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本編

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「本日はお招き頂き有難うございます」

煌びやかなテーブルに、澄ましたパドル様の声。

今日の夕食に、陛下がパドル様とあの子を招待した。
表向きはなんてことない普通の交流。
ーーだが、裏向きは2人の動向の確認。


この前あの子と会った後、陛下に全てを伝えた。
アーヴィングにも伝えた方がいいだろうけど、当事者だし万が一間違っていて変な混乱を与えたらと思うと不安で、扉の外で待ってもらった。

『ほう、それでずっと悩んでいたのか?』

『どうしても気になって、考えてて』

『そうか。あの者たちは敵であるのに、お前は優しいな』

突然来た僕の表情を見てすぐに人払いをしてくれ、2人きりにしてくださったラーゲル様。
抱きかかえられ、落ち着けと言うように背中を撫でられながら話を聞いてくれた。

『ロカの考えは分かった。本能…恐らくお前のΩの性がそう訴えかけているのならば、そうなのかもしれぬ。それは我々では到底計り知れない部分。
あの者は……

リシェは、アーヴィングの〝運命の番〟なのかもしれぬな』


『っ、はい』


多分、そう。
そうじゃないとあんな顔…できない。

あの子は、きっとアーヴィングの運命の番だ。


『だが、ひとつ疑問が残る。

何故それをアーヴィング本人に伝えぬのだ』


『それ、は…僕も、疑問で……』


そう、そこ。
その最後のピースがハマらないから確証が持てないんだ。

自分は王妃になる気は無い。
運命の番も見つけていて、その相手は嗅覚を失ってる。
ならば、自らが名乗り出れば全てが丸く収まること。
なのに……

(こんなに条件が揃ってるのに、なんでパドル様の元に居続けるんだろうか)

名乗り出ないのは何故?
何か弱みを握られている?
まさか、アーヴィングが運命の番であることを知られていて脅されてる…とか……

『ロカ、全て口から出ているぞ』

『ぇ? ぁっ』

『私も考えたが、恐らくその線は薄い。
そうであればアーヴィングも狙うはずだ。だが、現に奴の周りで不穏な動きはない。そういうのに人一倍敏感だが何も感じておらぬのだ。
リシェは、誰にも真実を漏らしていない可能性がある』

『何で…隠す、の……?』

僕だったら、すぐに告げてしまう。
本能に負けて知らないうちに口から出てしまう。
きっとあの子もそうなはずなのに、なんでそんなに我慢できるの?

ーー何が、あの子を強く我慢させてるの……?


『ふむ……
ひとつ思い当たる節があるが、どうもロカの話だけでは信じきれぬ部分があるな。私も一目見ないと駄目だ。
許せロカ。私は国王だ、何に対しても疑り深くいかねばならん。お前のことは信じているが、私もこの目で確かめないと答えはだせん』

『分かってます』

『うむ。ありがとう。
そうと決まれば、こちらから接点をもつとしようか。
それと、アーヴィングにもそれとなく言ってやろう。
〝あまりあのΩをいじめるな〟とな』

『っ、はい!』

『あの子に対して当たりが強い』というのも全部話したから、ラーゲル様から少しだけ忠告してくださるらしい。

騎士として守ってくれるのはいいけど、やり過ぎは嫌だ。
匂いを感じないから気付いてないし、きっと感じたことのない違和感にどうすればいいかわからなくなってるんだと思う、けど……

(全部が終わったら、絶対後から怒ってやろう)

あの子が許したとしても僕が根に持つからな!
ぜっったい覚えとけよっ!?




そんなこんなで、ラーゲル様と計画を立てて迎えた今日。

チラリと見たあの子は、この前会った時より少し痩せて見える。
顔色も悪いし、パドル様の影に隠れるように身体を小さくしてる感じ。

(大、丈夫…かな……)

きっとパドル様もあの子も、探りを入れる為の調査だと思っているはず。
それは間違いではない。
けど、本当に知りたいのはそれぞれの想いだ。

一体何を考えながら行動して

今、この席に着いているのかーー


「おや、王妃様。
まずはその料理から召し上がるのですか?」


(えっ?)

かけられた声にハッと意識が戻る。
静かに食事をしていたパドル様の顔がこちらを見ていた。

「順番をご存知無いのですか?
王妃様の専属教師は何をしておられるのです?」

「ぇ、えっと」

しまった、全然考えずに手をつけてしまっていた。

(このコースはなんだっけ。
どこの国の料理だっけ、えぇっと、マナーは、)

「リシェをご覧ください。
正しい姿勢と正しいカトラリーで口に運んでいる。食事も静かで素晴らしいΩだ。
王妃様もリシェを参考にされては如何でしょう?
この子なら、何処へ行っても安心して食事ができます」

「……っ、ぁ、はぃ」

「それから物を食べるときはーー」


(嗚呼、嫌だ)


あの子と僕を比べるのが、本当に嫌だ。
毎日学んでいるのに、まだまだ追いつけない差があるんだと突きつけられる。
僕の方が劣っていると。全然できてないと。

段々視線が下を向いて、
ラーゲル様の隣で食べてるのが恥ずかしくて、カトラリーをテーブルに置く。

……瞬間、



カランッ!



「っ、ぇ」「リシェ……?」


「すみません。ナイフを落としてしまいました」


バッと何故か急いで視線を下げながら、あの子が謝った。

「どうしたんだ? お前が床に落とすなんてこれまで無かったのに」

「緊張、してしまって……」

(それ、本当?)

もしかしてと隣を見ると、軽く目を見張っているラーゲル様。
多分何か見たんだ。
あの子とパドル様が話してる隙に、チラリと僕へ視線をくれる。
ーーそれは、僕と同じ考えを確信したような目で。

「それと、今日は気分が優れないので部屋に戻ってもよろしいでしょうか」

「なに? そんなものは」

「いいだろう。先程から顔色が悪いからな。下がれ」

「っ、有難う、ございます」

ラーゲル様が指示し、ゆっくり立ち上がるあの子。

「アーヴィング。送ってやれ」

「はっ」

思いもよらないそれにびっくりした様子。
それでもパドル様に一礼しながら、小走りで出て行った。

(わざと、ふたりを行かせたんだ)

少しは……話ができるといいな。


「お手を煩わせてしまい申し訳ありません、陛下」


「構わぬ」


再びシィ…ンと張り詰めた空気となった部屋。
僕も今度はちゃんとマナーを守らなきゃと、気持ちを入れ直して料理を見つめる。

と、

「陛下」

カチャリとカラトリーを置きながら、パドル様が口を開いた。

「ロカ様を王妃へ任命する署名。
私以外の者は全て名を書き終えたというのは誠ですか?」

「あぁ、誠だ」

この国に代々伝わる王妃任命の署名。
城の者全ての署名がないと、正式に王妃として認められない決まりだ。

パドル様はまだ僕を認めていない分、名を書いてもらうのにかなり難航していて。
なのに、


「では、私の名もそこに書き入れましょう」


「………ぇ、?」


驚くほど簡単に、そう答えた。

「先ほどのリシェを見て確信しました。
いくら勉強やマナーができていても、本番で使い物にならなければ意味がない。
その点ロカ様はどっしりと構えていらっしゃいますし、王妃としての素質があるのかもしれません」

「っ!!」

「……ほう?」

思わず出そうになった手を、テーブルの下でラーゲル様に止められる。

(使い物って!)

いくらラーゲル様のお父さんの代から務めてるからって、こんな人を城へ置いてていいの!?
昔はいい人だったかもしれないけど、こんな心のない人僕は嫌だ!

(……っ、くそ、)

分かってる、そんなのはただの我が儘。
しかもまだ正式に王妃じゃないから僕の力じゃどうにもならない。

「署名をしない」というのもひとつの自由。
その自由を理由に行動を起こせば、ラーゲル様は城の者たちから信頼を失う。
この人は賢いから、それを分かってる。
ーー何か決定的なことが無いと、こちらは行動に移せない。


「いいだろう。その言葉、感謝する」


長い沈黙の後、ラーゲル様が口を開いた。

「署名の件はまた後日。
会議を開いた時にしてもらう、良いな」

「はい」

多分……いや絶対、何か企んでる。
でも、ラーゲル様は敢えて乗ることを決意した。
決定的な〝何か〟が、きっと欲しいのだ。

(僕も、頑張らなきゃ……!)

その会議には必ず僕も呼ばれる。
隙を見せないようにして、パドル様から絶対目を離さないようにしないと。

ようやく正式な王妃になれる嬉しさと、その甘い餌に釣られてはいけないという葛藤と。

僕も、僕のために戦わなければと思いながら

テーブルの下で、ラーゲル様と手を握り合った。





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