で、守られていたんだって。
「おーい、ハール?
固まってどうしたの?」
「え、あ、いえ」
「おい、親父、もうこっち来てたのかよ」
「お前が最後だぞ」
「親父を探してたんだよ!
お、ちょうどよかったみたいで何よりだ」
「バーレンさん、早くその子紹介してくださいよ」
「ハールだ!
今日拾ってきた!」
「いや、なんだその説明は。
ハール、本当にいいのか?
親御さんとかは?」
親……。ひたすら横に首を振る。口に出したくすらなくて、行動で示してしまった僕に。みんなは何も文句を言わない。
「父さん、その子一緒に行くの?」
「ケリー。
まあ、本人が望むなら」
「!
やった!
年が近い子!」
「はは、坊はずっと遊び相手欲しがってたもんな」
「無理に付き合わせたらだめだぞ」
ああ、ものすごい会話量。だめ、まったくついていけない。
「ねえ?
料理冷えるんだけど、食べる気ないってことでいいのかしら?」
「な、ナミカ!
ちょっと待て、食べるから」
くらくらしてきたところで救いの一声。皆すぐに目の前の料理に集中し始めた。ハールも、と勧められて座ると、すぐにおいしそうなスープが置かれた。これ、食べていいってこと?
「ほら、温かいうちに」
ごくり、思わず唾を飲み込む。暖かい食事なんていつぶりだろう。固いパン以外の食事なんて、いつぶり?
一口食べたら後はもう止まらなかった。スープにパン、サラダ、そしておかず。どれもこれもおいしいものばかり。
「そんなにおいしかったかい?」
おいし、かった。暖かい料理ってこんなにおいしいもの、だったんだね。
「はは、作ったかいがあるね」
食事が終わりひと段落。そうなると、当然また僕に注目が集まるわけでして。う、視線苦手……。
「さて、それじゃあ、新たな仲間に自己紹介といこう。
俺はもうしているからいいだろ?
シラジェからでいいだろ」
「あー、はいはい。
ハール、俺はそこのお前を連れてきたやつの息子。
シラジェっていう。
よろしくな」
「次は私ね。
私はシラジェの妻、ミグナよ。
次は、ほら」
そういって少年の背を軽く押す。あ、ケリーさん、だよね。この服のもともとの持ち主。
「俺ケリーっていうんだ。
年が近いやつ初めてで、すっごく嬉しい!
よろしくな」
「よ、よろしく、お願いします」
「はは、固いなぁ。
いや、礼儀正しい、の方があっているかな。
はじめまして、ブラサだ」
「俺、フィーチャっていうっす。
よろしくな、ハール」
「俺はハミド。
隣のこいつ、フィーチャの兄だ」
「次は私かしら。
私はナミカ!
よろしくね、ハール」
「俺は、グルバークだ。
ミグナの兄、だ」
「あ、僕ウィリー、っていいます」
名前がいっぱい……。僕、これ本当に覚えられるかな?それにしても、どうしてみんなこんな僕を受け入れてくれるの?
「ほら、そんな顔してるなよ。
順番に覚えて行けばいいんだ」
「あ、ありがとうございます」
---------------------
「それで?
本当はどうしてあの子を連れてきたんだ?」
「本当はってなんだよ」
「なつかしいわ、お義父さんが私たちを拾ってくれた時のこと。
私たちは知らなかったけれど、父が、知り合いだったのよね?」
「ああ、そうだったな」
「あの子も知り合いの子か?」
「いや、違う。
だがよ、孫と同じくらいの子が、じっと親子を見てたんだ。
一人でよ。
俺は、なんだか放っておけなくてよ」
「……なるほどなぁ。
だが、あの子はなんだ?
どうしてあんなに人の視線におびえてる?
フードを手放せないって……」
「見守りましょう、今は。
いつかあの子が心を開いてくれるように」
14
あなたにおすすめの小説
無限に進化を続けて最強に至る
お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。
改稿したので、しばらくしたら消します
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
収納魔法を極めた魔術師ですが、勇者パーティを追放されました。ところで俺の追放理由って “どれ” ですか?
木塚麻弥
ファンタジー
収納魔法を活かして勇者パーティーの荷物持ちをしていたケイトはある日、パーティーを追放されてしまった。
追放される理由はよく分からなかった。
彼はパーティーを追放されても文句の言えない理由を無数に抱えていたからだ。
結局どれが本当の追放理由なのかはよく分からなかったが、勇者から追放すると強く言われたのでケイトはそれに従う。
しかし彼は、追放されてもなお仲間たちのことが好きだった。
たった四人で強大な魔王軍に立ち向かおうとするかつての仲間たち。
ケイトは彼らを失いたくなかった。
勇者たちとまた一緒に食事がしたかった。
しばらくひとりで悩んでいたケイトは気づいてしまう。
「追放されたってことは、俺の行動を制限する奴もいないってことだよな?」
これは収納魔法しか使えない魔術師が、仲間のために陰で奮闘する物語。
無能と呼ばれたレベル0の転生者は、効果がチートだったスキル限界突破の力で最強を目指す
紅月シン
ファンタジー
七歳の誕生日を迎えたその日に、レオン・ハーヴェイの全ては一変することになった。
才能限界0。
それが、その日レオンという少年に下されたその身の価値であった。
レベルが存在するその世界で、才能限界とはレベルの成長限界を意味する。
つまりは、レベルが0のまま一生変わらない――未来永劫一般人であることが確定してしまったのだ。
だがそんなことは、レオンにはどうでもいいことでもあった。
その結果として実家の公爵家を追放されたことも。
同日に前世の記憶を思い出したことも。
一つの出会いに比べれば、全ては些事に過ぎなかったからだ。
その出会いの果てに誓いを立てた少年は、その世界で役立たずとされているものに目を付ける。
スキル。
そして、自らのスキルである限界突破。
やがてそのスキルの意味を理解した時、少年は誓いを果たすため、世界最強を目指すことを決意するのであった。
※小説家になろう様にも投稿しています
知識スキルで異世界らいふ
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ
無能と言われた召喚士は実家から追放されたが、別の属性があるのでどうでもいいです
竹桜
ファンタジー
無能と呼ばれた召喚士は王立学園を卒業と同時に実家を追放され、絶縁された。
だが、その無能と呼ばれた召喚士は別の力を持っていたのだ。
その力を使用し、無能と呼ばれた召喚士は歌姫と魔物研究者を守っていく。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
みそっかす銀狐(シルバーフォックス)、家族を探す旅に出る
伽羅
ファンタジー
三つ子で生まれた銀狐の獣人シリル。一人だけ体が小さく人型に変化しても赤ん坊のままだった。
それでも親子で仲良く暮らしていた獣人の里が人間に襲撃される。
兄達を助ける為に囮になったシリルは逃げる途中で崖から川に転落して流されてしまう。
何とか一命を取り留めたシリルは家族を探す旅に出るのだった…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる